この気持ち卒業します

黒尾先輩が卒業する日に最後の告白をしよう!という決意。

悩んで悩んで出た結論は、当たって砕けろ。私の得意分野じゃないか。最後くらい自分らしく!悔いがなく終わりにしたい。それに、今の私は私が好きじゃない。なんの取り柄も無い人間が嫌いな自分で好きな人に告白するとかいけないんだ!自分勝手な考え、行動ばかりして告白する資格はないかもしれない。それでも最後にもう一度だけ気持ちを伝えたい。
当日に備え、たくさん食べて力を蓄えた。





そして、卒業式当日。

「あ、うっ…」
「……」
「第二ボタンが欲しい」
「貰ってくれば?」
「そんな恐れ多いこと出来ないよ…!」
「そうなんだ」
「出来ることなら制服全部…いや、黒尾先輩が欲しいっ」
「貰ってくればいいじゃん」
「!?そんなレジ袋もう一枚追加でください、みたいに言われても…!」
「ちょっと意味わかんない」

式、クラスでの最後のHRも終わった3年生方はたくさんの人に囲まれていた。後輩や同級生、先生と話してる人もいる。もちろんその中には黒尾先輩も含まれていて。たくさんの人に囲まれてる。人気だ…。人気だっ!だけど、今日告白するって決めたんでしょう!なまえ。気合を入れるんだ!




「みょうじとはなんだかんだ二年の付き合いだもんな」
「そうだな。寂しくなるな」

いつでも連絡してこいよ!と言う夜久先輩と同意するよう頷く海さま。学校を去る前、最後にバレー部のところに来てくれた先輩方は各々部員達と会話をしている。その様子を後ろで眺めていた私にふたりは話しかけに来てくれた。
夜久先輩と海さま。知り合った経緯は違くても同じ時期に出会い、とてもお世話になった。別れ、というのは寂しいもので。目から必死に涙が溢れぬよう耐える。

「ぅぅ…卒業っ、おめでとう、ございます」

震える声でお祝いの言葉をかける私に夜久先輩は眉を八の字にして苦笑し、両手でわしゃわしゃと頭を撫でる。

「またいつでも会えんだろ?」
「は、い」
「今度、あそこのパンの差し入れ持っていくよ」
「っはい」

以前アルバイトをしていたパン屋さんを常連の海さまが差し入れしてくれると言った。そうだなぁ。海さまはアルバイト先で知り合って、夜久先輩は委員会だったな。一年前のことを思い出してまた涙腺が緩くなる。

眉を寄せて泣くのを耐えているとリエーフがこちらにやって来た。きっと話し足りないんだと思う。部活の先輩というのは思い入れがたくさんあるだろうから。

「おっ」
「っ!?…く、くくくくくくくく…クゥ!」
「クゥ?」

後ろへ一歩下がった時背後から両肩に手を添えられて、人がいたことに気付き振り向くとそこには黒尾先輩が。ずっと避けていた相手が目の前にいる。告白しようとしている相手が今目の前にいる。周りの人はこちらを見ている気配はない。最高のチャンス。心の準備がまだ不十分だったため黒尾先輩の名前も呼べなかった。

「卒業!オメデトゴザマスッッッ!!」
「何で片言?」

ぶひゃひゃひゃっ!と久しぶりに聞いた独特の笑い方にホッと胸を撫で下ろす。優しいなぁ。ずっと理由も言わず避け続けた人間に普通に接してくれるこの人がやっぱり好きだ。

「…あのっ!……!?」

今なら告白できる気がする。お腹から声を張り上げた時、爆笑していた先輩の手が頭上にきた。きっと頭を撫でられる。そう思って無意識の内に後ろへ身を引いてしまった。

「……ぁ」

好きをなかったことにした時と同じ。一瞬曇った表情をした先輩を見て心臓が止まる。撫でようとした大きな手は宙を浮きそのまま自身の首裏へ持っていかれた。

「い、今のはちがっ「ありがとな」…え?」
「みょうじちゃんと仲良くなれて嬉しかった」
「わたしも、です」
「うん」

目を細めて優しく笑う顔は悲しくも見えて。最後にバレー部全員で集合写真を撮ると言われ、お互い何も言わず歩き出す。

「あのさ、みょうじちゃ「おーい、黒尾早くしろよ!最後の最後までみょうじにちょっかい出してんじゃねーぞ!!」

黒尾先輩が何かを発したとこで夜久先輩の言葉が被さる。今度こそ怒らせてしまったかもしれない。嫌われたかもしれないという思いで、私自身黒尾先輩から何を言われるのか急に怖くなり「早く行きましょう!!」と変な笑顔を作り走り出した。












