猫vs梟

東京墨田区総合体育館にて、春の高校バレー東京都代表決定戦が始まろうとしていた。


「ハァァ〜!!?そんなセコい事しません〜。ちゃんとグッてやって計ってますぅ〜」

リエーフと連れションをして戻ってくると戸美学園の方とお話…というか、言い合いをしている黒尾先輩と虎の姿が。最終的にふたりで煽るようにその人を囲い、ミカちゃんにフラれた傷は癒えたの?と軽い口調で発していた。

「煽ってる!煽る先輩…!!」

普段あまり見ることのできない同学年の人に向けるその態度が見れて、嬉しくなり声を上げる。惚けて眺める私の横からいつの間にかいなくなっていたリエーフが戸美の主将さんの背後に近づき言った。

「音駒の"いつも通り"は前とは違うっスよ」

大きな体で見下ろし放つそれは威圧的で。その瞬間、相手の雰囲気も変わる。

「リエーフ、うんこ長えんだよ!」
「!?何で長さ分かんスか夜久さん!?」
「サイズじゃねえよ。時間だよ!!!」

しかし、夜久さんの一言で一変。普段のリエーフに戻り、私も時間だよ!の発言に驚いてしまった。

「びっくりしたぁ…何だ、時間だったのか」
「……」
「ふぅ、驚いた。夜久先輩がどこかで見てたのかと、てっきり」

ね!孤爪くん!!と親友の方へ近寄り声をかけるとリエーフと夜久先輩とのやりとりを見ていたそのままの冷たい半開きの目を私に向けた。

「ごめんなさい」

寒気を感じさせる視線に、これから試合だと言うのにこんなことを…!と思い謝って、気持ちを切り替えて救急バックを持つ。そして、顔付きが変わり歩き出した皆の後に続き、足を踏み出した。



いつもの試合前より雰囲気が違う黒尾先輩に孤爪くんは声をかける。それとほぼ同時に歓声が上がったのは梟谷の応援席。凄い数。それとチアガール!!音駒にはいないからなぁ…。虎が羨ましがっていたけど、こっちだって負けてない!虎の妹、あかねちゃん応援団長がいるんだからっ!!

公式ウォーミングアップ前の練習では、あかねちゃんの素敵な応援が会場を盛り上げてくれていた。虎はスミマセンと謝るけど、どこか照れているように見えて頬が緩む。そして、その隣で長い手を伸ばしリエーフの愛称を可愛い声で呼ぶのはアリサちゃん。ふたりとも一次予選の時に知り会って仲良くなった。可愛いあかねちゃんに綺麗なアリサちゃん。素敵な天使達と巡り会えて私は幸せだ。


「研磨ァァ!!声出てねえぞコラァー!!!」
「……」

梟谷がコートを使って公式ウォーミングアップしている最中、音駒は端を使ってレシーブ練習をしていると虎が血相を変えて孤爪くんに喝を入れる。

コーチにボール出しをしながら、視界に入ってしまった親友の顔はイラっときている時にする表情と同じもので。虎、気をつけないと。仕返しをされるかもしれない。

「あっ」

ボコッッ

そう思った時には既に遅く、コーチの打ったボールが頭に直撃。その後、虎が孤爪くんに突っかかるのを必死に犬岡くんが体を使って止めていた。



雰囲気は上々。そうして始まった準決勝は黒尾先輩の速攻、音駒の先制点から幕を開けた。そして、次の点は会場を引き込む程の梟谷エースの強烈なスパイク。しかし、次に打たれた木兎さんの誰も取ることのできないような強烈なボールを音駒のリベロは完璧に上げてみせる。

「す、ごい…」

目の前で行われたものにベンチから思わず声が漏れてしまった。あんなスパイクを簡単に上げているかのように錯覚させる夜久先輩のプレーに自分がマネージャーをしていなかったら凄さに気づけなかったな、と改めて実感する。


1回目のタイムアウト。タオルとボトルを皆に配り終わった後、孤爪くんが口を開く。虎の後ろから次の言葉を待っていると、とても悪そうな…というより恐怖心を抱いてしまうような、そんな顔で放っていた。

「木兎サンの珍しく絶好調なストレート、おいしく使ってからにしよ」

その言葉通りブロックで点を取り、音駒のエンジンがかかってきたように感じる。そして、リエーフが前衛。黒尾先輩のジャンプサーブで崩し、チャンスボール。しかし、スパイクは手に当たらず、ダイレクトは空振り頭にボールが当たってしまい、すかさず猫又監督がタイムアウトを取った。


