一番を独り占め

そして、やってきた映画デート当日。

結局服は迷いに迷って、どちらにしようかなの歌で決めた。待ち合わせ場所は駅前。順調に辿り着けば待ち合わせ時間の30分前には着く。早く来すぎたかもしれない…。でも、だって、今日が楽しみで目覚ましより早く起きてしまったし、用意も早く終わった。家にいるのもそわそわするから早く出てきたのだ。それに、待っている時間はとっても楽しい。

「ドキドキする…」

凄くドキドキする。付き合って初めてのデート。先輩どんな服で来るのかな?休日の先輩はどんな感じなんだろう。か、彼氏…になった先輩とのデートってどんなだろう。考えれば考える程、ドキドキして落ち着かない。緊張もする。

心臓の速さはまるでマラソンを走っている時と同じくらい常に速い。やっと見えた待ち合わせ場所に安堵しながら小走りで駆けて行く。

「…え」
「あ、みょうじちゃん。おはよ」

着いた先にはイケてるトサカのお兄さんがいた。時間まで後30分はある。え、いつから…?

「な、なっ!?何でいるんでしょうか!?おはようございます!!」
「え、何でってデートしに」
「きゃぁぁあ!そうです!デートしにっ!!ってそうではなくて、早くないですか?」
「それ言ったらみょうじちゃんも…って30分前だし」
「わ、私は黒尾先輩と早く会いたくて」
「それ俺も」

う…、何というかっこよさ。今日もイケメン。大好きです。あまりのイケメンさに前屈みになり心臓を押さえる。イケメン攻撃に苦しさが爆発しているというのに、先輩は「みょうじちゃん、絶対早く来ると思ったんだよね」と私に追撃を食らわす。

「ぐっ、お待たせしてしまってすみません」
「いやそんな待ってねーよ?…何でそんな悔しそうなの」
「だって…、もっと早く来れば黒尾先輩と一緒に居れたじゃないですか!!!!」
「そういうことデスカ」

うっ、もっと早く来れば。いや、後悔しても仕方ない。今、この瞬間を楽しむんだ…!楽しむんだって楽しんでるんだけど。

「あっ。かっこいい」
「え?」

だ、駄目だ。かっこいい。なんだか今日の私は可笑しい。いや、違うかも。可笑しいのはいつものことだから。気にする必要ないよって、もしかしたら親友に言われるかもしれない。

「黒尾先輩が彼…、か、かかか彼氏って…」
「……」
「……いや、何でもありません!すみませんでした!」
「んー?なぁに、みょうじちゃん」
「いや…」

黒尾先輩が彼氏って凄い。率直に思ったことを口に出そうとするも恥ずかしさで言葉が詰まる。何を言おうとしたのか感じ取った先輩は黙った後に口角をゆっくり上げてニヤリと意地の悪い笑みを見せ、上体を傾け逸らしてしまった私の顔を覗き込む。

「か、か、かか」
「……」
「彼氏になってくれてありがとうございます!」
「…こちらこそ」

ちゃんと相手の目を捉えてそう放つと思ったより近い距離に先輩の顔があって息を飲んだ。近いと思ったのは先輩も同じだろうか。一瞬揺れた瞳がそう思わせた。こちらこそ、と言っていつも通り優しく頭を撫でてから私の手を掬う。

「じゃ、行こうぜ」
「!!」

こんなかっこいいことがあっていいの?以前は重ね合わせるだけの繋ぎ方が今は指が絡まっている。恋人繋ぎだ。私達、恋人なんだ。未だ実感の湧かないことに困惑しながらもこの瞬間も無駄になんて出来ない!と頭を切り替えた。

歩いている間。ちょこちょこお話をしながら意識は半分繋がれた手に集中される。数歩歩いては現実を確かめるようにチラチラ下を向いて控えめに何度も確認してしまうと上から吹き出す声が降ってきた。

「ふっ」
「?」
「いや、かわいーなって思って」
「!?」

視線だけをこちらに向けて薄く笑う先輩に、ヒュッと息が止まる。そして、段々熱を持つ顔。そんな私を見てもう一度微笑むその表情は言葉にしていないのに、まるで愛おしいと言われているみたいでどうしたらいいか分からなかった。








「う、うううう…っう、良かった…よがっだです」
「そんな泣くシーンあった?」
「ばいっ…」

観た映画はアクションもの。観たかったものが一致して運命です!と叫んだのはこの前の電話でのこと。アクションと言っても笑いありのギャグ系だったのだが。

「マイクとソリーがおはじきをするシーンがとても…」
「えっ、そこ!?泣くとこ、そこ!?」

ぶひゃひゃひゃっ!とお腹を抱えて笑われ、少し唇を尖らせる。

「あーごめんごめん…ぶふっ、」
「だって、だって…!ソリーのおはじきからビームが出るなんて…!!」
「ぶひゃひゃひゃひゃっ!!!」
「あんなの反則ですよ!!」

笑う先輩の体をガシリと掴み、前後に揺らす。されるがまま爆笑をし続けるが、止めることなく訴えた。それからある程度落ち着きを取り戻してから自分の目から笑い涙を掬い、反対の手で私の瞳からポロポロ流れる感動の涙を手に取った。

