色気よし尾

6月の中旬。バレー部の大きな大会が終わった週のこと。
ゴールデンウィーク明けから孤爪くんの様子がおかしいと感じる。前まではゲームや机に伏せて寝ていた親友(仮)が今はゲーム以外でスマホを触り、心なしか笑っているようにも見える。

「もしかして、彼女できた…!?」
「は?」

親友なのに聞いてない、とガパッと目を開くと冷たい視線を向けられた。そんな目で見ないで…!風邪引いちゃう…!

「だって、孤爪くんが楽しそうにスマホ触ってるから!」
「別に…楽しそうじゃないし…。ただ…遠征中、友達ができただけ」

そう言って私から視線を外す孤爪くんはいつもとはちょっと違ってて、こっちがソワソワしてしまった。

「え、え!遠征って、宮城の?」
「うん」
「え、え!凄くない!?遠距離友達じゃん!!」
「ちょっと、意味わかんない」
「県外の友達ってかっこいい…!」
「どこが」

ああ!いいなぁ。県外に友達がいないから羨ましい。

「バレー部の人?」
「そう」
「名前なんて言うの?」
「……翔陽」
「翔陽くん!いいなぁ、会ってみたいな!」

やっぱり東北の方だと方言とかあるのかな?東京生まれ東京育ちだから、方言に凄く憧れるのだ。関西弁とかいいなぁ。好きなんだよなぁ。






そんな話をしてたのは朝のHR。眠気と妄想で午前中の授業は終わってしまった。眠気と戦い、妄想をしないように戦い、午前の私は色んなものと戦った。
そして、今は楽しい楽しいお昼休み。食後のデザートに飲むゼリーを買い、教室へと向かった。


「はっ!?あ、あれは黒尾先輩…!」

中庭のベンチに1人で座る先輩の姿が。空を仰ぎ、背もたれに両腕をかけていた。なんか脱力感?が伝わってくる。いつもの黒尾先輩とは違って、もしかしたら初めて見る姿かもしれない。確か、孤爪くんが日曜の試合で負けたって言ったから、それでかもしれない。もう一回チャンスはあるみたいだけど、他の部活とかはこの6月の大会が最後の3年生が多いと聞く。

マネージャーでも何でもない私がここで行くのは野暮だろう。1人で考えたい時だってある。次の大会で黒尾先輩達が満足できる結果になるよう、先輩に向け念じておこう。ついでに、この目に先輩の姿を残しておこう。明日また見かけるかわからない。思う存分、見ておこう。はあ…イケメンだ。


…よし。帰ろう。受電完了。あ、待って。あと10秒だけ。…あと5秒。あー、あの目に見つめられる女の子は羨ましい限りだ。まだ見ぬ黒尾先輩の隣を歩く女の子に嫉妬してしまう。今はいないみたいだし!今のうちに堪能し……わあ、エロ度100%の目と目があった。うわっ!イケメンッ!…?目があった、…だと??黒尾先輩がこっちを見てる、だと?

「いやああああ!失礼しましたッ!」

気づかれた!深く深く頭を下げ、その場を去るべく足を動かした。

「あーちょっとちょっと。みょうじちゃん」
「はい?」

名前を呼ばれ振り返ると、自分が座っている隣をポンポン叩いていた。隣に座れと?


「えー!えっと!!今日も天気が良く、黒尾先輩もお顔がよろしいですね!!」

誘われて断れるわけでもない私は大人しく座り、動揺し過ぎて飲み物を上下に振る。この飲み物はたくさん振ってくださいって書いてあるからね!
いつもいる孤爪くんがいないから、心臓、頭、血管までも全てが破裂しそうだ。だって、同じベンチに座ってるんだよ?30センチ定規なんて余裕で余らしちゃう距離だよ!?

「それ前も飲んでたけど、好きなの?」

そう言って私の持っている飲み物を見る。私の飲み物に興味を持ってくれている!飲み物になりたい!今だけこの飲み物になりたい…!し、しししかも、先輩の口から、好きって…!!!

「好きってそんなもんじゃありませんのよ!大好きなんですのよ!」

あなたのことがね!!