「研磨。リエーフの事、頼むからな」
「……」
「お前こうゆう時の表情は豊かだよな」

2回目のタイムアウト。孤爪くんに監督が何かを言っているのが微かに聞こえ、その直後こちらにやって来た親友に首を傾げる。

「みょうじ」
「?…なーに?」
「…リエーフに何か言ってきて」
「え?!私!?!?」

面倒臭いと表情に出ている孤爪くんに「面倒なだけだっ!!」と大きな声で放つと、眉にたくさんの皺を寄せて肩を下げ、重い足取りで目当ての人物に近寄った。

「まだまだ翔陽に及ばないね」

何を言っていたかほとんど聞き取れなかったけど、最後にそう吐き捨てて戻ってくる孤爪くんの後ろで負けず嫌いなリエーフくんが顔を出す。

「日向に…!?みょうじさん!!俺、負けませんからっ!!」
「えっ、うん!見てるね!!」

ふんっと息を吐いてコート内に戻って行く後ろ姿にもう大丈夫かな…とホッと胸を撫で下ろした。


それから整い始めた守備に穴が無くなり出した頃、梟谷の2回目のタイムアウト。次コートに入って直ぐ木兎さんの強烈なスパイクで梟谷の得点。この得点から先程まで決まりにくくなっていた木兎さんの攻撃がまた決まり出し、両チームのひとりひとりのプレーで取って取られてを繰り返し、23-24 梟谷学園のマッチポイント。
最後も木兎さんの超インナースパイクでセット感2-0 梟谷学園の勝利で試合は終わった。




皆にジャージを渡し、差し入れに頂いた試合間に少し口に入れる食べ物を用意していると少し離れた場所でベンチに座ったリエーフの声が耳に届いた。

「観客席からワーキャー言われる男なんですっ!」

ワーキャー。確かに、リエーフくんは私の学年の子からでもかっこいいって言われているからなぁ。そんなことを呑気に考えながら、用意を続ける。

「おっ、みょうじありがとな」
「はい!!とても美味しいバナナはいかがですかっ?他にもゼリーやちょこっとお手軽に食べれるものがたくさんありますっ!今ならタダ!いや、私の愛情たっぷり無限につけさせていただきます!!どうぞ、今!この瞬間に!!お手に取ってみては?」
「八百屋かよ」
「おお!常連の虎さんではないですか!」

夜久先輩、海さま、虎と続々来る部達。お礼を言う夜久先輩に突っ込む虎。にこにこと笑う海さまにそれぞれ食べ物を渡す。そして、みょうじも軽く食べろーと夜久先輩のお言葉に甘えてる少しだけ口に入れ、次の試合が始まる前にトーナメント表が貼られている場所まで行き、じっとそれを見つめていた。

東京代表。春高に出場出来るのは残り一校。それが次の試合で決まる。負けたら先輩方の高校バレー人生は終わってしまう。今まで考えたことがなかった。今のチームでもっともっと戦っているところを見てみたい。これから結果が書かれるであろうトーナメント表を凝視し、拳を握った。

「そんな顔しなくてもまだ終わらせねぇよ」
「!!…く、ろお先輩」
「折角、マネージャーになってもらったんでね。もっとかっこいいとこ見せないと」

真後ろから聞こえてきて振り返る。そこには黒尾先輩がいて、目が合うと口角を上げてニヤリと笑う。その後ろから夜久先輩、海さまもやって来て私の横に並んだ。

「目立つのは俺だけどな!」
「はぁあ?俺ですぅ〜」
「このチームでどこよりも一番長くみょうじにはマネージャーしてもらいたいからな」

左右と後ろ。各々トーナメント表から目を離さず発する大好きな3年生に囲まれて、気持ちが落ち着いた。戦う前から何で私が弱気になってるんだ。負けたら、じゃなくて勝つんでしょう。悪いことを考える暇があるなら、それ全部を使って信じればいいのに。言ってくれたじゃないか。私も一緒に全員で戦おうって。

バチンッ。大きな音を響かせ自分の頬を叩くけば、3人はギョッとし一斉にこちらを見つめる。


「はいっっっ!!!!!!!」

ぐるりと壁を背にして振り返る。大声で叫んだ私に目を瞬かせた後、皆優しく微笑んだ。

勝って、春高へ。直ぐ顔付きを変えた先輩方の後ろをついて行き、扉付近で女子の試合が終わるのを待つ。
あ、孤爪くん呼んでこないと。荷物を纏めている場所にいるんだった。急いでそちらに向かい、壁から覗くように顔だけを出す。

「孤爪くーん!時間だよ!!」
「…うん」

スマホをしまいゆっくり立ち上がった孤爪くんは私の横に並び歩く。

「翔陽と試合したいな」

その小さな呟きに同じ声量で、「うん」と返事をした。