ゴールデンなんかじゃない
徐々に気温も上がり、明日からゴールデンウィークを迎えようとしていた。
ゴールデンウィーク
「ぜんっぜん!!ゴールデンじゃない!黒尾先輩が見れないなんて、そんな休みいらない」
そう。ゴールデンウィーク、それは学校がお休みの日である。帰宅部である私は学校に来る予定もなく、すなわち先輩と会える予定もない。
後ろに座る孤爪くんの机に伏せ、項垂れる私に彼は言った。
「じゃあ、観にくれば?」
「そんな、真剣にやっている人達を私みたいな下心しかない人間が観に行っていいわけない…!」
「別にいいんじゃない」
「いいの!?じゃあさじゃあさ、双眼鏡とか持っていっていいかな?腹チラとか見れる?Tシャツとかで汗拭くのかな?ああ!先輩の汗とか飛んできたりするの?!あああーどうしよう。いや、待って。私、孤爪くんもそうだけど、黒尾先輩がバレーやってるところ観るの初めてなのね。かっこよ死して倒れたらどうすればいい!?」
「やっぱ来ないで…」
「え」
「それに、合宿で宮城に行くし」
「え」
宮城、だと…?あの上にある。ここから何時間もかかる?牛タンの美味しいあの宮城。
「休み明け学校に来なかったら、干からびたと思って」
「はぁ…。そんなにクロに会いたかったらマネージャーやったら。うちいないし」
虎もマネージャー欲しいってうるさい、なんて言う孤爪くん。
「その手があっ……あ。私、バレーのルール知らないし、器用な方じゃないからみんなに迷惑かけます。下心満載だし」
「え」
「え?」
「そんなこと気にするんだと思って…。凄く驚いてる」
「ひどいー!!気にするよ!!私だって頭の中、全部黒尾先輩じゃないんだから!」
「そう、なんだ」
またびっくりしてる…!レア顔だけど、ここでは出さなくていいんだよ!
「あ!」
「なに?」
「そういえば、私ねバイトやってるんだった」
「あぁ」
孤爪くんも今思い出したような顔をする。たまに、バイト先でもらったパン持ってくるじゃんか!やってる自分も一瞬忘れちゃってたけど!
私のバイト先は夫婦で自営業をしているパン屋さん。去年の夏休みから始めたから1年が経とうとしている。元々部活に入ろうとは思っていなかったし、このまま社会に出て大丈夫なのかと心配した母が私にバイトを勧めてきたのだ。社会の予習というやつだ。
なぜバイトをしているかと孤爪くんに聞かれたことがあって、そのことを伝えたら納得された。
「は〜あ…。孤爪くんお土産欲しいぃ…」
「……なにが欲しいの」
「え!?いいの!?」
「まあ…うん」
嫌そうに言われるか、断わられると思っていたから、思ってもいない返事にテンションが上がる。
「何でもいい?」
「……」
「あのね、宮城の黒尾先輩!!…の写真をお土産に送って!」
「嫌だ」
黒尾先輩と会うことが出来ないまま1日が終わり、家に帰った。今日はバイトがない日だ。部屋着に着替え、リビングのソファーでごろごろとしていたら、突然睡魔が襲ってきてそのまま寝てしまった。
「…うわ、結構寝てた」
目が覚めて、時計を見ると2.3時間経っていた。あー、そういえば課題があるんだった。やだなぁ…やりたくないなぁ……ん?課題…。
「はっ!!プリント忘れた!?」
帰り間際に先生が忘れてたと言って配布していたプリント。机の上が汚かった私は、取り敢えず机の中にしまっていて、そのまま忘れて帰宅してしまった。
あの時、「そんなとこに入れてたら忘れるよ」と言ってくれた孤爪くんに「そんなすぐに忘れるわけないよ〜ニワトリじゃないんだし〜3歩すら歩かないんだし〜」と言った自分を殴りたい。
でもこれはチャンス!部活終わりの黒尾先輩に会えるかもしれない。走れ!私。
そう意気込んで制服に着替え、家を飛び出す。こういう時のため、家から10分の音駒高校を選んだのだ。
「……いない」
プリントを取りに行った後、ひと目でも先輩の姿を拝みたくて体育館の中をこっそり覗き込んだがそこに先輩はいなかった。
もう、これはゴールデンウィーク明けまで楽しみに待っておけということなのか?
