ずっと前から好きだった

今、俺の目に映るのは幸せそうに笑うみょうじちゃんとその笑顔を向けられる佐藤先輩。


あの頃と同じ。ずっと見てきた光景。

研磨と付き合っていると噂になった女子。蓋を開ければ親友だという。初めて会ったあの日から、幼馴染の親友だと知ったあの時から、無意識の内に彼女を目で追っていた。最初はただ研磨の友達という子に興味があった、もしかしたら友達から彼女になるんじゃないかっていう好奇心から気づけば俺の目はあの子の姿を捉えようとし、その理由はいつからか違うものに変わった。


"研磨は関係なく、自分があの子を見たい"

そんな風に思うようになったのはいつかは覚えてないが、気づいたのは文化祭準備期間の時。迷いなんてないかのように、好きな人に真っ直ぐ想いを伝える彼女が「絶対に泣かない」と震える声で、でも力強く放った言葉に自分でもまだ気づいてなかった想いを先に相手に伝えようとした。


俺にすればいい


俺だったら泣かせない。そう口に出そうとして我に返る。と同時に、自分がこの子のことが好きだと気づき動揺を隠すのに必死だった。誤魔化したり相手にバレずに隠し事をするのは人よりも少しだけ得意だ。いつものような振る舞いと向こうの対応に動揺は表に出ることがなく、けど全てを隠すことは出来ず「可愛い」なんて言ってしまった。

無意識の内に見ていた子が、いつの間にか好きになっていた相手が、目の前にいる。しかも、初めての会話。こんな近くにいんのももちろん初めてで。好きだと気付いたのも今だ。そんな相手に普段通りの自分を出すのは中々難しいもので、恋に悩む好きな子に「好き、をやめる?」なんて聞いてしまった。

自分がこの子を好きだと自覚した今。これから聞く彼女の返答は少なからず胸にグサリと刺さるものだろう。好きをやめたら可能性が0。それは嫌だ。諦めない。と気持ちを入れ直す姿に「力になる」と自分を騙すように良い男を演じた。男は好きな子の前でカッコ良く見せたいものだ。これくらい良いだろう、と自分に言い訳をした後、幼馴染を頼むとこの子に認識すらされていない自分の存在をアピールしてしまう情けないことをする。

そして、体調の悪い体をゆっくり動かし、たった数分の今の出来事を思い出しながらため息と共に「っやべぇ…」と吐き捨てることしか出来なかった。


こんな呆気ない失恋の仕方ある?とかなんとか。呆れて自分に対して鼻で笑って終わりにしようとしたけど、もうその時には遅く。観察眼が並外れた幼馴染を横にバレないよう必死に隠す日々が続き、2月14日。研磨の家から出てきたあの子を見かけて自然と足が動いた。
そして、その子に言われた言葉。「結婚してください」よく好きな子が好きな人に言っていた言葉。それを向けられるとは思っていない俺は口をぽかんと開け、「は?」と漏らしてしまうのだった。



片想い歴なら俺の方がみょうじちゃんより長い。これは研磨にもバレていないだろう。佐藤という先輩より、というか誰よりもみょうじちゃんを好きなのは俺ですけど。と心の中で悪態を吐きながら目の前の光景をジッと見つめる。

最近見ることのなかったみょうじちゃんのあの顔は彼女が一年前に好きだった人に向けられている。もしかしたら好きが今あの人に戻っているかもしれない。

そうだとしても、

「みょうじちゃんは俺のだし、そのチョコは俺のなんですけど!?」


焦りと不安。色んな感情から青筋立てて目を見開き、気付けば足が動いていた。さっきよりも速く走り、みょうじちゃんの手首を掴み引っ張る。体がこっちに傾いた瞬間、後頭部に手を回し驚きの声が出た口を自分の胸につける形で腕の中に閉じ込めた。渡さないと力を込めて抱き締め、対抗心剥き出しの眼差しを向けると相手の鋭い目つきが若干丸くなる。