卒業式当日でも関係なく部活はある。今までで一番疲れたかもしれないと思いながら、ボトルを洗う。

告白せずに終わった。告白、出来なかった。結局、私はするのが怖かっただけなんだ。何が当たって砕けろだ。当たってもなければ砕けてもない。これで終わりなのかな。本当に終わっていいのかな。

「こんのっ臆病者めぇぇぇぇ!!!!」

ボトルを洗いながら宙に向かって叫ぶ。すると、たまたま通りかかった芝山くんが驚きの声を上げた。

「わぁぁ!?ごめんね!びっくりしたよね!?」
「あっ、いえ!大丈夫です!」
「や、やさっ!?名は体を表す、と聞いたことがある」
「え?え…?」
「私、少し行ってくる!!」
「は、はいっ!……?」

ボトルを抱え片付けてから外靴に履きかける。早足で向かう先は校舎裏。初めて黒尾先輩と会話した場所。そこに行けばきっと勇気を貰える気がした。黒尾先輩達は最後のクラス会?打ち上げ?があると言っていたから、勇気を貰えたとしても今日気持ちを伝えるのは無理だろう。そもそも、避け続けたわがままな私に告白する権利はあるのだろうか。また負の感情が心を支配する。

「ってダメダメ!!マイナスな気持ちは、はい捨てるっぶぉわぁぁぁぁぁ!?」

やっと着いた校舎裏。まだ3月上旬。辺りは暗く、そして寒い。なのに、

「な、なんでっ…」

黒尾先輩がここにいるの…?曲げられた両膝に腕を乗せ、開いた足の間に顔を伏せて地に座っている先輩は私の声に顔を上げる。

「え…、クラス会……ぉ、わっ」

何でここにいるのか。いつからいたのか。もしかしてずっとここにいた?そんな疑問が頭の中で飛び交い、動揺した。そのせいかは分からないが、先輩の方へ一歩近づいた瞬間、足が絡れ転びそうになる。

「…ぁっぶね」
「!」

転びそうになったのを瞬時に立ち上がった黒尾先輩によって地面ぎりぎりのところで阻止される。危なくないようゆっくり地面に座らせる形で誘導する先輩の手は冷たい。そして、お尻が地についた時、勢い良くその冷たい手を両手で握った。

「いつからここに!?取り敢えず、暖まらないと!」

よく見ると鼻も若干赤い。寒かったんだ。先輩を立たせようと手を掴んだまま腰を上げようとしたその時。


「好きだ」


……え?

突然投げられた言葉。あまりにも急なことに思考も体も止まった。


「好きなんだ。みょうじちゃんのこと」


ゆっくりと。包み込んでいた冷たい手は逆に今度は私の手を覆い、動揺して揺れ動いてしまっている瞳をしっかり捉えた先輩の目はいつもと違う。その表情から言葉の意味を素直に受け入れることが出来た。
出来たけど、だ。

「…っど、どういう」

信じられない。また勘違いをしてしまう。好きな人が自分を好きになるわけない。いつからか呪いになっていたそれは今もなお私に取り憑いている。だって、好きな人が、大好きな黒尾先輩が私のこと好きな筈…

「そのまんまの意味。みょうじちゃんの好きと同じ」
「う、うそで「LIKEじゃなくてLOVEな方で好き」…!」
「……性的な意味で好き、です」
「!!」

私が夏祭りの時に言ったことと同じ。性的な、を使うのを躊躇ってか言葉を詰まらせ、少し上目遣いにこちらを見つめる先輩はさっきの雰囲気とは違い可愛らしさが感じられる。恥ずかしさと照れ。そういうのが含まれている表情。けれど、そんな可愛らしい顔とは裏腹に手を握る力は強く、逃がさないと言っているようで。