いや、でも私は今を楽しみたい!最後、部室を覗いていなかったら諦めよう。……覗き…になるのか…?これはストーカーになってしまうのか…?
「…よし!」
深く考えるのはやめておこう。バカはバカなり難しいことは考えない!行くんだ、猪突猛進!!
猪突猛進した結果、部室には誰1人いなかった。体育館にはまだ人がいて片付けをしていたから、部活は終わっているのだろうと思ってきてみたが、ここにもいない。トイレにでも行っていたのだろうか。
これは、本当にお休み明けの楽しみにとっておくようだ、と肩を落とした。
「あれ、みょうじちゃん?どうした、こんな時間に」
「…え?………ぅああああああああああああ」
今日から数日間、愛しの黒尾先輩を拝めないと思った時、部活終わりであろう先輩が目の前に現れた。こんなことってある?神なのか…?ゴットなのか…?!もう好き。ほんと大好き。
「結婚してください!」
「だから、どうした」
ゲラゲラ笑う黒尾先輩。うわぁ、本当に目の前にいる。会えない分、いっぱい見とこ。しかし、存在が眩しすぎて自分の目が危ないことを感じて先輩から距離を取ったのと、見過ぎたせいか私からの視線に気づき、黒尾先輩は首を傾げた。
「研磨に用事か?」
「今日は黒尾先輩に用がありました!」
「俺?」
「はい!でももう大丈夫です!」
「何もしてねぇけど」
「いいんです!ゴールデンウィークというゴールデンではないお休みに入る前に黒尾先輩にお会いしたくて。だから、用事は済みました!素敵なお姿ありがとうございます!」
「……」
それではと一礼して、帰るべく校門へ向かう。やっぱり、2人っきりは駄目だ。心臓が持たない。手を胸のところに当てながら歩き出すと、先輩に呼び止められた。
「あー、ちょっと」
「はい?」
「はい、今なら鼻血つけても構いません」
いつもの殺人ニヤニヤ笑みではなく、真顔で両手を広げる姿に今度は私が首を傾げた。
「?」
「……」
「…??」
「今しかない大サービスなんですケド」
「???」
言っている意味がよくわからない。こんなことも分からないなんて、結婚なんてできないぞ!みょうじなまえ。考えろ。…あ。鼻血をつけていいって言ったよね??先輩は私の鼻血に興味があるのか…。わからない。
うーんと首をひねる私に少し大きな声で言った。
「だぁかーら、鼻血でも何でも付けていいから、抱きついていいってことですぅ〜」
そして、ほら!ともう一度手を大きく広げた。
「…え、…え?ええええええええ!い、いや。え!?…そんな」
これはもしかしたら一生に一回。最初で最後かもしれない。こんなチャンス二度とないかもしれない。今まで好きになった人からはこんな風にされたことがなくて、どうすればわからなくなってしまう。しかし!私はバカだ。バカはバカなりに猪突猛進!!
意を決して、先輩の胸の中に飛び込んだ。
「……えい」
そしたら、腕を後ろに回して抱きしめ返してくれた。もしかしたら、今日で死んでしまうのかもしれない。堪能するべく、先輩の胸に頭をぐりぐりと押し付ける。うわあ、うわあ。幸せすぎる。これは先輩の匂いなのか。身長が高すぎて包容力が凄い。もうずっとこのままでいたい。
「……あ」
「……」
「……」
「まじで出すんかい」
「す、す、すすすすみませんんんん!!!」
鼻血を出しました。
それでも、鼻血を付けられても可笑しそうに笑う黒尾先輩のことがとんでもなく好きです。
「よかったね、飛びついてきてくれて」
「覗き見デスカ。研磨クン」
「遠回しじゃ、みょうじはわからないからね」
「そうデスネ。あんなにだとは思わねぇわ」