唯一苦手なもの

天気予報通り、昼前から雷雨。土砂降りの雨と何度も鳴る雷にクラスの女子の中には悲鳴を上げる者もいた。


弁当だけじゃ足りず、購買で食い物をゲットした帰り。よく知る人物を目にした。

「研磨!」
「!」
「…どうした?」

キョロキョロと忙しく首を動かし、その後ろ姿からは焦りも感じられる。ただ事ではなさそうなのと珍しい、それからなんとなくみょうじちゃんが絡んでいるのが予想できて、少し声を荒げて呼び止めてしまった。一度体を大きく跳ね上げ、ゆっくり振り返った幼なじみの視線は斜め下。


「……」
「……」
「……みょうじ、見なかった?」
「見てねぇけど」
「…そう」

仲直りしたのか?いや、この研磨の様子じゃしていない。「俺も探そうか?」そう聞くと、目を左右に動かして歯切れの悪い返事をする。
ふぅ、と小さく息を吐いて「見つけたら連絡入れるわ」と言い、背を向けて歩き出した時、後ろで何かを呟いたのが分かった。首を傾げ、振り返ると、研磨はさっき聞き取れなかったことをもう一度言う。



「……みょうじ、雷苦手なんだ」
「は、」
「信じられないくらい怖がるから……、いつも俺のゲームの音聞いて耐えてるけど、今喧嘩…してるから」
「……」
「本人は恥ずかしいから絶対に誰にも言わないでって言ってたんだけど」

多分、何処かでひとり怯えてる。だから早く見つけないと。4限目の後、急いで教室出ていって…。
早口で止まることなく発する研磨は相当焦っているようで。その様子からみょうじちゃんがどれだけ雷に対して、恐怖心を抱いているのか容易に想像できた。


「急ぐぞ」

好きな子がひとりで怯えているかもしれない。その焦りに声を低くし「急ぐぞ」なんて、ちょっとキメすぎたことを言ってしまうが、それどころではない。背を向け、今度は走り出した俺に、研磨は呼び止めた。

「あの、さ…、俺が見つけてもクロが行ってね」

連絡するから。と反対方向へ早足で歩き出す幼なじみの後ろ姿を見ながら、眉を下げて、わかった、と返事をした。








まず初めに向かった先は物置きとして使われている空き教室。みょうじちゃんと一緒にロッカーの中に隠れたあの場所。あそこなら人は来ないだろうし、それに雷が苦手なのを隠したいと思っているなら尚更いる確率が高い。

扉を開けて中に入ると、電気はついておらず、天気が悪いせいもあって暗い。物音ひとつしない静かなこの場所は怖さを倍増させた。もし、ここにみょうじちゃんがいれば、何故ここに来たのかと怒ってしまいそうになる程に。

静寂の中、ドォォンと雷の落ちる音がひとつ。それと共に、ガタガタッと揺れる音がした。



「みょうじちゃん?」


名前を呼ぶともう一度。音がして、あのロッカーの中に隠れていることが分かった。ポケットからスマホを取り出し、いたことを研磨に連絡した後、横たわっているロッカーの前に膝をついて、もう一回名前を呼ぶ。


「みょうじちゃん」
「……」

呼んでも返事がない。だけど、どうしても怯えているであろう彼女を安心させたくて、扉を開けるべく手を添えた。
その瞬間「黒尾先輩…」といつもより元気のない声が耳に届くと同時にみょうじちゃんが姿を現した。

姿を現した。現したんだけど…。出てきたのは、このロッカーの中からではなく、帰宅部引退の送別会の時に言ってた違う男だったらひとりであの棚の中に隠れる、あの棚からだ。

「そっちねッ!!」
「?」

恥ずかしさから思わず突っ込んでしまう。俺の発言にキョトンとするみょうじちゃんは少しだけ震えが混ざった明るい声を出した。

「黒尾先輩…!どうしてここに!?…っは、もしかして…!」
「……」
「私達、何かの系で結ばれてっ!赤い糸!?それとも、離れられない磁石の…ぅやあ!?!?!?」

必死に元気でいようとするみょうじちゃんに雷の音が邪魔をする。変な声を出し、耳を塞いでその場にしゃがむ姿に少し驚き、近寄った。
下を俯いていたから俺のシューズが視界に入ったのだろう。ゆっくり顔を上げるその目には涙を溜めていて、それを誤魔化すように立ち上がった。


「こ、ここここここれは出すねっ、あの先輩のエロエロセクシービームにやられまして…おべっ!?!、」
「……」

音と共にまた変な声を出す。正直に言うと、面白い。面白いけども…

「みょうじちゃん」
「な、なんでしょ…」

そこまで言って一段と大きい音が鳴り響く。今回の雷、凄くねぇか?


