お邪魔します

夏休み終了まで今日を含め、残り二日。部活は今日で終わり。最終日とあっていつもより早めに上がった。

「あらあら、いらっしゃい〜!なまえの母です。娘がいつもお世話になってます」
「ささ、どどどどうぞ!」

そして。どういう訳か俺はみょうじちゃんの家にお邪魔することになった。

「黒尾鉄朗です。こちらこそ、なまえさんにはいつもお世話になっていまして」
「きぃええええ!聞いた?聞いた!?お母さん!!あ、え、え?今、名前!名前で呼ん…!!」
「聞いた聞いた〜!礼儀正しくて、イケメンの上にイケメンな声。更に、イケメンだなんて〜」
「……」

玄関先できゃっきゃするみょうじちゃんとみょうじちゃんの母親。この親にしてこの子供。まるでみょうじちゃんがふたりいるみたいだ。つーか、あの人見知りな研磨がよくここに来れたな。いや、このふたりだから、か…。
ひとり納得をして用意してくれたスリッパを履き、中へと入った。




どうしてこうなったかというと、遡ること数時間前。

スクイズをひとりで洗っていたみょうじの独り言から始まった。

「あ!今日、お祭りかぁ〜」

毎年、夏休み最後の土日で行われるお祭り。去年は佐藤先輩を誘って行ったなあ。ふたりでどこかに行ったのは、お祭りが最初で最後だった。ドキドキして、色々やらかしてしまう私に優しく笑いかけてくれて、自分でもわかるくらい妹のように接してくれたのを覚えている。それでも懲りずにアタックし続けたのを思い出し、今さらながら脈なしなしだった!と気づく。

「黒尾先輩と行きたい…」

本当に無意識で出た言葉にハッとし、顔が赤くなる。なに言ってるの!きゃぁぁぁぁあ!恥ずかしすぎる!!でも、一緒にお祭りに行く妄想が止まることなく頭に流れてくる。せ、先輩の浴衣姿を一生に一度は見てみたい…!絶対、えろえろ。どうしよう…想像しただけで。うえ、かっこよ死。

「じゃあ、一緒に行きますか。お嬢さん?」
「!?!?」

突如、聞こえた大好きな声。頭がぶっ飛ぶくらいの勢いで振り向いた私に、黒尾先輩は自信ありげなドヤ顔をしていた。今の、聞かれてた…?いや、そんなことは今はいい。一緒に行きますかって。それってつまり、私とお祭りに行ってくれるってこと?

「私と!ですか!?」
「私と、です」
「おおおおおお祭りに!ですか!?」
「お祭りに、です」
「本当に本当?」
「本当に本当」
「〜〜っうっれしい!ですっ!」

部活が終わった後だし、まさか!まさか一緒に行けるなんて思っていなかったし、まして誘ってくれるとは思っていなかった。嬉しさのあまり、先輩の方へグッと距離を縮め、素直に感情を述べてしまった。いつもの倍、テンションが高いのに引いてしまったのか誘ってくれた本人は口元を片手で覆い、そっぽを向いた。

そんな姿に疑問を持ちながらも、先輩越しに少し離れたところをリエーフが横切ったのが見えた。

「あ!お祭り皆で行…うぐっ!?」

行くってー!リエーフ!と叫ぼうとしたら、前から思いっきり口を押さえられた。手で。先輩の手が、私の口に…!!興奮が抑えられなく焦っていたが、先輩の方がかなり焦っていた。

「ちょちょちょちょ!何でリエーフ誘う?!」
「え?皆で行くん「違う違う!!」

どうやらリエーフには声は届いていなかったらしく、私から手を離した先輩は向こうにバレないように気を使いながら、自身の体で私を隠した。そして、内緒話をする時と同じように口の端に手を付けて、小さい声で屈んで話す。

「俺と!みょうじちゃん!2人で!!」
「2人!?」
「そう。わかった?」
「それって…デデデデデデデートなのでは?!」
「そう、デートなの。デートのお誘いをしてんの!俺は!」
「え、え…え」

