告白というもの

朝練を終え、教室に向かうため自分の下駄箱からシューズを取り出して履き替えた私は、近くで固まる親友(仮)に首を傾げた。

「どうした…の!?!?」
「……」

ぴょんぴょん、飛び跳ねながら近寄って尋ねる。が、最後だけ驚きから裏返った変な声を出し、上体を後ろへ仰け反らした。

固まっていた理由。それは、下駄箱に入っていた1枚の紙。そこには、少し癖のある可愛い字で"お話ししたいことがあります。13時に体育館裏で待ってます。"と書かれていた。これは、これは…もしかして、もしかしなくても…!!
見てしまったことに私はなんて野暮な女だ…!孤爪くんにも相手の方にも申し訳ないと思いつつも、胸が躍り出すようなドキドキ感に頬を赤くして、両手で口を隠した。

「…うるさい」
「!(コクコク)」
「顔がうるさい」
「え!」

うるさいと言われ、思い切り頭を縦に振る。しかし、今度は顔がうるさいとため息を吐くものだから、また大きな声で驚いてしまった。顔がうるさいとは…?どうすればいい?どんな顔?こんな顔をすれば静かかな?なんて、色んな顔をすると、ふっと鼻で笑われる。ふざけた訳じゃないんだよ!笑ってくれて嬉しいけども!

「他の人には言わないでね」
「うん!言わない!」
「クロには特にね」
「うん!任せて!」
「…何されても言っちゃダメだから」
「う、うん…!」

ジロリ、鋭い目つきになる親友(仮)に目を泳がせる。何されてもって、何を!?だけど、言わないよ!!そういうことは言わない!!泳がせるのを止めて、真っ直ぐ孤爪くんの目を捉えて返事をした。だが、親友(仮)は「不安…」とまた息を吐く。くっ…信頼という親友への道はまだまだ遠い…!!

下駄箱を挟んで反対側にいた1、2組の虎、福永くんは、いつまでもこの場を離れない私達に、遅れると声をかけてくれた。ふたりが現れて挙動不審になる姿を見て、孤爪くんは小さく3度目のため息を吐く。知ってるんだ、私が隠し事をするのが苦手だということを。

「孤爪くん、孤爪くん!ため息吐くと、幸せ逃げちゃうよ?」

さっきからため息を吐く孤爪くんにそう言うと、目を細めて睨まれてしまった。少し、眉間に皺を寄せて。これは不味いと思い、すかさず提案をする。

「あ。私、吸うね!孤爪くんの幸せ逃さないように!!親友としての務めです!」
「やめて、吸わないで」
「はいっ!」

空気を吸おうと大きく開けた口を両手で隠す。その姿を見て今度は深く深く息を吐いた。あれ?孤爪くんの幸せが逃げちゃう理由は私なのでは!?!?親友(仮)の歩く後ろ姿を見つめながら、目をぱちぱちと瞬かせた。






「っ…すき、です…!!」


お腹いっぱいにご飯を食べた後、孤爪くんは大事な予定があるから席を外し、私は体操着姿でグラウンドへと向かっていた。
次は、体育の授業。今日はグランドで行うから、お昼を食べ終えたクラスメイト達、数人で授業が始まるまで遊ぶらしい。5限目が体育だとぎりぎりまで遊ぶことができるから、いつも楽しくわいわいやっているのだ。
今日は私も入れてもらおう!いつもは孤爪くんと楽しくのんびりしているが、只今親友(仮)はとても大事な用がある。私は皆の遊びに入れて貰って運動のレベル上げを…なんて考えて歩いていたら、告白現場に遭遇してしまった。それも、孤爪くんの。


……あれ?

体育館裏って言ってたよね??

…あれ???

