帰宅部引退

物置きとして使われている空き教室。

そこでひとり、身を縮こめ息を潜めている。



9月ー。夏休みが終わり、学校が始まって数日。バイトも辞めて正式にマネージャーとなった私はバレー部として入部届を提出した。となると、帰宅部ではない。帰宅部引退となるのだ。

そしたら、なんと。帰宅部の2年生エース、宅帰(たくき)くんが私の送別会を行ってくれると提案してくれたのだ。皆で集まって開く会ではなく、少し変わった送り方。今、私が身を潜めているのもこれが送別会のゲーム、というかこれが送別会だからだ。

昼休みの10分間、帰宅部の誰かにタッチされず逃げ切ればお菓子とレアプレゼントが貰えるというもの。お菓子もとても!とても有難いが、私はそのレアプレゼントがどうしても…自分の全てをかけても欲しいものなのだ。
しかし、このゲーム。なかなか大変で。帰宅部は結構な数いるし、それに帰宅部全員の顔なんてわからない。学年が違っていたら尚更。本気でこのゲームを参加している人とそうでない帰宅部員もいるわけで、"そうでない"方の人は全然わからない。だから、私を探していなさそうな人にさっきからタッチされそうになる。
ちなみに、宅帰くんは顔が広い。なんていったってエースなのだから。帰宅部全員の顔を知っている。

逃げ切るには隠れるしかないのだ。この隠れる作戦をして、あと残り4分間見つからなければプレゼントゲット…!頑張るんだ!!
気合を入れ直して教室の中にある、あらゆる隠れ箇所を見渡し、一番見つかりにくい場所を見つける。そこで残り時間を過ごそうとした時、教室のドアが開く音がした。え!?何故…!?ここは誰も来ないと思ったのに…!!いや、待ちなさい。落ち着きなさい、自分。荷物だらけの教室。死角がたくさんある。まだ、いける…!!
ゆっくり入ってくる人からバレないように動き、一応その人が帰宅部ではないか確認する。わからなかったら、逃げる!

「!!」
「うわっ!!…え、みょうじちゃん!?」
「黒尾先輩だぁ」

入ってきた人が黒尾先輩だと分かった瞬間、嬉しさと安心で音を立てて身を現した。誰もいないと思っていた先輩は今まで見たことないくらいに驚いている。説明しようとそっちに近づこうとしたら、小さく数人の足音が聞こえた。多分、本気で探している人達。感がいっている。私は全てをかけているのだ。それに、勉強と運動ができない分、目と耳は異常に良い。

「先輩!ちょっと、あの隠れてくれませんか!?」
「は?」

ここに物を置きに来たんだろう。手に持っている荷物を取って下に置き、さっき見つけた隠れ場の方へ手を引く。

「ちょ、どうした?」
「あの!今、かくれんぼしてて…逃げ切ったらプレゼント貰えるんですけど、私の全てをかけても欲しいもので!だから、隠れてもらえませんか!?ここに!!」
「ここに!?…つーか、それなら来た人にみょうじちゃんいないって誤魔化しとくけど」
「それはダメです!!いつも先輩を探してる私ですから、先輩の近くにいるって皆思って探してるんです!だから!」
「……(あー、だから昼入ってからやたら見られてたわけね)」
「お願いします。ここに…!」
「ここ…デスカ」

ここ、と苦笑する先輩が指差すのは横に倒れているロッカー。190近い身長があっても入れるくらいの大きさ。教室にあるのより大きいこのロッカーは多分、先生が頼み間違えたのだろう。綺麗なまま置いてある。お願いします!と頭を下げて入ってもらうと意外と余裕があるように見えた。私も隠れないとと扉を閉めようとした時、教室のドア付近で声がした。嘘…!?待って、待って!!うわ、ごめんなさい!失礼します!!

「っ!?なにして、」
「ごめんなさいごめんなさい」

ドアが開く音と共に、ロッカーの扉を閉めた。私も中に入って。つまり、ロッカーの中には仰向けの黒尾先輩とその上に乗る私がいる。

「うわー荷物がいっぱい」
「このどっかにいるとかか?」

入ってきたのは、宅帰くんとその友達。宅帰くん!?これは、本気で隠れないと…!