普段はこんなことを言わない黒尾だが、あまりにも直接言わないと伝わらないみょうじにやけを起こし、直球な計算なしの言葉で言ってしまった。俺、最近は結構みょうじちゃんに気があるって感じを出してるんだけど。自分で言っちゃあれだけど、自惚れたりしないの。と心の中で思った。

その後だ。みょうじの家にお邪魔することになった原因は。色んな感情で倒れそうになっていた体を堪えて、発したこの言葉。

「家に男の人の浴衣があるんです」
「?」
「着てくれませんか…」
「は?」





そして、現在。

みょうじちゃん宅のリビングで冷たい麦茶とお茶菓子を貰っていた。言い出した本人は、シャワーを浴びている。その後、浴衣に着替えるらしい。そして、俺も同様に部活で汗をかいた体を流すため、シャワーを浴びて浴衣を着る。その貸してくれる浴衣は、サイズを間違えて頼んだもので、誰かが着るかもと勿体ないから大事に保管していたらしい。


いやいやいや。ちょっと待て待て。おかしいだろ。うん、おかしい。俺は間違えていない。好きな子の家に初めてお邪魔して、シャワー浴びるって。しかも、みょうじちゃんの次に。
家に行くことを知っているのは研磨だけ。その幼なじみは、お祭りに行く体力はない、帰ってゲームをすると言って足早に帰っていった。でも、その後ろ姿は少し楽しそうで。あいつこうなること絶対予想してただろ、とこれから入る風呂場を見てため息をついた。


「ごめんなさいね。なまえが無理言ったんじゃない?嫌だったらお風呂も、浴衣も着なくていいからね」
「いえ…。嫌ではないんけど、初めてお邪魔して色々借りるのは申し訳ないというか」

リビングに戻ってきたみょうじちゃんの母親がそう言ったから、思ったことを口にした。最後に、みょうじちゃんが喜んでくれるなら…と恥ずかしい事を言ってしまい、その言葉を取り消したいと願ったが、それを聞いたみょうじちゃん母は両手を口元に当てて娘と似た声で、娘よりは小さい声で悲鳴を上げる。

「まあああああ!そうなの?そうなのね!」
「……」
「私も先輩見てから、浴衣姿を見たいと思ったのよね〜!」

私が楽しみー!なんて言う母は笑い方がそっくり。

「そういえば、研磨が…孤爪がお邪魔しているみたいで。いつもお世話になっています。実は幼なじみで」
「ああ、研磨くんね!!こちらこそ〜お世話になってます。研磨くん、ゲーム強いわよね。私、何回か負けちゃって」
「え?」

みょうじちゃんが孤爪呼びだから、慣れない名字で幼馴染のことを呼んだが、その必要はなかったらしい。それよりも次だ。最後の言葉に驚きを隠せず、ぽかんと口を開ける。何回か負けたって、その言い方だとほとんど勝ってるってことだよな?どんだけ強いんだよ。

おっとりしてて、ゲームをする姿なんて想像つかないみょうじちゃん母に顔が引きつるように苦笑いをする。そうしている間に、シャワーを浴び終わった部屋着のみょうじちゃんがリビングのドアから顔を出した。

「上がりましたー!あっ!先輩とふたりきりって!ずるい!!」
「じゃあ、案内するね。クロくん」
「はい」
「え、いつの間にそんな仲に!?」

ずるいと言った娘を無視し、案内するを母。そんな自分の母がクロ呼びをしていて、膝から崩れて落ちたみょうじちゃん。
ていうか、そんな部屋着で出てこないで欲しい。色々、危ねぇから。それパジャマだろ?タオル生地のやつ。みょうじちゃんはそういうパジャマを着るのかと変態じみたことを考えてしまった。それに胸元も緩く、下に崩れ落ちた時に上から見ると中が見えてしまいそうで。本当に危険だ、俺が。みょうじちゃん母がいてくれて心底安心する。


それから風呂場で汗を流して、用意された浴衣を着る。メンズ用のは簡単だからすんなり着れた。
それにしても、シャンプー諸々これを使ってと言われたものが、さっき横を通り過ぎた時にみょうじちゃんから匂ったものと同じもので変な感じになる。


