ずっと前から知っていた

「あ。研磨と、みょうじ?」
「何やってんだ、あいつら。つーか…やっくん、みょうじちゃんのこと知ってんの?」
「去年、委員会同じだったんだよ」
「ふーん」
「なんだよ、嫉妬か?」
「まさかー」

ニヤニヤとムカつく顔をする夜久を見て、これは相当世話を焼いたな、と普段のみょうじちゃんを思い出し納得する。


みょうじなまえという人間のことは本人が俺の存在を認識する、ずっと前から知っていた。

研磨が部活を辞めたそうにしていた頃。追い討ちをかけるように3年の先輩の間で変な噂が流れてた。

孤爪に彼女がいる。という噂が。
人見知りで、他人とあまり関わろうとしないあの研磨が高校に入学して1年も経っていないのに、まさかなって。しかし、そう言われるということは同じ女子と一緒にいるところを見られたか、なにかだ。ただ話をしているだけでは、流石の先輩達も彼女なんて言わない。
あの研磨の彼女だと噂される女子は気になるが、研磨に部活を辞められてしまう方がよっぽど重要。それにあいつはこういうことが嫌いだ。
先輩達が余計なことを言わないように気をつけていたが、研磨相手じゃ気付かれない方がおかしい。おまけに先輩達にはそういう相手がいないから、余計気に食わないのだろう。


どうしたものか。昼休み、自動販売機に向かう途中ぼんやりと考えていたら、悩みの種である先輩達が渡り廊下で女子生徒に絡んでいるのが見えた。しかも相手は1年生。

おいおい、大丈夫かよ。
先輩達の後ろにいる俺は本人達からは見えない。

「孤爪の彼女だよね?」
「あいつも大人しそうに見えて、やることやってんなー」
「ああ、ごめんね。俺らあいつの部活の先輩」

耳を澄ませば幼馴染の名前が聞こえ、眉間に皺が寄る。女子生徒の方を見ると、はあと困ったような表情している。彼女でも友達でも、ただのクラスメイトでもあいつが仲良くしてるかもしれない子に嫌な思いはさせたくない。そう思って、一歩踏み出そうとした時、高い大きな声が響いた。


「………っは!!孤爪くんの彼女って言いました?今!?」
「え?ああ、そう言ったけど」
「違いますよ〜!彼女じゃなくて、親友です!あ、仮なんですけどね!!そんな簡単に親友とかなれないし、言わないでって言われたので、時間をかけて親友への道を歩んでいっているところであります!!」
「へえ。で、その後に彼女みたいな?」
「ええええ!先輩方、私達お似合いに見えます?!」
「お似合いっていうか、距離が近すぎるだろ」
「友達って距離じゃねぇ」
「え。本当ですか?入学したての時は、ほんっと距離が縮まらなくてですね。先輩方からみて、恋人並に私達の距離が縮まって見えるのなら…!嬉しすぎます」
「いや、その距離じゃねぇよ」

その女子は嫌味にも捉えられる発言に気にすることなく、ニコニコと邪気のない笑顔で先輩達と話をする。研磨と一緒にいるというから、ゲーム好きとか同じタイプの人間だと思っていたが、どうやら違うらしい。そして、その女子は続けて話し出す。

「??…あの!先輩方は3年生ですよね?!シューズの色が!!」
「…ああ」
「ということは!佐藤先輩と同じ学年ですか?同じクラスですか?できれば、先輩のあんなことやこんなことを知りたいんですけど!!」
「佐藤?どの佐藤?」
「イケメンの佐藤先輩です!いつも優しくて、雰囲気もイケメン。マイナスイオンを体から放ちみんなを癒してくれる佐藤先輩です!」
「だからどの佐藤だよ」
「え!わからないんですか?!」
「なんだその常識ですけどみたいな顔は」
「えー…じゃあ、…あ。美化委員の!」
「それを言えよ!…って、あの目つきの悪い佐藤か。…まあ、見た目によらずあいついい奴だからな」
「うわあ!そうなんですよ!!とても優しくて。宜しければ、佐藤先輩のあんなことやこんなことを教えて欲しいんです!!」
「あんなことやこんなことって」

勢いよく迫ってくるその子に先輩達は少し後ろに下がる。すげぇな、あの人達が完全にあの女子のペースに飲まれている。俺が出るまでもねぇ、か。
研磨もああいう風にこられて逃げきれなかったのか、他人と極力関わらないようにする幼馴染を思い浮かべ、あの子と一緒にいるところを見てみたいという興味が湧く。
あっという間に先輩達と仲良くなり、"佐藤先輩"について楽しそうに話を聞いてる研磨の友達に心配は無用かと目的の場所に向かうことにした。


「何してんの、クロ」
「うおっ!?…研磨!?」

飲み物を買おうと振り向いた先に幼馴染の姿があり、驚きで声を上げた。意外にも研磨は息は上がってないものの少し髪が乱れている。

「……もしかして、走ってきた?」

どこかであの子が先輩に囲まれているのが見えたのか、心配で友達を助けにきたのかは分からないが、あの研磨がそういう理由でここに来たとしたら、幼なじみとしてとても嬉しいことだ。ニヤニヤと笑いながら聞く俺に、一睨し「別に」と無愛想に返した。

