初のデート

それから、無邪気にはしゃぐみょうじちゃんと祭りを楽しんだ。

最後、研磨にお土産のリンゴ飴を買い、渡して欲しいと頼まれた。相変わらず、仲がよろしいことで。と嫉妬というものはなく、幼なじみと仲良くしてくれる彼女にお礼を言った。
十分に楽しめたし、夜遅くまでみょうじちゃんを連れ回すのもいけないため、帰ろうとしたその時、久しぶりに同学年の友人達の声が聞こえた。

「あれー?黒尾…?黒尾じゃねーか!どうしたよ!その頭!!…おーい皆、黒尾いんぞ!!」
「あ!本当だ!久しぶりじゃん」
「え、彼女?お前っ!彼女いたのかよ!?つーか、浴衣って!!羨ましいな、ちくしょう!」
「髪どうしたの?イメチェン?」
「この子、黒尾大好きな2年の子じゃね?」
「もう、夏休み終わりだよー嫌だぁーー」

「いや、お前ら。勢いが凄ぇから、落ち着けって!!ぶひゃひゃひゃ!!」

そこに居たのは男女共に10人くらい。仲良しかよ。一斉に喋り出すため、情報の処理が追いつかず笑うしかない。


「じゃ、また学校でなー」

ここでこいつらに捕まったら中々抜け出せないと思い、軽く流してみょうじちゃんの両肩を掴み反転させ、帰ろうとした。が、それを許してはくれず。

「ちょっと待った待った。これ買い過ぎて食えねぇんだよ!黒尾お願い!運動部!!」
「いーや、お前なら食える。頑張れ」
「えええ!」

休み中だったから、久しぶりに会ってもっと話したいと言われるが、明後日から毎日顔合わせんだろ。たく、食いもんで俺は釣れませーん!!心の中で挑発して、今度こそ帰ろうとした時、意外にもみょうじちゃんが引き留めた。

「黒尾先輩!どうぞ、私のことはお構いなく!!少しお話しされてからでも!」
「いや…」

まあ、少し話したい気もあるが。さっきも言ったように、明後日になれば嫌でも会えるし。そう考えに至るが、みょうじちゃんがこう続けた。

「先輩がバレー部以外の同学年の方とお話ししてるの見てみたいです…!」
「え」

嘘ないキラキラした目で見つめられたもんだから、未だ、しつこく呼ぶ奴らの元へと向かった。さっさと話して帰るぞ、俺は。








黒尾先輩が同学年の人とお話をしている。それを離れた場所で見て、同じ学年になったような気分を味わっていた。ありがとうございます、先輩方…!なんといっても、私の目的はこれだ!くっ…なんて、卑劣な…!!自分の下心満載な考えに黒尾先輩の輝きが眩しすぎて直視できない。
御礼を込めて天を仰ぎ、お祈りするように指を絡ませる私にひとりの女の先輩が声を掛けた。

「みょうじちゃーん!久しぶりー」
「わ!先輩ぃぃぃ!お久しぶりですっ」
「おお、相変わらず眩しい笑顔だこと。…ところで、あれ連れ戻さなくていいの?」

髪が崩れないよう頭にぽんっと手を置いて撫でるこの人は去年、委員会が同じで良くしてもらった優しい先輩。
去年は夜久先輩と同じクラスだったということもあり、ふたりで私のことを気にかけてくれた。もちろん、佐藤先輩が好きだったことも知っているし、今は黒尾先輩にメロメロのドロドロだということも分かっているみたい。だから、友達に囲まれて楽しそうに話す黒尾先輩を見て、話しかけてくれたのだ。その中には、女の先輩もいるからというのもあるのだろう。なんて、お優しいんだ!自分から提案したことだから気にはしていないが、同学年だったらあんな風なのかなと羨ましくは思う。それに、私はただの黒尾先輩大好きな人間なだけで、連れ戻すなんてそんなのは恐れ多いこと。

なにより…

「あんなたくさんのお友達と話す黒尾先輩をこんな近くで見れるなんて、初めてですからぁ〜!目が幸福と言っています!!」
「あ、そうなの?ならいいけど」

「えー俺だったら嫉妬しちゃうなぁ。あん中、割り込んで行っちゃうなぁ」
「!?」

ど、どちら様でしょう?急に先輩の隣から顔を出した男の…多分、3年生。だって、さっきまで優しい顔をしていた先輩の顔が険しくなったもの。知り合いじゃないわけがない。そんなことは気にせず、この人はやれやれと肩を少し上げて、ため息を吐くように発した。その言葉を聞く前に先輩は友達に呼ばれ、少し行ってくる!と何故か焦ったように駆けて行き、男の先輩と二人きりになる。

「君はさ、黒尾のことアイドルみたいな対象として好きなの〜?」

ゆっくりとした口調で首を傾けるこの人からは馴染みやすい雰囲気を出しているせいか、初めて会話した気がしない。多分、この人の良いところなのだろう。誰とでも仲良くなれるような、そんな感じ。でも、その問いは否定したい。少し、否定できない部分もあるが!!

「いいえ!私は男の人として黒尾先輩のこと好きです!」
「おおお!じゃあ、付き合いたいと!」
「はい!結婚したいと思ってます!」
「おおお…んんん?結婚かぁ…結婚ねぇ」

結婚、の単語が出た時、また難しい顔をして腕を組み、首を傾げる。小さく「結婚まで言っちゃうと現実味が〜」と唸る姿を見て、今度は私が首を傾げた。

「あんま、そういうのは言わない方がいいんじゃない?」
「め、迷惑なのでしょうか…」
「迷惑かは知らんけど、そんな好き好き、結婚したいって言い過ぎると相手にされないっつうか、本気にされないっつうか」

これは俺の経験談だから。君のことは何回か見かけただけなんだけど、そういうのが似ててさ〜、同じ思いしてほしくないっていうか。と続いた言葉は私の耳には入らなかった。

言い過ぎると本気にされない…?

