誤解
「アイドル好きなん?」
「……うん」
「誰か聞いてええ?」
「え、と。このグループの」
「女のアイドル」
この子と指差して、グループ名とメンバー全員が写っている写真を見せると、屈んでスマホを覗き込まれる。近っ……。すぐ横に整った顔があり少しだけ仰け反った。女の子のグループと分かったら安心したような声色を出すから珍しいななんて思う。アイドルが好きって言うと男じゃないんだって言われることが多いから。
いつから好きなん?オススメの曲ある?ライブは行っとんの?などたくさん質問をされて、暴走しそうになる気持ちをグッと堪える。何でそんなに興味津々なの、バレー部はアイドルに興味ある人が多いの?とこっちも質問したくなる。好きなことはいくらでも話せる。相手が身を引くくらいに。北信介でやらかした私はもう学んだのだ。
控えめに答えて、ここから去ろうとするが質問は途絶えることなくどんどん出てくる。宮治のゆっくりした口調も相まって時間はどんどん過ぎていった。
我慢した。我慢したけど次の一言で抑えられなくなった。
「聞くの楽しいなあ」
本当に楽しそうに小さく笑う宮治。家族ですら聞き流すアイドル話を宮治は気遣いとかではなく本心で楽しいと言っているように感じ取れて。漫画を読んでた時から好きなことをする人を見守るイメージがあったから。自分も好きなことをしておにぎり屋さんになるわけだし。嘘ではないのかな、だったら少しくらい話しても……なんて甘い考えをしてしまう。
「私、話すと止まらなくなっちゃうんだけど……」
「おん。ええよ、寧ろ聞きたいわ」
駄目だよ。そういうこと気軽に言っちゃいけないんだよ!将来悪い大人に引っかかったりしないか。親目線で心配になってしまった。
「ここ!今のとこ!みた!?」
「凄かったな」
「だよね。ここでね、もう涙止まらなくてね」
「……」
あれからどれくらい経っただろう。夏なのに既に外は薄暗くなっている。聞きたいと言ってくれた後、数分アイドル語りをしてお終いにしようとしたが、もっと知りたいと言われた。日陰になっているベンチに腰掛けその続きを話そうとした時、駄菓子屋のおばちゃんが出てきて「良かったら中でお茶でも飲みながら話し。熱中症になるで」そう声をかけてくれ、それからは和室の部屋にお邪魔して話を再開した。
ここのおばちゃんは小さい頃からよく可愛がってくれる。自分家から遠くないこの駄菓子屋さんはよく通っていた。毎日ってくらい妹と弟を連れて来ていたから本当のおばあちゃんのように可愛がってくれて、私も甘えてしまう。両親の祖父母はこっちにいないし、年齢的に気にせず気軽なく甘えられるのがこのおばちゃんだった。お邪魔する時に暴露されたんだが、どうやら北さんの祖母とは古くからの友人らしい。思わず、驚きで声を上げてしまったと同時に、だからあの時北さんはここにいたのかと納得した。
室内は涼しく、そして静か。二人しかいない空間にアイドル達の歌声が流れるだけ。テーブルに隣り合わせで座り、私の好きなライブ映像やMVを宮治に見せている。とんでもなく恐れ多いことだが、見たいと言ってくれるから。何度も止めようとしたが、それでも見たい知りたいと言ってくれたからいいんだよね。言い訳をするように頭の中で何度も自分に言い聞かせる。
時々歯切れが悪そうに、あーとかうーとか呟いて、何かを聞こうとする治くんに疑問を持ちながらも時間は流れた。
「っみょうじさん!」
「はい?」
「もしかして、そのっ、八月の頭、ライブに行っとった?」
突然、上から降ってきた大きな声に驚くも記憶を辿った。八月頭。その日はディナーショーが行われた日。十八歳以下は夜の部には参加できず昼のみだったけど、県外だったため一泊だけして帰った時だ。続けてディナーショーが開催された県を言い当てられて何で知ってるの?とヒヤッとする。え、まさか遠征とか?あの場所にいたの?