「みょうじちゃん、」
「……」
「ちょ、この体勢「しっ!!」…!?!?」

足音が近くを通る。黒尾先輩が小声で何かを言おうとしてるけど、バレるわけにはいかない。そう思って両手を上に伸ばして先輩の口を塞ぐ。胸らへんにあった顔を手と一緒に先輩の顔の方に近づけた。見つかってはいけないという緊張で全てに力が入り、密着度も上がる。私の頭には見つかりたくないという気持ちしかない。だから、先輩の首に顔を埋めているのも、先輩の片足に自分の両足を絡めているのも無意識で、大好きな人の心臓が速くなっているのにも気づかなかった。

思いが届いたのか、2人は違う場所を探すと教室を出て行った。ふぅ…と肩を下ろすと同時に自分の失態に気づいた。

「す、すすすすすみません!!」

急いで、ロッカーから出て頭を床につけ土下座する。私はなんて恐ろしいことを…!!大事な大事な先輩の体の上になるなんて…!話も遮ってしまうなんて…!!
目だけを上げ、顔を伺うとゆっくりロッカーから出てくる先輩からは、ただならぬオーラが。

「ごめんなさい!ごめんなさい」

もう一度深く頭を下げる。そして、胡座をかいた先輩は私を見下ろし、ゆっくり口を動かした。

「みょうじちゃんさ」
「は、はいッ!」

怒られる。…怒られるの初めてかもしれない!と恐ろしさと初体験!の嬉しさが両方くる。全く失礼な人間だ!しかし、想像していたものもは違うことを発された。

「違う人でも一緒に隠れんの」
「…え?」
「だから、俺じゃなくて違う男でもこの中に一緒に隠れんの?」
「……」

これは、あれだ。マネージャー(仮)の時の合宿で見せたあの夜と同じ感じ。かわいい黒尾先輩だ。しかし、あの時とは雰囲気が違う。可愛さというものはない。オーラが黒い。だから、本音を言わないといけないと思った。

「それは…」
「……」
「一緒には入らないです。あっちの棚の中に隠れます!」
「……」

そう言って、棚のある方を指差す。

「それにぶっちゃけますと、先輩と密室に入って匂いとか存分に吸って、体とか色々触りまくりたいという邪な願望がありまして!先輩じゃなかったらお邪魔しなかったのです!」
「ぶっちゃけ過ぎだろ」
「そうですか!?へへへ」

ブフッと吐き出す先輩がいつも通りの雰囲気に戻ったのと、ぶっちゃけ過ぎと言った時の表情が困ったように柔らかく笑うもんだから、その顔がイケイケ過ぎてニヤケが止まらなくなる。さっきの黒いオーラを出す先輩も素敵だが…!また新たな一面が見れたと嬉しくなる。

にやにや、うはうはしているとスマホのアラームが鳴った。終わりの合図だ。アラームを消し、スマホ片手に跳んだ。

「いやったああああああ!!!!プレゼントっ!プレゼント!!きゃぁぁあ」

ありがとうございます!!先輩のおかげです!!と膝に頭をつけるくらいお辞儀をする。それから宅帰くんから連絡が来て、無事プレゼントを貰えることになり、今度は膝から崩れ落ちて両手でスマホを掲げた。ありがとうございますううううう!
よっし!よっしゃ!よっしゃっしゃしゃ!なんて画面を見ながら心でガッツポーズをしていると、持っていたスマホを黒尾先輩取られ、目の前にイケメンの顔が現れた。

「あ、あの…え?」

ドアップに大好きな人の顔があるというのは心臓に悪く、目を逸らしてしまう。それを気にせず、先輩は言う。

「そんなに欲しいプレゼントってなに?」
「え!?…あ、え、っと…」
「気になるんですけど」
「それは…」
「教えてくんねーの?」
「っ!…ぅ」

顔を覗き込む勢いで、至近距離にある先輩の顔はとんでもないもので。教えてくれないのと聞くその表情は、楽しそうで揶揄っているような余裕のある、私の心臓が破壊するものだった。

