ギャップに強い女はいない

「聞いてない聞いてない聞いてないーー!!!!」

寝坊をして普段より遅い時間に登校。そのため昇降口には、朝練終わりの部員達がちらほらいる。

「朝からうるさい…」
「わあ!孤爪くん、おはよ!今日、雨降るっていってなかったよね?!」
「いってない。だから俺達も濡れた」

聞いていないというのは雨のことだ。降る予報はなかったし、家を出た時は太陽きらきらだった。

「グランド走ってる時に降ってくんだもんな」
「あ、虎ー!おはようさん!」

孤爪くんの隣にいた虎は、濡れちまったよと髪を触るが、あなたのは直ぐに乾きそうだと心の中で呟く。同じことを思ったのか虎の横でモヒカン頭をじぃーっと見つめる男子生徒。お初だ。バレー部なのかな?身長は虎と同じくらいかそれよりも高い。なんか、雰囲気が、かわいい。

「こんにちは、はじめまして!みょうじなまえです!2年生ですか?お名前なんて言うんですか?バレー部ですか?身長何セ…「ちょっと福永、困ってるからやめて」おおお!」
「……なに、その反応」

孤爪くんが庇った…!
彼は、福永くんというのか。たしかに、質問攻めにおどおど?あたふた?してる感じ。申し訳ないことをしてしまった…。が!

「かわいい!!お友達になってください!」

顔の前で祈るように手を組んでみると、福永くんはコクコクと頷いた。うわっ!嬉しい!!

「2年生?」
「……」
「同じ学年だ!虎とどっちが身長高いの?」
「……」
「福永くんの方が高いのか!……あ、2センチくらい違うんだあ」

声は出さないが頷いてくれるのとジェスチャーで会話は成立している。声、聞きたいな。

「好きな食べ物は?!」
「……」
「あたりめ!?私も大好き!!好きでね、よく学校に持ってくるんだけど孤爪くんに嫌な顔されるの!最近はいかくんも好きでね〜」
「教室がイカ臭くなるんだもん…」
「そりゃあ、嫌な顔にもなるわ」

孤爪くんの呟きに虎がうわぁと少し引き気味で賛同する。
福永くんにイエスノーで答えられない質問なら声が聞けるかもと思ったが、画像を見せられてしまった。でも、あたりめが好きなのか〜気が合いますな。

「は!?まっ、うあ!うえええあああああああああ」
「「!?」」
「……はあ」

突然の叫びに2人は驚き、孤爪くんはまたかとため息を溢す。だ、だ…って、あれは

「く、くろ…お先輩?…髪、濡れてる…?うわ、まっわああああ、水に滴るいい男ってあのお方に作られたんだ!!!エロッと色気のメーターが!突き破ってる…!ぐはっ」

心の準備がされていなかったため、その場に倒れ込む。そんな黒尾先輩はこっちに気付かず、自分の教室に向かって行き、虎と福永くんは私を心配そうに覗くが、孤爪くんはそれを無視して歩き出した。
って、そろそろ行かないと本当に遅刻してしまう。朝練組がいるってことはあまり時間がないってことだ。すぐさま起き上がって孤爪くんの後を追う私の姿を見て虎が口を開いた。

「みょうじって、何で黒尾さんのこと好きになったんだ?」

ただ純粋に疑問に思って、山本は質問した。しかし直ぐに後悔という言葉が頭を過ぎる。なぜなら、なまえのギラついた目が自分を捉えたのと、研磨が奥で「バカ」と呟いたのが聞こえたからだ。


「ふっふっふ〜教えよう!」
「いや、やっぱいいわ」
「あれは、バレンタイン当日のできごと…」





そう。数ヶ月前のバレンタイン。雪が降りそうな寒い日。孤爪くん家にお邪魔していたあの時。

私はまだ黒尾先輩ではない別の人のことが好きだった。2つ上の学年で佐藤先輩という。その先輩は周りが怖がるほどの、真顔でも睨まれてるって思われるほどの顔面だった。とにかく怖い。しかし、中身はおっとりとした優しい性格だったのだ。そう!ギャップ!!私は佐藤先輩のギャップにやられていた。
委員会が同じで怖い顔をしながら優しくフォローしてくれる先輩に胸をズキュンと射止められたのだ。

押して押して押し倒した私だが、先輩のありえないくらいの鈍感さに心を折られそうになりながらも、押し倒した!(実際に押し倒した)
何度も告白をしては本気にされず、佐藤先輩が他の先輩に私のことを聞かれていた時、先輩は「みょうじはなんか妹みたいで可愛いんだよなぁ。俺を怖がらないで好きっていってくれるいい子で」と言った。その時は流石に一回折れた。どうしたら本気にしてくれるのか、と。
そのことを陰で聞いていたのは私だけではなく、孤爪くんも一緒にいたから後ろから耳を塞がれ、その場から連れ去ってくれた。あの時は惚れそうだった、とたまに言うと本気で嫌な顔をされる。