「イベントがあっていたけど、治くんも近くにいたの?」
「そおか。俺らもそこで大会あってな、インハイの。夕方、宿に戻る途中でみょうじさん見かけてん」
「え、それってバレー部全員いたってこと?夕方って。もしかして私一人じゃなかった?どこで見かけたの?何時ごろ?」
夕方って、オタ仲間と一緒にいた時だ。私がアイドルを好きになってから仲の良い四十半ばくらいの男性。性格、そして年齢的にもとても話しやすく、気も合う。推しは違うが、違うからこそランダムグッズを交換したり、代行をしたりなど楽しくやっている。ちなみに、名前はサムという。握手会で推しにつけてもらった誇らしい名だ。聞いた時、宮治のとこが脳裏に浮かんだけど、名前の由来を聞いた瞬間その存在はすぐに消え去った。
取り敢えず、何を見られていたかわからない。焦りから余裕がなく、早口で色々質問をしてしまった。
まだ。百歩譲って治くんだけなら、まだいい。だけど、バレー部、というか同じ学校の人に見られているとなると話は違う。それに、格好から顔やら色々とキメにいっていたため、余計に恥ずかしいのだ。返答によっては夏休み明けの学校が怖い。
「みょうじさん一人やなくて、おっさ……男の人と一緒におって。俺らが乗ってたバスの横を通り過ぎてたで。せやけど、角名と俺しか気付いとらん」
「そ、そっか」
周りにはバレとらん、大丈夫や。と言ってくれるのは私がアイドル好きなのを秘密にして欲しいとお願いしたからだろう。本当に申し訳ない。自分からバラしといて。でも、角名倫太郎には見られてたのか。まあ、別に大丈夫だろう。私に興味なんてないだろうし。
大丈夫大丈夫。自分に言い聞かせていたら治くんは少し背を丸くして、おずおずと小さな声で発した。
「一緒におった男の人、どういう関係なん…」
目を忙しく動かして気まずそうに問う治くんに変な誤解をさせてしまったかもしれない。夕方ってホテルに入った時だもんね。ディナーショーはホテルで開催され、私は夜の部には参加できないから昼の部に来なかった他のオタ仲間と会うためにサムさんと二人で向かったんだ。あの時のサムさんは推しについて興奮しながら話していたから、周りから見たら勘違いされる光景だったのかもしれない。ごめんね、サムさん。
「あの人はアイドルファンの仲間みたいな感じで。いつも良くしてもらってるんだ。ちなみに、この子が推しね」
「そ、そうなんか。それとな、その……」
「うん」
「夏休み前、北さんと話しとったのてもしかして」
「ああ、うん。北さんにもバレちゃってね。あの会話聞かれてた……?」
「いや、あんま聞こえんかった。北さんも知っとるんか」
「うん、北さんも治くんも聞いてくれるから嬉しくてベラベラ話しちゃう。迷惑だったら言ってね」
「迷惑なんて全然ない」
「そっか、ありがとう」
良かった、誤解が解けて。誤解していたこと今まで知らなかったけど。されたままだったら気まずいよね。
話で止まっちゃったけど、ラスト一曲。聞いて欲しい、見て欲しい映像があってこれだけ見てくれるか聞いたところゆっくり頷いてくれた。これ、本当にいいの?
「あ。今の」
「ん?どこ?」
「いや、ここの歌い方みょうじさん好きそうやなって思て」
「!わ、わかる?ここ好きなの。巻き戻ししていい?」
「おん」
治くんが私の大好きな一推しのところに気付いてくれて気分が上がる。スマホを横にしてテーブルに置き、巻き戻しボタンを押した。好きな場面で少しだけ前のめりになってしまう。無意識のうちに治くんの方に体が寄っていることには気付かなく。画面を食い入るように見つめていると、後ろから首裏を軽く触られた。
「っ!」
急に触られ、大きく体が反応する。触られたというか、人差し指で押されたというか。小さく、ほんの小さく、「ひゃっ」と情けない声を出してしまい、それも恥ずかしくて顔に熱がこもる。聞き取れない小さい声でもここはとても静かな場所で。治くんにも絶対聞こえてると彼の方へ振り向くと、凄く驚いた表情をしていて頬が段々赤く染まっていき、その後素早い速度で私から距離を取った。どうしてあなたが逃げる?