これは、押して駄目なら引いてみろ作戦とは違う。


石化したように固まった私に気づいた黒尾先輩が、周りに軽く挨拶をして私の手を引き、そこから離れた。


「わり、待たせちまって」
「そんなことは!!先輩のいつもと違う姿が見れて幸せでした!!」
「そういうもん?」
「はい!そういうもんです!」

ああ、普段通り話せている気がする。だって折角のふたりきりなのに、悩んでいたら勿体無い!!あれ…?そういえば、いつから先輩とふたりで。孤爪くんいなくて、こんなに話せるようになった!?うわ、うわぁ…!なんか、成長してる!私達の関係、成長してる!?

なんて、思ったが、さっきの言葉を思い出しガクッと落ちる。だめだめだめ。これは家に帰ってから!先輩とさよならをした後に考えましょう!そうしましょ!

……。

でも、本気にされてないなら伝えたいと思うんだ、私は。でも言い過ぎるとっていうのもわかる気がする。あああ!この脳、どっかいって!!


「みょうじちゃん」
「……」
「…おーい、みょうじちゃん…?」
「…はっ!?ごめんなさい!なんでしょう!?」
「……」

歩いている途中、隣から覗き込んでいた先輩に気が付かなかった。ていうか!お顔!お顔が目の前に。イケメン。どうしよう。とりあえず、謝意。

焦る私を見て、先輩は優しい口調で問う。

「なんか言われた?」
「え!」

それはきっとあの人に聞かれたことだろう。そ、そんなに顔に出てしまっていたのか…。落ち込んではいないんだ。ただ、どうすれば私の気持ちが本気ということを伝えられるか考えていただけで。




この時、黒尾はなんて言われたのか、大体は予想がついていた。みょうじと話していた男とはクラスが一緒で、性格もどういう人物なのかも分かる。それに、普通に仲も良い。しかし、それはあくまで予想でしかなくて、このことに対し自分が言おうとしていることが正しいのか、分からなかった。こういう時、幼なじみは分かるんだろうなと柄にもなく少し嫉妬する。
というか、言わないのは勇気がないだけ。今ここで、この時期に言うことが。

みょうじちゃんの気持ちはちゃんと伝わってる。俺も好きだ。ということを言える勇気が持てない。

それに、黒尾の中にはマネージャーとしての仕事が慣れてきたこの時期に混乱させたくない。これから大事な大会もある。主将としての立場というのも心の中にあったのだ。しかし、下を俯き考え込むみょうじを見て、伝えようと口を開けた。

だけど、その必要はなかった。何故なら、みょうじが先に発したからだ。

「私!先輩のこと!ちゃんと好きです!!アイドル的な好きではなくて!」
「……うん」
「え、えーと…ラ、ラ…。そう!LIKEではなく、LOVEな方でして」
「うん。わかってる」
「男の人として!異性として!…そう、性!!性的な意味で好きなんです!!……え、あ、今なんて…?わかってるって言いました…?」
「……言いました」
「え、え?それは、ちゃんと気持ちが伝わってるということで?」
「伝わってるよ。俺も「い…いやったぁぁぁぁぁああ!!」……」

真っ向から伝えてくれたみょうじちゃんに応えなくてはならないと思い、言いかけた言葉を本人が遮る。ま、まあ…いいんですケド。
それにしても、さっき言ったみょうじちゃんの表現が何とも…。性的な意味って…。

「ぶ、くくくくく」
「やったやったー!!やったー」

一生懸命だから笑ってはいけないと思っていても、これは愛おしさで笑ってしまう。言った本人は、喜んでチョロチョロしてんだけど。

「みょうじちゃん」
「?は、…い!?!?」

動き回るみょうじちゃんを呼び止めて、背中に軽く腕を回し、自分の胸へ引き寄せた。抱きしめてはいない。軽く服が触れるそんな距離。


「俺も」

黒尾が小さく吐いたその言葉は何に対してのものなのか、気づいていないだろう。それより、みょうじは今のこの状況に余裕がなく、聞こえるはずがなかった。









黒尾とみょうじが去った後。残された男は、女に睨まれていた。

「みょうじちゃんに余計なこと言ったでしょ」
「いや!俺は経験談をだなあ!」
「それが余計だっつーの!」
「痛っ!!」
「そもそも黒尾があの子の気持ちに気づかないわけないでしょ。鋭いあの人間が」
「そうだけどさあー!」
「いつも自分に好意を持っている相手に、変な期待を持たせないよう接するあいつが女の子とふたりでお祭りって。しかも、浴衣着て。あれは完全に落ちてるわー」
「え、マジ?」
「(はぁ、気づいてないかよ)……だから、あんたは振られんのよ!」
「!?そうなのか!?」
「鈍感なのも酷すぎると凶器だからなぁ」

鈍感。かつて、みょうじが好きだった人物を思い出す。

良かった。佐藤先輩には未練が無さそうだし。良い人見つけて。

みょうじを心配をしていた夜久同様、学校でのみょうじの保護者になりつつある先輩だった。


ん?黒尾は、良い人なのか…?