お別れ

遂にやってきてしまった最終日。

今日が終われば皆とさよならだ。連絡先は交換したけど、次の合宿があっても私は来ない。寂しくて今日が来なければと、眠らないで目をガンガンに見開いていたら他のマネージャーさん達に寝なさいと笑われた。雪絵さんは子守唄を歌ってくれて、始まって3秒で寝てしまった。また聞きたい。子守唄。


今は芝山くんと戦績を簡単にまとめている。スコアの書き方も皆に教えてもらって、今ではひとりでも書けるようになった。一週間あんなに試合をしていれば、馬鹿な私でも書けるようになったのだ!偶に、わからない時もあるけど!ルールも覚えたし!偶に、忘れる時もあるけどね!

「先輩!今の戦績簡単にまとめてみました!」
「お。さすが芝山。みょうじもありがとうな」
「いえ!」

てってーと可愛く走る芝山くんの後ろをついて行くと、海さまに仏の笑みを頂き、心に光の矢が刺さった。ぐ…眩しい。そしてその戦績表を3年生達が覗き込む。

「やっぱり今んトコ、ここでの最強は梟谷か…。ってなんだこの絵は」
「これは…く、黒尾先輩の髪です…」
「そんな照れて言われても…」
「おお!トサカだな!」
「いや、これただの凶器でしょ。やっくん」

右下に猫やら正の文字が描いてある横に黒尾先輩への愛が止まらなくて描いてしまった先輩の髪。しかし、私は絵も下手。これを黒尾先輩だと私の妄想力全てを使ってやっと認識したくらいだ。
凶器という黒尾先輩に夜久先輩は「そうだお前の頭は凶器なんだ」と説明をする。

そうしている間に、隣のコートで試合終了のホイッスルが鳴った。負けたのは烏野で、ペナルティーのフライングを始める。その姿に黒尾先輩は異様な貫禄…と呟いた。

「うお!烏野のチビちゃんがめっちゃフライング上手くなってる!」
「本当だ!私には見える…あの背中についている天使の羽が…!」
「"チビちゃん"て夜久さんと日向、あんま身長変わらないじゃないですかあ!」
「……」

リエーフの発言に芝山くんと犬岡くんが肩をビクつかせ、黒尾先輩が夜久先輩の隣にいた私に向かって手招きする。

「みょうじちゃん、こっちこっち」
「??」

私が黒尾先輩の元まで行くと、それを確認した夜久先輩がリエーフに回し蹴りをした。

「アグァッ」

「今のは擁護できない」
「夜久さんに身長の話は禁句だと言ったのに。バカめ…」
「夜久先輩の可憐なる回し蹴り。素敵…!」
「あなたは何でも素敵なんデスネ」
「リエーフくんの叫びも素敵…!私に当たらないように呼ぶ先輩もそれを確認してからやる夜久先輩もイケメンですかぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」
「感情が忙しいな、おい」

そんなふたりのやりとりを傍で見ていた山本は研磨に、仲直りしたのか?と聞く。

「仲直りっていうか、クロが勝手に嫉妬してただけでしょ」
「やっぱ黒尾さん、嫉妬して…。てことは…え?まさかあのふたりって!?」

両想い…!と驚きからか乙女のように両手で口を隠す山本。研磨はそれを無視して次の試合の準備にかかるのだった。



生川とのゲームが始まり、1回目のタイムアウトで部員達にドリンクとタオルを配る。そして何気なく隣のコートで試合をしている烏野と梟谷を見ると、それは起こった。

影山くんの手にボールが入った瞬間、相手のコートにボールが落ちた。

「…え……?」

それを翔陽くんが打ったと分かったのは、審判の笛が鳴ってから。

「え、え?なに、今の…?!」

速い速い速い!速いなんてもんじゃない!速すぎる!ブロック置き去りだったもん!これだ、孤爪くんが言ってた攻撃は…!

「ねえねえ!凄い、凄いよ!見てた?み……孤爪くん?」

興奮した勢いのまま隣でスクイズを飲んでいる孤爪くんの方を振り向くと、キラキラした目で翔陽くんを見つめていた。その顔はまるで…。そう思ったところで孤爪くんは口を開き、奥にいる黒尾先輩は首を傾げた。

「翔陽は…」
「?」
「いつも新しいね」
「!…もしチビちゃんがウチに居たら、お前ももう少しヤル気出すのかね」

そう言われて、孤爪くんは翔陽くんと同じチームは無理な理由を話す。それに対し、黒尾先輩の"敵として"ならヤル気が出すの発言に少し眉を寄せた。

「なんで?」
「だってお前、チビちゃんの試合見てる時、買ってきた新しいゲーム始める時みたいな顔してるよ?」
「!」

うんうん!隣で、にやけながら首をぶんぶん上下に振る私をジロっと睨んでコートへと向かおうとした。

「…別にしてないし。ていうか、ソレどんな顔」
「「わくわく顔」」

歩き出そうとする孤爪くんの両サイドから覗き込むように、先輩はニヤリと私はひひっと声に出して笑う。
…え、!?待って。今、いま!?先輩とハモった!!今日は何!?なに記念日にしよう!?