……あ。こ、ここも体育館裏だった…!てっきりいつも部活をしている方の体育館だと勘違いしていた。と、取り敢えず、聞かずに離れよう。耳を塞ぐため手を動かし、走ろうと一歩踏み込んだ時、目の前に現れた人物に声にならない程、驚いた。

「なーにしてんの?」
「く、黒尾先輩…!」

薄ら笑みを浮かべて楽しそうに問いかけてくる大好きな人。今は、今だけは会いたくな…いや。そんなことはない!会いたかった!会いたかったです!!でも、今だけは…!先輩の質問に、なんて答えればいいのか上手い言葉がみつからない。このまま進めば孤爪くん達に気付いてしまう。だから、どうにかしてここから遠ざけようと行動を取った。

「は?なにして、!?」

先輩の背後に周り、後ろから抱きしめるように腰に手を巻きつける。そしてそのまま持ち上げる、なんてことは出来ないから腕を解き、背中を押させてもらい、この場を離れさせようとする。先輩のこと抱きしめてしまった…!これは、俗に言うバックハグなのでは!?動揺しまくりながら、言葉でもここから遠ざけるよう促す。

「私と一緒に愛の城へ行きましょう!」
「…は?なんて?」

言葉を間違えた…!愛の城ってなに!?ちょっとエロい響きではないか!変なことを言う私にいつもは揶揄うような顔で聞き返す先輩も今は本気でポカンとしている。愛の国の間違えだった…!はっ…違う違う。夢の国だった…!
でもでも、先輩となら何処でもいつでも夢のような時間だから、私は既に先輩の近くが夢の国なんだ。って、考えてる場合じゃない!!

「と、取り敢えず「ん?…あそこにいんの、研磨か?」……」


きぃやぁぁぁぁあ!!!バレた…!

黒尾先輩の視線は私を通り越して、孤爪くん達の方へ向いている。変なことを言わないであのまま背中を押していれば良かった。自分の行動に反省していると、先輩は一瞬だけ驚いた顔をした後、それはそれは愉しそうにまるで今から悪巧みを働く子供のような表情で親友(仮)の方へ歩き出した。

「せ、せせせ先輩、あの…どちらへ?!」

私の横を通り過ぎようとした時、先輩の服を掴んで小声で言う。しかし、その掴んだ腕をグイッと引っ張られ、今度は私が先輩に後ろから抱きしめられてるような体勢になる。抱きしめられているというか、肩を組まれているの表現の方が正しい。それから耳元に口を寄せ、意地悪く言った。

「大丈夫。バレねぇって」
「!?!?」

声しか聞こえないのに、それだけで悪い顔をしていることが分かる。孤爪くんとの約束を守れなくてドキドキしていた心臓が違う意味で速くなる。もはや破裂する勢いなのに、更に追い討ちをかけられた。

「あれ、告白だよな?」
「!?」

初めて見るわ。そう言って物陰から自分の幼なじみに興味津々のようだが、先輩は無意識に手を私の口に持ってきて声を出さないように塞ぐ。肩にまわされた方の手で塞がれ、身を隠すため大きな体を小さくしているから顔はすぐ横に。もう、悲鳴を出さないと溶ける…いや、蒸発してしまう。なんて思っていると、可愛い声で自分の名前が聞こえた。

声の主は親友(仮)に告白をしている女の子。シューズの色から1年生だと分かった。

「やっぱり…みょうじ、先輩がいるからですか?」

告白の返事はNOで、その理由を気まずそうに聞く後輩の子。え、私?どうして自分の名前が出てくるのか目を丸くする。私と何か関係、しているのだろうか。確か、孤爪くんと付き合っていると噂になったことがあるけれど。

親友として、今は友達としてだけど一緒にいるわけで。もしかして、孤爪くんが彼女いないのって私のせい?朝のことを思い出す。幸せを逃しちゃっているのは私なのでは、と。無意識に首に巻かれた先輩の腕をぎゅっと掴む。もう口から手は離れていた。

「好きなんで「それは違う。絶対にない」そ、そうですか」

今度は好きかどうか質問しようとしたところを孤爪くんは話を遮って全否定。そ、それは女としてだよね…?友達としては好きだよね!?!?と腕を掴む力が更に強くなる。

その後、孤爪くんと何かを話して別れたふたりだけど、私は少し放心状態。し、親友の邪魔をしていたのか…と落ち込む。

「……私、孤爪くんの幸せを奪っているのでしょうか」

掴んでいる腕で口元を隠しながら不安を吐き出してしまうと、黒尾先輩はふと小さく笑って頭を撫でてくれた。

「俺にはみょうじちゃんといる時の研磨は楽しそうに見えるけどね」

本当に付き合いたい子がいたらそうしてるだろうしな、あいつは。だからみょうじちゃんがいるからとかそういうのはないんでない?と続ける先輩の言葉にホッとする。私よりずっと長く孤爪くんと一緒にいる方だ。そんな人から言われるのは心強い。自分の存在が邪魔に、なんて自意識過剰な考えをしてしまった。孤爪くんにも失礼だろう。

