同じことの繰り返し

「虎ー!!逃げないでよー!!」
「何でだよ!」
「何でって髪乾かせないじゃん!」
「だから、それが何でだよ!!」

髪の毛乾かしたいぃぃ。両手を前に突き出し、宿泊施設のお部屋で虎を追いかける。

「イヤだ!」
「ちょっとだけ!ちょっとだけ〜!」
「俺は黒尾さんに嫌われたくねー!!」
「っ、私だって黒尾先輩に嫌われたくないー!!」

急に出てきた黒尾先輩の名前に一瞬動揺しながらも走るのはやめない。どうしてここで黒尾先輩を出す!?何を言われても諦めないでいると虎は孤爪くんに助けを求める。しかし、一瞥した孤爪くんはがま口の財布を片手に何も言わず部屋から出て行った。あっ、あれはクリスマスに皆でプレゼント交換をした時に私が用意したものだ!孤爪くんに当たったんだけど、使ってくれるとはあまり思ってなかったから嬉しい。

部屋から出て行く直前「飲み物買いに行くけど」と一応言い残していった親友に虎は「研磨ァ…」と涙ぐみ、私は皆に飲みたいものがないか聞いてから見慣れた猫背を追いかけた。



「孤爪くーーん!」
「!?」

階段を降りながら自動販売機にいる親友の名を呼ぶと、他校の男子ふたり組の後ろにいた彼はビクッと肩を跳ね上がらせ、私の姿を捉えては驚きからいつも通りのスンとした真顔に戻った。自分の名前を呼ばれたことではなく、前にいるふたりが振り返って叫んだことに驚いたみたい。

「ココア買うの?私もココアにしようか…っな!?!?せ、せせせせ先輩だっ!」

完全に階段を降りて直ぐ黒尾先輩の気配を感じ、その方向に首を動かしたら3年生の先輩方が。全員が優しい眼差しでこちらを見ていて、夜久先輩が一言「なにそれ、流行ってんのか?」と私の足を指差して首を傾げた。ジャージの裾を靴下に入れるという孤爪くんスタイル。これをすると温かいのだ。流行ってる…と聞かれたらどうかは分からないけど!

「私の中では流行大賞です!!暖かいので先輩方も是非っ!!」
「ははっ、やってみるわ」

ケラケラ笑って返事をする夜久先輩のお顔はTHE自然の笑顔!って感じでイケメンだ。黒尾先輩は寒いのか踵を床につけ爪先を上にあげる足がなんだか可愛い。

「あ!それも美味しいですよね!」
「え、あっ、はい」
「迷うなぁ」

近くにいた他校の人が持っていた飲み物を見てそっちでもいいかな、と迷う。唸るように考え込む私に「ココアでいいの?」と孤爪くんに聞かれ、やっぱりココアがいい!と意思を固めた。

「はい」
「ありがとう!」
「いらない」
「はいっ!ご馳走様っ!!」

お金をポケットから出そうとするより先に「いらない」と言われ、今日だけでかなり極めることが出来たお辞儀をここでも使った。皆、飲み物はいらないと言っていたから自分の分だけを手に持つ。
さっきから後ろの方で、孤爪くんのお話をしている先輩方へ近づく親友の半歩後ろを歩き、私もそちらに向かい、両手をホットココアで温めながら皆の話に耳を傾けた。

「続ける絶対的理由は無いけど、止める理由も別にない。どっちでもないはふつうだよ」
「……ごもっとも」

……あ。

「冷静だなあ」
「難しい話すんな」
「…汗かくとか息切れるとかは好きじゃないけど、レベル上げは嫌いじゃないし…」

小さくおやすみを言う孤爪くんに続き、私も挨拶をした後、階段を登って行く隣に並んで今度は歩く。戻る途中、なんとなく…本当に少しだけ気まずそうな雰囲気が孤爪くんから感じ取れ、不思議に思いながらもひとつだけ思い当たることがあって、つい笑みを溢してしまった。

「ふふっ、孤爪くんはやっぱり優しいね」
「……」

その言葉の意味を理解したのか不機嫌に顔を顰めた後、目線を逸らされてしまった。きっと孤爪くんは自分の発言に対して、黒尾先輩の悲しくも取れる表情したことに、それを私が気付いたことに、気まずくなったのだろう。もうっ!優しいんだからっ!

