心臓窃盗罪

「んー?こっちかなぁ、それともこっちかなあ?」

全身が映る鏡の前に立ち、二種類のコーデを体に合わせる。

「ねえ!!孤爪くんどっちが良いと思う!?」
『……んー…どっちでもいいんじゃない』
「ほんと!?」
『…うん』

電話越しに聞こえる親友の声はどこかフラフラ浮いている。自身の姿が相手に映るビデオ通話。明日の黒尾先輩とのデートに向けて服装が決まらず、親友に相談しているのだ。もちろん向こうは画面オンにしていないから私からは孤爪くんの顔は見れない。反応が遅いことからゲームをしてるんだろうなぁ、と容易に想像が出来た。ゲーム中にお邪魔してごめんなさい!!

「うーん、…うーん?」

早く決めなきゃ、と分かっていてもなかなか決まらない。けれど、さっき言われた「どっちでもいい」は本当のことで、自分自身どちらも可愛い服だからどっちでもいいのだ。
黒尾先輩とデートが決まった日以降。リエーフのお姉さん、ありさちゃんと連絡を取ってる中、話流れで何を着ていけばいいのか相談したら一緒に買い物に行きましょ!とお誘いをしてもらい、ふたつのコーデ分を購入。そして、その時買ったどちらの服を着るか迷っている。ありさちゃんと選んだから両方可愛いコーデなんだけど。けど…!

「先輩に最高に可愛いって思われたいです!」

今出せる最大級の可愛いを出したい!しかも、私服で会うのは初めてだから余計に!今までジャージや制服だったから。一度だけ浴衣の時はあったけど。あの時の浴衣ver黒尾先輩、色気がとんでもなかったなぁ。
それと、今回はお付き合いをして初デート。そんなのとびっきり可愛い格好をしたいじゃないか!

「男子目線をお願いしますっ!!」
『それ、俺に聞かないでよ』

そういうのは虎に聞いて、と吐く孤爪くん。

「虎にはね、何となく聞きづらい!」
『なん……ああ』

聞けない理由を察して頷く声がスマホ越しに届いて虎のことを思い出す。黒尾先輩と付き合えたことに凄く喜んでくれたけど、それとは別に彼女が欲しいとここ最近ずっと言っているから。春高後、孤爪くんを含めたバレー部員数名の女子人気が急上昇しているせいもあるだろう。そこには何故か虎は含まれていなかった。

『俺は今手に持ってる方が良いと思う…』

機械を通しているせいか、いつもより籠った声質で述べられた意見に嬉しさで瞳がうるうるする。孤爪くんがっ、孤爪くんがっ…!選んでくれた…!!

「けど、今手には何も持っていない…!」
『……』

そう。親友が折角選んでくれた"手に持ってる方"はどちらのコーデでもない。悲しくもベッドの上にふたつとも綺麗に置かれている。

「もうありのままの姿で勝負と言うことね!任せて!」
『やめて』

ありのまま=裸。心底嫌そうに発せられた否定の言葉はとても冷たく、きっと顔も歪ませていることだろう。親友といえど貴重な時間を長々と使わせちゃって申し訳なくなる。早く終わらせよう。そして、ずっと聞こうとして聞けなかった質問をする。

「あの……」
『……』
「黒尾先輩はどっちが好みかな…??」

付き合ってからと言うもの黒尾先輩の名前を出すだけで照れてしまう。今も、もじもじと詰まらせてから発した私に向こうは黙る。表情が見れない分、ちょっぴり怖い。

『みょうじちゃんなら何でも可愛いよ』
「!?!?!?」
『って、言うんじゃない。クロは』
「……」
『みょうじ?』
「ぐっ、ぅ…う、」
『え、鼻血出た?』
「…で、出てない」

多分、黒尾先輩が言ってたら出てた。最近、ますます鼻が緩くなり大変。平常心を保つべく、息をゆっくり吐いた。

「じゃあ『研磨ー』っ!?!?」

こっちにする!!と決心した時、電話の向こうで大好きな人の声が。スピーカーにしているため手に持っていないであろう孤爪くんのスマホは私と繋がってるなんて気づかれてない。そのまま気にせず続けられる。

『……なに』
『あのさ、みょうじちゃんって嫌いな食べ物なかったよね?』
『……』

自分の名前が出た瞬間心臓が飛び跳ねた。私の話をされるとは思っていなかったから。その質問に黙る親友はきっと眉を寄せて不機嫌を全面に表しているだろう。両方から相談されていること、黒尾先輩の「悪りぃって」という謝罪からなんとなく読み取れた。

『クロってどういう服装が好み?』
『服装?』

これは…!?孤爪くん、間接的に聞こうとしてくれてる!?質問された本人は「何だよ急に」と怪しみつつ、うーん?と考え込んでいて私はその声にドキドキする。心臓はどんどん速くなり、相手に聞こえてしまうのではないかと胸を押さえた時、やっと返した答えは予想外のもの。

『何でも可愛いだろ』

何でも可愛い?どういうことだ?先輩は可愛い系統が好きなのだろうか。分からない。私には分からない…!ぐっ、修行が足りない…。またも黙る先輩の幼馴染は理解しているのだろう。教えて、孤爪くんっ!