先輩に出会わなかったらきっとこんな風に映画を観て泣くことは出来なかったと思う。人とは違うところで泣いてもこうやって笑ってくれるからこの先もこのままでいいんだと思わせてくれるんだ。





それから昼食を取り、ショッピングデート。それはもう楽しかった。時々一目惚れしたものを買ったり、先輩が大学で必要なものを選んだり、買わなくても見るだけでも楽しいし、好き。何をしても、何を見ても好きな人と一緒なら幸せな気分になる。

「あ!」

幸せだなぁと考えていると視界に入ったあるものに足を止め、私の歩幅に合わせて歩いていた先輩も止まる。

「クロスケがいます!」
「クロスケ?」
「私、黒猫のぬいぐるみを持っていて!その子の名前が、あの…クロスケって言うんですけど!そのクロスケの子猫版があそこに!」

指差す先はゲームセンター内にある小さなクレーンゲームの中に転がっているクロスケのキーホルダー。私が持っているものの数分の一くらいの大きさ。

「前に孤爪くんに取ってもらったものでして!」
「あー…」
「ここにあるとは思わなかったです!」

何故か意味深に頷き遠い目をしているのを見てから繋がれてる手を引っ張るようにしてクロスケミニがいる機械の前へ。

「あのっ、やってもいいですか!?」
「うん。え、こんなムカつく顔してんの俺」
「え?」
「ん?」
「ええ!?な、何で知って!?」

黒尾先輩似のぬいぐるみだとは本人に伝えたことはない。けど、いかにも知っている口調だったから誰かから聞いたのかと疑問に思う。た、確かに、クロスケを取ってもらった時に孤爪くんと喧嘩したんだ、なんて数ヶ月前のことを思い出しながら、先輩に似てるとバレてる恥ずかしさで顔が赤くなる。

私がした質問には上手に躱し濁した返事をされ、これ以上聞かない方がいいかもしれないと身を引いた。

「……悔しい」

二、三回繰り返すも取れる気配はなくて、それどころか動きもしない。普通のUFOキャッチャーよりも小さく、子供向けのような大きさだから取れそうだと思ったけど、全然ダメだ。

「ちょっとやってい?」
「はい、お願いシマスッ!!」

そう言って横で頬杖をつきしゃがんで見ていた先輩はお金を入れて操作し始めた。私は横にズレてその姿を見つめてるんだけど。
か、かっこいい…!わっ、え!?あんな小さいゲームの前に大きなイケイケな体を屈ませて、小さいボタンや小さいレバーを操作する姿は、うっ…がっごがわいい……。

「あ。取れた」
「!!」

二回。微動だにしなかったクロスケミニは黒尾先輩の手によってトコトコ動き、箱の中から出てくることが出来た。

「はい」
「いいんですか!?」
「いーよ。つーか、みょうじちゃんに取ったんだし」
「!…ありがとうございますっ!」

嬉しい。キーホルダーサイズのクロスケを両手で包み込み、目の前に持ってきて見つめ合う。

「へへっ、嬉しい」

今度はクロスケをぎゅーと抱きしめる。そうしていたら頭に温もりを感じ上を向くと柔らかい表情をした先輩がこちらを見ていた。

「う、好「げっ」…?」
「うわ」
「…あっ、大将さんだ!こんにちは!」

ふたりとも顔を合わせて嫌そうな声を上げてる中、「また会えて嬉しいです」そう言うと「俺もなまえちゃんに会えて嬉しいよ」と"なまえちゃん"を大きな声で強調したように言われ、首を傾げる。チラリと横を見上げると、こめかみをピクピクさせて怒りの表情を露わにする先輩に喧嘩するほど仲が良いというやつなのか…!そう思った。

「ウチのみょうじちゃんのこと馴れ馴れしく呼ばないでくれますー?」
「はぁ?情けねーなー。んな余裕の無いこと言って」
「な!?つーかミカチャンはどうしたんですかあ?」
「ミカちゃんは今トイレですけどぉ?」

代表決定戦の時みたく、お互い煽り煽られをしている。こういう姿は見る機会が少なかったから今とても楽しい。木兎さんとミニゲームをしている時と同じく煽るように掌を上に向けて大将さんと睨み合っていて、それが懐かしく半歩後ろでソワソワしてしまう。

「なまえちゃん、ちょっとちょっと」
「なんでしょ…っ!?」

先輩から視線を私に移した大将さんに呼ばれ一歩踏み出した時、後ろから抱きしめられるように引っ張られる。そして、背中から黒尾先輩の胸の中にスポンと収まった。

「俺の彼女にちょっかい出さないでくれますかねえ?」
「…ふーん。付き合ったんだ。それにしても…」

フッと鼻で笑う大将さんはきっと「情けない、余裕がない」ってさっきと同じことを言いたそうな顔をしていて。それを見て黒尾先輩の雰囲気もさっきと同じように変化していく。それよりも私今、先輩にバックハグされてる!?

