再会

8月末ー土曜。

今日は梟谷グループと烏野を入れた5校で合宿。場所は音駒高校。こうして合宿をするのは今回を含め二回でその後は代表決定戦が始まる。

「なまえちゃん、マネになったんだね〜」
「改めて、よろしくね。そう言えば、バイトはどうしたの?」
「こちらこそ、よろしくお願いします!バイトはあと数回行って、辞めさせて頂くことにしました!」
「そっか。…それとさ、暑くないの?それ」
「正直言ってしまえば、暑すぎます!」
「脱ぎなさい」

一足先にやって来た梟谷のそのマネさん達に、この間貰った音駒ジャージを羽織って挨拶をしに行った。自慢げに背中を見せるとふたりは喜んでくれ、これからよろしくねと受け入れてくれた。それから、私の格好を見たかおりさんには「熱中症になったらどうするの」と心配される。お姉さま…!

「あ。それじゃあ、上からじゃなくて下で、だね?」

ジャージを脱いで手に持った時、雪絵さんがそう言ってニィと笑った。その意味は直ぐに理解できた。合宿最終日のお別れの時に言った、皆さんのことを上からめちゃくちゃ応援しますから!に対しての言葉。マネージャーになった今はベンチで、近くで応援できる。雪絵さんに、「はいっっ!」勢いよく返事をした。

返事をしてから直ぐ、誰かに名前を呼ばれて振り返る。この声は…

「木兎さん!!と赤葦くんだぁー!」

雪絵さん達に挨拶をして、ふたりの元に駆けていく。

「おお!マネになってる…!」
「はい!!不束者ですが、どうぞよろしくお願いします!!」

黒尾先輩から既に聞いていたようで。木兎さんは不束者の言葉に、なんか結婚するみたいな挨拶だ!と言い、頭を撫でた。私はこのジャージを自慢したく、袖を通してふたりに背中を見せる。

「どう?どうでしょか!?」
「似合ってるよ」
「嬉しそうだな!ウチのも着てみるかあ?」

似合ってる。そう言う赤葦くんは目を細めて微笑む。相変わらずの美しさだ!木兎さんの今の発言。ウチのも、ということは梟谷のジャージってことですか?!うわっ…うわあ!是非とも着てみたい!!木兎さん達と同じジャージを着た自分を想像している私に赤葦くんは「暑いんだから皆に見せたら脱ぎなね」と言った。お母さま…!



そうして他校の人達に挨拶とジャージの自慢をしに行ったり、準備やお茶出しなどマネージャーのお仕事が一通り終わった時、一番遠くの烏野が到着した。ツッキーが身支度を終え、体育館に入ると木兎さんの大きな声が響いた。

「ヘイ!ツッキー!!今日もブロック跳んでくれ!ヘイヘーイ!!」
「……」
「木兎。他校の1年に引かれるの巻」

前回の合宿と同じような反応を見せるツッキーに小見さんは楽しそうに呟く。しかし、誰も想像していなかった答えが返ってきた。

「……。…ハイ、お願いします」
「「!!?」」
「!!?!?」
「自分で頼んどいて何びっくりしてるんですか」

頭を下げるツッキーに、元気よく挨拶をして入って来た翔陽くんと、とびとびは目をギョッとして振り返り、頼んだ木兎さんも混乱している様子。赤葦くんはツッコミを入れるが、一瞬言葉を失っていた。たまたまツッキーの後ろにいた私も驚き、震える手で口元を覆う。

「ツ…ツッキーが…デ、デレ…!?」

そういう意味じゃない。分かっていてもこれはデレたに入れてしまいたいという謎の気持ちになる。あの時、先輩方がツッキーを自主練に誘ったのは偶然だったと思うけれど、それが今のツッキーの変化だったら嬉しいな、なんて一丁前に考えてしまう。自分の後ろで、ほわほわにやにやが止まらない私をツッキーは冷たい目で見下ろす。

「…変なこと言うのやめて下さい。ていうか、何でここに…」

そこまで言ったところで私の格好に気付き、一瞬顔が歪んだ。

「ふっふっふぅー。正式にマネージャーになりましたー!よろしくね!!」

さっきと同じように背を向けてジャージを見せる姿に「暑くないんですか」と素直な感想を述べる。長期合宿の最後の自主練の時にツッキーには「会えなくなるの、寂しいね。連絡先交換しよ」「遠慮します」のやり取りを何回かやって連絡先をゲットしたから、マネージャーをやるとはあまり思わなかったのだろう。

「翔陽くん!!見て見て!!これ、貰ったの!!」
「…お、おおお!!(久しぶりだとこの距離感が慣れないぃ…)」
「とびとびー!どう?どう??ペアルックなの!似合ってる?!」
「?…はい」

近くにいたふたりにもジャージ姿を見せたところで虎に捕まり音駒の元へ戻った。
どうやら孤爪くんに、うるさいのをどうにかして来てと言われたらしい。何故俺がと最初は反発した虎だったが、他校の1年が困っているように見えて嫌々連れ戻しに来たというわけだ!


