女としてみられたい

「え、え?…え!これ、これ私に!?私にくれるんですか?着ていいですか?いいんですか!?いいんですかぁぁぁぁ!!」
「ウン。みょうじちゃんのだからね」

うわああああ!とジャージを広げて抱きしめる。マネージャーになることを告げて数回目の練習。貰ったのは音駒バレー部のジャージ。正式に活動することになったので、頼んでくれていたらしい。あれ…ちょっと待って…これって…!!

「黒尾先輩と、ペアルック…!」
「いや、ペアルックではなくね?」
「そうですよ!俺達ともお揃いなんですから!!」

私の叫び声にゾロゾロと皆が集まってきて、リエーフが最初に言葉を発した。

「そうか!皆とお揃いってことか!!監督とコーチとも!」
「まあ、部活のジャージだからな」

そんな喜ぶもんなのか?なんて苦笑する虎。これはかなり嬉しいぞ!中学の時はあまり活動していない部に入ってたからこういうチーム、仲間みたいなお揃いのものはなかった。私もチームの一員になれた証みたいな感じがして心がぎゅーってする。周りからしたら当たり前なことかもしれないけど、それが凄く嬉しくて。もう一度、ジャージをギュッと握りしめて皆に目を向けた。

「へへ…幸せ」

ニヤけが止まらない顔でそう言うと、一気にその場がシーンっと静まった。
…あれ?…え?私、なんか変なこと言った…?っは!顔か!顔が変だったんだ!!

「すみま「かわいい!」……うぇおっ」
「みょうじさん、なんか今すっげぇ可愛かった!」
「え、…え?」

変な顔を失礼しました、と謝ろうとした時、リエーフに思いっきり抱きしめられた。し、身長が高いのと勢いが凄くて顔面が潰れるかと思った。

「普段、凄い顔しかしてないからびっくりしましたよー!」
「え」

私は普段どんな顔をしているんだ。確かに、少しは!自覚あったけども!黒尾先輩を見るとそんな顔になってしまうんだよ!いや、見ていなくてもだけどね!

「さっきはすっごく可愛かったッス!」
「うそ!ほんと?!」

さっきから可愛いと何度も言ってくれるリエーフに言われ慣れてない私は少し照れる。そ、そんな…嬉しいではないか。しかし、次の言葉にリエーフの腕の中から崩れ落ちることになる。

「赤ちゃんみたいで!」
「……え」

赤ちゃんみたいで…?
え?赤ちゃんみたいな可愛さだったの?…え、私、赤ちゃんだったの…?妹みたいで可愛いっていうのは言われる事が多くて、さっきのリエーフは妹じゃなくて、女として可愛いって言ってくれてるのかと思ったけど。まさかの赤ちゃん!!

「女として、ではないのぉぉ」
「…へ??」

ぽかんとするリエーフの前で、床に顔を伏せた。そこに虎と犬岡くん、芝山くんがやって来る。

「ちょ…灰羽くん!」
「みょうじさんは素敵です!!」
「あり、がとう…」
「…おい、大丈夫かよ…」

意外にもかなりダメージを受けているみょうじに山本は心配の声をかけた。

「…虎。私は赤ちゃんとして、可愛いんですかぁぁぁぁ」

これでは黒尾先輩のお嫁にいけない。だって、このままいくと結婚できたとして、先輩は赤ちゃんと結婚するってことになるじゃん!?それは流石にイケナイことでは!?
悶々と意味不明なことを考えているとは本人は気付いてなく、みょうじはとても面倒くさい人間になっていた。それを少し面倒くさがりながら、山本は答える。

「いや、さっきのは充分女とし…」

そこまで言ってハッとする。みょうじを中心に周りには皆いて、そこに黒尾もいる。みょうじが落ち込んでいるからだけではなく、リエーフが抱きしめた時に焦って犬岡達に続いてこっちに来たのだ。
リエーフはああ言ったけど、あれは普通に一人の女として可愛いと思ってしまった。普段、変な顔をするから余計に。だから、幸せと笑った瞬間、驚いて誰も言葉を発しなかったのだと思う。黒尾さんがみょうじのことを好きと知った時は、失礼ながら本気で驚いたが、なんとなく分かってしまったような気もする。

黒尾の目を気にして上手い返しがみつからず、山本は言葉を濁す。

「と、虎ぁ」

そんなに私は女ではないのか。佐藤先輩にも妹みたいで恋愛対象としては見られなかった。というか、私のことをそういう対象で見てくれる人はいるのだろうか。この先も現れないのでは!?近くに、そういう対象で見てくれてる人がいることにみょうじは知る由もない。
立ち直るどころかまた落ち込んでしまった姿に、親友(仮)に助けを求める。

