約束

「どうしてあなたはそんなにカッコいいの。それはあなたが黒尾先輩という人間だからさ」
「正解ー!!孤爪くん、全問正解です!!」
「…ねえ、あのふたりは何してんの?」

音駒が泊まる教室にて。背を丸め両足の裏をくっつけて胡座をかく研磨と、その後ろで正座をし豪快に拍手をするみょうじ。頭を打ったかのような発言をする幼なじみに、お風呂上がりの黒尾がドア付近で状況が読み込めず、立ち尽くしていた。

「背もじあそびらしいです!3問全て正解したらみょうじさんが孤爪さんの飲み物を買ってきてくれるみたいで」

今ので最後です!と全問正解した研磨に目を輝かせる芝山。ここには研磨とみょうじの他に芝山と手白がいて、最初から見ていたらしく全てあんな感じの漢字も混ぜた長い文だったそうで。純粋に感心する後輩になんだか居た堪れない気持ちになる主将。

「不正解だったら?」
「買いにいかないらしいです」
「研磨が2人分の飲み物を買いに行くんじゃなくて?」
「みょうじさんは飲み物いらないみたいで」
「え、それみょうじちゃんにゲームやるメリットなくね?」
「ないですね」

そもそも孤爪さんが飲み物を買いに行こうとしたのに気づいたみょうじさんが背もじあそびで正解したら自分が行くと言ったのがきっかけで。無表情で淡々と事の経由を話す手白に、あーただその遊びをしたかったのねと納得する黒尾。


「じゃ、いつものね!」
「ん。よろしく」
「…ひはっ!!こ、孤爪くん…黒尾先輩が、いる!!」

立ち上がり黒尾の存在に気づいて、お風呂上がりのおおおお!と叫び声を上げる。そして、何かを思いついたみょうじはパンッと両手を叩き、おずおず…いやモジモジ黒尾に近づいた。

「一回だけ!先輩の背中を貸していただけないでしょうか!?」
「え」

少し固まり、俺も…?と苦笑いした後、ふと笑みを溢しその場に座った。

「どうぞ。好きなだけ使って下さい」
「っうぇ!…聞いた?孤爪くん、今の聞いた?!」
「聞いた。それより、さっさと終わらせて飲み物…」

こっちを見ずに背中を向けて言う先輩に、興奮が隠せない。その背中、好きに使っていいんですか?!頭の中はパラダイス。孤爪くん、ちょっとだけ!ちょっとだけ待っててね!

「し!しししししし失礼します!」

ゆっくりしゃがみ込んで先輩の背中に指を当てた。

「頭の中で文字を繋げて、最後にまとめて言ってください!」
「おー」

一文字ずつ書いていき最後の文字が終わったとこで、先輩は頭の中で文字を並べている様子。整った時、口を動かした。

「くろおなまえ」
「!!」
「…俺は何を言わされてんだ?」

口に出して初めて理解した先輩は苦笑いをして、こっちを振り向く。振り向いた先には力なく倒れる私。せ、先輩が…先輩の名字で私の名前を言ってくれた…。いや、言わせたが正しいのだけれども!!明日はご飯抜きでも耐えられる。なんてさっきの黒尾なまえを脳内再生しながら考える。

何度も繰り返し流れる黒尾なまえに胸を押さえていたら、途端に視界が黒くなった。…影?真っ暗ではない。伏せたまま顔を少し横へ向くと、何故か黒尾先輩の声が上から聞こえた。

「みょうじちゃんさ、」
「!?!?」

影の正体は黒尾先輩で。片方の手を私の胸あたりの横につき上半身だけ傾け、覆い被さっていた。顔を上げた私の方へ少し距離を縮めて覗き込む。

「そんなに黒尾になりてぇの?」

そう言う先輩の顔はいつものニヤニヤした笑みでも意地悪な笑みでもなく、時々見せる真面目な顔でもない。ただ、眉を少し下げて優しく笑った。

「……」

こんな顔は見たことない。口を半開きにしたまま、ドンッと頭から倒れた。


「は?ちょ「あー!みょうじさんがいる!!…あれ?どういう状況???」」

何かを狙ってやった訳じゃない黒尾はみょうじが倒れたことに驚いた。その瞬間、扉がガラガラと開き、お風呂に入っていたであろうリエーフが戻ってきた。首を傾げるリエーフに芝山が説明しようとした時、首だけを廊下に突き出し大きな声を出した。