「すげぇ汗かいてんだけど…いい加減、脱ぎなさい」

皆の元へ戻ると、汗を垂れ流しているのに気づいた黒尾先輩が私のジャージの襟元を掴んで脱がせようとする。

「まっ!!…先輩に、脱がしてもらう…なんて!!!」
「…なぁに?みょうじちゃん、そんなに脱がされたいならお望みど…いでッ」
「ほら、みょうじ。これで汗拭け」

襟元を掴んだまま顔を近づけた黒尾先輩の後ろから夜久先輩が軽く蹴りを入れて、タオルを渡してくれた。あ、危なかった…!危うく、鼻血を出すところだった!今の先輩の声ほんっとエロかったもの!
夜久先輩は黒尾先輩の方へ振り返り、「鼻血出したらどうすんだ!」と小声で怒鳴っていたのは私の耳には届かなかった。




それから練習試合がスタート。2回目の合宿というのもあり余裕を持って1日が終わった。これから皆は自主練をするのかな。洗濯終わったタオルを数枚持ち、体育館へと向かった。
その途中少し離れたところで、水道の蛇口から大量の水を頭から被る犬岡くんの姿があった。

いつも元気な彼の雰囲気が今はちょっと違う。その理由は何となくわかった。何回か海さまと代わって試合に出た時、主にレシーブが上手くいってなかったような気がする。それに釣られて他のプレーもいつも通りにいってなかったような…。
元々はあまりレシーブをしないMBのポジションだったらしいけど、GW明けからWSをやるようになったと前に本人から聞いた事があった。その時、「1本目の怖さに気付いてしまったから、もう立ち向かう以外無い」と言った犬岡くんの目は前だけを見ていて、何でか分からないけど鳥肌が立った。
どれだけ頑張っても、前だけ見て走っても、自分の納得いく結果が出るとは限らない。そういう時、負の感情が現れてしまうような気がする。

でも、他の人がそうなるかはわからない。犬岡くんの表情は、落ち込んでいるというより焦りのような感じがする。
蛇口を捻り、びしょびしょの頭を左右に振る犬岡くんの方へ近寄る。タオル、持ってくるの忘れたんだね!おっちょこちょいなとこ、可愛いなあ!!

「どうぞ!」
「!…あ!みょうじさん!…え、これいいんですか?」
「いいよ!」

やったー!あざっス!!と元気よく顔を拭く犬岡くんは、きっと洗濯し終わったタオルを使うことに気を使ってくれたのだろう。私も偶に洗濯したタオルを直ぐに使っちゃう時がある。黒尾先輩が使ってたものと願いながらね!!他の人でも全然いいけどね!結果、どれでもいい!!

「スッキリしました!」
「良かった!昼間、お日様出てたからそういう匂いしたでしょ〜?気持ちいいよね!」
「言われてみれば…!これお日様の匂いですね!めっちゃ気持ち良かったっス!」
「でしょでしょ!」

タオルを受け取り、自主練をすべく海さま達のところに歩き出した犬岡くんの後を追いかける。

「?黒尾さんは確か、向こうの体育館で自主練してるみたいです!」
「そうみたいだね!」
「??」
「?…あ!犬岡くん達の方でお手伝いさせて下さい!ボール拾いも磨いておりますよ〜」

どうやら黒尾先輩達の自主練に付き合うと思っていたらしい。普段、犬岡くん達の自主練に付き合うこともあるけど、この間の合同合宿ではほぼそっちにいたからなぁ。お手伝いさせて欲しいと言うと、嬉しそうに彼の表情がぱぁと明るくなる。なんと、愛くるしいのだ…!そんな愛くるしい犬岡くんの表情は一変し、真剣なものになった。

「今日のプレー、全然ダメだったっス」

低い声でそう吐き、続けて両手を上げ空に向かって大きな声を出す。

「よーっし!頑張るぞーー!!」

その姿を見て犬岡くんらしいと思った。けど、そんな彼を見て頭に浮かんだ言葉があり、思いのまま口に出した。

「一回スピードを緩めて、周りを見渡してみると、もしかしたら加速アイテムが落ちているかもしれない」
「…?」

近道ではない。ゴールまでの加速。

「犬岡くんは今、ビューンって感じで走ってるけど、一回サァーって走りにして周りを見るともしかしたらヒューーンって早く走れるアイテムが見つかるかもしれないって感じ!!」
「!!ビューンをサァーにしたらヒューーンになるかもしれないっていう事ですね!」
「そうそう!」

スポーツをしている人に対して、それも私が言うにはあまりにも無責任なことだと思う。そのアイテムがあるかなんてわかんないし、どちらかと言えば見つける方が難しい気がする。ただ、今の犬岡くんはいっぱいいっぱいのように見えたから。そうなって上手くなるというのもあるだろうけど、何となく今日の彼を見ていると、焦りが凄く伝わってきて。空回りしているように見えた。でも…

「ふふ、犬岡くんなら大丈夫かぁ〜」
「え?」
「だってかっこいいもん!」
「!」

スポーツにおいて、大丈夫ってことは絶対にないと思うけど、大丈夫な気がする!


「みょうじさん!ありがとうございます!」

裏表のない真っ直ぐなみょうじが自分なら大丈夫と本当に安心して言ってくれたことが勇気をくれ、そしてそれに応えようという気持ちになる。みょうじのさっきの言葉に犬岡は少し力が抜けた気がした。加速アイテム、か…。研磨さんが使いそうな言葉だと、ふと思った。




"一回スピード緩めてみたら?周りに、加速とか使えそうなアイテム落ちてるかもしれないし…今よりも速く辿り着けるんじゃない"



去年、孤爪くんに言われた言葉。確か、佐藤先輩とのことで落ち込んでた時に言われたことだった。アイテムは落ちてなかったけど、凄く気が楽になったのを覚えてる。



緩めたときに掴んだアイテムがあったことに、本人が気付くのはいつだろうか。掴んだのは佐藤先輩にではなく黒尾に対してのアイテム。
ふたりが初めて会話をしたのは、あのバレンタインの日ではない。