「まあ、こうなるって予想はついてた」
「?」
「みょうじは、変わってるから」

そのみょうじという子を見ながらそう言う研磨の口角は少し上がっている。多分、無意識に。

「ははっ」
「なに?」
「べっつにー」
「……」
「……」
「言っとくけど、あの人達に何か言われるよりみょうじから逃げる方が面倒で不可能だから」
「ですよね〜。それにしても、大変な親友をもったもんだ」
「親友じゃない。誰から聞いたの」
「そこで話してた」
「……」

心底嫌そうな顔をしながら歩き出す研磨を話し終え先輩達が居なくなったか、みょうじさんは研磨を見つけると凄い勢いで手を振ってきた。

「あー!孤爪くーん!!佐藤先輩のこといろいろ聞いちゃった!今日はもうハッピー!ハッピーデーだ!孤爪くんにも教えるね!!」
「教えなくていい」

分かりにくくても、友達と話す幼馴染の後ろ姿からは楽しさというものが伝わってくる。

しかし、一年も経たないうちに、研磨の大変な親友が佐藤先輩から自分に想いが向けられることをこの時は知らなかった。







「…で。ほんと、あいつら何してんだ?」
「あれはどう見ても、研磨が押し倒してるようにしか見えないな」

中庭のベンチでみょうじちゃんが上半身だけを左に倒し、その上から片手で研磨が頭を支え覆い被さっている状態。こっからだとキスしてるようにも見えなくもない。少し離れた場所からその光景を見つめる俺と夜久の視線に気付いたのか、研磨がこっちを見た。

「……クロ。手伝って、腕もげそう」
「は?」





「どうしてこうなるんですかね…研磨クン」
「寄りかかられるとやり辛いから」

ゲームから目を離さず、みょうじは左にしか倒れないから大丈夫という研磨と、隣に並んであるベンチに腰掛け、目覚ましたらやばそうだなという夜久。
そう!それ!この状態でみょうじちゃんが目を覚ましたら、俺の鼓膜が危ない。それかこの間みたいに色んなとこに打つけるか。

研磨、みょうじちゃん、俺の順で座り眠っているみょうじちゃんが俺の腕に寄りかかって寝ている状況。
さっきは研磨がゲームをしている途中眠くなったみょうじちゃんが左に倒れかけたのに気づいて頭を支えたらしい。集中していて気づくのが遅くなったから変な体勢で動けなくなったところに俺とやっくんが来たというわけ。
それにしても、よくこんなとこで爆睡出来るななんて思っていたら隣で「…ん」と小さい声が聞こえた。




「…んー」

凄くよく眠れた気がする。家でゆっくり寝たわけでもないのに、なんだろう。あー…目を開けたくない。午後の授業なんだっけ?
ん?なんか私の好きな匂いがする。……あれ?これ、もしかして黒尾先輩?なぜ?孤爪くんの隣でゲームを見てたが眠くなって寝たような…。ああ、これは夢か!!寄りかかっているのも孤爪くんにしては大きいし、この腕は黒尾先輩の腕!うっはー幸せ。目を開けたくない。
そんなことを考えながら、夢の中の黒尾先輩のであろう腕をむにむにと触った。あ、意外と硬い。思ったより硬い。…あれ?感触がある。

「……あれ…?」

恐る恐る目を開けると、そこには私の大好きな大好きなお顔が苦笑しながらこっちを見下ろしていた。

「ぃ、…やぁぁぁぁぁぁぁあ!」

私の大声に孤爪くんはビクッと驚いた後、うるさいと不機嫌に吐く。

「え、…え?なんっ?!え!!」
「みょうじ、落ち着け落ち着けー」
「夜久先輩!?」

驚きを隠せずにいたら、いつの間にいたのか学校での私の保護者、夜久衛輔先輩に落ち着くよう促される。

「夜久先輩ぃぃぃー。びっくりしましたよぉぉぉ」
「おー怖かったな、みょうじ。もう大丈夫だから、安心しろよー」
「え、やっくん?こっちが被害者なんですケド」

迷子になってお母さんを見つけた時の安堵感の様なものが込み上げてきて、夜久先輩に抱きつきにいき、また先輩も抱かしてるように頭を撫でた。

「目覚めてトサカが居たらビビるもんな」
「はい。朝チュンかと思いました」
「ねえ、こっちも反論してよ研磨クン」
「えー」
「えーじゃありません!…つか、やっくんには抱きつきに行くのにこっちには来ないんですかぁ?」

まだ心臓が治らないまま、その原因である張本人は挑発気味に顎を上げて言う。そして手を広げ、ほらぁとニヤニヤと笑った。

「な!?」
「セクハラだ」「セクハラ」
「俺がセクハラなら、やっくんだってそうですぅ〜」
「…黒尾先輩」
「ん?」
「の制服、鼻血という血に染めてもいいならいきますけど、いいでしょうか!!!?!?」
「あ。遠慮しておきマス」
「はい!!」
「元気の良いお返事で」