「夜久さーーーーーーーーん!みょうじさんが倒れてますーーー!!!」

は?と言う小さな声と共に足音が聞こえる。廊下にはお風呂上がりの夜久、海、福永。そして、途中会ったのか烏野の部屋に行っていた山本、犬岡がいた。
夜久が到着した時、黒尾はみょうじから離れ、頭の中で言い訳を考える。今のはわざとじゃねぇし俺は悪くない、と。しかし、夜久は腕を組みこの状況を見て、鼻血は出してねぇな!とみょうじの顔を確認して終わったため、その言い訳を使うことはなかった。

なかったが…

厄介なことに他校の悪ノリ大好き人間が居合わせていた。

「なになに?なまえちゃんがどうし……!!皆!その場から動くな!!!」

突如現れたその人間、菅原孝支は顔を険しくさせみょうじに近づいてこう言った。

「これは密室殺人だ」

いきなり始まった菅原劇場に音駒面々はぽかーんとする。こういう人間だと薄々気づいていたメンバーも気づいてなかったメンバーもここで初めて確信することになる。菅原孝支は常識人ではない、と。

「これを見てくれ」

指をさしたのはみょうじの手元にあったバレーノート。ノートは開かれていて、シャーペンで大きく文字が書いてある。

「犯人はこの中にいる!!」
「ウン。その犯人…「そしてこのダイニングメッセージ!!」あ、ハイ」

黒尾の言葉を遮り、ノートを手に取って皆に見せる。そこに書かれていたのは大きく"エロイ"の文字。最後のイなんかは震えてどこまでも伸びている。これは黒尾が夜久に気を取られている時に、どうしたらいいか分からなくなってみょうじが書いたものだ。

「第一発見者は「おい!スガ!!」…げ」

ノリにのってきたところで烏野の主将がやって来た。

「いないと思ったら…。ほら、帰るぞ」
「えぇぇ…もうちっとやりてぇーよ」

悪いなと菅原を引っ張る澤村に、黒尾は「いや面白かったぜ」と謎のフォローを入れる。

「あの人ああいう人だったんスね」
「スガくん、こういうの好きそうだからな」
「みょうじさん、意識ありますー??」

菅原が去った後、各々感想を述べる音駒メンバー。研磨は「あんなに第一印象と違う人珍しい…」と呟いた後、ふっと笑った。そして、倒れている今回の被害者、みょうじも肩を震わせて楽しそうに笑っていた。そんな姿を見て黒尾は、楽しそうでなにより。なんて思ってしまうあたり相当きてるな、などと頭を抱えた。

「っっは!!!!そうだ、飲み物!!」

すっかり飲み物を買うことを忘れていたみょうじは勢い良く起き上がり、皆に挨拶をして出て行った。








普段使う自動販売機に早足で向かうと、そこには翔陽くんの姿が。この前の合宿では自動販売機でとびとびに会ったし、これが相棒という見えない糸で繋がれている人達なのか!と納得する。

「翔陽くーん!!」
「!ぅえ…!みょうじさん!?」

肩を上げて驚く翔陽くんはとても天使。何買ったの?普段ここの自販機で買うんだ!など色んなやりとりをして近くにあったベンチに2人で腰掛ける。

「今日もいっぱい羽ばたいてたね!天使の如く!!」
「(て、天使…?羽ばたく…??跳ぶと同じことだよな?)ジャンプは俺にとって別腹なんです!!」
「べべ別腹!?か、かっこいい!!」
「え、え?(かっこいい?…どうしよう研磨。俺、研磨の親友と上手く話せてない気がする…)」

