掴んだアイテム
文化祭当日。
「なまえちゃん、本当にそれでいいの!?」
「もっとさ〜可愛いのあったじゃんよ」
「まあ、なまえらしいけども」
「へへっ、これがいい!皆、ありがとう!!」
じゃあ、私は親友の元に行ってこれを見せに行くね!と言い残しその場を後にした。
真っ黒の布に身を包み、顔には白いお面。私は今カオナシの格好をしている。魔女や猫、吸血鬼などハロウィンっぽい格好をしている他のお友達とは違うこの姿に周りは驚きを通り越して、笑い…若しくは引いていた。
どうしてこの格好がいいのか。それは去年の文化祭準備期間中、今の私と同じ格好をした人に救われたからである。
高校1年の秋。
文化祭準備期間。その日も佐藤先輩に夢中だった。
「今日はスピード緩めて加速アイテム探す旅をする!!」
「……そう」
ガヤガヤと準備で忙しく皆が作業する中、仁王立ちで孤爪くんに向かって宣言をした。
加速アイテムを探す旅。これは先輩に本気の想いが伝わらず、私のことを妹みたいで可愛いと他の同級生に言っていたのを陰で聞いてしまった時に孤爪くんに言われた言葉。
"一回スピード緩めてみたら?周りに、加速とか使えそうなアイテム落ちてるかもしれないし…今よりも速く辿り着けるんじゃない"
どうしたら本気にしてくれるのか、心が折れかけていた私にそう言ってくれた。それを今日は実行するため、スピードを緩め、アイテムを探すため視野を広げてみる。
「はっ!?さ、佐藤先輩…!!」
クラスメイト数人の飲み物を買った帰り。大好きな佐藤先輩はひとり怖い顔つきで渡り廊下を歩いていた。通りすがる人、全員が道を開け先輩を見ては怯えたように顔を険しくさせる。今すぐあの胸に飛び込みたい…!!一歩、前に足を出した後、その場に踏ん張った。
くっ…!!だ、駄目っ!!孤爪くんに言われたじゃないか…!スピード緩めて、周りを見渡してみたら加速アイテムが落ちているかもしれないって。
出した足を一歩戻し、また更に一歩後ろへ動かし、それを繰り返して校舎の陰に隠れる。物陰から佐藤先輩を覗く姿はまるで本物のストーカーのよう。さ、流石にやめた方が…そう思って自分の教室に戻ろうとしたらなにか後ろから気配を感じ振り向いた。
「ふぉっえゔぁっ!!」
「……」
「…え?え、え…?……カオナシ、さん?」
気配の正体は真っ白い顔で真っ黒の体をしたカオナシで。こんなところにまさか人…カオナシがいるとは思っていなかったから、最近テストに出た「forever」の単語で驚きの声を上げてしまった。表情は変わらないけど、脱力したように校舎の壁に背を預けるカオナシさんはお疲れのようで。
「これ良かったら、飲んでください!」
持っていた複数のペットボトルからひとつお渡しする。しかし、目の前にいるカオナシさんは何も発さず、ペットボトルと私の顔を交互に見つめてから軽く頭を下げ受け取ってくれた。
初めて生で会えたっ!!握手、とかしてもらってもいいのかな??本当に画面の中から出てきたような姿に心が浮き立ってしまう。飲み物は本物と同じように飲むのかな?なんて期待したけど、あまり見過ぎもよくないとチラチラ視線を逸らしながら様子を伺う。
「あっ!!佐藤くーん!!」
「!!」
ソワソワ体を少し動かしていると、離れた場所から綺麗な声が大好きな人の名前を呼んだ。女の人に呼ばれている、というよりその苗字に反応しちゃう。
「……あ」
そっとまた陰から覗くと楽しそうに話す男女の姿。年下には男女問わず怖がられるが、佐藤先輩のことをよく知っている同学年の仲の良い人達は彼から遠ざかったりしない。今話しかけている女の先輩もそのうちのひとりなのだろう。
しかし、大好きな人がしている今の表情は私には一度も向けられたことがない。同い年の女の人にはああいう顔をするのか。それともあの人が特別なのか。ぐるぐる頭の中で考え辿り着いた答えは、私がどう頑張っても佐藤先輩の隣にいれることはないということ。
孤爪くん。何もアイテム落ちてなかった。得たのはただ自分では無理だという現実を思い知らされただけ。どうすればいいのかな。なにをすれば私の想いは伝わる?この想いを本気にされない時点でそういう対象ではないということ。
「……」
泣いちゃいそう。今だけは泣いてもいいかな。建物から覗くように出していた体を引っ込めて壁に沿ってその場に座り込もうとした。
「っわぁぁぁあ!!!」
「……」
カオナシさんの存在を忘れて隣に静かに座る大きな黒い物体に気づき、驚きのまま叫んだ。大声を出したことに反射的に謝罪をすると、顔を横に振り「気にするな」とでも言っているよう。
「……」
「……」
心の奥がギスギスと痛み、これで教室に戻れば様子が可笑しいと気づかれる。だから、静かに座る彼の隣に膝を抱え、ちょこんと身を縮こませて体育座りをした。
ひとりだったら絶対に泣いていた。だけど、誰かが近くにいてくれたら涙は出てこない。だから、静かに座っているカオナシさんの力を勝手に借りてここに居座った。
"お前、何も取り柄ねぇくせに泣くなよ。ブスだから。こっちまで気分落ちる"
前に付き合っていた彼氏に言われたこと。初めての喧嘩で感情が昂り泣いてしまった時だった。あの人の言っていることは正論だし、泣いてる人を見たら気分も落ちるだろう。それに私はブサイクなのだから!!泣き顔はとんでもないものだからそりゃあ気分が落ちてしまう!!