久々に見せるその顔。体が熱くなるのと同時にプレゼントを貰いたい一心で忘れていたお祭りでの出来事も思い出してしまい、更に熱くなる。ちゃんと気持ちが伝わっていたこと、触れるくらいに軽く抱き寄せてくれたこと。
その時、何か言っていたのを聞き逃してしまい、先輩に聞きいたが教えてはくれなかった。しっかりして!私の耳!!って今は考えなくていい!!この状況をどうにかしなきゃ…!でも、何を貰うかは言えない…!うっ…!前を向くとイケメンが。


「ふ、早く貰ってきな」
「…あ、は!はいっ!!」

何も言えないでいると、先輩が小さく笑みを溢し、頭に手を置いて貰いに行くよう促した。もう一度、お辞儀とお礼をして教室を出た。




ひとり、残された黒尾は。

「っはぁぁぁぁ〜〜〜」

大きな深い深いため息を吐き、両足の間に力なく頭を倒す。

もう、ほんとなんなのあの子。あんな狭いとこに一緒に入ってくるか?普通!?俺の足に自分のを巻き付けてくるわ、首に顔を近づけてくるわで。色々当たってんだよ。つーか、あんなにして欲しいものってなんなんだよ!それに、祭りでのこと全然気にしてねーし!まあ、俺の言ったことは聞こえてなかったみたいだからあれだけど。

「あ〜……クソ」

色々我慢した俺を誰か褒めてくれ。






2年3組ー。

「孤爪くーん!お菓子貰った!!もう一つのは、孤爪くんから貰ってって言われた!!」
「ああ。はい、これ」
「わ、う、わあえええええええええええええ!!!……う、きゅん死」
「良かったね」

レアプレゼント。それは黒尾鉄朗の写真3枚セット。小学、中学、高校のそれぞれの写真。ちなみに、黒尾の許可済み。しかし、それを今日渡すとは言ってはいない。

「あれ?もう一枚入ってる」
「……」
「!!…これ!?やだもう!孤爪くん大好き!!結婚しよう!!」
「やめて、離して、うるさい」

もう一枚、おまけで入ったいたゴールデンウィークの時、みょうじがお土産で頼んだ宮城での黒尾の写真。

「撮ってくれてたの!?嫌だって言ってたのに!!そういうとこ大好き!」
「……」

結婚しよう、大好きと言い、抱きつくみょうじにそういうことすぐ言うから軽く見られるんだよ、とお祭りでの話を聞いていた研磨は思う。




そして放課後練の時間になり、部室へと向かう2人。隣で4枚の写真を眺めてるみょうじに、研磨は一応「前見ないと転ぶよ」と普段ゲームをしている時、幼なじみにいつも言われるであろう言葉を放つ。元気よく返事が返ってくるが、意識は写真から離れない。そんなみょうじの後ろから、上から覗き込む影がひとつ。

「なーに見てんの?」
「!?!?」

突然現れた写真の中の人物。驚いて全てぶちまけてしまった。それを黒尾の隣にいた夜久が拾う。

「なんかぶちまけてんだけど。…?これ、「ああああああ!!夜久先輩いいいいい!ありがとうございます、ありがとうございます!!」……」

夜久から全て受け取り、部室に逃げ込むみょうじ。その後ろでは、その場に立ち尽くす3年ふたり。

「俺、見えちゃったんですけど。もしかしてみょうじちゃんが言ってたプレゼントって…」
「え、なんでその事知ってるの」
「隠れてる時に会った」
「ふーん」
「ああ、あれか。みょうじの帰宅部引退の送別会」
「帰宅部引退の送別会?!なんだそれ!?つか、何で夜久は知ってんの!?」

自分だけ何も知らない状況に声を上げるが、2人はそれをスルー。

「んだよ、全てをかけて欲しいものってあれだったのかよ」

安心したように息を吐き、片手で顔を覆う黒尾にニヤリと笑う研磨、夜久は言う。

「「過去の自分に嫉妬」」