タイプの女になりたいのです

休み時間。肩下まで伸びた髪を指に絡め、じっと見つめる。

「あーーーー」
「うううううううー」
「ふほおおおおおおお」

髪、切りたい。

「切ればいいじゃん」

髪、とゲームから目を離し上目遣いで言う孤爪くん。何故、項垂れている私を見て切りたいとわかる?!そのことを聞いたら、普通にわかると言われた。好きだ。

「だって黒尾先輩、ロング派なんでしょ?タイプの女になりたい!」
「どんなことがあろうと髪は伸ばさない、永遠のショート女と呼んでって言ってたのに」
「それは過去の話でしょ!?黒尾先輩を好きになる前の話でしょ?!」
「好きになった人がロングがいいだろうと私は自分を全うする、中身で勝負」
「なんで覚えてるの!?聞いてないと思ってたのに!!好き!!」

それは1年生の時にしかも孤爪くんがゲームしてる時に何気なく言ったこと。

「こうね、常に考えてるんだ。黒尾先輩の隣を歩く彼女の存在を」
「ふーん」
「まずみんなロングなの。黒髪ロングさらさらヘア。で胸が大きくてスタイル良いクールビューティーか、そんな見た目で中身は天然とかちょっと抜けてるとか。もしくは、可愛い系でロングの子とか、ね!先輩のタイプ絶対色気もんもんの人だと思うの!……はっ!ちょっと待って、私凄く悲しいこと考えてしまった」
「うん」
「あのね、先輩の真逆のタイプだったら。ショートの色気よりも可愛いい子だったら。私、耐えられない…」
「そういうの自分以外だったら、誰でも耐えられないんじゃないの」
「そ、その通り」

うわあああああああ。先輩の隣にいる私っていう想像だけがつかない。頑張れ!!私の妄想力!!

「押せ押せは駄目なのかなぁ」
「押せ押せって…いつも逃げるじゃん」
「た、確かに!!気持ちは押せ押せだけど、実際目の前にすると行動は引け引けだった…!」
「目の前でも押せ押せでいってみれば?」
「う、ウザがられたら、立ち直れない」
「今更…。…ま、でも悪くないと思うよ」

クロそういうの弱そう、と私を見つめる目はまるで捕食者。

悪い顔してます、孤爪くん。






そんな、したり顔をしていた孤爪くんだったが、明日までに提出しなければならないプリントを机の上に忘れてしまったようだ。何故、机の上に忘れる??孤爪くんにしては珍しいミスに少し嬉しくなる。
さーてと、親友の私が届けてみせようではないか!

と思って体育館に来たのだが、中には誰もいない。あ、もしかして道路を走っているのか!孤爪くんが嫌いって言ってたロー……ロー??なんだ?忘れた。まあ、いないなら仕方ない。部室に置いておこう。…あれ?部室って鍵かかってるんだっけ?ポストないよね。あ、ドアの隙間とかから入れればいいのか!!

「……どこにもない。隙間」

部室の前まで来たけど、どうしましょう。このプリント。クリアファイルに挟めているけど、どこかに飛ばされちゃったらなぁ。

「おやおや?お嬢さん、こんな所でどうしました?」

突然後ろから聞こえてきた声に肩がビクッと跳ねる。振り返る間も無く、後ろから黒尾先輩の顔が耳の直ぐ横に。

「研磨に用事?それとも…………俺?」

吐息混じりの色気たっぷりエロボイスをゼロ距離で受け、やられないわけなくて。

「ちょ、」

ドンッ
バンッ
グンッ
ガンッ

歩くエロから離れようとした私はあらゆる所にぶつかった。

「お、おい。だ、大丈夫か?」

その場にしゃがみ込み、最後にぶつけた頭を抱えて俯くと、先輩が少し焦ったように声をかけた。

「……なんなんですか」
「いやー、うん。…ゴメンナサイ。みょうじちゃんの反応がいつも面白いから、つい」
「そうやって…!」
「!…は?ちょ、泣いてッ!?」

顔をあげたら、今まで見たことない黒尾先輩の焦った顔が。勢いよく頭をぶつけたため、生理的に涙が流れてくるのだ。先輩はしゃがみ込んで、打ったところを探そうと後頭部を触っているが、これ周りから見たら抱きしめられてるように見えるんじゃ。

「ち、がくて!!そうやっていつも揶揄わないでください!」
「…………」

そう言って、先輩を両手で突き放す。
今だって、揶揄って…!私は、わたしは

「心肺停止です!」
「……は?」
「ご飯にする?お風呂にする?それとも、わ・た・し?みたいに言われたら、私達結婚してるみたいじゃないですか?!」
「………」
「いや、それもいいんですけど!黒尾先輩と結婚できたらこの世を去っても未練はないし!でもそうやって揶揄うのは私が先輩と結婚する前に心臓が止まってしまう場合がありましてですね。だからあんまりそういうのはやめて下さい!」
「…ハイ」
「あ!でも、いや、でもでもやられるのは嬉しいので、やっぱり死なない程度にお願いシャス!!!」
「どっちだよ」

その後、ぶっひゃひゃひゃひゃ!!とお腹を抱え豪快に笑う先輩に何事だ!?と身構える。あ、そうだ。

「これ、孤爪くんにお届けものでして」
「ふう…おー、ありがとな」

ポンポンと頭を撫でる先輩。この人わざとやってる!!


"目の前でも押せ押せでいってみれば?"


はっ!?そうだそうだ!孤爪くんの言葉を思い出した私は先輩の両手首を掴み、下に引っ張って自分の顔まで近づけさせた。

「うおっ」

急だったからか驚いた顔をしている。驚き顔をとった!!
………ん?この後、どうすればいいんだ…?え、どうしよ。てか、顔近っ!!あ、これは夢!?いやいや、違う。押せ押せになるんだろう!なにか…なにか、言わないと…なにか

「…………すき」

自分でも考えられないほど小さな声で出た言葉。余りにも恥ずかし過ぎて、その場を凄まじい速さで逃げ去った。

うっわああああああああ。何だそれ、何だこれ?!無理無理。私には無理。押せ押せって凄くない?!みんなどうやってやってるの?恥ずかし過ぎて、自分でも分かるくらい顔が赤いのわかったし、多分頭ぶつけて涙乾いてなかったし、私の泣き顔は人様に見せれるようなものじゃないんだ!いやああああ。テクニックが足りない!!ハードルが…!!

うん。もう、やめよ。








「研磨ー、みょうじちゃんがプリント届けてくれたから後で礼言っとけよー」
「………あぁ」
「まさか、わざとデスカ?」
「さあ?」
「………(なんなのこの子達。つーか、あんな顔されてあんなん言われたら、普通にクるわ。好きだって言われたの今日が初だしー)」
「余裕こいてると目移りされるよ。みょうじ、惚れやすいからね」
「え」



クロが部活に遅れてくると分かっていたので、わざと忘れていった策士な研磨。