取り柄がない私がマイナスなことをしてはいけない。そう思って、それからは人前で泣けなくなった。
だから、今回も膝を抱えている腕の中に口を埋め必死に耐えた。耐えた…のに、頭に何か温かいものが優しく触れる。
「や、優しいですね!!カオナシさん!!」
ポンポン、とゆっくり黒い布越しの手が頭に乗る。とても嬉しいことなのに今は少しだけやめて欲しいな、なんて最低な考えを抱く。優しくされると泣いちゃう。私は泣いちゃダメなの。下唇をぎゅっと噛み締め、今度は顔全部を腕の中に入れた。それでも頭を撫でるのを止めないカオナシさんに力なく放つ。
「も、う…大丈夫です。元気出ました、ありがとうございます…!」
視線は真っ暗のまま。カオナシさんの方を見ないで話す私は失礼な人間だ。それなのに、最後優しく頭の形に添って撫でるその手にポロッと口から出てしまった。
「泣き、ません」
「……」
「絶対に泣かない」
泣いたら駄目という我慢する気持ちが手に表れ、膝を抱える腕に爪が食い込む。
「ボク、ニンゲンではないので何も見えません」
「……え」
ガヤガヤと少し離れた場所で準備中の生徒の声や作業の音がするのに反して私達の周りは物音ひとつなく、その静寂を破ったのはカオナシさん。しかし、話し方は片言で、そして
「こ、声?!」
「……」
ガラガラの掠れた声だった。話すと喉が辛そうなほどの風邪声に俯いていた顔を上げ無表情のお面と見つめ合う。
「え、っと、えっと…はっ!のど飴っ!!そうだ!のど飴あります!どうぞ!!」
「…ありが「って、あああ!!!!駄目です駄目です!!これずっとポケットの中に入れていたんでした!スミマセンッ!!」……」
「あ、あの!洗濯はしてないですよ!!ちゃんと洗われてない飴なんですけど」
「……ぶ、ぶひゃひゃひゃひっごほっゴホッホッ」
「だ、大丈夫ですか!?」
「だい、じょうぶ」
あまりにも辛そうなカオナシさんが心配になり、自分の悩みが吹っ飛んだ。しかし、大丈夫と言われて安心したのか分からないが、何故か我慢していたものが溢れ落ちた。
「良かった、…良かったぁ」
「……」
「す、すみません…ご、めんなさい。止まらない、ごめんなさい。何で…?全然止まらない」
ごめんなさい。何度も謝って溢れる涙を手で拭う。こんなの迷惑だ。いきなり知らない人間が目の前で泣かれたら絶対に困る。だけど、自分でもどうして涙がこんなに止まらないのか分からず、困惑しそれがまた焦りになって流れる。必死に頭の中で元カレの言葉を思い出すけど、それも何故か悲しくなり悪循環。
ここから居なくなろう。それが一番だ。そう思って、謝り立ち上がろうとした。
「ご、めんなさ「いいよ」…え」
「泣いていいよ」
泣いていい。
たった一言。他の人からすれば何気ない一言かもしれない。だけど、その言葉は私にとって、とても大事なことで救われるもの。よく感情豊かなのに、泣かないよねって言われる。感動ものとか観て泣きそうなのにって。本当は必死に堪えてるの。元カレが言った泣くはこういうことではないと分かっていても、あの言葉が引っ掛かり泣けないんだ。
ずっと我慢して、耐えて。ずっと、欲しかった言葉を貰って、今までの分が全て止まることなく流れてくる。
「と、止まりま、せん…」
「うん」
「わ、たしっ、泣く、と…、悲惨な顔にっなる、のでっ…!すみま、せんっ」
「どこが?…俺には可愛く見えるけど」
「っ、」
「って、待って。ごめん、今言うことじゃねぇな」
ごめん。ともう一度謝られた後、急に体の体温が上がり腕の中に顔を突っ込んだ。弱ってる時にこういうこと言われちゃうとコロッとコロコロしちゃうんだから!半ば半ギレ状態で顔を赤くし、自分でも情緒が可笑しいことに気づく。
「どうしたら好きって伝わるんでしょうか」
だから、言わなくていいことも口に出してしまった。相手の顔がお面に覆われて分からないのとこの人が出す雰囲気に甘えて。
「この気持ちが本気だと受け取ってもらえないのは、相手にとって恋愛対象に含まれていないからで」
そこまで言って、ハッと我に帰る。
「わぁぁあ、す、すみません…!!私、変なことを!!」
「…じゃあ、やめる?」