「この子、俺のなんで」


更に腕の力を強くする。すると、向こうはきょとんとしてから柔らかく目を細めて笑った。それを見て腕が緩んだ瞬間、みょうじちゃんが挙動不審に俺から一歩身を引いたところで先輩はそんな彼女に一言声をかけ、チョコが入っているであろう箱を本人に返す。よく見ると俺がさっき違う子から貰った箱と同じ。だけどみょうじちゃんらしさが滲み出てる独特の包装。それさえも愛おしく思ってしまう。

チョコを彼女に返すと俺に「邪魔をしてごめんね」と眉を下げて謝罪してから帰っていく先輩に自分が今どれだけダサい男かを思い知らされる。ダサすぎんだろ、俺…。みょうじちゃんの方を見ることが出来ず、先輩の歩いていく後ろ姿を首裏に手を添えながら見つめた。








「あっ、あ、ああの…!これっ!」

渡す相手間違えたら駄目だよ、と佐藤先輩から返されたチョコ。好きな人に渡すことの出来なかったものを自分の手元に置きたくなくて、久しぶりに会った好きだった人にあげようとするなんて、最低なことをしてしまった。

それでも優しい佐藤先輩は状況を理解したのか私にもう一度チャンスをくれた。黒尾先輩にチョコを渡すチャンス。こういう優しいところ含めて大好きだった。けれど、前みたく好きで胸が苦しくならないのは黒尾先輩が大好きだからで。折角、佐藤先輩が背中を押してくれたんだ。今ここで、このチョコを渡さなければ私は女でもなんでもない!

「愛を込めて作りました!!本命のバレンタインチョコです!!」

違う男の人に渡しておいて本命のチョコなんてよく言えたものだ。両手を前に突き出し頭を下げて渡せば手の重みがなくなり受け取って貰えたのだと安堵する。けど、さっき違う子から貰っていたのに私のはいらないかもしれない、という不安が段々込み上げてきてゆっくり相手の顔を伺うため視線を上に動かした。

「……あ、りがと」

動かした先。そこには頬を人差し指で数回掻きながらお礼をする先輩がいた。気まずい、照れているようにも見える先輩の視線は横を向いている。こんなの知らない。見たことない。

「好き、です。本当に大好きです」

口に出してから言葉の意味を理解する。だから、嫌だったんだ。今日、渡すのは。誰もいないふたりだけの空間で渡すのは。想いが抑えられなくなるから。だから皆がいる休日練習の時にって思ったのに。


そして、流れる沈黙。

佐藤先輩と話してる最中、急に後ろから引っ張られ状況を把握する前に黒尾先輩の腕の中にいた。力強く抱き締められたせいか顔が相手の胸に埋まり、回された腕によって耳は丁度塞がれて佐藤先輩に何て言ったのか聞き取ることが出来なくて、ただ黒尾先輩の心臓の速さが振動で私に届くだけ。

また自惚れてしまうような行動を受け、ずっと聞けずにいたあの時の"好きな子"の意味が私の思っているものと同じなんじゃないかと勘違いしそうになった。それも、今から言われる黒尾先輩の返事できっとあの時の本当の意味が分かるだろう。


だけど、

「…俺「いっ、今のは無しで…!無しでお願いしますっ!」…え」


聞くのが怖い。これ以上好きな人から否定の言葉を貰ったらきっと心が死んでしまう。もしかしたらさっきの後輩の子と良い関係になったのかもしれない。それを聞いたらきっと泣く。先輩が何かを言いかけたのを遮ってまで恐怖心から自分の好きをなかったことにした。


「…ぁ」

そして、一瞬だけ黒尾先輩の表情が曇ったことに気が付いて心臓が飛び跳ねたと同時にその場から駆け足で逃げ出した。

「…最っ低、だ」










それから数週間。私は黒尾先輩を避け続けてしまった。送られてくる連絡も練習に来てくれた日も全て。私が臆病でわがままなせいで好きな人が不快な思いをしているかもしれないのに避けるのをやめることは出来なかった。それでも先輩は声をかけてくれようとし、それを素早い動きで躱す自分にこんな俊敏に動けるのかと呆れたりもして。


卒業式の日。最後の告白をしよう。

「それで、終わりにするんだ」