「はいっ!ありが「ねえ…何でここにいるの」!!…こここここここ、孤爪くん!?いつの間に…!?」

黒尾先輩のイケイケな腕から解放され、お礼を言おうとしたら後ろから親友(仮)の声が。動揺しまくる私と目を泳がす先輩を交互に睨む。しかし、ここは孤爪くんがいた場所からは見えないはず。

「何故、ここが…!?」
「あんな大声出されたら普通に気づく」
「大声!?それっていつから…」
「私と一緒に愛の城へ行きましょう」
「くっ、そんな前から…!」

愛の城、の言葉に思い出した先輩はブフッと笑い吹き出す。後輩の子は緊張からか私達の存在には気づいてなかったらしい。


「……………嫌いだったら一緒にいないし」

私達の横を通り過ぎながら、小さくボソッと発し歩く孤爪くんに目頭が熱くなる。黒尾先輩にお礼とお辞儀をして親友(仮)の元へ駆け寄った。

「私も!大好きだから一緒にいる!!」
「そうは言ってない」
「へへへ」
「……」



研磨の背後で忙しく動き回るみょうじちゃんに、ふぅと息を吐いた。とは言え、これはなんか。

「俺、研磨に勝てる気がしねぇ」

勝ち負けの問題ではないのは分かっている。もちろんお互い友情の意味で好きなのも分かる。だが…

うーん。どうしても好きな子の一番になりたいと思ってしまうのは男も同じだ。

苦笑する情けない顔を空に向けてしまった。








翌日。

「最近、みょうじちゃんが変」
「あいつはいつも変だろ」
「なんか積極的なんだよ。スキンシップが多いというか」
「惚気なら聞かねぇぞ」
「倒れたり、気絶したり、鼻血出したりもしねえの」
「……なに。お前は鼻血とか出して欲しいの」

うわぁ…。と変態を見るかのような目で引き攣った顔をして「みょうじに近づくな」なんて言うやっくん。

「違う違う。前ならさ、もっとこう…先輩が目の前に…!眩しすぎて近づけない…!みたいな感じだったじゃん?」
「そういう反応をされたい、と」

少し前だったら、俺を退かすのに後ろから抱きしめたり、同じロッカーに入ってきたりしないんだ。
「俺だったら好きな子に触られたら嬉しい。つうか、触りたい!」と言って、拳を握りしめ上を向く夜久に納得する。が、そうじゃない。好きな度合いっていうのがさ、落ちてきてるんじゃ…って。上手く言えないが、例にあげるとしたら新婚夫婦と熟年夫婦の違いみたいな。夫にはもうときめかない、みたいな。
俺は関わっていくうちに、みょうじちゃんにどんどん落ちていっている。

「慣れ…ていうか、飽きってあるだろ。何でも。それに近づいてんのか、なんて思ったり。みょうじちゃん、惚れやすいみたいだし」
「全然、飽きられてるようには見えねえけど」
「あ、ウン。それは分かるんだけど」
「はぁあ?じゃあ、何で聞いた!!てか、キモッ!女子か!!そもそも、何で黒尾と恋バナ的なことを…」

気持ち悪さから両手を見つめ、わなわな震えて出す夜久。確かに、キモいな。

「あぁー…みょうじちゃんが可愛すぎてどうにかしそう」
「おうおう。取り敢えず、筋肉つけて耐えろー」
「どういう意味デスカ」

ケラケラ笑う音駒の守護神は何でも筋肉をつければ、どうとでもなると思っているらしい。


そんなことを教室で話した日。夜久と共に部活に向かおうと廊下を歩いていたら、海と会った。雑談をしながら階段を降りると、目の前をみょうじちゃんとクラスメイトらしい男が通り過ぎる。こっちには気付いておらず、研磨といないのは珍しいな、なんて思う。