「え?」
「好き、をやめる?」
「……」
好きをやめる。一度も考えなかったことを言われ思考が止まり、感情の読み取れないお面を見つめた。どんなに辛くても相手にされていないと分かっていても、向こうに彼女がいなければ可能性はあると諦めたことはない。相手が嫌がったり、不快に感じてくれなければ何度だってぶち当たって、そして砕けてきた。
だけど、今回は無意識の内に諦めようとしている自分がいて。そのことにカオナシさんに言われて自覚した。
「好きをやめたら」
「うん」
「……可能性0じゃないですか」
「…うん」
「そんなの嫌だ」
絶対に嫌だ。先輩が思ってることを勝手に予想して、自滅して、自分から付き合える可能性を無くすのは嫌だ。
「私!!!!ぜっっっっったいにっ!好きをやめません!!!諦めませんから!!!!」
「そっか」
「はい!ありがとうございますっ!!」
お礼を言うとお面の目の隙間から少しだけ本物の目が見えて薄ら笑っているように感じた。それに続いて、「きっと伝わると思うぜ」と発し、額を膝につけてお辞儀をする私にその人は掠れた声を出す。
「ボクに出来ることがあれば力になるよ」
そう言って無表情の真っ白のお面に手を添えた。それに元気にお礼をして汗を拭うように額に腕を滑らせる。
「ふぅ…、危ない危ない」
マイナスな思考になっていた、諦めるとこだった、良かったとカオナシさんに感謝した。お礼に後でのど飴を買ってこよう。とっても効果があるやつ!そして、最後に勢い良くお辞儀をするとまた軽く頭に手が乗った。
「研磨のことよろしくな」
「??」
話し過ぎて喉がもうかすかすになっていて、何て言ったか聞き取れなかった。聞き返す前に大きな黒い体を動かし去って行く後ろを見つめ首を傾げる。
「よろ、しく…??何て言ったんだろう」
明日のど飴を届けた時に聞いてみよう!!心に決め、最高の効き目ののど飴を手にした時、そのカオナシさんはどこにもいなかった。
「いない…。やっぱり、いない」
「みょうじちゃん?」
「ふへぁっ!?黒尾先輩…!?」
「お、良かった。みょうじちゃんだった」
去年のカオナシさんと同じ格好をして、初めて会った同じ場所にやって来た。すると、後ろから大好きな声で名前を呼ばれて振り返る。最近、後ろから声をかけられることが多いな、と思いながらも返事をした。
「その、格好…」
「え、…わっ!きゃぁぁぁぁあ!!!!すみません!こんなお姿をお見せしてしまい…!!こんにちは!みょうじなまえです!」
「……こんにちは」
両手でお面を覆い、恥ずかしいと体を揺さぶる姿はまさしくホラー。この格好なのにどうして私だと分かったのか。それを聞くと曖昧に濁された。もしかして、愛の力…!?
「実はここでこのお姿をした人と運命的な出会いをしまして、会えればいいななんて祈りながらちょっと来てしまいまして!!」
「……」
孤爪くんに見せる前にもしかしたら、と少し期待を寄せてここに来た。のど飴もポケットに入っている。あの日から文化祭が終わるまでずっと探したけど会えずにいた。あの時のお礼をしたくやって来た、というのは建前というか、いい子ぶっているというか…本音はまた落ちつつあるこの気持ちを救ってくれるのではないかと凄く自分本位でわがままな考えを持って来たのだ。
でも、カオナシさんと男の人という情報しか知らないからきっともう会うことはないと分かっていた。それに、卒業しているかもしれないから。だけど、この格好をしていたら会えるかな、と諦めの悪い私はこうやって去年のあの人と同じ格好をしてしまう。
「あっ!黒尾先輩!!あの、去年今の私と同じ格好をしていた方を知っていたりしませんか?」
「あー…んんん」
「え、し、知って…!?!?」
「いや…」
気まずそうに苦笑し視線を斜め上に逸らす先輩に動揺が隠せず、ぐいっと足を踏み出し距離を縮めた。同じ学年?それとも先輩?次に出てくる言葉を待ち、お面の空洞からじっと見つめる。しかし、ゆっくり口を開いて出てきた言葉に体が硬直した。
「それ、俺」
「え」
「去年も会ったね、ここで」
「……」
……え?会った…?ここで。あの時の人は黒尾先輩だったの…?