…ん?待って…?大将さんに呼ばれた理由が分かった気がする。以前、初めて会った時に「黒尾がイラついてる時にやってみな」と言われたことがあった。それをやった方がいいってこと?目をパチクリさせていたら、大将さんも気づいたのか、ニヤリと口角をいやらしく上げた。

少し腕の力が緩んだ時がチャンス。それは直ぐにやってきて、緩んでできた隙間から体を反転させて先輩の方へ向きそのまま抱きついた。

「えいっ」
「!!」

イラついた時抱きついてみて。出来れば俺のいる前だと嬉しい。なんて悪戯の作戦を立てる子供のような悪い顔をして提案されたのは初めて会った時のこと。今しかない、と状況とタイミングを見計らってやってみることにした。
でも、そもそもイライラしてる時にやらない方がいいかもしれない。余計イラついたりしてないかな。そっと胸に埋まった顔を起こすと目を見開き固まっている黒尾先輩。そして直ぐに聞こえてくる大将さんの笑い声。

「ギャハハハハッ「お待たせ」…!!」

しかし、大将さんの彼女、美華ちゃんによって彼の楽しそうな笑い声が止んだ。その間に寂しいけどここでずっとこうしている訳にはいけないと先輩から離れる。

「あ!なまえちゃんだ!」
「美華ちゃん、こんにちはです!」
「えっ、ふたりって付き合ったの??」
「は、はいっ!!付き合いました!」
「そうなんだ!わー!!おめでとう!ほら、邪魔しちゃ駄目じゃん!行こ」

今度お茶しよー!と言って黒尾先輩に会釈して歩いて行く後ろ姿を見送り手を振る。美華ちゃん達が付き合ったんだ、というのは前に黒尾先輩との話をしたことがあったからだ。

「……みょうじちゃん、アイツの言うことは聞かなくていい」
「?」

両手で顔を覆う先輩の表情は見えなく、でも声が微かに震えてるから首を傾げた後、怒らせてしまった!?と焦る。しかし、直ぐに「怒ってないからね」と言ってくれ、ホッと胸を撫で下ろした。





その後も楽しい時間を堪能し、あっという間に帰る時刻へ。自宅の最寄り駅から歩いている途中、先輩が「そういや」と口を開いた。

「大将とどこで知り合ったの?」
「大将さん達とは隣駅のショッピングモールで迷っているところを助けてもらいました!」
「ああ」

直ぐに理解したのか苦笑される。

「とても優しい方ですね!黒尾先輩の昔のお話も少ししてくれました!」
「優しいか?昔の話って嫌な気しかしねえんだけど」
「ふふっ」

その時の話を思い出して自然と声に出して笑ってしまった。可愛かったなぁ、先輩の小さい頃の話。

「優しいって言や、やけにリエーフから聞かれてなかった?何でそんなに優しいんですかって」
「あ!聞かれました!!聞こえてたんですか!?」
「うん。みょうじちゃんがなんて答えたのかは聞こえなかったけど」
「そ、そうなんですね…!」

あの時、リエーフに答えたことはなんか恥ずかしかったから聞かれてなくて良かった。例え大好きな人から聞かれても答えられない。

「なんて答えたの?」
「周りが優しいからです!!」

答えられない。と思った数秒前の私はどこに行ったのか。優しい声色で問われ、反射的に答えてしまった。

「あの、その…優しくしてるつもりは全然なくて」
「うん」
「周りの人達が皆優しくしてくれるから、その優しさがいっぱい溜まって体の中に収まらないから吐き出してるという感じでして!だから私が優しいっていうよりは周りが優しいから、なんです!!皆優しくて、大好きです!!」

語ってるみたくて恥ずかしい。ノリと勢いで言い流し他の話題に変えようとしたけれど、それより先に先輩の方が口を開いた。

「ははっ、そういうとこ好きだわー」
「!?」
「しかも、恥ずかしがるポイントがさ」

可笑しそうに、ククッと笑うその顔が視界いっぱいに映り、何度目か分からない胸が引き締めれる感覚に陥る。

「っ、黒尾先輩大好きですぅぅ」

先輩を大好きな気持ちも体の中に収まらない。これからは我慢しないでたくさん外に出して良いと言ってくれた。手が繋がれてない方の腕を広げ、歩く先輩の前に回ってゆっくり抱きつきに行こうとする。

すると、先輩は近づく私の後頭部に手を回し顔を近づけそのままキスをする。そして、自分の胸へとゆっくり引き寄せた。


「俺も大好き」


"お礼じゃなくて、同じ言葉を返して欲しい。"

前に叶うことがないと、そんなことを願って泣いた時もあった。でも今は、私と同じ温度で、同じことを想い、同じ言葉を返してくれる大好きな人。

この人の一番を独り占めしていいのだろうか。少しの不安を抱きながらも大好きな人の温もりが「いいよ」と言ってくれてるような気がした。