「っ、!?な、なんだようっ!もう…!!」

怒るように窓の外を見た瞬間、光と音が同時に続けて落ちた。それが相当怖かったのだろう。変な声ではなく、女の子らしい声を出して俺の胸へ倒れるように飛び込んできた。飛び込むっつーか、足がもつれて飛んできたっていう方が正しいな、これは。
その飛んできた好きな子をしっかり支えて、腕の中に閉じ込める。


「捕まえた」
「っ!?!?」

頭を下げてみょうじちゃんの耳元に口を持っていき、囁くように発した。雷の音同様に体を震わせたことに少しだけ口角が上がり、髪の隙間から見える耳が真っ赤なのが暗い中でも認識できた。
みょうじちゃんと一緒にそのまま床へ腰を下ろし、自分の足の間に震える小さな体を置いて耳から他の音が聞こえないように、更に力を込めて抱きしめる。

「あ、あの…」
「ん?」
「ちょ、っと」

両手を俺の胸に置いて離れようとするため、一度力を緩める。離れたみょうじちゃんを上から見つめていると、目を泳がせた彼女は初めて聞くくらいの弱々しい声で言葉を放つ。

「今、こういうのされると」
「うん」
「ちょっと…き、危険なんで」
「うん」
「…離れます」
「うん」
「…あの、それで…。離して欲しい…と、いいますか…」

力は緩めたものの未だ腰あたりに回された腕は、これ以上離れることを許していない。視線を合わせず、下を向いていたみょうじちゃんは、離さない俺にヤケになったのか勢いよく顔を上げ、やっと目が合った後、大声で言った。

「鼻血ついちゃいますよ!?出ちゃいますよ!?いいんですか!?」

睨みを利かせるその目は瞬きをすれば零れ落ちるんじゃないかってくらい涙が溜まってて、それがどうしようもなく愛おしく感じ、笑みがこぼれる。

「いいよ」
「っ、」

引き寄せようと背中と頭に手を回した時、みょうじちゃんは暴れ出した。

「え」
「目から出るっ!!目から鼻水出るっ!!」
「…。ウン」

いいよ。もう一度そう言うと、眉間に皺を寄せて口を尖らせた。

「…嫌、です」
「……」

どうして泣くことがそこまで嫌なのか。雷が怖くて泣くのが嫌?

…あぁ、そうか。

「喧嘩した時は泣くもんですよ」
「!」
「溜めないで出したいものは出す」
「…」
「ね?」

雷が怖い。それ以上に、親友と仲直り出来ないことのほうが怖く、寂しいのかもしれない。唯一苦手な雷が鳴る時、いつも隣にいてくれる研磨がいないことに色んな感情が込み上げてきたんだと思う。

「…孤爪くんは、悪くないです」
「?」
「わ、たしが…泣いたら孤爪くんが悪者になっちゃう…気がする、ので」

そう言って、さらに口を尖らせる。泣くのを我慢する時の癖?可愛さで口元が緩むのを必死に耐えた。

「でも、また同じようなことが…あっても、またやっちゃうから…」

仲直り出来るか分からないです。どうしたら仲直りって出来るんですか…。と目を真っ赤にさせながら、それでも涙を流さないみょうじちゃんに困ったように笑う。

「一回、ちゃんと研磨と話し合ってみな?」
「…」
「そしたら、きっと仲直りできる。ふたりは親友なんだろ?」
「!!」

目を見開いて何度も首を縦に振るみょうじちゃんに「あいつ、凄ぇ心配したんだよ。みょうじちゃんはさ、女の子なんだから」そう続けると、またブンブン頭が取れる程、上下に振る。

あまりにも勢いが凄いのと、いつまでも止まることなく頭を振るから、ちょっと落ち着こうか、と肩に手を添えた時、小さくゴロゴロと雷が鳴る。それに今度は体を硬直させた。


「怖い時も泣くもんよ」

そう言って引き寄せると、抗うことなく俺の胸にぽすっと顔から倒れ込む。

「……こ、怖いから…、泣くんですから、ね」
「ウンウン」

まだ鳴る雷の音が耳に届かないようにしっかり抱きしめると、「…先輩の心臓の音。なんか、早い…ですね」なんて俺の制服をぎゅっと握りながら涙声で言うみょうじちゃんに体を硬直させてしまった。


「みょうじちゃんが他の音聞こえないように、わざと早くしてんの」

この苦しい言い訳に純粋な彼女は「凄いです、ね」と本気で感心するのだ。