「ぶっ!!のよって」
「あ!一口飲んでみます??」
「………。いーの?」
「是非是非〜!遠慮なんてしないで下さい!!」
「じゃ、エンリョなく」

私の手から取り、それを飲む。うわ。飲んでるのもエロッ!喉仏エロッ!ゴクッてエロッ!

「ど、どどうですか!?」
「ゼリーだな」
「ですよね!食後のデザートにいいんですよ!!」
「あと、甘ぇな。砂糖っぽくね?」
「え、砂糖??」

そんな味しないような…?疑問に思いながら先輩から飲み物を受け取ろうとした時、下唇を舌で舐めて「うん、やっぱ甘ぇわ」なんていう色気全開のお方に私は目眩寸前。でも先輩が言うから、そうなのだろう。確かめようと飲み口に口をつけたら、その正体がわかった。

「あー!これ、この砂糖っぽいのリップスクラブです!!」
「リップ、スクラブ??」
「はい!唇カサついてたので、さっきスクラブ塗ったんですよ!!それ、シュガー味って書いてあって!!」
「………」
「っは!!すみません!?私が口につけたものを先輩に……っ!!」


……あれ…?

これって。

もしかして、間接キス…なの、では?

「〜〜っ」

なんて大胆なことをしてしまったんだと気づき、照れと恥ずかしさで顔が赤くなるのが自分でもわかる。黒尾先輩の方を見るのが怖くて手を膝に乗せ、背筋を伸ばしたまま固まった。

「おや?お嬢さん、今更お気付きで?」

背もたれに肘を置き、顔を覗き込んできた。いつもの様にニヤニヤしていると思いきや、急に真顔になり私の頬に手を添え、唇の端を触った。

「こっちも同じ味すんのかね」

揶揄うような口調ではなく、真剣ないつもより低い声を出す先輩にこれはされると思い、目をぎゅっと瞑った。

が、唇には何も触れずその代わり肩に重さを感じた。

「はあああああああああああ」
「……え。…え?」

その重さは黒尾先輩の頭で。私の肩に額をつけている状態。ど、どどどどういうこと…?まって。私の頭が追いつかない。


「……」
「……」
「あー。負けた」
「……」

負けた。負け…?
それは、もしかしたら日曜日に行った試合のことだろうか。また少し沈黙が続いた後、先輩は口を開いた。

「落ち込んでる暇はねぇんだ」
「……はいっ!!!!!!」
「ちょ、みょうじサン。鼓膜破れそうデス」

肩貸してくれてありがとな、と言い私の頭をひと撫でして歩き出した。

「そんなのいつでも貸します!死ぬまで貸します!墓場まで貸します!」

そう言うと顔だけ振り返り、ふっと笑った。

マネージャーでも何でもない。が、何でもないから肩を貸すことが出来たのだろうか。まだ重さが残っている肩に触れた。







黒尾鉄朗は校舎の中に入り、周りに誰もいないことを確認すると顔を手で覆い、その場にしゃがみ込んだ。


はぁぁぁぁあああ!?なんだよあれ!!なんなんだよ!クソったれ!
スクラブってなんだよ!シュガー味ってなんだよ!てか、何で気づかねぇんだよ。間接キスって気づくの遅すぎませんかねぇ!もしかして、他の野郎共にもあんなこと言ってんの?普通に飲む?とか言っちゃってんの!?
なにが遠慮しないでくださいだよ!あなたが遠慮してくださいよ!!しかも!んであそこで目瞑るわけ!?キスしてもいいってか?いいんですか!?
それにあれが無自覚っていうのがタチ悪いし、恐ろしすぎる。

「あ〜〜っクッソ」

本当にしそうになったじゃねぇか。危ねぇな!!
この時、研磨が言ったことを思い出した。

"雑魚キャラだと思ってたのが、真のラスボスみたいな感じだからね、みょうじは。落ちたら負け…って、もう負けてるか。ふっ"

まあ、せいぜい頑張りなよ、とゲームをする時と同じような顔で笑うヤツに腹が立ったのも思い出した。

「怖っ!!」