春が訪れる

「ねえ、孤爪くんって私のこと好き?」
「……」
「孤爪くんってさ、私のこと好き?」
「……」
「こーづーめくんって「うっさいっ…!!!」…スミマセンでした」

(仮)が取れた親友こと、孤爪研磨くんのお部屋にて。ベッドの上でゲームをする彼の直ぐそばにある机に右頬をつけ視線だけを上げ、返事をしない孤爪くんにしつこく質問をしたら怒られてしまった。まあ、怒るのも当然だろう。このやりとりは既に何回も行っている。最初は「何言ってんの」なんて言い、本気で嫌そうに引いていたけど、それも数回繰り返すうちに返事をされなくなり最終的に怒らせてしまった。


年が明け、バレー部員達は各々少し離れた場所へと初詣に行っている。孤爪くんは「そんな遠くに行きたくない」と言って断ったため、私も皆と同じ場所には行かず親友の家にお邪魔することにした。年始に迷惑かな、なんて思ったけど、思うだけで孤爪くんと彼のご両親が快く招き入れてくれたから甘えてここにいさせてもらっている。孤爪くんなんかは「そんなこと気にするの…?」と、いつかのマネージャーのお誘いを断った時と同じ表情をされて驚かれた。


「なにか、言われたの」
「……」

なにか、というのは黒尾先輩のことで間違いない。しつこく質問をされた理由に気づいたんだろう。先日あった出来事を話すため小さく口を開いた。

「……もしかしたらね、もしかしたらなんだけど、いや絶対に違うと思うんだけど」
「うん」
「先輩って、もしかしたら、私のこと好き、的な感じなのかなって」
「え」
「あっ、まっ!?違うっ!勘違い!!私の勘違いです!!ごめんなさい!!さっき言った好きは女としてだから!性的な意味の方だから!!違うよねッ!!」

弱々しく吐き出した言葉にゲームから目を離し、フリーズする親友を見て慌てて訂正する。今の発言に観察眼の優れた孤爪くんが驚くってことは黒尾先輩が私を好いているように見えないということだろう。

「何でそう思ったの?」
「ゔっ」

勘違い、と実感してからその質問に答えるのは顔から火が出るほど恥ずかしい。

「その、ですね」
「うん」
「そんな感じのことを言われた、ような気がして」
「好きって?」
「……う、ん…、好きな子って…?」
「……ふぅん」

全てを把握出来たかのような面持ちで、意味深に頷かれる。そして、手に持っているゲーム機を置き怠そうに腰を上げる孤爪くんの行動に不思議に思い、首を傾げた。

「勘違いじゃないんじゃない?」
「え…?……えっ!?!?それ、どういう!?」
「そのまんまの意味。……ねえ、初詣行く?」
「え、あっ、え!?行く!!」

急な話の変わりように頭が追いつかない。上着を羽織り、外へ行く準備をする親友に続いて私もコートを急いで羽織った。

「外出るの嫌じゃないの!?」
「…遠くに行きたくなかっただけで、近場だったらいい」
「そっか!」

ふふ、初詣だね!おみくじ引こうね!あっ、大判焼き食べたい!孤爪くんは何をお願いする?!お守りも買お!!…なんて、部屋を出る寒そうに丸まった猫背に向かってハイテンションで話しかける。
孤爪くんがさっき言ったことはとても気になるけど、それは自分で直接確認すればいい。ただ、今の私の脳内には初詣のことでいっぱいだ。もしかしたら孤爪くんは私が行きたかったことに気づいていたのかもしれない。緩む口元を隠さず「大好き!」と伝えれば「はぁい」なんてやる気のない返事をいただいた。






「わぁあ!!人が……あまりいないっ!」
「まぁ、小さいとこだから」

昔から黒尾先輩と一緒に来ていた馴染みの神社らしい。あまり大きくはなくて人も少ないけど、なんだか心地が良い。

一年の感謝を伝えて、新年の祈願をする。おみくじを引いて、お守りを買って神社を後にした。出店はなかったから帰りにコンビニでほかほかの肉まんを買おう。元旦にわざわざ食べるようなものではないけど、その考えがまた美味しくさせる。肉まんはいつ食べても美味しいからね…!