「なにソレ。意味わかんない、してないし。しかも2人でハモんないでくれる…」
「以心伝心…!!初めての心の繋がり!!これはもしや一心同体!!いや、運命共同体?!」
「「……」」

スルーするふたりを他所に、何言ってんだ、あいつ。と虎がぼそりと呟いた。




練習試合が全て終了して今からバーベキュー。マネージャー達は練習を抜けて準備に取り掛かっていたが、少しずつ部員達が集まってきた頃。

「ぅぅ〜」

英里さんが涙を流していた。その原因は玉ねぎだ。しかし、玉ねぎだとしてもこのような優しい可愛い英里さんを泣かすなんてことは私は許せない。

「英里さん!私に任せてください!!」
「え!!…なまえちゃん!?」
「ちょ!なんて格好してんの?!」
「これで、涙にも勝てます!」
「…ふふ、…わ、笑わせないで。なんでそんなの持ってきたの…」

近くにいたかおりさんと英里さんが驚き、キャベツを切っていた雪絵さんが肩を震わせて笑う。それは、私が涙対策に持ってきた水中ゴーグルとマスクを付けているからだ。


結局、かおりさんと私の姿に気づいた潔子さんが目をギョッとし凄い勢いでこっちに向かって来て、やめなさいと言ったので取ることにした。
日焼けしちゃうしね〜と雪絵さんが笑いながら私の頭を撫で、英里さんはありがとうとお礼を言ってくれて、仁花ちゃんはおお!そんな対策法があるのかとフォローを入れる。真子ちゃんは何でそんなのも持ってきてるの…?だからあんな大荷物だったんだと苦笑い。

何泊も同じ部屋で寝たマネさん達。日数は少ないけど、一緒にいた時間は長い。そんな皆とも今日でお別れである。こんなやりとりも今日限りでマネージャーを終わりになる私は最後なのだ。寂しい…寂しすぎるよぉぉぉ



「で。何でここにいるの」
「あの楽園にいると帰りたくなくなっちゃうから」

猫又監督の合図と共に一斉にお肉に飛びつく部員達。その姿は勇ましく男らしい!!そこから数人控えめな人達は少し食べた後、皆から離れた場所にいた。その中にはやはり孤爪くんもいて、石の階段に座る孤爪くんの足と体育館の外壁に挟まる形で地べたに座っている。
そんな私を見てマネージャー達が集まっている場所には行かないのか、怪訝そうに尋ねてきた。

「それに少し充電切れ〜。やっぱり孤爪くんの隣は落ち着きますなあ」
「……」
「ホーム感がすごい〜」
「…それ、今のクロの前で言わないでね」
「??」

ふぅ…と息を吐き、頭を孤爪くんが座っている石の横にだらんと乗せたが、言った意味が分からず直ぐに頭を上げた。
そうしていたら、大地さんの声がした後黒尾先輩、木兎さんが続けてやって来て、孤爪くんは先輩が来たと分かった瞬間、肩を上げた。

「オラー、野菜も食えよー。研磨もだ、コラー」
「米を食えよ!」
「肉だろ!!肉を食え!!」

その主将達の言葉に首を振り続ける孤爪くん。く、黒尾先輩の持ってる野菜になりたい…!沢山ある中で先輩に選ばれた野菜達。あの野菜達が先輩の体を作っているということになる?
っは!あの、あのトウモロコシは私が切った野菜ではないか!?…え。ということは先輩の一部に私がなれるのでは!?

私は先輩の血液だ!としみじみ嬉しさを噛み締めていると、孤爪くんの影になっていた私に気付いた黒尾先輩は「お!」と声を上げこっちに来た。…こっちに来るだと!?