「ほんと、ですか…?」
「ほんと」
「LOVEで、好き?」
「LOVEで好き」
「性的な意味で好きなんですかっ、」
「…はい」

真剣な面持ちで肯定する先輩を見た瞬間、私の目からは大量の涙が溢れ出る。

「わ、たし…私も、黒尾先輩のこと性的な意味で好きなんですううううううう!!!」

子供のように泣きながら声を張り上げて好き、好きだと何度も伝える。

「……」
「ぅ、わっ…!」

涙でぼやけた視界は急に真っ暗になり、黒尾先輩の腕の中にすっぽり収まったのだと気付いたのは耳のすぐ横にある先輩の口から安堵したような深いため息が鼓膜を揺らしたから。

「っはぁぁぁ〜…、……嫌われたかと思った。」

離さないと言われてるかのように、ぎゅーっと抱きしめられる。嫌われたかと思った。そんなの嫌いになるはずないのに。そう思うけれど、ここ最近の自身の行動を考えればそんな風に思われても仕方がないこと。しかし、改めて謝ろうとゆっくり口を開いた時、先に発したのは向こうで。

「すげぇ好き。マジで好き」

まるで好きという感情をぎゅうぎゅうに閉じ込めた箱の蓋をやっと開けたかのように、我慢していたと言わんばかりに何度も同じ気持ちを言葉にする先輩に私は呼吸が苦しくなった。謝罪も疑いも全てが好きの二文字で脳内からかき消されてゆく。

ずっと欲しいと願った"好き"を私は今たくさん貰っている。夢のような現実。それを受け入れられるにはキャパが足りたい。もうキャパオーバーです。何度も黒尾先輩に思ったこと。そんな好きな人の腕の中で強張った体の力が抜けていき、違和感を察知した先輩は私の名前を呼ぶ。

「みょうじちゃん…?」
「……蒸発、します」
「ウン?」
「溶け、ちゃいます」
「……」

文字通り溶けるように脱力した自分の体を相手の胸へ預ける。何でこんなかっこいいの。なんでこんな色気が半端ないの。可愛いの。好き。大好き。もう頭の中はぐちゃぐちゃ。

「好きです!結婚してください!!!!」

今度は体に力を入れて先輩の制服をぎゅっと握り上を向き、やっと交わった目を捉えながら強く放った。そんな私を見て丸くなった双眼が数回瞬く。そして、口元に緩く弧を描き言った。

「喜んで」

かっこいい、可愛い、好き。色んな感情が込み上げると誰にでも求婚してしまう癖。された人は皆、私の挨拶のようなものだからと呆れたり、笑ったり、スルーしたり。軽率にしてしまうこれに誰ひとり良い返事を返した人はいない。そうするのは皆が優しいから。だけど、好きな人には烏滸がましくもちょっぴり期待なんかもしたりして。

「っ、あっ、あ、あ…あ、のっ」
「ん?」

喜んで、なんて言われると思わなかった。予想外の返答に口をパクパク開けて閉じてを繰り返す。そんな私を覗き込むように見つめる先輩の破壊力はとんでもないもの。

「女はそういうこと言われるとコロッとコロコロしちゃうんですからね!!」
「…コロッとコロコロしてくれると、嬉しいデス」
「なっ!?」

今までなら、今までだったら、短く声に出して笑うか苦笑いをするかだったのに…!全てが普段の黒尾先輩と違い既に頭はパニック状態。なのに、追い討ちをかけるように「女は…って、みょうじちゃんにしかしねーし」と不貞腐れたように呟く色気ムンムンのはずのこのお方はとても可愛らしくて。

「〜っ…ずるいです!ずるいっ!かっこいい!可愛い!エロい!!好きです!!大す……っ!?」

内に留めることが出来ずそのまま口に出している途中、急にマスク越しじゃない黒尾先輩の唇によって言葉を塞がれた。何が起きたのか。瞳孔が開く勢いで驚いていると先輩は「あ」と焦った声を漏らし、顔にはやってしまったと書いてあって、目を泳がし珍しく淡々と言い訳のようなものを吐き出した。

「違っ…くはねえけど、みょうじちゃんが…可愛い過ぎるから。まだするつもりは…いや、するつもりはありましたけど。今まで我慢してきたんで。つい体が動いて…って何言い訳してんだ俺は」
「…も、もう……無理、です」
「え」

本当に無理です。何が無理か分からないくらい無理だ。何なんですか。何なんですか。かっこよ死する。ギュン死にする。そう思いながら全体重を預けては理性を保つべく一度瞼を閉じた。もちろん先輩の匂いを嗅ぐことは忘れずに。










