今夜だけ浮かれたかった


浮かれていたんだ。久しぶりに推しに会ったから。


「この子、テレビで観たことある」


久しぶりに握手会に行ったから。
元気をもらったって。大好きですって。ありがとうって感謝を伝えて。そしたら、きらっきらの笑顔でありがとうございます!って言われて。


「アイドルの子やんな。好きなん?」


浮かれていたんだ。久しぶりに行ったのに名前を覚えててくれてたから。


「隣に居るのはみょうじさんか」


浮かれまくっていたんだ。
だから、アイドルオタクということがバレてしまった。



………北信介に。







今日はアイドルグループの握手会、チェキ会があり、先日落ちまくっていた気持ちを上げてくれたアイドル達に感謝を伝えたいのと久しぶりに行ける喜びで舞い上がっていた。
その勢いで宮治にしてしまった失態を忘れてしまいたいと思ったがそれは難しく。羞恥心と情けなさ、申し訳なさでずっと頭の中にあり、夢にまで出てしまうという。あの日から治くんのことを避けて避けて、避けまくっている。元々接点はなかったけど、彼の方を見ようとすると高確率で目が合うから、そっちに視線を向けないようにしている、という意味で避けている。


会場に向かう途中もあの時のことを思い出していた。しかし、推しに会って帰る頃にはすっかり頭から抜けていて。家の最寄り駅についてからも浮かれまくっていた私は家まで我慢できず、撮った推しとのチェキをあろうことか外でそれをまじまじと眺めてしまった。

昔からやっている駄菓子屋さん。少しの理性で人がいないところを選んだのかは自分でも分からないが、そこで色んな角度からチェキを見つめていた。そしたら、駄菓子屋の中から一人の男が出てきて。普段なら動じることなくそのブツを鞄にさっとしまうが、「ありがとうございます」と言って出てきたその声があまりにも聞き覚えのある声で。前世、私の好きな声優さんNo.1のお声を間違えるはずがない。震えながら振り返った先には稲荷崎バレー部主将 北信介が立っていて、驚きから手に持っているものを全て地面に落としてしまった。

少し目を大きく開いて驚いた様子の北さんは「侑と同じクラスの」と言いながら、恐れ多いことに落とした今日買ったグッズ達を拾ってくて、最後に撮ったチェキを拾い上げ、冒頭の言葉である。



隣に居るのはみょうじさんか。に混乱して何も答えられないでいたら、北さんは「すまん、見過ぎてもうた」と申し訳なさそうにブツを渡してくれた。違う、そうじゃない。あなたは何も悪くない。ていうか、北信介に拾わせる私は何様なんだ。動揺して、拾ってもらったものを受け取るしか出来なかった自分に嫌気が差した。
アイドル好きなのバレた、ていうかなんで私の名前を知ってるんだ、北さんってこのアイドル知ってるの?と色んな疑問が脳内で飛び交う。

失礼なことに先程から質問されていたことには何も返せていなく、それを察してか北さんはここから去ろうとする。

「こ、この子はアイドルの子でとても好きです。隣にいるのは私で……」

別にアイドル好きがバレたら学校に行けない!なんて気持ちはないし、「できれば隠したいがバレたらそれで良いか」の考えなため、友人以外で初めて好きなことを暴露した。だって、北さんに嘘なんかつけないし、折角くれた質問を答えない訳にはいかない。こんなこと言われても興味ないだろうな、と開き直りながらむこうの顔を確認したら「そぉか」とほんの少し微笑んでくれて。

……え?なに、その笑み。軽率に惚れる。

「なんで一緒に写ってん?……友達、ってわけやないよな?」
「えっと、こういうイベントがあって」
「ほぉ」

え、なんでこんな興味津々なの?え、北さんもアイドルに興味が?いつかのドラマCDかなにかでいってた"北さんがアイドルファン"というのは本当だったり。って、ないか。ただ未知な世界に興味があるってだけか。