「研磨!」
「え」

こっちに来いと手招きする山本に、巻き込まれないようその場を離れようとした研磨は嫌な顔をする。しかし、あまりにも必死な表情の山本を見て、渋々口を開いた。

「…俺、みょうじのこと可愛いなんて思ったことない」

その時、また一瞬にしてシンッと静まった。山本を含め、みょうじの近くにいた人達はピキッと固まる。また誰も何も言えないでいると、意外にもみょうじが言葉を発した。

「そう言われるって予想出来たのが、悲しい…!」

そうして伏せたまま顔を上げないみょうじに、「……虎とかに可愛いって思わないそれと同じじゃん」とムスッと口を尖らせる。「そういうことじゃねえだろ!」突っ込まずにはいられない山本だが、多分研磨は性別関係なく友達として見てるからそう思わないという意味だろうとなんとなく理解した。


そのやりとりを最初は楽しそうに眺めていた夜久は段々と不安げな顔になる。

「俺、あいつらがいろいろ心配」

俺ら3年抜けたらどうなる。本気で心配をする夜久の隣で、海は何とかなるよと微笑んだ。まだ不安が拭え切れない表情の夜久は黒尾に目を向けた。

「お前の出番なんじゃねえの?」
「え」

そう発した夜久はすっかり楽しそうな顔に戻っていて、黒尾はギクリと苦笑する。

「この中で一番説得力あんのお前だろ」
「…んー…それはどうでしょう…」
「あ?ごちゃごちゃ言ってねぇで、さっさと行ってこい!」
「いだっ」

背中を押す代わりに、背中に蹴りを入れる。

「俺がいったらみょうじちゃん、倒れちゃうかもしんねーよ?」

いいの?と自信満々のキメ顔に、夜久は青筋を立てて「てめぇがやられろ!」とまた蹴りを入れた。
そして少し歩き、まだ床に伏せてるみょうじの肩を軽く叩いて名前を呼んだ。

「みょうじちゃん、みょうじちゃん」
「………はい」
「俺は、……」
「??」

女として可愛いと思った。とみょうじちゃんが苦手な耳元でそう言おうとしたが、それが出来ず固まった。何故なら、顔を上げたみょうじちゃんの表情が俺の苦手なもので。思わず開いた口をぎゅっと閉じた。いやいやいや…なにその顔。その涙目で上目遣いは本当やめて。悲しそうな顔しないで。首を傾げないで。ベタだけど、みょうじちゃんのその顔が苦手なんだよ!ちょ、これ…どうすんの、これ。

一応皆見ているわけで、少し楽しみながらこの場を収めようとしていた黒尾はこの状況に冷や汗をかく。さっきのみょうじの幸せ発言の笑顔に1番やられてたのは他でもない黒尾で。やり返してやろうと自信ありありで夜久達にキメ顔をしてしまった以上、引き下がれないと思い、ゆっくり口を開いた。

「あー…みょうじちゃんは、その…可愛いよ。女、のコとして」

少し視線をずらして、周りに心情をバレないようにして言った。

「…女の、コ…」

女ではなく、女のコと言われてみょうじはガクッと頭を下げる。やば、と思い声をかけようと手を伸ばした時、勢いよく頭が上がった。

「?!」
「私、女として見られるように修行します!ここに誓います!!」
「え、ウン」
「私、頑張る!!皆さん覚悟はいいですか!?」

うおおおおおおと両手を上げるみょうじの姿に周りは元に戻ったとホッと息を吐いた。親友(仮)だけは「えー…面倒臭くなりそう」と呟く。


「マジでやられたな」
「ふふ」

黒尾の心情はこの2人にはバレていたみたいで、夜久は指を差してけらけら笑った。


黒尾先輩、女のコって言った…!ってことは赤ちゃんではないよね!?イケナイことにはならないかな!?何歳くらいだろう。いつか"のコ"を抜いてやろうではないか!これも花嫁修行!!
そんな事を考えていると、ヒョコッと目の前に福永くんが現れて言った。

「みょうじはいつでも可愛いよ」
「ふ、ふふふふふふふ福永くん!?」

普段喋らない分、威力は絶大で。周りも目を見開く中、結婚してくださいと言いながら、また床に崩れ落ちた。


「あー…余裕こいてるから。みょうじ、惚れやすいって言ったのに…」
「今言う!?それ!…つーか、残念ながら俺にはもう余裕なんてないんですぅ」

そう、と楽しそうに笑う研磨には全てお見通しだった。