「ほらほら、みょうじちゃんも野菜食いなさーい」

目の前まで来てその場にしゃがみ、玉ねぎをひとつ口の方へ近づけた。これは、これは…!?俗に言うあーんというやつでは!?!?玉ねぎは真ん中の部分が落ちて、輪っかになっている。うわ、玉ねぎ越しの先輩エロッ!にやにやしてるのエロッ!腕エロッ!お箸持ってるのエロッ!玉ねぎはボヤけ、ピントは先輩に合っている。
そんな風に頭では混乱に混乱を重ねていた私だが、今は本当に充電切れなのか、体が先に動きパクリと口の中に入れた。

「お、おいひい…」

予想以上に熱くて、口の中ではふはふしながら黒尾先輩にお礼を言う。

「あ、りがと、ござ…まふ」
「……」

幸せ。好きな人から食べさせてもらうといつもの何億倍美味しく感じた。新たな発見だ!というか、こんな大イベントすんなりやってしまった…!?…ん?ちょっと待って。これは、逆に……

先輩が持っている野菜を食べた。先輩の野菜を食べた。先輩の野菜=先輩。

っっは!!!!

「黒尾先輩の一部が私の中に…!!…あ、あの…トウモロコシは、是非先輩が食べてください」

立ち上がって、顔を俯き少し照れながら言った後、きゃぁぁぁぁぁ!何という幸せ!ありがとう。神よ、ありがとう!!と叫び、充電は120%いや数え切れないほど充電されたその漲る力で楽園へと旅立った。
さっきの考えだと、その玉ねぎを切ったのは英里さんで自分の体、血液の一部になったのは英理さんということになるとは都合の良い頭をしている私は気づきもしなかった。英里さんでも泣いて喜ぶだろうが。

「どういうこと?」
「聞かないで。考えるのも疲れる」
「…とりあえず、トウモロコシは食べるか」

初日と同じ事を研磨はダルそうに目を伏せながら言い、黒尾はトウモロコシを片手に持ち食べ始めた。その隣で山口は月島に聞く。

「付き合ってるのかなあ?」
「僕に聞かないでくれる」

そして月島もまた面倒臭そうに答えるのだった。


少し離れた場所では菅原が楽しそうに黒尾達を見ていた。

「両片想い??んー付き合う前って感じか〜」
「見てて面白いでしょ?」
「確かに!」
「昨日くらいから前より仲良くなってる気がするな」
「絶対なんかあった。あいつがムカつく顔してるからな」
「あ〜〜ウチの主将にも面白い事起きねーかなー」
「はは!……なぁスガくん」
「お?」
「烏野のあのコ、挙動不審だけど大丈夫?」

夜久は巨人の密林に飛び込んだ谷地を心配そうに指を差した。





いよいよ。ここから一番遠い烏野高校が先に帰る時間となった。主将達がまたなと挨拶をし、他の皆は烏野メンバーに手を振る。

「なまえちゃん泣くと思った」

バスが見えなくなったところで、自分達も帰る準備に取り掛かるため歩き出した時、雪絵さんが私の顔を確認した。

「?…寂しいですけど、私の泣き顔はとんでも無いので!!夢に出てきたら怖いじゃないですか!」

それに、と続ける。

「"また"会えるんですよね?マネージャーは今日で終わりですけど、私大会の応援は絶対行くので!!皆さんに会えますよね!!上からめちゃくちゃ応援しますから!!」
「それもそうだね〜。じゃあ、"また"その時会えるね」
「はい!!」

"また"とはどれほど大変で厳しいものなのか、深くは考えていなかった。ただ、主将達のその言葉を純粋に信じただけで。
発したこの言葉が部員達にはある意味プレッシャーになってしまうものでもあるが、ここにいる者達にそう捉える者はいない。現に、近くで聞いていたメンバーの目はその言葉に熱くなっていた。



そして、東京勢も自分達のバスに乗り込み始めた頃にはみょうじの力は限界を超えた。

ね、むい。体が重くぼーっとしているのがわかる。集中が切れた。だけど、ここで倒れる訳にはいかない。自分の席である孤爪くんの隣に座ろうと、のそりのそり歩く。

目当ての場所まで辿り着き、力尽きたように座って目を閉じた。そして、3秒も経たず眠りについた。


「!!おい、そこ海さんの席!」
「いいよ。俺はみょうじのところ座るから。…な、黒尾」
「……んあ?…おう」

みょうじが最後の力を振り絞って辿り着いたところは黒尾の隣の椅子。窓側、左側に黒尾が座っているため、当然黒尾の肩に頭を預けている。
どうしてここに行ったのか。みょうじの席は、ここよりもずっと前で左の窓際で、研磨は肩を貸すのが面倒で窓際を譲っている。来る時もそうだった。無意識、本能が黒尾の元へ導いたのだろうか。自分の元に無意識で来てくれたこと、隣で自分の肩に全てを預けスヤスヤ眠る好きな女の子に耐える自信がなくても耐えなきゃいけない。紛らわせるのに、口元を手で隠し頬杖をつき窓の外に目を向けた。

「うわ、キモ」
「ねえ、やっくん。もうちょっと言葉をオブラートに包んで」


マネージャー(仮) 合宿全日程終了。