目をぐるぐる回し、一生懸命みょうじが言っていることを理解しようとする日向。そこで、ふと気になったことを口にした。

「そういえば、みょうじさんって研磨といつから仲良いんですか?」
「孤爪くんと?えーとね、高1のゴールデンウィーク後くらいからだった気がする!」
「あ、そうなんですか!てっきり小学校か中学校からの仲だと思ってました!」
「ほんと!?そう見える?!嬉しい!!」

親友への道は遠くないかもしれない。うんうんと首を縦に振り、翔陽くんの言葉を噛み締める。最初は上手に避けられてたもんなあ。

「翔陽くんは住宅地で会ったんでしょ?運命的出会い!孤爪くんが迷子になったんだよね〜もうおっちょこちょいだよね〜」

前にけらけら笑いながら同じことを本人に言った時は、凄く冷たい目をして顔を崩していた。翔陽くんはその時のことを思い出したのか、ハイテンションで細かく何があったか教えてくれた。孤爪くんからは聞いてないことも聞けて、嬉しくなる。

「だから、俺は研磨に勝つんです!悔しかった!とか楽しかった!って言わせるんです!」
「!ふふ、そっかぁ。それはすごく楽しみ」
「あ、いや、すみませんッ!音駒のマネさんにこういうこと…ん?…楽しみ?」
「うん!楽しみ!私ね、孤爪くんのわくわく顔が一番好きなんだ」
「?」

そういうつもりはないけど、翔陽くんを利用するようで失礼かもしれない。だけど言わずにはいられなくて、不思議がる翔陽くんに向けて目を細めて笑った。

「だからね、孤爪くんに勝ってね」
「…っはい!」

何となく理解出来たみょうじの言葉に勝利の意思を込めて力強く返事をする。それと同時にみょうじの初めて見せる表情に混乱して「約束します!」と意気込んだ。それに対し目を瞬かせ、ニィと微笑んで日向の小指と自分の小指を絡ませた。

「約束!」
「は、はははははいッ!!!」

指切りをしているこの状況に日向はまた混乱、動揺、焦りを見せる。相変わらずの距離の近さとこの現場を誰かに…音駒の主将に見られたらと思うと冷や汗が止まらない。しかし、小指はすぐ離れみょうじが強気な声で言い放ったため、平常に戻れた。

「でも、音駒としては負けない!!」
「!俺達も負けません!」

日向翔陽はこの約束を一生忘れない。






「もう、嫌です!!このまま、もう一泊!ね?ね?」
「みょうじ!ふふふふふ梟谷のマママネさん方が困ってんだろ!離れろ!!」
「また次も会えるでしょ」
「連絡するから〜」
「うううう」
「おまッ!れん…連絡先を…!」

こないだと比べ一瞬で終わってしまった合宿。次々と帰っていく中、梟谷で最後。あまりの早い別れに駄々をこね、かおりさんの腰に腕を巻きつける。その近くで顔を赤くしながら虎が止めに入る。

「そんな寂しいのか〜?じゃあ、もう一泊くら「帰りましょう、木兎さん」赤葦!辛辣!!」

かおりさんと雪絵さんの後ろから、ひょこっと顔を出した木兎さんに赤葦くんが冷静に言ってのけた。

「今度は音駒でやらないから遠征だよ。みょうじ好きだよね?遠征」
「!!」

コクコク勢いよく頷く私に赤葦くんは、それじゃあ、また1ヶ月後ねなんて柔らかい表情をした。周りは「流石、木兎対策のプロ」と感心する。


そして、梟谷の人達はバスに乗り帰って行った。

「ねえねえ、虎。見てこれ!孤爪くんの真似ー!!」
「切り替え早ぇ…な!?おまっ!!なんつーとこに手突っ込んでんだ!やめろ!!」
「えー」

バスが見えなくなったところで、隣にいた虎に声をかける。真似というのは、孤爪くんがよくやるズボンの中に両手を入れることだ。暖かいのかなってずっと気になっていた。

「研磨ァ!!」
「……」

私を指差し、孤爪くんに訴える虎だがそれを無視される。見ていた黒尾先輩はゲラゲラ笑い、夜久先輩は苦笑い。意外にも海さまが「みょうじ」と名前を呼ぶもんだから、勢いよく手を抜いた。