「明日、楽しみだね」
「……呼吸すら出来なかった人がよく言う」
「もう大丈夫です!人工呼吸は黒尾先輩に予約済みです!!」
「……」







春高2日目。

音駒高校vs早流川工業。早流川工業の"時間をかけてセッターを潰す"という策を利用し、わざとレシーブを乱す作戦で2セット目の終盤まできた。相手の2回目のタイムアウト以降こちらの策に気づかれたか、どうかは分からないけどお互い譲らない粘りを見せ、孤爪くんの集中力は珍しく切れかけている。

1年生の時。虎と知り合うずっと前。孤爪くんから"根性"の話を聞いたことがある。俺には使えないものなんだ、って。


「!!」

長い長いデュース。最後の一点を決めたのは福永くん。そして、その前のAパスが返った時にしか見せなかった孤爪くんのセットアップに音駒の皆が目を見開いていた。




「あのぉ〜」
「?…どうしたの?リエーフ」
「…ちょっと聞きたいことがあるんです」
「なになに?」

試合が終わりコートから捌ける途中、内緒話をするように手を口端に添え耳打ちをしてくる後輩に首を傾げる。

「研磨さんがコケたのって演技だったりするんスか…?」
「コケたの?…ははっ!あれは演技じゃないと思うよ〜!たぶん!!」
「……」
「直接聞いてみて!!」

演技ではないと思うけど、違うと答えても疑っているリエーフに本人に聞くよう促す。おずおず聞きに行く後輩を後ろから見守り、親友の口から出た答えは私のと同じで内心ホッとした。外れてたら親友失格だもの…!!

「根性見せたな。研磨よ」

これに対し孤爪くんは否定をする。自分は根性を使えるレベルではない、と。それから饒舌に言い訳をするみたくつらつら言葉を並べる親友をリエーフの影からそっと見つめていた。

「ていうか頑張ることに明確な"名前"付けないと駄目なの!?俺が頑張ったら変???」

あ、キレた!虎の「何キレてんだよ」と同じタイミングで同じことを心の中で吐く。

「試合中はなんか空に向かって怒ってたなあ」
「お前疲れてっと性格変わりすぎだろ」
「糖分が不足してるんだなあ…。バナナ食べなさいよ」

そう言って孤爪くんにバナナを渡す黒尾先輩。バナナを食べなさい。この一言をこんな甘い声で言う人はいるのだろうか…。それより、

「黒尾先輩のバナナ!?私も食べたい!!」
「ブッッ!?……みょうじちゃん!その言い方誤解を招くのでやめて!?」
「??」
「お前、何変な風に捉えてんだよ。キモ」
「いや、だって」

孤爪くんの元へ近づく最中、後ろで先輩方のやりとりが聞こえ振り返ると虎にも「お前なぁ…」と呆れたように言われる。

「"仲間のためにがんばる"はオカシイこと??俺がやったらオカシイの???」

皆が私の方に注目する中、孤爪くんだけがこちらに目もくれずバナナをひとつもぎ取り私に渡した後、自分の分のバナナを食べながら荒々しく声を張り上げた。その口から出た言葉に皆が驚き、虎は両手を広げ叫ぶ。

「研磨ァァァ!!」
「うわっ…!何…!?」
「来いっ」
「来ないで」
「来いっ!!!!」
「!?…みょうじも来ないで。福永悪ノリしないで!」

虎に続いて福永くんと一緒ににじりじり近寄ると、眉を寄せた孤爪くんは後ろに身を引いて私達を拒み、逃げるように黒尾先輩達の元へゆっくりと歩いて行く。




そして、烏野と稲荷崎の試合は宮兄弟の高速バックアタックを変人コンビが止めて烏野が勝利を収めた。皆、何も言わず立ち上がり歩き出す。全員がコートの中にいるような面持ちに変わり、隣に座っていた孤爪くんはわくわく顔をして明日の試合が楽しみなのが容易に読み取れた。












「下馬評は烏野有利って感じだろうね。強いトコいっぱい倒してるし」

ホテル、またたびにて。ミーティングを終えた音駒メンバーは各々寛いでいた。テレビから流れる"烏野高校に音駒高校がなんとか食らいてほしい"の言葉に批判する虎へ向けて孤爪くんはゲームをしながらそう言った。

「バカヤロウッ俺達だって強いトコ倒したからココに居るんでしょうがっ」
「自分の布団だけ敷いてやがる!」

虎に続きひとりだけズレた発言をしながら音駒のセッターに指を差す黒尾先輩の隣で私は正座をし、皆と一緒に体を捻ってテレビから孤爪くんの方へと視線を移す。

「えーでもさあ、俺達にウシワカとか宮ツインズ倒せるかなあ」
「「……」」
「オイ、黙んじゃねえよ」

その問いに黙るふたりを夜久先輩はゲラゲラ笑う。

「やってみないとわかんないと思いまーす。それにグーはチョキに勝てるけどパーには勝てないと思いまーす!」
「確かに…!!」

思わず口を両手で隠し納得する。すると、隣で「な?」と覗き込むように首を傾げてくる黒尾先輩に胸が跳ね上がった。そして「マネからも言ってやって」と少し悪ノリする姿にまたドキドキしながらあたふたする。

