チームの一員

今日も素敵な結婚日和。楽しい楽しい文化祭が終わり、11月中旬に行われる東京代表決定戦まで残り数日となった今日。元気にマネージャー業を励んでいた。


「ちゃっちゃっちゃちゃちゃっ!お茶っちゃ〜」

練習終わり。歌を歌いながら部員達のボトルを洗う。この時期になると水道の水が冷たくてびびってしまう。そこで、水にも負けず冷たさにも負けず!の精神を作るため、楽しい歌を口ずさむ。こんなところ見られたら恥ずかしいなぁ。だけど、止められないのが私の心。そんな矛盾した考えを持っていたから最悪が起きたのだ。

「……」
「はっ!?孤爪くん…!な、まっ!?…いつから!?」

小さな音が後ろから聞こえ、振り返るとそこには親友の姿が。

「やだもうっ、恥ずかしい今の忘れてお願い!」
「…何を今更」
「もう全裸見られた方がマシだよぉ…」
「……」

頬を両手で挟み恥ずかしいと顔を背ける。ちらりと視線を戻すと冷たい目を向けられて風邪引きそうになる。駄目だよ!大会前なんだから!!それを口に出したらまた同じ目をされると思いグッと飲み込んだ。

「あれ?…球彦くん?」
「……」

孤爪くんの口が動こうとした瞬間、その背後から現れたのは同じポジションの球彦くん。不思議に思い見つめて、どうしたのか聞くと濁される。それを見た孤爪くんはこちらを一瞥し、去ってしまった。

ふたりきりになり、球彦くんは私の隣にやって来て、何も発さないままボトルを洗い始まる。

「え、え!?いいよ、いいよ!!ありがとう!!球彦くんは自主練してて!!」
「いえ」
「やさっ!?優しい男、球彦くんだ!!だけど、大会近いし…!!」

気にせず、私に任せて!!そう言って相手の顔の前で両手を広げて左右に振る。

「……その手じゃ沁みますよね?」
「えっ!?」

見つめる先は私の指先。その手というのは何本もの指に絆創膏が巻かれているところだろう。咄嗟に後ろに手を隠し「沁みない!沁みないよ!!」今度は頭を左右に振った。
もしかして絆創膏を貼っている理由がバレた!?いや、バレてないとは思うけど聞かれたらどうしよう!?そんな焦りから冷汗がぶわっと湧き出てくる。

「乾燥して割れますよね」
「え、割れ…?」
「?違うんですか?てっきり水仕事して割れたのかと」
「あ、ああ!そう!!割れちゃって…!カサカサのサラサラよ!!」
「いつもありがとうございます」
「いやっ!そんなっ!!お礼を言いたいのはこっちで。いつもキラキラなかっこいい姿を見せてくれてありがとう!!」

こちらを向き直して軽く頭を下げる球彦くんに深々と同じくお辞儀する。

「へへ、ありがとうね。嬉しい」
「…いえ」

嬉しさのあまりだらしなく笑ってしまうと、緩く口角を上げて返事をしてくれた。

「イケメンっ!!結婚を申し込みますっ!!」
「それはやめて下さい」

スッと口元が元に戻りキッパリ断る球彦くんに、にっこりと効果音が付くほどの笑みを向けてしまう。へへ、幸せだ。こんな素敵な人達のサポートを出来るなんて。

緩む口元を針で何度も刺してしまった手を使って必死に隠した。少しでも力になりたくて。一次予選では緊張で何も用意できなかったから。今回は大会に向けて不器用ながらもお守り…というか、皆のマスコットをキーホルダーにしたものを作っている。それで、指先に絆創膏を貼っているんだ。皆、これをどう思っているか分からないけど、聞かないでいてくれてる。球彦くんがこういってくれたなら1年生にはバレていないだろう。

このことはサプライズにしたくて誰にも言っていない。孤爪くんも聞いてこないから、もしかしたらただ手が割れてしまっただけだと思っているのかな?はっ!?だからさっき普段通らない水道まで来て手伝おうとしてくれたのかもしれない!親友との絆が深まったことにジーンと心が温まる。






そして、大会前日。

練習後に監督、コーチのお話を聞き、明日に向けて皆気合いは十分だった。今日は早めに帰ってゆっくり休む。珍しく全員が部室で帰る支度をしている中、違う部屋でひとりだけ顔を強張らせている人物がひとり。

「ど、どうしよう…まだ渡せてない」

ひとりひとり小さな袋にいれて不器用ながらも可愛くラッピングをしたものが手元にある。これはどのタイミングで渡せばいいの?そんなの今日しかないでしょう!皆帰ってしまう。何をやっているんだ!?みょうじなまえ!!
フンっと鼻から吐き出し、気合を入れた。マスコットがまるで呪いの人形のような出来上がりになってしまったからって何をビビっているの!?ここで渡せなきゃ女じゃない!!

いざ!出陣っ!!バンッと自身の部屋の扉を勢い良く開けた。

「あ!みょうじさん!!」
「はっ!犬岡くん!?」

外で待とうと強い意志で皆の部室の前まで行こうとしたら、出てきた犬岡くんにキラキラの笑顔を向けられその眩しさに手の甲を目元を隠した。続いて、芝山くん、球彦くんと1年生が続き、2年生、3年生と出てきた後に孤爪くんとリエーフが最後に顔を出す。


全員揃ってる。ここで言わなきゃ私はマネージャーでも人間でもない!!


「みなさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーん!!」

大きく息を吸い込み、まるで山の頂上で叫ぶ音量で放った。

「び、びっくりした…どうした?みょうじ」

この耳を塞ぎたくなる大声に孤爪くん含め全員が肩を跳ねさせ驚き、沈黙が流れた。そんな中、ぱちぱち目を瞬かせた夜久先輩が聞き返す。

皆、不思議そうにこっちを見ている。どうしてこんな緊張しているのか自分でも分からないけど、もうクヨクヨ考えてたって仕方がない!そう思って、ラッピングされたものを手に乗せれるだけ乗せて、腕を前に突き出し頭を下げた。

「これっ…!良かったら貰って下さい!!」
「?」
「私、皆と一緒に戦うことは出来ないのでっ!だから、何か力になれば、とお守り?というかなんて言うか…作ってきまして……」

愛情は溢れるくらいたっくさん入ってますっ!!顔を上げて、悲惨な出来上がりを愛情で誤魔化そうとする。そして、スピーディーにひとりずつ手渡しに行くと未だ理解出来てないのか、ほとんどの人が茫然としながら受け取ってくれた。

「何ですか!?これ!開けていいですか!?」
「う、うん!!」

断りを入れて開けるリエーフより先に孤爪くんが中身を出す。出したのはユニフォーム姿の親友のマスコットキーホルダー。呪われた、壊れた人形のようなマスコットを見つめるその表情は無。え!?や、やっぱりいらなかったかな!?だって怖いもんね!!

「ああああああのっ!やっぱ「ふ、ふふふふ」…え?」
「何か隠れてやってると思ったら」
「これはっ…!これはっっ、大会前にマネから頂く夢のっ!!!ぅ、うう、うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「可愛い」

やっぱり回収しようとした時、孤爪くんが肩を震わせて笑いそれに続いて袋の中身を確認した虎は叫び、福永くんは呟くように可愛いと言ってくれた。犬岡くん、芝山くんは声を出し喜んでくれ、海さまも笑みを溢してからありがとうのお言葉をくれる。

「だから、手を…」
「え?これ、俺ですか?嬉しいっす!こういうの貰うの初めてで!いやぁ、一瞬これで相手チームを呪……痛ッ!!何するんですか?!夜久さん」
「うるせぇ!…ありがとなみょうじ」
「っはい!!」

喜んでくれた。良かった…!怖がられないで良かったよぉ。ふぅ、と安堵の息を吐いて胸を撫で下ろすと頭にぽんっと温かいものが乗った。

「みょうじちゃん。ありがとな」
「!?」

皆の輪に入り反応を伺っていたら、たまたま背後にいた黒尾先輩が後ろから手を乗せて撫でてきた。触れてない方の手でマスコットの紐部分を摘み、自身の顔の横に持ってきてニヒリと笑う。ぐっ…!そのお顔、至近距離で浴びるものではない!!

「あ、あの…!ちょっと!離れ、離れて…ぐっ」
「え?」
「う、わぁぁあ!近寄らないでくだ!?いや、近寄ってください!!ですが、少し待ってください待ってくれませんか!?」
「……」

離れて、と距離を取ろうとする私を見て、とぼけた振りをして愉しそうに笑い顔を近づけてくる黒尾先輩。久しぶりだ、この感じ。久しぶりすぎて心臓が破裂しそう。

「先輩っ!いいですか?」
「うん?いいよ?」
「っ、そうやって何でもかんでもいいって言っちゃ駄目なんですから!!まだ何も言っていないのに承諾してはいけないんです!!」
「ハイ」

返事はするが、反省している様子はなく、楽しそうにこちらを見つめるだけ。

「いいですか?今から大事なことを言うので、聞き逃さないでくださいね」
「うん」
「私達はこの瞬間も触れているのです!!」
「うん、…うん?」

私の意味不明な発言を聞き、触れ?何が…?と本気で分からないと首を傾げる先輩の姿に言い放った。

「唇が触れているのです」
「は?」
「空気に!!!」
「……」
「ということはっ!私達は同じ空気に触れている=空気を通して間接キスをしているのです!!なので、そうやって近寄られると濃厚さが増してですね…」

そこまで言ったところで自身の言葉に頬を赤らめ、照れて先輩の方が向けなくなる。

「なので!いけませんよ!!近寄った、ら」

ここは私がちゃんと注意をしなくては!その思いから、目を見ようと斜め上に顔を向けると口元に当たったのは先輩の唇。本物のではなく、私が作ったマスコットの先輩のそれ。

「ていうことは他の奴ともしてるってこと」
「!?」

疑問系のない質問は強さが増す。間接キスしてんの、と続けられ答えるため、口を開こうにも更に少しだけ力を込めてマスコットを押し付けられ声が出せない。黒尾先輩を怒らせた、と色んな意味のドキドキからどうしたらいいか分からず固まってしまった。

「ごめんごめん、冗談」

そう言ってゆっくり口元からマスコットを離される。先輩はもう一度謝った後、緩く口元に弧を描き主将の顔になった。

「みょうじちゃんも一緒に。全員で戦おうな」

それは先程私が言ったことに対してだろうか。どこかマネージャーとして、途中からやってきた身として、このチームの一員になっていいのかという引け目があった。だけど、チームを纏める主将から頂くこの言葉は誰よりも力があって。大会前だというのに目頭が熱くなった。

「はいっ!!!!」

私は音駒バレー部のマネージャーだ。皆と一緒に戦って勝つ。主将からの言葉で気合を入れ直し、明日へ気持ちを向けた。