譲れないこと

東京都代表決定戦一次予選で4校に残った音駒高校。その大会後の初めての練習が今終わった。


体育館にて。

「前から思ってたんだけどね、朝練の時皆が走るコースに宝箱がありそうなお家があって」
「あーあそこね」
「孤爪くんも気づいてたよね!!好きそうだもんね!!それでさ、周りにツタがあるじゃん?あれ絶対…」
「登れるやつ」「登れるやつ!」

ハモる私に「だよね」とゲームの世界を想像してか少し顔を緩ませた孤爪くん。そのまま続けて妄想を伝える。

「そこには宝物の他に勇者が助けるお姫様がいるんだよ!あ、孤爪くんが勇者ね」
「それ、違う話になってない?」
「ツタまみれの窓を開けてお姫様が言うの」
「……」
「どうして貴方はオレオなの?って!」
「…は?オレオ?ロミオじゃないの?」
「あ、ロミオだったぁ!ごめん!!」

大事なところで間違ってしまった私に親友(仮)は珍しく笑い吹き出して肩を震わせる。

「それで、孤爪くんは何も言わず助けに行くのね」
「質問には答えないんだ…ふふ、」
「続いて私も親友の後を追ってお姫様を助けに行くの!私達はロミオじゃないけどって説明して!」
「え、待って…ロミオじゃないの?ていうか、姫役はみょうじじゃないの」
「うん。私は孤爪くんの右腕!お姫様は…そうだなぁ。あ、福永くん!!」
「ぶふッ」

頼りない右腕と言われ、また爆笑を頂けた孤爪くんを置いて、話を聞いていたであろう近くを通った福永くんの前に行き片膝をついて手を差し伸べて「姫」と呼んだ。すると、福永くんは私の手のひらに自分のを置いて「助かった」とノッてくれる。そのやりとりに孤爪くんはお腹を抱えて床に伏せた。笑い過ぎて声が出せない程に。
その姿に福永くんと私は目を輝かせハイタッチをする。それから、虎にも役柄を伝えて参戦してもらうことにした。


練習から自主練に入る少しの時間でのやりとりだったため、周りには先輩後輩達がいて。
離れた場所でレシーブ練に取り掛かろうとしていた芝山は薄ら笑みを浮かべて3年生達に言った。

「な、仲良いですね…。孤爪さんが凄い笑ってる」
「みょうじが来てからあいつら騒がしくなったもんなー」

まるで保護者のような目を向ける夜久にリエーフは聞く。

「そういえば、みょうじさんって苦手なものあるんですか?」
「あ?苦手なもの?」
「そーです!この間、ごめんなさいねーとか言って超巨大な虫退治したことがあって。合宿でも夜ひとりで校舎入ってたからお化けとか怖くないんすかって聞いたら怖くないって言ってたし。ホラー映画とグロい映画も観れるらしくて、暗闇とか高いところとかも大丈夫、絶叫系も好きとか言ってて!!苦手なものはないのかって思いまして!!」
「みょうじの苦手なものかあ。そういうのは研磨が知ってそうだけどな。俺は知らねえ」
「確かに!研磨さんなら知ってるかも!」

今度聞こう!とわくわくするリエーフ。それを見て夜久は「なんでそんな気になんだよ」と苦笑する。

「研磨さん曰く、みょうじさんって怒ったことないらしいんですよ。なにしたら怒るかもわからないみたくて!」
「…ほぅ。じゃあ、聞き出した苦手なもの使って怒らせるって?」
「そんなことはしないですよ〜!ただ、怒らなくても苦手なものはあるんじゃないかって気になったたけです!」

みょうじの保護者はリエーフの発言に黒いオーラを纏う。しかし、そのオーラに焦るのは他の1年生達で当の本人はケロッと何言ってるんですか〜みたいなノリでへらへらする。

「黒尾は知らねぇの?」
「んあ?…んー、研磨が知らないことを俺が知るわけ…、」
「自分で言って沈むなよ」

黙って会話を聞いていた黒尾に問いかけるが、知らないと言う。どうやら先日の告白事件で若干研磨に劣等感のようなものを感じていて、今もそれが抜けていないようだ。途中で真顔になり口を閉じたことに気づいた夜久はゲラゲラと笑った。

「だけど、」
「?」
「みょうじちゃんは"誰かのため"なら怒るんじゃね?」

あ〜〜と深くその場にいた者達は頷いた。あり得る、と。

「研磨さんとみょうじさんって喧嘩したことあるんですか〜?」
「お前はまた話がコロコロ変わる」
「なにリエーフ。どういった理由でそんなみょうじちゃんに興味があるんですかぁ〜??」
「…余裕の欠けらもねぇな」

顎を出し下から煽るような格好で近づく黒尾にリエーフは目をぱちぱちさせて言った。

「だって四六時中一緒にいるのに喧嘩しないなんて。ずっとあのふたり一緒じゃないですか!」

その言葉に黒尾はピキッと固まった。今、彼の心は繊細なのだ。四六時中一緒の言葉に顔を少しだけ強張らせる。夜久、黙って見ていた海の3年生組はその表情を楽しそうに眺め、1年組の芝山、犬岡、手白は灰羽(くん)がまた余計な事を…と思うのだった。