シャワーを浴びたから髪の寝癖が治った。そして、リビングでみょうじちゃんを待つ。

用意が終わり、戻ってきたみょうじちゃんの姿に固まった。淡い色の浴衣に髪を後ろで綺麗に下でまとめ、小さな髪飾りをつけている。
よくウェディングドレスを着た奥さんに見惚れて固まるなんてのは大袈裟な。あったとしても自分は固まりはしないだろう。誤魔化せる、と思っていたが、好きな子の浴衣姿が普段とは違ったギャップに思わず固まってしまった。見惚れた、というのが正しい。 

そして、また俺を見た親子は揃って固まっていた。

「……かっこエロ、い」
「確かに、かっこエロね…。髪を下ろしていると、また違ったイケメンになるのね〜」
「髪を下ろしてる、なんて想定外」

眩しそうに顔の前でガードを作るように手をクロスし、壁に貼りつくみょうじちゃんは、見惚れて固まってしまった、と素直に言っていて少し羨ましいと思った。


あまり長居をして、お祭りが終わってしまうのもいけないからみょうじちゃん母に見送られながら家を出た。

ふと隣に目を向ける。浴衣を着ているせいか、いつもより小さくなっている歩幅に合わせるが、それでも一生懸命早く歩こうとする彼女を可愛いと思ってしまう。

「ゆっくり歩きな?」
「え?あ、はい。…ぐっ、イケメン!全てが」

いつも見る、胸に手を押さえる格好。しかし、下を俯くように胸を押さえるその姿をするも、浴衣を着ているのと髪をまとめているせいで普段よりうなじがよく見える。よく見える、なんて変態みたいな言い方だが、そう、目に入る、のだ。よって、何度も言うが色々やばい。そんなことを思ってるとは、隣を歩くみょうじちゃんは気づくわけがない。

「……その髪って下、三つ編みになってる?」
「!なってます!!わかります!?」
「うん。両サイドの髪をねじってハーフで止めて、残りを三つ編みしてピンで留め…」
「……せ…先輩、くくくくく詳しいのですね…!」
「……たまたま昨日テレビで同じようなの見た」

嘘だ。完全、ウソ。しかし、目の前の純粋無垢なこの子は「えええ…それって!?つまり運命!?」なとど喜んでいる。
みょうじちゃんの髪を見て思わず口に出してしまい、後悔した。まるで自分が誰かのヘアアレンジをするために、探究心を持っての言い方だ。あながち間違いではないが。髪型を見て直ぐに、結ぶ順序が頭に流れたのは俺がヘアアレンジの動画を結構な数、見ていたからだろう。その理由は単純で。合宿中、みょうじちゃんが木葉に髪を結んでもらっていたのが気に障ったのだ。

まあ、みょうじちゃんが嬉しそうなのはいいけど!あの場で木葉みたいに直ぐには出来ないけど、俺だって動画見れば出来るし!!つーか、好きな子の髪を他の男が触ってたら嫌だろ!普通!
なんて情けない言い訳を動画を見ていたことに気づかれた研磨に言ったのを思い出した。あいつ、鼻で笑いやがって。

この時ばかりはみょうじちゃんが自惚れなくて良かったと思った。気づかれずに済んで。冷汗が流れそうになる俺を他所に、純粋人間は目を泳がせながら、こっちを見上げた。

「恐れ多いことを頼んでも良いですか?」
「なんでしょう」
「…今度、私の髪を結んでくれませんか!?」
「……」

ウン。これは予想出来た。だから、思わず笑みが溢れる。

「喜んで」
「!?!?……や、やっぱり、あと1年…いや5年後にお願いしたいです…」
「え、長くね?」
「先輩に髪を触られるとなると修行しなくてはいけないので。心臓の」
「5年後っつったら、俺もう23よ」
「23歳の黒尾先輩…!?」
「ぶっ…ひゃひゃひゃ!!」

笑わずにはいられなかった。いつも結婚を申し込まれるが、こういった現実的な数字を言われたのは初めてで。5年後も好きでいてくれるのか、と緩む顔が止まらない。その前に自分のにはしますけど。