でも、それでも諦められなくて先輩が自由登校になる前、最後の勝負に出ようとしたが、佐藤先輩の隣には違う女の人がいた。私の学年でも可愛いと有名な先輩だった。どん底に突き落とされたような私に先輩は嬉しそうに彼女だと報告したのだ。1年の頃から好きだった、と。私が好きになった笑顔で言われたら、祝うしかない。先輩が幸せならそれでいっかなって。


「そう思ってたのにぃぃぃぃぃぃ!ぜんっぜん忘れられない。だって夢に出てくるんだもん、忘れようとしても出てくるんだもん」
「んー」

孤爪くんの部屋で項垂れる私を横目に、この方はアップルパイを食べている。そのアップルパイは、バレンタインだからと作ってきたものだ。ちなみに何回目かに成功したアップルパイ。料理は苦手だ。


「味どう?味見してないんだ!」
「んー………………………………おいしい、よ」
「え!なにその間!!今までで1番長い間!本当はね、孤爪くんにはお世話になってるからりんごから育てようと思ったんだけどね、難しいね!」
「みょうじのそのやる気は、もっと違うところで発揮した方がいいと思う」
「えー」
「……でも、そういうとこ嫌いじゃないよ」
「けっこ「しないから」」
「そうやって…!女は弱ってる時ほど優しくされると、コロッとコロコロしちゃうんだからね!」
「意味わかんない…。とりあえず、好きな人つくりなよ」
「なにその、とりあえず生で!みたいな言い方!」
「はあ」


そんな感じでバレンタイン兼私の慰め会が行われていたが時間は有限。あっという間に帰宅する時間となった。

「じゃ、送ってくるから」
「お邪魔しました!!」

孤爪くんのお母さまに挨拶をして、外に出る。また来てね、と笑うお母さまは孤爪くんに似てるような似てないような。お家にはもう何度もお邪魔しているから、両親とは孤爪くんがいなくても、お茶してこ〜といける関係になった。

「あ、そういえば、先週孤爪くんのお母さんとカフェに行ったんだけど。前に行きたいって言ってとこの!」
「ちょっと待って。何で2人で行ってんの」
「孤爪くんが付き合ってくれないって言ったら、じゃあ孤爪さんが付き合おう!という感じになったのだ!」
「………」

おおおお。嫌なのが顔に出ている。女として人生の先輩として色々と相談にもらっていたことを伝えようとした時、聞き慣れない声が耳に入った。

「おー研磨。ちょうどいいところに…って、あー…やっぱ後でいいわ」

突然目の前に現れた男の人。どうやら孤爪くんのお知り合いらしいが、私の存在に気がつくとニヤリと笑った。

「………」

なんだ。この人は…なんだ。この溢れるくらいの色気は…なんだ。このイケメンは…

「みょうじ…?」
「………」

あり得ないほど静かに、目の前にいる男の人を見つめる私に孤爪くんは不思議そうな顔をする。孤爪くんの前でこんな姿を見せるのは初めてだろう。というか、私でも初めてかってくらいに固まっている。
だ、だって…!!なんだ!?この人は!!目が離せない…!

「あー…えーと?」

そんな私を色気たっぷりの男の人は困ったように見る。2人を交互に見た孤爪くんは口を開いた。

「クロは俺達の1つ上の学年だよ」
「………」
「…バレー部主将」
「………ぅ」
「こんな見た目で世話焼き、だと思う。……たまに、ウザいくらい」
「え、ディスられてんの?俺」
「……う」
「好物はサンマの塩焼き」
「…うう」

「ちなみに、あの髪はセットじゃなくて寝癖」
「う、あ…ぐはっ」

色気とエロとチャラッとした見た目で、そんな事があってたまるのか。孤爪くんのギャップ攻撃により、心臓が治まらなく、胸に手を当てて倒れ込む。

「ふ、2人の関係は?」
「……幼なじみ」

幼なじみ、だと?1個差で?同じ部活で??

「お、おおおおおお名前は?!」
「……黒尾鉄朗デス」

「結婚してください」
「は?」
「ふ」






「………というわけなのよ!」
「ってみょうじが黒尾さんの事好きなのは、研磨の仕業だったのかよ!?」
「ギャップ萌え」

「あーーー!!福永くん喋ったぁぁ!!」