しかし、一つだけ言わせてほしい。チェキ会を知らず、友達関係とちょっと疑ってしまう北さんがなんだか可愛らしい。その可愛さとほんの出来心で聞いてしまった。

「北さんはどの子が好みです?」
「好み……」
「あ、やっぱ「どの子も可愛いと思うんやけど、俺はこの子やな」おおお!」

勢いで聞いたが、やっぱり恐れ多くて取り消そうとした時、一人の子を指さした。北さんのタイプ。うわ、凄く貴重な情報をいただけた。ありがとうございます、嬉しい。喜びに浸った時、あることに気づいた。

「すみません、北さんって馴れ馴れしく呼んで」
「?ええよ。俺もみょうじさんて呼んどるしな」
「そういえば、名前なんで?」
「ああ。侑と治がみょうじさん作ってくれたノートめぐって喧嘩しとってな。大声で名前言うてたから覚えてしもうて。勉強も教えてくれたんやってな。ありがとう」
「いやそんな大したことは……」

私の顔を見てお礼を言う北信介の表情は柔らかく。こんな笑う人だったのと心臓が速くなる。北さんの微笑みはまずいって。
みょうじという名前を聞いてすぐ顔と一致したのは双子の喧嘩に巻き込まれて池に落ちたことが印象的だったらしい。確かに、あれは情け無い姿だったけども。その時のことを思い出して遠い目をしていたら、隣からとんでもないことを問われる。

「イベントどうだったん?」

浮かれてたんだ。なんせ久しぶりに推しにあって、表には出さないものの心の中はテンションがブチ上がりで。北さんは多分なんとなく、気まぐれで聞いたんだと思う。だけど、今の私にこの質問はタブーだ。イベントでの推しの可愛いさについてまだ誰にも話せていない。吐き出していない。普段の何倍もの明るい声を上げてしまった。

「聞いてくれますか!?」












やってしまった。先日の宮治への失態に引き続き、やらかしてしまった。北信介からの質問を受け、長い時間ひとりベラベラとオタクトークをしてしまった。これは言い訳になるけど、北さんめっちゃ聞き上手なんだもん!時々質問をしてくれるし、あの落ち着いた雰囲気はなんとなく安心感があって。私はハイキューキャラになんてことを……と家に着いてから我に返った。

そして、その夜。チェキがどこにもないことに気づき、次の日駄菓子屋へ行って探してみたがそこにもなかった。そこで考えられるのはひとつ。
北信介が持っている、ということ。だとしたら申し訳ない。とてつもなく申し訳ない。ていうか、北さんが持っていなかったらもう私の手元には戻ってこない。どこかに落としたなんてことはないと信じたい。


推し語りをしてしまったのが日曜。学校が始まってから彼のクラスやバレー部が使用している体育館へ赴くが、タイミングが悪く木曜の今日まで北信介に会うことは叶わなかった。待って、待って。明日は終業式で、その後は夏休みに入ってしまう。バイトもたくさん入れてるし、バレー部は遠征やら合宿やらでそれこそタイミングが合わない。推しとのチェキならどんなことでもするが。だけど、あのブツを北信介に持たせているということが恐れ多いのだ。

「みょうじさん」

放課後。今日こそはと今週何度目かの体育館に着くと、治くんがいてあのやらかし事件から初めて目を合わせた。が、すぐに向こうは視線を逸らす。その姿に普段なら申し訳なくなるけど、今はそれどころじゃない。

「北さんっている?」
「!」
「ちょっと用があって」
「さ、最近北さんのこと探しとるな……」

どうしてなん……?と気まずそうにおずおず聞いてくる宮治になんて答えようか戸惑う。自分は性格が良くないって思っている。もしこれが会社の上司とかただの男友達だったら、何でそんなの教えなくちゃいけないの?と苛ついてしまうが、相手は宮治だ。苛つきは無く、無下に扱うことは出来ない。

