ゴミ捨て場の決戦



だからね、孤爪くんに勝ってね



烏滸がましくも翔陽くんに言ってしまったこと。今日、今から始まる戦い。彼はあの約束を覚えているだろうか。

「約束してなくてもそのつもり、だよね」

私如きが何を言っているんだ。隣を歩く親友に今の独り言が聞かれ不思議そうに見つめられるから「なんでもないっ!」と笑顔で答えた。





「山本ォー!!がんばれよォーッ!!」

応援席から大きな声援が届いた。虎のお友達かな?手を振る姿を見て有名人だ!と感心していると、どこからか聞き覚えのある声が上から降ってきた。

「みょうじーー!!ファイットォォォォォォォォォ!!」
「……え?」

私?何故っ!?驚きで上を向くと、両手に応援グッズを持った宅帰くんがいた。私の名前入りハチマキもしている。元帰宅部っていうのも書いてある!!宅帰くんとは帰宅部送別会以降、仲良くなったのだけれど。何で私!?不思議だけど、嬉しい!!ありがとう!!!後でお礼を言おう!!こちらに手を振る彼に軽く振り返した。







観客も実況も全て置き去りにした怒涛のラリーでスタート。

「やっぱり研磨、いつになく気合い入ってますね…!」

数ラリー目。そう言う直井コーチにコクコクと頷き、孤爪くんを見つめる。しかし、猫又監督は言葉を濁した。

「んー…途中でプッツリ切れなきゃいいけどなあ」
「確かに」

烏野相手だからだろう。ラリー間でお互い会話をしているのがベンチからでも分かる。話の内容は聞こえないが、早々黒尾先輩がツッキーを煽っているのは感じられる。ツッキーの表情がイラッとしてる…!

そして、音駒の守備が仕上がってきた頃。連続得点で追い上げるが、そこで烏野の攻撃が決まり点差は2点のまま試合は中盤、後半へと進み、18-20。黒尾先輩の強烈なサーブで相手を崩し、ネット上に上がったボールはリエーフがブロックで抑えようともとびとびに押し込まれ、それを虎が拾う。距離は短いものの上に上がったボールを孤爪くんは素早く動き、Aパスの時にしか見せないセットアップを見せた。それには孤爪くんを知る全員が驚き、リエーフは上がってきたボールをきっちり床に叩き落とし、決める。


「影山にも負けてねぇぞ、研磨ァ!」

虎の大きな声がベンチまで聞こえてきた。振り返った孤爪くんの表情を見て、あんな頑張ってる人と比べたら失礼、できそうのラインが更新される、とかゲームに例えて何か言ってそう…なんて真剣に予想してしまう。

25-25の同点。ここで烏野のオーバーネットにより音駒の得点。

「…オーバーネット、誘った」

思わずボソリと口から出る。昨日、同じことをした宮侑さんに孤爪くんは怖い顔でコートを見つめていた。最初はどうしたのか理由が分からず、隣に視線を送っていたら"誘った"ことを教えてくれ、「孤爪くんもやる!?」の質問に「……やってみようかな」とだけ言っていたのを思い出す。

この1点でこちらがセットポイント。そして、最後。烏野の攻撃意識を利用したラストボールで第1セットを先取した。








2セット目。1セット目に続き、サーブで翔陽くんを牽制する。両者粘りの守りと攻撃を繰り広げ、とびとびのサービスエースにより音駒の一回目のタイムアウト。

「うちの研磨くんみたいにとりあえずアンダーでレフトに上げたりしろよ」
「……」
「相手誰だと思ってんだよ。烏野だぞ」

ベンチにやって来ながら文句を垂れる黒尾先輩に、言われた本人は睨みを利かせる。話終わった後、椅子に座った孤爪くんに虎が根性を見してこうと言っているのを皆で笑い、タイムが終わる。
またもとびとびの強烈サーブで、福永くんが吹っ飛ばされた。

「!?……吹っ飛ばされた!?」

ど、どんな威力なの…?と合宿の時、頭を撫でさせて貰ったとびとびの影が今はどこにもない。試合中だから当たり前なんだけど…。あれ、腕弾けそう。そう思うのはとびとびのプレーだけじゃないんだけど…。全てのサーブ、スパイクが強烈過ぎる…。



