涙の理由
「う、ぅぅ……か、わいい」
あまり人が来ない外階段。ここは、ちょっとした私の隠れ場である。別に隠れたいわけではないけど、一人になりたい時はここにくる。
午後も授業は続くのに、昼休みこそこそと隠れて何をするのか。それはさっき動画サイトに公開されたアイドルグループのMVを見るため。
帰ってから見ればいい。けど、今日もバイトがあるし、今すぐ見たい。そして、約五分間画面を食い入るように見つめて出た言葉が、可愛いである。そして、あまりの可愛さに涙がポタポタ溢れ出た。
今回の新曲は初めて推しがセンターになったもので、きらきら輝くその姿に一つ年下の女の子……正式には何十も下の女の子が一生懸命、そんな言葉では収まらないほどの努力と様々な思いをしているのだろうと色んな感情で涙腺が緩む。
部活もやっていないし、夢中になるものもアイドル以外は特にない。特になにもないのに、気持ちが落ち込む時がある。疲れたな、って。私は記憶があって二回目の人生なのに、なにもしていない。変わらないなって。最近、気合を入れてシフトをたくさん入れて、その気力がプツリと切れた結果がこれ。毎月くるあれのせいもあるが、少し情緒が不安定。
そんな時、好きなアイドルグループのMVを見て、それも推しがセンターで。どんなに気持ちが落ちてても、推しは今日もきらきらしてて。画面の向こうにいる女の子達は凄く眩しい、なんて思うと、今度は自分が情けなくなって。でも、可愛い。頑張ってる、勇気をもらうなんて、涙を流してしまう。
これ以上見たら顔が凄いことになると思い、イヤホンを外した。室内に繋がる扉の横に寄り掛かり、ぼーっと自分が今なにを視界に入れているのかも分からないくらい、何も考えられない。
ふと手を動かした際、隣に置いてあるビニール袋に気付き、生理前になると異常なほど湧いてくる食欲で通学中コンビニで食べ物を大量に買ってしまったことを思い出す。
「これは、流石に食べきれない」
ため息を吐くのも面倒で、今度はその袋を眺める。すると、扉が開く音がした。ゆっくり横に視線を移すと目に入るのは大きなシューズ。男か。そのまま足から上へ顔を上げてみたら、イケメンがいた。私を捉えたイケメンの目は段々大きく丸くなる。
「!?なッ……なん…、」
イケメン、宮治は私を見るなり何故か慌て出して、目の前を挙動不審にうろうろと動いた。何故か……って、私が泣いているからか。ぱっと見で気づかれてしまうくらいなのか。と悠長に考える。こういう時慌てたり、うわやば……とか言って戻るのが侑くんで、スマートにさり気無くいなくなるのが治くんだと思っていた。
どうやら違うらしい。宮治は同学年の女の子の涙に動揺するのか。今まで勝手に思い込んでいたイメージとの違いに、ひとりギャップにやられて可愛さで胸がぎゅっとなる。
歯切れが悪そうに「あ……」とか「……う」とか発した後に「俺、いなくなった方がええよな」と気まずそうに聞いて戻ろうとする。
そう言うこと聞くんだ。ていうか、私がここからいなくなるよ。そんな宮治に動いてもらうなんて恐れ多くて立とうとしたが、素早くいなくなるもんだから何も言えず伸ばした手が宙を浮くだけ。
まあ、いいか。あ、この食べ物たちあげれば良かったな、なんて残飯処理のように宮治を使おうとする恐れ多いことには自覚がなかった。
それから、多分一分も経っていないけど目を冷やすため校舎内に入った。
「……う、わ!」
「!?!?」
「ごめ「っちゃう!ちゃうねん!丁度…………そうや!丁度、疲れててん!」そう、なんだね」
ドアノブを手前に引いて室内に入ると、扉のすぐ側で壁に体を預けて治くんが座っていたから思わず驚いて声を出してしまった。
あそこ使おうとしてたのかな。だから、待たせちゃってごめんと言おうとしたが、焦って何かの言い訳をされた。何に対してのちゃうかは分からないが、私も今疲れている。同じだ。考えるための力はない。治くんだったら食べたら力つきそうだと思い、袋を差し伸べた。