言霊ではないが、言ったことが本当に起こるというのはあると思う。これがフラグになったのか、それは誰も分からない。









翌日の朝。
異様な雰囲気を醸し出すみょうじと研磨に全員が目を丸くさせた。

電車組より一足先に学校に着いているみょうじは笑顔で皆に挨拶をして迎えてくれる。今日もそれは変わらず、黒尾にいつもの愛の挨拶を送る。しかし、その隣を歩く研磨には気まずそうに目を逸らして小さく「お、はよう…」と言うだけ。その挨拶に研磨は完全無視。目を合わせることもせず。
度々、みょうじの発言をスルーすることはあっても挨拶を返さないなんてことは今までに一度もない。早足で部室へ向かう研磨に、黒尾は慌てて呼び止めるがそれも無視して部室の中へ消えていく。



みょうじちゃんが気になり、そっちに視線を移すと見たことない表情に「…え」と口を開けてしまった。

眉を顰め、研磨を見つめて険しくさせる顔はまるで怒っているようだった。


朝練が始まる頃には、ふたりに何かあったことに皆が気づき、あのリエーフさえも小声で「え、喧嘩…?」などと呟いていた。部活中は私情を挟まないようお互い行動をしているが、普段仲が良いせいか違和感がありまくる。
研磨には話しかけないけど空元気なみょうじちゃんと、そのみょうじちゃんと一切目を合わせない研磨。いつもは手渡しでボトルを返すのに、今日はみょうじちゃんの足元に置くだけで。幼なじみながら、その姿に苦笑してしまった。何があった…?

そして朝練が終わり、同じ部室を使えないみょうじちゃんとはそれぞれ着替えてから一緒に校舎へ向かうわけだが。

「…こ、孤爪、くん…!」
「……」

今日は急いで着替えたのだろうか。部室から出ると、既に制服姿で俺達を待っていた。そしておずおずと研磨に近づき、名前を呼ぶ。

「あ…あの、…ごめん、なさい」
「……」

謝られて今日初めてみょうじちゃんを見る研磨は不機嫌に眉間に皺を寄せて、またもスルー。そのままスタスタと歩き出す。
ふたりの問題だから余計なことは言わない方が良いと思っていたが、これは流石に言わずにはいられなく。それは山本も同じだったようで。俺より先に山本が引き止める。

「おい!…いい加減、無視は「………の」

研磨の肩を掴み、注意しようとした山本の言葉を遮り、少し後ろで残されたみょうじちゃんは小さく何かを発した。

そして、俯いていたのをゆっくり上げたその顔には何の表情もなく。そんな顔が出来たのかと、普段コロコロ忙しく変わるみょうじちゃんからは想像も付かない程の無表情。それにはここにいるバレー部全員が目を見張り、驚き、山本は肩を掴む手が強くなり不思議に思った研磨もそっちを振り向いて肩をギクリと震わせた。

「孤爪くんの…」

小さく動いた口から出る声は小さく、ここからでは微妙にしか聞こえない。しかし、研磨の名字を言ったことは何となく分かる。

みょうじちゃんは大声を出すためか、すーーっと空気を目一杯吸い込み、それと同時に肩も上がり、全員が次に出てくる言葉にゴクリと唾を飲んだ。




「ばぁーーーーーーーーーーーっか!!!!!!!」



今度はみょうじちゃんが研磨を無視して横を通り過ぎて行く。その後、立ち止まり振り返って俺達に「お先失礼します!!」と頭を下げていくのが彼女らしいと思うが、これは…。

言われた本人以外ポカンと口を開けてしまう面々。しん…とする中、俺は耐えられなかった。

「…、っっブフッ」


ばぁーーーかって…。




すげぇ可愛い。



「ぃ、でっ!?」
「お前、何笑ってんだぶっ飛ばすぞ」
「スミマセンでした。あまりにも可愛くてつい」
「今のはまあ、可愛かったけど。もう少し声を抑えた方が良いんじゃない?」
「ハイ、スミマセン」

ひとり吹き出す俺に夜久の回し蹴りと海の助言が入る。多分、海は研磨に聞こえないようにという意味もあるだろうが、今のあいつの耳には届かないだろう。ところで、やっくん。あなたも笑い堪えてるの丸分かりなんですケド。



1年生達は驚きでその場を動けずいた。リエーフだけが少し目をきらきらさせて。

「!!みょうじさんが怒った…!」
「灰羽くん、今それどころじゃないから!」
「びっくりした…」
「うん」



そして、投げかけられた本人は。

「……謝る気ないじゃん」

更に皺を寄せ、仏頂面になる研磨に山本は何があったと困ったように眉を下げる。妹がいる山本は兄の顔をしていて。ひとり、福永だけがみょうじの後を追いかけて行った。

ここで自分や3年が追いかけるよりも同級生の方が良いと思う黒尾は流石主将である。