先程の出来事でもちろん腰を抜かしているみょうじを抱え部室へ向かう黒尾。取り敢えず、自力で歩けるようになるまで休もうとするも体育館から聞き慣れた声が耳に届き、ふと足を止めた。

「リエーフ!!!!!」

それは守りの音駒元リベロさまの声で。どうしてここに?クラス会が終わった?など、みょうじに想いを伝えるためクラス会に身が入らず抜け出した元主将が疑問符を浮かべながらそちらへ進む。

「今、夜久先輩の声しました…?」
「はは、したね」
「あー!黒尾さんも来てくれたんですかー?」

体育館内から外へ出そうになったボールを出入り口ぎりぎりで止めたリエーフはふたりに気づき叫んだ。それからゾロゾロと中から顔を出す男達。海の姿もあり黒尾は眉を下げて「海も来てたのか」と苦笑いする。

みょうじが黒尾を、黒尾がみょうじを好きなことを知っているリエーフ以外の人達はふたりの様子を見て期待を膨らませ、元主将から発せられる言葉を待った。


「?…また、みょうじさん腰抜かしたんですか??そんなに好きなら付き合っちゃえばいいのに。両想いなんだから」


静寂の中。お世話になった先輩が卒業した日までブレない後輩はケロッと爆弾発言を落とした。周りは驚きや苛つき、呆れ、焦り、それぞれいろんな思いを抱きながらリエーフに視線を集める。思いもよらない発言にまたも静まり返り、それを破ったのは黒尾の掠れた笑い声。

「あー…マジか。リエーフにも気付かれてたの」
「?」
「……みょうじちゃん俺の彼女なので、皆求婚されないでね」

黒尾がそう言った瞬間、どっと湧き出る喜びや祝いの言葉。そして、もう歩くことが出来るみょうじを下ろし、皆の声に耳を傾ける。

「いや、求婚はみょうじ次第だろ」
「俺!まだ求婚されてないです!」
「お前されてえのかよ」
「特には!!」

ケラケラ笑う夜久に求婚されてないと宣言するリエーフ。そんな後輩に虎が問い、海と福永はお祝いの言葉をかける。

「おめでとう。ふたりとも」
「おめでとう。よかった」

それから後ろにいた1年生組、芝山、手白は明るく放った犬岡の言葉に首を縦に振り頷いていた。

「黒尾さんとみょうじさんお似合いだと思ってた!」
「ね!」
「うん」



そしてみょうじは照れながらお礼をした後、少し離れた場所でこちらを見つめていた自分の親友の元へタッタッと走って向かう。

「孤爪くん!黒尾先輩が好きって言ってくれた!!」

私も黒尾先輩好き!!そう大声で放つみょうじを見て研磨の目元は柔らかくなる。

「うん、良かったね」

優しい声色で発せられ、微かに喜んでいるようにも感じ取れたみょうじは満面の笑みで「うん!」と返事をした。





そろそろ片付けをしなくてはならない。自主練を終わらせ後片付けをしている中、黒尾に寄り付くひとつの影。

「良かったね」
「おう。…色々ありがとな」
「お礼を言われるようなことしてないけど」
「そこは素直に受け取ってくださいよ」

ふたりの関係を一番気にしていたのは間違いなく研磨だ。それを本人は認めたくないらしいが。

「だけど、」
「?」
「クロの方が片想い歴長いもんね」
「……は、」
「あれ?去年の秋くらいには好きじゃなかった?」

気になってただけ?続けて衝撃的な発言をする幼馴染に絶句する。黒尾は研磨にさえもそのことはバレていないと確信していたから。

「なっ、おまっ…気付いてっ」
「……」
「なん、…はぁぁあ!?」
「…普通に気付くよ。最初は俺がいつも一緒にいるからっていう理由で興味あるのかと思ったけど、みょうじの存在知ってからやたら聞いてくるし、目で追っかけてるし、途中からは探すようになってたじゃん」

呆れたように吐かれたため息と共に、無意識だと思ってたけど、なんて言われる。

「良かったね。おめでと」

ふっ、と笑みを溢して楽しそうに背を丸め歩いて行く足取りは軽くも見え、離れた場所から同級生の「黒尾が心配でな。来てやったんだよ」という声が体育館内全体に響き渡り、「絶対楽しむために来たんだろ」と照れ臭そうに眉を下げ笑った。