《ここで音駒にブロックポイントー!!!これは読んでいたのか日向翔陽にブロック3枚ィーーーーッ!!!》

翔陽くんを止めて、烏野1回目のタイムアウト。ドリンクとタオルを配っている途中、リエーフが「…研磨さんてコワイ…」と零し、海さまが同感しているのに気付いた。

「今、日向にコミットって何でわかったんですか。研磨さんコワイです!エスパーですか怖いです!」
「…今日、翔陽の打数が少ないのは分かるよね?」
「えっあっハイ!サーブで日向を上手く狙えた時ですよね」
「それだけじゃないでしょ」

それから孤爪くんは詳しく理由を話し始める。

「だからタイミングさえ来れば、翔陽に上がると思った」
「研磨さん怖いです」
「怖いな」
「怖い」
「結局怖いんじゃん」

リエーフは少し黙った後、怖いと言って皆の後ろにいた私の背に回り孤爪くんと自分の間に盾として私を置く。そんなリエーフに続いて黒尾先輩と海さまは怖いと頷いた。


迷ってくれるだけでもいい。意識の高さが迷いを生むし、迷いが一歩の遅れを生む。翔陽は全部がんばる。がんばって何でもできるわけじゃない。一歩遅れるだけで全部遅れてあの存在感は霞んでしまう。99%であっても台無しなんだ。


「だって100%で跳べない翔陽に影山は興味なんかないでしょ?」


この発言にちょっとだけ1年生から流れる雰囲気が変わった気がした。盾にするため私の肩に置いていたリエーフの手がピクリと動く。

「研磨お前。強いボスと戦いたいって"勇者"寄りのこと言うけどさ、残念ながら"魔王"側だと思うぞ。1年がちょっと引いちゃってんじゃねーか」

あ、今ちょっとソワッとした。魔王側って言われて嬉しいんだ。

「ふふっ」
「満更でもねえのかーい」
「孤爪くんは好きな子をいじめたくなるタイプなんですね!」
「……」
「スミマセンデシタ」

つい笑みを溢し心のままに言ってしまうと冷たい視線を送られ、謝罪をする。コートに戻る前、椅子に座っている海さまが「日常生活では人に優しくするんだよ?」と孤爪くんに言った後、私の方を見て微笑みを向けられたから親友と共に訳が分からず首を傾げてしまった。


自分の策が通じるにつれ、目から光が消えて段々顔つきが変わっていく孤爪くん。それと、一瞬だけ見えてしまった翔陽くんの悔しそうな顔に、軽く爪が食い込む程ギュッと掌を握りしめ拳を作る。チーム以外での孤爪くんと翔陽くんの個人の戦い。私が踏み込めるものでは絶対にないけれど、どうしても翔陽くんに勝って欲しいと願ってしまうのは自分本位な考えだ。


そんな中、孤爪くんを見た直井コーチは球彦くんを呼ぶかどうかを猫又監督に聞くが答えは、まだ様子を見ようだった。

「がっかりするには早い気がするねえ、研磨」

監督には何か分かるのだろうか。これから起こることを見逃さぬようデータを記入するペンをグッと握りしめコート内に意識を戻した。


スガさんがコートに入り、とびとびがスパイクを打つ。そこにまたもスガさん、翔陽くんに牽制を入れる孤爪くん。しかし龍之介の攻撃により烏野へチャンスボールが返り、翔陽くんの速攻がくるかと思われたが汗で足が滑り攻撃に参加出来ず、トスはレフトへと上がった。

あ…。戻った。床を拭くラスボスの表情を見て親友の顔は変わる。そして、肩を跳ねさせ、わくわく顔に戻ったのはとびとびの放ったこの一言がきっかけ。

「"オープン"!!!」

高く。いつもより高く跳ねた天使。手に当たらず前にポロッと落ち、点は相手に入る。今のスパイクに、翔陽くんの高さに驚く中、次のプレーが始まり、そして今度はきっちりオープントスで決められた。
急にベンチへ振り向く親友は先程の顔付きではない。"たたかう"を選択し、次の策を練り始めている。