「覚えてたのかぁー、みょうじちゃんと話すようになってから言おうと思ったんだけど今更って思ってな。それにあれ、あの後破いちって凄く怒られてさ、使えなくなって本番は違うの着たんだよなぁ。懐かし」
ツラツラと話し続ける先輩に唖然とし放心状態になる。
「ごめんな、力になるとか言っといて名前伝えてなくて」
「…っ、」
なんで、覚えてるの…、力になるってあんな関わったことがない誰だかもよく知らない人に言ったこと覚えてるの。
「……なんで、先輩なんですかっ」
涙がぽろぽろ溢れ、声が震え小さくなる。お面を被っているから先輩には泣いていることも言った言葉を伝わっていない。だけど、様子が可笑しいと感じ取りお面の中にある私の顔を覗こうと上体を屈めてきた。
もう、嫌だ。力になんてなってもらえない。本当に嫌だ。これ以上好きにさせないでほしい。
近寄ってくる顔から逃げて距離を取る。泣いていい、と言ってくれて。好きをやめさせない、諦めないで頑張れる心を持つことが出来たのは先輩のせいなんだから。その責任をとって欲しいよね!!!!!!!!
「私!!!!ぜっっっっったいにっ!好きをやめません!!!諦めませんから!!!!」
地響きが鳴るほどの大声で叫び、その場を去った。口をポカンと開けて間抜け面をしていた先輩が可愛くて可愛くて心臓を叩く。
「……っ、ぅ…、ぅう」
先輩があの時の人で更に好きになって、私の本気の好きは伝わっているけど叶うことはない辛さとか悲しさ、だけどどうしようもなく好きで。叶わないなら逃げたい、逃げたら絶対に叶わない、そんな葛藤や矛盾を抱え、どうすればいいか分からない感情がぐるぐる心で回る。
「黒尾先輩だった」
あの時の人は先輩だった。まだ回らない頭で先程の事実をぼんやり思い出す。
「よし…!!ふぅ…、危ない危ない」
マイナスな考えをしてしまった。去年と同じく汗を拭うように額に腕を滑らす。もう泣くの禁止!!!しっかりして!!私!!
「これからも!!先輩のお口から断られない限り!!好きでいさせてもらうもんね!!」
「なに言ってんの」
「ふぉっえゔぁっ!!……こ、孤爪くん」
「久しぶりに聞いた。その驚き方」
去年一時期ハマってたよね。と笑う親友に、ハマってた訳じゃないよ!!あの時は外国のなまえだったのです!そう返すと、興味がなさそうに返事をされる。
「あっ!私!!孤爪くんのところに行こうとしてたのに!!ごめん、待ってた?!」
「特に」
「そう!良かった!」
人が来ない場所で涙が止まってから行こうとしてたら長居をしてしまった。全身黒い布、白いお面をつけて地面に座っている隣に孤爪くんも腰を下ろす。
「…もう行かないとね。始まっちゃうね」
「まだ時間あるし大丈夫でしょ」
「そっか」
最近、ふたりの間に流れる微妙な空気。これを作ってしまっているのは私だ。
「クロになんか言われた?」
「え」
「……」
「何もないよ!言われてないし!!」
「泣いてるじゃん」
「っ、泣いてない、よ!!」
泣いてない。今は涙が止まって気持ち切り替えて元気だし、孤爪くんが来た時も泣いてなかった。
「泣いてないよ〜やだなぁもう!孤爪くんったらっ!」
「は?」
「ぐ…」
誤魔化しきれない最悪の言い訳に親友は今までで一番というくらいの地を這うような低い声を出した。
「どうして、分かるの…」
また涙が流れ、お面から溢れそうになる。これ以上泣きたくない。そう思うのに隣にいる孤爪くんは淡々と私を泣かす言葉を放つ。
「分かるよ。ずっと一緒にいるんだから」
ずっと聞かないでいてくれたのに。何で今なの。どうしたらいいか自分でも分からなくなって。本当に一番そばに居て欲しい時に何で聞くの。
「そうやって…!女は弱ってる時に優しくされると、コロッとコロコロしちゃうんだからね!」
「コロッとコロコロしないでしょ」
「しないです!!黒尾先輩が大好きです!!」
そう。と小さく笑った後、その場に立ち上がって皆の元へ行こう!!お祭りの始まりだ!!なんて叫ぶ私の後ろをゆっくり歩いてついてくる孤爪くん。
「あまり泣かせると応援しないから」
後ろで呟いたその言葉は私の耳に届くことはなかった。