「朝、たくさん買っちゃったんだけど、何個か食べてもらえる?」
「!くれるん?」
「うん」
私が要らないだけだから。逆に申し訳ない。薄々気づいてたんだけど、最近ずっと治くんのこと食べ物で釣ってる気がする。
まあ、あれだ。可愛い子にお菓子をあげちゃう的なあれ。孫に美味しいと言われたら毎日のように作っちゃうあれだ。
治くんの隣に座り、袋から食べ物を出すがどれをもらうか決められない様子だった。全部、食べる?と聞いたら、それはいいらしい。色んなのあるからなぁ。スイーツやらお菓子やら、普通にご飯もある。私はどんだけ食べようとしてたんだ。
「……おすすめは?」
「おすすめ?あ、これレジのところにあっておすすめって書いてあった」
「……みょうじさんの、おすすめ」
「?んー、これかな」
とうとう決められない治くんは私におすすめを聞く。どれも美味しそうだけど、やっぱり宮治のイメージはおにぎりで。ひとつだけ買ったおにぎりを治くんの手に乗せた。
「塩むすび」
「うん。おにぎりが好きで色んな具材のを食べるんだけど、最終的にはやっぱり塩むすびが1番なんだよねえ」
「わかる」
「え」
「それ、めっっちゃわかるわ!」
「そ、そう?」
目をキラキラさせて頭をぶんぶん縦に振る治くんはとても可愛い。その後、機嫌良くおにぎりを頬張る姿を見て、なんて贅沢な光景なんだとまじまじ見てしまった。
食べ終わっても、まだ昼休みは終わらないようでお互いその場から動かないから沈黙が流れるだけ。
そういえば、目を冷やそうとしてたんだ。でも時間経ってるから泣いたってわからないかな。泣いた理由が推しが可愛い過ぎてなんて口が裂けても言えない。
「泣いたってわかる?」
隣に顔を向けて尋ねると、ゆっくり私の目を見て「さっきよりは大分……」と心配そうに言われた。本当に申し訳ない、余計な心配を。いや、心配するか?私のことを。
さっきよりはってことは、少しは腫れてるのかな。確認したくても手鏡は教室だし、スマホを暗くしてもいまいち分からない。トイレ行くしかないかぁ。ああ、歩くの面倒だ。
…………あ。いいこと思い付いた。
先日、友人の大きな黒目に自分の顔が映し出されたことを思い出した。治くんも目が大きいし、確認できるかもと彼を呼んでみる。
「治くん」
「?」
「ちょっとごめんね」
「っ!?」
あー、腫れ……てる?いや、わかんない。正座をして、両手は自分の膝に置き、上体だけを少し傾け治くんの目にグッと近づいて覗き込む。
「やっぱり、わかんないや」
「……っみょうじ、さん」
「ん?」
「ち、近いてっ!!」
両肩に手を添えて離された。
……。
私は疲れていた。考える余力もなかった。それを言い訳にしてはいけないくらい、目の前にいる男の子は顔を赤くして動揺していた。
また、だ。またやってしまった。
「ごめんなさい」
「……」
付き合ってもない人にこんなことをしてしまうなんて。逆の立場だったら嫌だ。私達くらいの関係でこういうことをされるのは。前世の時から、付き合ってもない人にスキンシップをされるのが嫌だったし、最初からパーソナルスペースというか距離が近い人が苦手だった。言葉は悪いが、馴れ馴れしい人というのも。
私はそれを宮治にしてしまっている。私からしたら何年もずっと彼のことを知っているけど、治くんは私の存在を知ったのは早くても去年の秋くらいでしょう?それくらいから目が合うようになったし。あ、でも勘違いもあるか。そういう人間に、それも最近よく話すようになった女にこの距離の近さでこられたら嫌だろう。
申し訳なさと情緒の不安定さ、後は恥ずかしさから膝を抱え小さく体育座りをする。
「お、れは、別に、気にしてへん」
気を遣ってくれたのかな。いや、気にしてなくはない……とボソボソ呟く治くんにお礼を言うと、また小さい声で意味わかってへんやろ、と言っていたのは聞こえなかった。