「え!?えっと…、えーっと!」
「うん」

ぐっ…。そ、そんな優しい声で相槌を打たないで…くだ、さい。カッコ良すぎて言葉が詰まって出てこない。それだけじゃないんだけど。なんか、その恥ずかしい、というか、言っていいのか分からないというか…。だけど、黒尾先輩の一言でこの場にいる全員に注目され、背を向けていた親友も少しだけ首を捻りこっちを見るものだからゆっくりと口を開いた。

「他校の方よりマネ歴はとても短いですけど、私はもっと…、ずっと、どのチームよりも長く皆のマネージャーでありたいな…と思って、ます…」

何故か恥ずかしくて声は小さくなるし、籠るように話してしまった。言いたいのは、今のこのメンバーでどの学校よりも多く試合がしたい、ということなんだけど、上手に伝えられない。シンッと静まり返り、福永くんがチャンネルを変えた番組から芸人さんのネタが聞こえるだけ。変なことを言ってしまったかもしれない。だって黒尾先輩の"言ってやって"の答えになってないもん…!と急に不安になり俯いていた顔をゆっくり上げた瞬間、軽く頭に重みがかかりそれが黒尾先輩の掌だとわかった時、部員達の叫びが部屋中に響き渡った。

一斉に全員が話し出すから何を言っているのか全てを聞くことは出来なかったけど、夜久先輩の「おう!そのつもりだ!」というのと、「ウシワカでも宮ツインズでも倒せるわ!」なんていう虎に「戦う相手違うでしょ」と呟く孤爪くんのやりとりは耳に届いた。それから何も言わず頭上にある手を動かし、いつもより力強く何往復も撫でる黒尾先輩に自分の発言がまた恥ずかしさを増し、下唇をキュッと噛んでしまう。


「…ふふ。まあ、どっちでもいいよね」

そう言ってゲーム機に視線を戻す孤爪くんはさっきの会話に話を戻した。

優劣それを確かめる為にわざわざ試合しに来てんだし」

背中から感じられるわくわく顔ならぬわくわくオーラに、私も同じ気持ちを抱いた。






暫くして。

「食らえ!!マジカルスペシャルスマァァァァッシュ!……ぐへっ」
「ぶっ、ぶははははっ!!…お前っ、みょうじっ…!どこ、どこ投げてんだよ…ぶはははっ!」
「ぐっ…猛虎めぇ」
「急に名前呼びっ…ぎゃははははっ、」

部屋では枕投げ大会が行われていた。球彦くん以外の1年生と虎、福永くん、私。昨夜から開催されている枕投げ第2ラウンドだ。ボールじゃない枕だとしても私は真っ直ぐ投げられず、変な方向に投げては足が絡れ転ぶ。それを虎とリエーフは何度見ても笑う。いや、リエーフは段々「どうやったらそんな転ぶんですかー?」と不思議がってきている。

もう一度。枕を手に取りちゃんと狙いを定め、虎目掛けて投げつける。

「っ…」
「……あ」

しかし、標的の相手ではなく、ぶつけてはならない人の後頭部へと枕は吸い込まれるように飛んで行った。

「ご、ごごごめんなさいっ…!孤爪く……ぶっっ!?!?」

すぐさまそちらへ駆けつけ、土下座の体勢に入ろうと心に決めた時、髪に隠れ表情が見えない親友は思い切り腕を振り上げ私の顔へ一直線に投げてきた。

「おい、研磨っ!!!」

窓の外を見ながら孤爪くんとお話していた黒尾先輩が、顔面に当たった衝撃で後ろへ体重が傾き倒れそうな私の元へ慌てて駆け寄り、下に頭がつく前に支えてくれた。体は畳に預けられ、後頭部が大好きな人の太ももに乗っている状態。

「大丈夫か?」

目を開けると上から私の様子を伺う先輩の顔が至近距離に。し、死…!?まっ!?これは大丈夫ではない。もう一度、瞼を閉じ眠りについた。

「え、みょうじちゃん?」
「…私は白雪姫」
「ン???」
「眠りから覚めるには王子様のキスが必要で……ぶっ、」

今日何度目か分からない枕が顔に押し付けられ、今は黒尾先輩がやったということに直ぐ理解する。

「……」
「っんんん…!」

けれど、枕投げ大会で当たった時よりも孤爪くんに投げられた時よりも強く、長く押し付けられるから息が苦しくなる。

「……クロ。みょうじ、息出来てない」
「…あ」

少し離れた場所で、孤爪くんの救いのお言葉により口元と視界が解放され、一番に目に入ったのは横を向いた先輩の耳。少し赤くなった耳だ。

「わ、悪りぃ」
「あ、いえっ!…こ、こちらこそ申し訳ありませんでしたッッ!!!」

私にはあまり使ってこない少しだけ荒い口調で謝られる。私もすぐさま畳に頭を擦り付け謝罪する。お、怒らせてしまった…。大会前に私はなんてことを…!!これ以上、色々と迷惑をかけないよう皆におやすみなさいの挨拶をした後、自分の部屋へ戻った。