「はい、どうぞ!」
「ん」
「わっ!ありがとう」

肉まんとあんまん。どちらを買うか悩んでいる私に孤爪くんがふたりで半分こを提案してくれて熱々のをお互い割って交換する。

「神様にたくさんお願いしちゃったよ〜。欲張ってしまった」
「だからあんな長かったんだ」
「うん。皆の健康とか、皆に素敵な出会いがありますようにとか、お母さんの今日のガチャが良いの出ますようにとか、近所の田中さんの宝くじ、友達のライブチケットとかとか!もっとたくさんお願いしちゃった…!孤爪くんと次も同じクラスになれるようにとかも!!」
「……クロのことはお願いしなかったの」

試合のことを言わないのは想像ついたけど。ボソリと続けて放たれた言葉に自分が春高についてのお願いをしなかったことに今自覚した。神様にお願いしたら勝てる訳じゃないし、力を借りなくても今まで積み重ねてきた自分達の実力で勝ち取るんだ、そう無意識のうちに考えていたのかもしれない。

それは黒尾先輩のことでも同じで。きっと神様にお願いしたくなかったんだと思う。自分の力で、というのはしっくりこないけど、神様の力なしで先輩と気持ちが通じ合えたらいいな、の気持ちがあるのだ。あ、でもひとつだけはお願いしたな。

「神様にはね、黒尾先輩のイケメンさに耐えられる術を教えてくださいってお願いした!」
「そう」

興味が無さげな声色で返事をされたかと思えば、一度こちらに向けた視線を手元にあるあんまんに注ぎ、小さく開いた口でそれをパクリと食べる。
今の会話で黒尾先輩のことを思い出して一瞬だけ嫌な考えが頭を過る。そして、我にもなく言ってしまった。

「10年先、私がひとりだったら孤爪くん貰ってくれる?」

自分が発したことなのに、耳に入ってきた自分の言葉に驚愕し、固まる。今、私は孤爪くんに対して物凄く酷いことを言ってしまった。いつもと似たようなことを、いつもと違う気持ちで、声色で、表情で、聞いてしまった。ごめんなさい、のたった一言が混乱してなかなか出てこない。

普段とは違う雰囲気を感じ取ったのだろう。あんまんからこちらに視線だけを動かし少しだけ見下ろされた。怒るだろうか、「何言ってんの」と呆れられるだろうか、それとも嫌悪感を露わにして顔を歪めるだろうか。どれにしても、私は大事な親友を嫌な気持ちにさせてしまった。


「ごめ「いいよ」……え?」
「だから、いいよ」

孤爪くんの返事に思考が止まる。そして、今度は首を動かしこちらに顔を向けた。

「10年後、みょうじがひとりだったら結婚してあげる」

ふっ、とひとつ笑みを溢し、唇に付いたあんこを舌先で舐め取ってから前を向き直す。未だ固まっていると「なに…」と不機嫌そうに顔を顰めて聞いてくる。

「……え、えっ…え!?」
「……」
「結婚してください!!!!!!」
「やだ」

今直ぐは駄目らしい。いつも通りの返事をして無言で残りのあんまんを寒そうにパクパク食べる親友を見つめる。「10年後、結婚してあげる」の言葉は、きっと10年後私はひとりじゃない、と言っているのと同じ意味だと思う。だって孤爪くんが私をそういう対象として見ていないのを知っているから。その時、私がひとりだったらこの親友は血相変えて必死に私の相手を見つけようとするだろう。そんな想像が安易に出来て口角が上がる。

物事において可能か不可能か、客観的に考えることが出来る孤爪くんから言ってもらえたのだから少しだけ落ちていた気持ちが上昇する。欲を言えば、相手が黒尾先輩だったらいいな、なんてことも思ってしまった。そのためには私ももっと頑張らなくては…!10年先も孤爪くんが親友でいてくれるように。


でも、その前に春高。今のメンバーでバレーボールをやれるのは最後の大会。この感情を一度箱に閉じ込め蓋をしよう。他の部員達より皆と過ごした時間は少ないけれど、マネージャーとして最後まで一緒に戦わせてもらう。両頬を音を立てて叩き、気合を入れた。そして、その音に隣で驚く親友に向き合い、微笑む。

「私をマネージャーに誘ってくれてありがとうね」

そう言うと孤爪くんは一瞬きょとんとしてから肩を落とし、ため息を吐きながら「話がコロコロ変わる…」と先程の結婚発言ではしなかったくせに、ここでは照れ臭そうに目をキョロキョロと動かしては視線を彷徨わせた。

そんな孤爪くんを見て思う。一度しかない人生でこんなにも素敵な友人に出会うことが出来て私は幸せだって。













そして、1月5日ー。
全日本バレーボール高等学校選手権大会 当日。

音駒高校は初戦を突破し、昼食を取り終え、皆が各々自由時間を過ごしている。

そんな中マネージャーであるみょうじなまえはこの人混みのなかで、ひとりポツンと立っていた。

何故ひとりなのか。その理由はとても簡単で。


「ここはどこ?私は誰!?!?」


迷子になったからだ。