優しいなぁ。治くんと付き合う子はどんな女の子なんだろう。絶対、大切にしてくれる。あれ?これってもしかして、もしかすると将来治くんが結婚する相手を見れるのでは?漫画では描かれないことを知れるのでは?おにぎり宮でお手伝いとかするのかな。そしたら買いに行ったついでに見たい。うわ、なんか楽しみだ。元気が出てきた。改めて、治くんありがとう。転生、最高です。
そっか、そっかぁ。治くんに愛される人は幸せだろうな。彼が好きになるんだからその人自体がとても素敵な人なのだろう。
いいなあ。私は今世も同じ夢を持っている。好きな人と結婚して幸せな家庭を築くという夢。だけど、十七年生きてきて好きな人は出来なかった。前世の方がまだそう思える人がいた。皆、子供のようにしか思えないんだもの。どうしても前世の年齢を足して、考えてしまうのだ。
実際、両親が二十代前半の時に生まれたから私はふたりよりも年上なのだ。それが引っかかり、小さい時から甘えることに抵抗があって出来なかった。今は長女だけど、前は末っ子だったしなぁ。一番上になってお姉ちゃんって大変なんだ、と思い知る。下は下の苦労があるけれども。
そのせいか、祖父母には少しだけ甘えてしまう。もしかしたら、私は祖父母くらいの年齢の人しか好きになれないのか?と思ってしまう。甘えたい、彼氏に甘えてみたい。前世の時は相手に気を遣って、甘えるというか心を開いてなかった感じだった。嫌われるのが怖くて。
私は今、人肌が恋しいのか。さっき聴いていた新曲の歌詞が頭に流れる。まだ一回しか見ていないからどういう意味の歌か解釈できていないけど、彼氏に色んな不満がある中結局は抱きしめてもらいたいだけ、というそんな感じの曲だった。そう。女も単純なんだと、また歌詞の言葉を借りて思う。
みんな可愛かった、雰囲気もかっこよかった、セクシーさもあった、なんてまたニヤける顔と潤んでしまう瞳を隠すため、抱えた膝の中に頭を埋める。そして、ポツリととてつもなく共感した歌詞を零してしまった。
「ぎゅーってされたい」
そう呟くと隣で凄い音がする。しかし、今の私はそれを気にする程の余裕がない。震える声で治くんは聞いてきた。
「か、彼氏、にか?」
「ううん。彼氏いない」
「……それ、俺でもええの?」
「うん」
「ほんまに?」
「うん」
今日はどうしたんだろう。人肌が恋しい。記憶を持って二回目の人生。それも漫画の世界に転生。たまに訪れる、この世界で私はイレギュラーな存在なのだと、独りぼっちのような感覚。だけど、ハイキューに関わる宮治という人間に存在を認められたら私は独りじゃない、存在していい人間だと思わせてくれるような気がした。我ながらなんて情けない、重たい女なんだ。膝を抱える腕に力を込めて、自分で自分を抱きしめた。
すると、隣から覆い被さる影。あと少しで触れるくらいの距離で遠慮がちに腕を軽く広げる治くん。
「ぎゅーってしたるけど……」
ここまできたら聞かなくても、なんて思うがこれも治くんの気遣いなのだろうと笑ってしまいそうになる。まったく失礼なことだ。
お願いします、そう言ってゆっくり胸の中に飛び込むと、数秒間体を硬直させた後、優しくぎゅーってしてくれた。
私、宮治にこんなことしてもらってまた命を落としたりしないよね?今から不幸なこと起きたりしないかな、嫌だな。全ての運を使い果たしてしまった気がする。
凄いファンサービス。宮治のことをまだハイキューキャラと認識している私は彼のことを男だと思っていなかった。
「ふふ、幸せ」
治くんの制服をぎゅっと握って、額を彼の胸に付けて擦り付けるように頭を左右に振ると、抱きしめる腕が強くなったと同時に頭上から小さく息を吐く音が聞こえた。
「(あー……このまま時が止まってくれへんかな。いや、その前に俺の心臓が持たん)」
あ。心臓の音が凄く速い。