『はあ、みょうじなら何でも可愛いって?』
『いや、聞き返さないでくれるかな!?』
『だってさ、みょうじ』
『は、』

突然呼ばれた自身の名前に返事が出来ず、ただ両手で顔を覆うだけ。だって、だって!黒尾先輩がっ…!!

『で、みょうじ嫌いな食べ物ないよね』
「…ないです」
『ないって。じゃあ、おやすみ』
「おやすみなさい」
『ちょっ待て待て待……ツーツー』

黒尾先輩を置き去りにして途切れた通話。さっきまで騒がしかったこの部屋も今は静か。

"何でも可愛いだろ"

その言葉が何度も何度も繰り返し頭の中に流れる。

「ぅう…」

まるで胸を矢で射止められたかのようにそこを手で抑え、ベッドへ力無く倒れていく。今の、私に言ったの…?信じられないことを言われ疑う心を持ってしまう。

「……両想いって、すごい」

ボソリ。小さく呟いたものは顔を預けた枕へと沈んでいく。そういえば数日前も同じことを言ったなぁ、なんてその時のことを思い出した。






「その日予定ある?」というひとつのメッセージから決まったデート。どこへ行くか、待ち合わせなど予定を立てるため黒尾先輩と電話をすることになったのは数日前の話。

電話するね、の文字を食い入るように見つめ、着信画面に切り替わった瞬間、体が跳ねる。そして、指を滑らし恐る恐る耳共にスマホを近づけた。

「…もしもし」
『あ、もしもし?』
「も、もしもし!こちらみょうじなまえの電話でございます!」
『ブッ…元気のよろしいことで』
「ぅ、」

ククッと喉を鳴らしている音が普段より近い距離で鼓膜を揺らすのは電話のせい。大好きな声が聞こえるこの機械はもしかしたら魔法の道具なのかもしれない!なんて通話独特の声質にやられた溶けた脳で考える。
それにしても、黒尾先輩が「もしもし」って…!もしもしって言った…!か、可愛い。

「黒尾先輩がもしもしって言った」
『え?言うけど?』

俺可笑しなこと言った?と疑問に思う先輩に、「も」と「し」だけを並べて言うのがぎゅんときました、そう伝えると「…ン?……ん?」なんて気の抜けた可愛らしい単語をまた並べ始めて私は混乱する。きっと今、先輩も混乱している。

「あ、あのっ、もう一回言ってもらっても…?」
『もしもし「うっ」…を?』

質問をするための"もしもし"にやられる。「これそんなにいーの?」と苦笑いをしているであろう先輩はやれやれと言ったように聞き返す。話が進まない、と怒ってもいいのに。

「いい、です」
『ふーん』
「録音したい永遠に聞いていたいです。願わくば寝る前、朝起き『もしもし』っぐ…がっ、!?」

バタリ。正座をし、姿勢を正していた体は崩れ落ちた。その瞬間、向こうからは独特の笑い声。その後に「あー…、楽しい」の弾んだ声色が流れてくる。楽しんでる…。久しぶりにこんな風に楽しむ先輩を見た気がする。
そもそもスマホから!ゼロ距離で!!大好きな人の声が聞こえてくるっていうのが大変なんです。姿が見えない分、聴覚しか情報がなく神経が全てそこに集まるから余計にドキドキする。

「スピーカーにしていいですか!」
『どうぞ?』

このままでは危険だ。ゆっくり耳から離し、スピーカーモードに切り替えた。ふぅ、ひとまず安心。

『でさ、』
「!!」

スピーカーにしたことによりまた声質が変わり、今度は部屋全体に大好きな人の声が響き渡る。この部屋にいるみたい。そう思ったけれど、これ以上話を遮ってはいけないから唇の力を込めてぎゅっと口を閉じた。

そして、まずはどこに行きたいかの話になるわけだが。黒尾先輩と一緒に行きたいところなんて星の数ほどあるのだ。どれを言おうか迷いに迷っていると「全部言っていいよ」と優しく促されるからそれに甘えてすーっと空気を吸った。そして、吐き出す。

