改めまして

合宿が終わってから一週間。都立音駒高等学校、体育館前。

「来てしまった…」

バイト先の大量のパンを手に体育館の中から聞こえる部員達の声を聞きながら足を踏み入れることが出来ず、ただ立ち尽くしていた。

あの合宿から休んでいた分バイトを張り切った。だが、頭にあるのは部活のことばかり。ああ、今頃ボトルの中身を補充している頃だろうか、洗濯はまた部員達がやっているんだろう、その分練習ができない人がいる…など、一週間しかやっていないのに、すっかりマネージャー気分で気になってしまう。
私はこんなに未練タラタラな人間なのか…!差し入れという理由をつけてまで来て!しかもバイト先から一度家に帰ってジャージに着替えてくるなんて!
いや、でも私服じゃ学校には入らないし!バイト先から学校に来るまでの通りに家はあるし!差し入れのパンも店主達が、なまえちゃんがお世話になったから持っていきなってくれたものだし!流石に沢山くれようとしたからお金は払ったけどね!もう店主さん達大好きっ!

って、言い訳をしているけど。本当はただ…


「皆に会いたかったんだぁぁぁぁぁ!!」


だってずっと一緒にいたんだもん。朝から晩までずっと!それで急に会えないって寂しい!!
会いに行っちゃうもんね!遠くからでも見れるように双眼鏡持ってきたもんね!とだんだん強気になってきた時、離れた場所から名前を呼ばれた。


「あれ?…なまえちゃん?」

私の名前を呼んだのは、ハンサムイケメン直井コーチ。その隣には、猫目で笑う猫又監督もいた。相変わらず、一緒にいることが多いふたり。素敵だ…!直井コーチが私のことを名前で呼んでくれるのは猫又監督がそう呼んでくれるからだ。監督が孤爪くんのことを名前で呼んでいるのを聞いた時、羨ましがったら快く私のことをなまえと呼んでくれるようになった。
私がいることに驚いている直井コーチの横で猫又監督は「見にきたんだろう?」と目を細めて笑った。


監督に連れられて体育館の中に入ると、一番最初に気付いたのはリエーフだ。私の姿を見つけるなり大きく目を開き、顔がぱあっと明るくなる。か、かわ…可愛い。

「みょうじさんだ!」

来てくれたんですか?!あ、それ差し入れ!?など大きな声でズカズカ歩いて来るリエーフに皆がこっちを向いた。リエーフ同様、驚いた後顔を明るくさせる1年生達。来ると予想していたのか2、3年生はそれほど驚いている様子はない。
孤爪くんなんかはこっちをチラ見しただけで何の反応もなかったから、そっちに向かって大きく両手をぶんぶん振ると、渋々振り返してくれた。その孤爪くんの後ろに現れた黒尾先輩はよりイケメンに磨きがかかっており…

「はぅあ!」
「?」
「一週間ぶりの黒尾先輩……ありがとう…」
「??」

自分の胸あたりのジャージをぐしゃっと握って、もう片方の手を先輩の方へ手を伸ばす。それを見た先輩は「相変わらず、みょうじちゃんしてる」と苦笑い。リエーフは口を半開きにして首を傾げるが、今から試合が始まるみたいで皆の元へ戻っていった。
今日は一日練習試合らしく。これが最終セットみたいだ。バイト終わりだったから皆のプレーが見れるか微妙だったけど、間に合って良かった。私は上のギャラリーに行って見学しよう。
その場から離れようとした時、猫又監督に呼び止められた。

「久しぶりに座って見るかい?」

そう言って、自分が座っている隣の椅子を軽く叩く。直井コーチはいいのかと周りを見渡す私に、あいつは後ろから見ると言った。そこで座って皆のことを見るのはマネージャーを任された初日だけ。折角なら!こんな機会もうないかもしれない!勢いよく返事をして監督の隣に座った。



「……」

試合が始まり改めてじっくり見ると、当たり前だけどマネージャー初日と比べてバレーについて沢山のことを知ったと思った。
合宿中は、スコアを書いたり他の仕事とかで余裕がなかったから、こんなにゆっくり見るとより沢山のものが見えて、それと同時に凄いなって。前は何が凄いのかが分からなかったのが、何となく分かるようになってきて。もし、マネージャーをやってバレーを、皆のことを知って、そしたらもっともっと分かるようになるんじゃないか。

この人達を支えたい。支えるなんて大きなことは出来ないかもしれないけど、ほんの少しでもいい。それが出来たら遠い存在とは思わなくなるだろうか。プレーヤーにはなれないけど、皆が目指す場所を近くで見てみたい。