昇降口。向かう先は同じだから、その後を追おうと角を曲がり廊下に出ようとした時、男が発した言葉にこの場にいる全員が固まった。

「俺、みょうじのこと好きなんだ」
「…え?」

みょうじちゃんの驚いた声が聞こえる。まだ廊下に出ていなく、階段と廊下がTの字のようになっているここからでは死角になり姿は見えない。みょうじちゃんが何て答えるのか全員が耳を澄ませ、沈黙が流れる。

「え、あ、…わ、私、好きな人がいるからごめんなさい!!でも、凄く嬉しい!!」

その返事に内心安堵すると、それを聞いた男は軽い口調で言い放つ。

「あー!駄目かぁー!いけると思ったんだけどな、俺の負けかぁ」
「え、と…ごめん」
「あ、いいよいいよ。謝んないで!…いやね、ちょっと賭けててさ」
「かけ?」
「そそ。みょうじ、中学の時から惚れやすいって聞いてて。告ったらいけるか数人で賭けてたの」
「あ!賭け勝負か!…そうです!私は惚れやすいんです!でも、それは過去の私!!今は鉄のように固い女になっているのです!」
「そう。ま、今のは忘れてくれ!」
「はい!」

衝撃的なやりとりに自分の耳を疑う。男はみょうじちゃんで賭け勝負をしていたらしい。告白をして付き合えるのか。負け、ということはあの男は良い返事をもらえると思ったのだろうか。
色んな感情から血管が浮き上がる程拳を握りしめ、ふたりの元へ向かおうとする。隣にいる夜久も同じように心情は穏やかではなく、青筋を立て一歩踏み出そうとしたが、そんな俺達の肩を海が触れて止めた。振り向くと、笑顔だが、どこか宿るオーラが黒い。もう少し待ってみよう、と言われた時、みょうじちゃんの声が耳に届いた。

「でも、良かったあ」
「え?なにが?」
「私のことを好きじゃなくて。絶対に応えることはできないから」

心底安心したような声色で発せられる言葉に拳を作っている手が解けた。夜久も落ち着いたようで「たまに、みょうじはああいうことを言うよな」と零す。もし、男が本気で告白をしていて、賭け勝負というのが嘘だとしたらみょうじちゃんの言ったことは心にグサりと刺さるもの。そういう意味での"ああいうこと"だろうなと、何となく理解した。


男がいなくなったのを足音で気づき、ひとりになったみょうじちゃんに声をかけるため、廊下に出ようとしたが、今度は聞き慣れた声に足を止めた。

「みょうじ」
「あ!孤爪くん!!」
「……行こう」
「うん、行こう!!…もしかして、聞いてた??」
「…まあ」
「そっか。あの、ね…さっき告白されたんだけどね、あ、嘘のね。それでさ、私もう!とんでもないことに気づいちゃったの!!」
「え、なに」

とんでもないこと。そう言って、悲鳴のような奇声のようなのを出した後小さい声で、しかしここからでも聞こえるくらいの音量で話し出した。

「最近、無意識で黒尾先輩に触っちゃうことがあるんだけど。本能のままにって感じで!前はそんなことなくて、目の前にいるだけで心臓が破裂するくらいだったから、そういうことをしても破裂しない私は変になったのかって思ったの」
「うん」
「だけどね、触りたくなっちゃうっていうか。ドキドキはするんだけど、それを通り越して触りたい…あの、」
「……」
「独り占めしたいって思っちゃうの!最近!!だから、私しか触れてない時間は独り占めできてるような気がして!もう、先輩を独り占めなんて烏滸がましい…!」
「別にいいんじゃない」
「小さい頃からさ、よく言うじゃん!独り占めはダメって。皆で仲良くって!」
「それは意味が違うんじゃ…」


みょうじちゃん達の会話に教室で行ったキモい恋バナの悩みが解消された。ていうか、何故あの告白を受けて、その気づきがおきるのか疑問に思う。

「独り占めって…」

本当にみょうじちゃんをどうにかしたくなり、気持ちを抑えるため両手で顔を覆い、壁に添いながらしゃがみ込む。

「はいはい。ご馳走さまー」
「ご馳走様」

そんな俺に他ふたりはそう言って研磨達の元へ向かった。