「遊園地、動物園、水族館!たくさん乗り物乗ってお化け屋敷では怖さを理由に抱きつきたい、可愛い動物を見て触れ合いの場ではうっかり先輩に触れたいですし、お魚見てあの子がタイプとか私は先輩がタイプとか言いたいです!きゃぁぁ、照れちゃいます…!それからそれから、暗闇の中密着しながら観る映画も捨てがたい!わぁぁ、プラネタリウムも素敵です!!海も山も、フラワーガーデンとか行ったりして自然に触れ合う先輩に癒されます。食べ歩きをして、あーんをやりあいたい…!普通にショッピングをするのも楽しいですし、公園行ったりお散歩だって……はっ!?普通にって先輩と行くところ、することは何もかもが普通じゃありませんでした!!失礼しました!」

ふぅと息を吐き落ち着いて続きを言おうとした時、「お嬢さん、ちょいちょいツッコミどころがあるんですケド」と言われ、その後吹き出したような笑い声がスマホから届いた。

『あーー……笑った』

今度は落ち着きを取り戻した黒尾先輩が力を抜くようにふぅと吐く。先輩が笑ってくれるのは好き。全部好きだけども!

『じゃあ、一つずつやりたいことしてこうぜ』

どれも行ける範囲だから迷うな。と悩む先輩に好きの気持ちが大きくなる。私が言ったやりたいことを叶えるというのはとても時間がかかることだ。それを意識せず当たり前のように、一つずつやっていこうと言ってくれるのは凄く嬉しい。先の、未来の話をしてくれるのはずっと一緒にいると言ってくれてるようなものと同じに思ってしまうから。

「あ!ルーレットで決めましょう!最近アプリを取ったんです!」
『ルーレット…?ふっ、いいねいいね』
「では、先輩がストップって言ってください!」
『うん』

項目に行きたいやりたいことをポチポチ入れて、スタートボタンを押す。先輩のストップを合図に矢印は一つ項目に止まった。

「これは…!?」
『何になった?』
「暗闇で更に急接近!同じスクリーンを観て、一つのポップコーンをふたりで分け合う初めての共同作業!黒尾先輩と映画デートに決定です!!」
『おっ、映画良いね。つーか、逆にそんなスラスラ言葉が出てくるみょうじちゃん凄ぇな』
「へへっ」
『……ポップコーン食べような』
「はいっ!!」

付き合って初めてのデートは決まった。時間諸々決め終わり、これで電話は終わりかな…なんて寂しくなったけれど、「そういや」と話し始めた先輩にまだ続けていいんだ!と嬉しくなる。

しかし、あっという間に過ぎそろそろ終わりにしなければいけない時間へとなった。けど、終わりにする前にひとつだけどうしてもやりたいことがある。相手に気づかれないようにそっと準備し、耳に当てた。

『そろそろ終わりにするかあ』
「ぐぅはッ!!」
『え?』
「……」
『……』
「……ぅ、耳が…妊娠、し…ます」
『…もしかして、イヤホンにしてる?』

最近、黒尾先輩にも段々孤爪くんみたいに話さず全て気付かれてしまうことが多い。何故分かるのだろう。そう、今私はイヤホンを耳に付けているのだ。ちょっとした好奇心。ゼロ距離というよりマイナス距離で聞こえてくる声は破壊力抜群で、質問に対して途切れ途切れ「そう、です…」と答えるしか出来なかった。

けれど、これは私にはまだ早い。先輩にもそう伝えて「…外し、ま…す…」とイヤホンを掴み耳から離れた時。

『……なまえ』

空気を振動させ音が微かに私へ届いた。今、なんて言ったの…?聞き間違い…?でも確かに聞こえた。

「今、名前呼んで…」

そこまで言って黙ってしまった。え、名前呼んでくれた?今、さっき、なまえって。けれど、その質問に再び付けたイヤホンからは返答が来ない。何も聞こえない。そして数秒後、聞こえてきたのは間の抜けた声。

『え?』
「え?」
『…ん?』
「……今、私の名前呼んでくれましたか!?」
『いーや?呼んでねえけど』
「う、嘘です!!」
『嘘じゃないです』

これは言ってる。絶対言った!!先輩、はぐらかそうとしてるもん…!!

「もう一回お願いします!」
『……』
「もう一回…!」
『……ヤダ』
「ぐっぅゔ、……で、では、ヤダをもう一回…!」
『……』

ヤダって…。ヤダって…。か、可愛い。もう全てが愛おしい。狼狽え、部屋に蹲り苦しい胸を抑える私は既に瀕死状態。

『じゃあ、またね』
「まっ!?」
『おやすみ』
「おやっ!?おやすみなさい」

プツっと切れると一瞬にして部屋は静かになる。さっきまで黒尾先輩と通話していたのが嘘のようにさえ感じる。でも、でも。なんか凄い。

「……両想いって、すごい」