前衛により高さを出すため、コートに入れるべく犬岡くんをこちらに呼んだ。私の前を通り過ぎる時、「俺、かっこ良くなりますっ!」と言う犬岡くんに合宿のあの日のことを思い出し、うん!と勢いよく返事をしてコートに入っていく後ろ姿を見守る。

それから続けて球彦くんがピンチサーバーに入る。初めて彼のサーブを見た時は驚いたな。と今この会場で烏野の相手にやったらどうなるんだろうとそわそわする。1回戦で烏野の相手に先出しされた時、孤爪くん嫌そうだったな、なんて一昨日のことを思い出した。

「旭くんのスパイク痛えだろ。よくとったよくとった!」
「取ったっていうかぶつかったっていうか…」

リベロと交代し出てくる球彦くんに夜久さんは優しく声をかける。リエーフ以外にはこんな感じなのが、試合中なのに微笑ましく思ってしまう。厳しいもんなぁ、リエーフに。そうなるのはきっと少なからず本人に理由があるんだろうけど。

そして、第2セット目の最後は翔陽くんのレシーブにより点を取られ終了した。




「ガッとやっちゃいましょう!!俺が20点取ったりますよ!!あとの5点は皆さんでどうぞ!」
「なあ、知ってる?」

3セット目前のセット間。リエーフや虎に声をかける黒尾先輩は流石主将で。そんな主将を幼馴染は静かに見つめていた。

「?何だよ」
「よくしゃべるなあと思って」
「突然のパンチ」

それだけ言って黙る孤爪くんは自分の目の前を通り過ぎる私に話しかける。

「今度、クロの小さい時の話してあげる」
「「えっ!?」」

突然のことに驚き声を上げたのは私と黒尾先輩。

「え、え!?いいの!?」
「うん。……クロがただのパリピ風野郎なら一緒にやってない」
「えっ話が全然見えねえんだけど!?てか、何でさっきから切り掛かってくんの」
「確かに俺はできるなら汗かきたくないし、練習よりゲームがしたい時もあるし、バレーはやるより見る方が好きかなって思う。……でも、さてとやらなくちゃって思うのは悪くないよ」

どいつもこいつも自由かよ。眉を下げてそう吐く主将に周りを見渡す。
終わりたくないな…。ずっとこの人達とバレーボールがしたいな。ラスト1セット。ここに居なければ味わうことのない感情を抱いていると、黒尾先輩に腕を引かれて部員達に混じり円陣をする。


「しんどい時間は超えてきた。"ごほうび"タイムだ」


そして、始まった第3セット。どちらかがこれで最後。またもスタートから怒涛のラリー。オープンで攻撃するようになった翔陽くんのスパイクがリエーフと虎の間を抜けた時、夜久先輩が完璧なレシーブを魅せた。お互いがお互いを尊敬し、今まで積み重ねてきたものが、自分の持つ全てが、ここで発揮されているように感じる。

無意識に終わってほしくないと思っているのか、ひとつひとつのプレーを見る度、色んなことを思い出してしまう。出来なかったことが出来るようになって、その更に上をいったりして、凄いと思う半面、これはあの時練習した、あの時教えていたものだ、練習風景の様々なことが脳裏を過る。

リエーフのスパイカーを操るブロック、それをきちんと取ってセッターに返す黒尾先輩、ツッキーのリード・ブロックに楽しそうにバレーをする姿、両リベロの素晴らしいレシーブ、相手ブロックを誘導するレシーブの返球、犬岡君のサーブレシーブ。色んなこと、全てがここで発揮されている。

そして、翔陽くんのロングプッシュにパタリと床に倒れた孤爪くんは少しだけ口角を上げて言う。


「たーのしー」

ここからでは耳を澄まさなければ聞き逃してしまう程の小さな声で発せられたものに、私はゆっくりと、小さくガッツポーズをした。

「勝った……」

その呟きと共に翔陽くんが喜びの叫びを上げ、黒尾先輩は笑い声を上げる。



音駒 21 - 24 烏野


長い長いラリー。いつもの体育館で、いつものメンバーがいて、いつもの練習試合をしているようなそんな気分。

「!」

最後。全員の汗により濡れたボールが孤爪くんの手からスルリと抜けて、床に落ちた。