「大事な話をしたくて」
「……」

嘘はついてない。チェキを持っているかという大事な話。色々と省きまくって簡潔に述べたら治くんはピキッと効果音が付くんじゃないかってくらい固まった。どうした?今はそれどころじゃないんだ。首を傾げて固まるイケメンを眺めていると、後ろから本命がやってきた。

「あ。北さんあの……」
「あっちでええか?」
「はい」

あ、これは持ってるやつだ。良かった。あの日、オタクトークをした後、周りには隠してて秘密にしてくれると助かるなんて本当何様?なお願いをしたから気を遣って人のいない部室の方へと連れてきてくれた。ブツが鞄に入ってるからもあるだろうけど。

「すまんな。もっと早くに渡したかったんやけど」
「い、いえ。私こそ本当にすみません」
「大事なものなんやろ。その辺に置いとったらあかんよ」
「はい」

中身がわからないように封筒に入れてくれた北さん。しかも茶色の。えええ、可愛い。どうやら北さんもここ数日私のことを探してくれてたみたいで、すれ違っていたらしい。しかも北信介に注意された。自慢したい。誰にって感じだよ、ほんと。する相手はこの世界にいないんだ。
それにしてもチェキを駄菓子屋さんの前にあるガチャガチャの上に置いてしまうとは。折角、推しが一緒に写ってくれたのに、土下座したい気分。


「またあの話聞かせてや」
「え」
「俺はそういうん行ったことないからなぁ。聞くの楽しかってん」
「私で良ければいつでもどこでも」
「ふふ」

微笑み頂きました。つられて私も顔が緩んでしまう。もうなんで北さんがアイドル話を聞きたがるのが謎で仕方ない。確か、日曜もライブの話に少しだけ、若干食い付いてたような。数人の男の人はライブ前にバレー部がつけてるようなサポーターをして準備運動してるなんて言った時は特に。
最後に「気をつけて帰り」と有難い言葉に見送られ、出口へと向かった。その途中で二年生四人がこっちを覗いてたのに気づき驚きの声を上げてしまい、向こうもビクついていた。さっきの内容聞かれてないよね……?

聞かれてなければいいんだ、聞かれてなければ。









「告白されとる!?」
「私で良ければって言うてへん?」
「は!?告ってんの北さんの方なん?!」
「え、今北さん笑ったんだけど」

「……」

物陰に隠れ、主将の告白現場らしきものを盗み見してた二年生達。治だけがなにも言えず、ただ重たい空気を醸し出していた。たとえこれが告白でなくともあんな笑顔を自分は向けられたことがないとジェラシーを感じている。


「盗み見か」
「「「!?」」」

みょうじが去った後、ジト目でこっちに向かってくる主将に目を泳がす三人。その横で治はひとりズイッと大きな体を北の方へ近づかせて、負けない圧で言い放った。

「なんの話ですか?」

その姿を見た二年生達は目を見開く。侑は「死に急いだんかあいつ!?」と言い、銀島は「勇者や……」と。角名だけは独特の笑い方をしてスマホを取り出した。

「治に言わんとあかんことか」
「っう、それは」
「付き合うてんのか」
「付き……!?ちゃ、ちゃいますけど」
「ならええやろ」

正論パンチに背を丸め引き返す治。北も焦っていたのだ。内緒にして欲しいというみょうじの約束と、先程の内容が聞かれていたかもしれないことに。

体育館へと戻って行く治に続き、落ち込んでる理由は分からず肩を叩く銀島。その横で爆笑する侑。その後ろ姿をカメラで抑え停止ボタンを押した角名に北は聞く。

「治。みょうじさんのこと好きなん?」
「あ、はい。分かりますか?」
「おん。悪いことしたな」
「告白ではないんですよね?」
「?……ちゃうけど」
「そうですか。勘違いしてるんで一応言っときます」
「頼むわ」

角名のこの言葉で自分が告白されてると勘違いされてたことに気づく。

頼まれた角名だがこの勘違いを楽しみ、訂正することはなかった。