「い、今のは、ちゃう、ちゃうねん!!すまん、なし!今のはなしや!!」
「なし……」
「いや、あっ、や、その……」
「私は別に気にしてな「ちょ、今は危険や!!それ以上近づかんといてくれ……!」……え」
そんな気にすることでも、と一歩踏み出したら凄い勢いで止められた。多分、治くんは首裏にあるホクロを触ったんだと思う。小さい頃からあるんだよな、これ。前世の時もあったから何だか嬉しい。今日は暑くて髪を結んでいるため、普段隠れているものが見えたのだろう。でも、確かに治くんが焦る気持ちもわかる。例え友達だとしてもいきなりホクロ触ったら焦るよね。
「ここにホクロあるの気づいた?」
「!!すまん」
「ううん。見つけると触りたくなっちゃうよね」
「……」
「でも、ここ触られたの初めて」
「っ〜!?」
これ。宮治に触られたホクロに認定しよう。また自慢できることが増えた。初めて触られたと言って首裏に手を添えたら、治くんは壁に頭を思いっきりぶつけていた。あ、これ、もしかして照れてるやつ?
「!?せやから、こっち来んといててッ……!」
「……」
この宮治は面白い。今しかこんなこと出来ないもん。楽しまなくちゃ。そう思ってどんどん距離を詰めるが、治くんは横に移動してその後はこっちを見ながら後退る。そして、壁まで来たところで下から彼を覗き込んだ。
申し訳ないけど、これはとてもとても楽しくて思わず、ははっと笑ってしまう。すると、眉をピクリと動かした治くんは私の両肩をガシリと掴み、目線の位置を合わせるように屈む。
「男をあんま舐めたらあかんで」
その目はギラついていて、やばい調子に乗ったと少し焦る。揶揄いすぎたと少し冷汗をかいて。
「ごめんなさい」
「何かされた後じゃ遅いねん」
「なにか、するの……?」
「っ……」
私に何かするのか?宮治が。調子に乗って焦ってたのと肩を掴む手が意外にも強いから眉を下げて不安そうな顔をしてしまった。なにかするの?そう聞いた瞬間、私を見た治くんはバッと両手を離し、謝った後「何もせんけど……」と視線を外す。
「ほんと?」
「っ、その顔止めぇや」
「……お、」
左手は自分の顔を覆い、右手で私の顔を覆って突き放される。意外と強く後ろへ押されたため、変な声が出た。離れた後、ズルズル壁に沿って下に沈んでいく宮治を見ていつもの治くんだと安心した。
高二の夏休み。これが宮治との最初で最後の思い出となる。
帰り。近いからいいと言ったが、家まで送り届けてくれた宮治に深くお礼をした。話を聞いてくれてありがとうという意味も十分に込めて。
「みょうじさん、」
「?」
「その」
「うん」
「あんな?そのな、連絡先、とか教えてくれへん?」
「え」
家の中に入ろうとした時、名前を呼ばれ振り返ると別れたはずの宮治がそこにいて、なんと連絡先を聞いてきた。どうして私のを?驚きで普段より声が低くなってしまったことに気づいてか治くんは忙しそうに手を動かして説明し出した。
「いや、その。ツ、ツムがな……!宿題進まんねん!俺も色々分からんないことあってな。教えてくれたらと思うて!」
「私、下手だけど」
「そんなことない!」
「そ、そう。私ので良ければ、是非」
「ほんま!?」
「うん」
嬉しそうにパァッと顔を明るくさせる宮治に母性が働く。交換した後「ほな、また。ありがとうな」と言う彼に「連絡するね」と言ったらまた嬉しそうな声色で「待っとるわ」と今度は真顔で返事をされた。
宮治の連絡先知っちゃったよ。今日は色んなことがあったな。うさぎとキツネのキーホルダーを眺めながら家の中に入った。
稲荷崎男子寮。
「おい」
「……」
「…おい」
「……」
「プリン食うからな」
「……」
「おい!無視すんなやサム!?なんやお前、さっきからスマホばっか見よって!」
「なんや!?うっさいわ!?通知音聞こえんかったらどう責任取るつもりや!?」
「はぁあ?通知音聞いてどないすんねん!?」
「大事な音やろが!」
「知らんわ!なんや大事な音て!」
断られると思ってテンパり、ツムの名前を使ったことは癪に触るが、みょうじの連絡先をゲットできたことに嬉しくてたまらなかった治。しかし、待っても待っても治の待つ通知音は鳴らなかった。それは夏休みが終わっても。
始業式前日。
「明日から学校始まるんだけど、なんか忘れてるんだよなぁ」
なんだろう?首を傾げて考え込むみょうじ。それは治への連絡だった。
「まあ、いいか」