ここに来て、心の奥にしまってた欲が出てくる。2年のこの時期に今更マネージャー、そんな事を考える人はここにはいないのは知っているし、バイトを辞めると言っても店主達は嫌な顔をしないのも知っている。だけど、辞めるという行為に勇気が出ないだけだ。マネージャーを引き受けたきっかけも下心からだしなぁ…。
寂しい気持ちはもちろんだけど、不器用な私に仕事を教えてくれて、なまえちゃんがいると楽しいって言ってくれて。辞めるにもいきなり言っていいものか。でも、そうしないと先輩達の大事な試合まで間に合わない。

ここ一週間そんなことをずっと考えていた。


「迷っているのか?」
「え?」

試合を見ながらまた考え事をしていた私に、コートの中に目を向けている監督が口を開いた。

「やりたいことをやればいい」
「……」
「周りの大人達はそれを手助けするためにいる。きっとなまえの周りにはそんな素敵な人達がたくさんいるんだろ?」

今度は私の目を見て笑う監督に目頭が熱くなる。本当にほんっとうに私は恵まれていると思う。こんなに素敵な人達が周りに沢山いる。

試合が終わって監督達に挨拶をしてから急いでバイト先へ向かう。ちゃんと言おう。そう心に決めて手を力一杯握りしめた。


「……そうだった…!お店閉まってるんだった…」

閉店時間までバイトをしてから部活に来たわけで。当然、店主達に会うことは叶わなかった。そうだった…私はバカだった…!よしっ!明日言おう!明日!!





それから数日後。

「改めまして!この度、正式にマネージャーを務めさせていただくことになりました、みょうじなまえです!趣味はたくさんあります!好きな食べ物もたくさんあります!好きなものもたくさんあります!特技は……そう!ボール出し!!いつでもどこでもあなたの心にボールを出しに行きます!暫くの間、バイトと掛け持ちになりますが、これからどうぞよろしくお願いします!!」


「あなたの心にボール出し…?」「今日も意味わかんねえ!」「ぶっひゃっひゃひゃひゃ!」などの言葉と大好きな笑い声が聞こえてきた。
会えなかった次の日。店主達に話をしたら、嬉しそうに頷いてくれた。どうやら、何となく気付いていたらしい。本人達は言ってなかったけど、あの日差し入れを待っていくきっかけを作ってくれたのも気を使ってくれたんだと思う。
辞めることにはなったけど、シフトが入っているところは出るから、夏休みが終わるくらいまではバイトと掛け持ちになる。よーっし!頑張らなくては!!



少し離れた場所にいる研磨の表情は俯いているせいで髪に隠れてよく分からない。しかし、口元は少し笑っているように見える。

「ウチにもやっと……念願の…マネージャー…!」
「……みょうじだけど」
「この際、みょうじでも何でもいい…!」

夢見たマネージャーができたことに山本は涙を流した。夢見たそれには程遠いみょうじに酷い言いようだが、それも少しの照れ隠しだろう。3分の2は本心だが。その後、みょうじのことは普通に好きだしとコソッと研磨に耳打ちする。これは黒尾に聞かれないように気を使ったようだ。そこは気にしないんじゃないと内心思うが、言葉には出さなかった。

「でも良かったな!お前ら仲良いし、それにまさか本当にマネージャーやってくれるとは思わなかったわ!」
「うん」
「…?…お、おい。まさか…お前…」
「…流石にこんな早くやるとは思わなかったけど…。監督が何か言ってたみたいだし、多分その時に決めたんじゃない」

最初からこうなることを分かっていたかのように平然と頷いて話すみょうじの親友(仮)に山本の顔は引きつる。それと同時にそんなにあのふたりをくっつけたいのか、しかしマネージャーをやらなくても付き合いそうだがなどと考える。それに…

「そういうのする奴だったか…?」

いつかの赤葦と同じことを言われ、研磨は不服そうな顔をする。

「別に、それだけじゃないし…」
「?」
「本人は気付いてないけど、部活の話をするといつも凄く羨ましそうな顔をするから…。クロじゃない違う人に夢中だった時も。運動音痴で運動部に入るのを諦めたみたいだけど、そういう部に入りたそうだったし。多分、みょうじの中にマネージャーとして入部するっていう考えがなかったんだと思う。それに、マネージャー…みょうじには向いてる気がする。誰かの為に一生懸命になれる人だから」

でも、選手として運動部に入りたかったかもしれないけど…。スラスラ、みょうじのことを話した後、最後は目を泳がせて弱々しく呟いた姿に山本はきょとんとする。そして、段々顔が緩んでいった。

「…………その顔、やめて」
「みょうじのことを思って…やっぱり親ゆ「うっさい!」」

山本の言葉を遮り、珍しく声を上げる研磨の顔は罰が悪そうで。段々自分の発言に気恥ずかしさが込み上げてきて、最悪と吐き捨てた後、俯き髪で顔を隠した。

「孤爪くんが大きな声出してる!どうしたの!?」

珍しい。目をキラキラさせてやって来るその原因の人物に嫌な顔をする。

「来ないで」
「え!」