すなりんとアララ
夏休みが明け、始業式。
朝、時間ギリギリに登校し、昇降口でバレー部二年組を目にして忘れていたことを思い出した。
宮治に連絡するという約束を。
一組と二組の下駄箱は対面して置かれているから、同じ場所で靴の履き替えをする。そのため、治くんに気づかれる確率は高い。
気まずいなぁ。うーん、だけど宮治が私からの連絡を待っている訳がないと思う。うんうん、そうだよね。いいかな、連絡しなくて。今更感あるし。そういう考えに辿り着くがもしかしたら待っているかも、なんてあの時の嬉しそうな治くんを思い出してしまい、スマホを取り出して今更ながら送ってみることにした。
みょうじなまえです。今日から学校頑張ろうね
送信ボタンを押して、バレー部に続き中へ入っていく。治くんはスマホを手に持っていて、通知音が鳴ると凄い反応速度で画面を覗いていた。まじまじ食い入るように見る後ろ姿に、居た堪れなくなる。ごめん、約束破って。忘れていたこと、送ったばかりということ、それから気まずいのとで、私に気づいた銀島くんだけに小さく挨拶をして素早く上履きに履き替えた。
この時間は朝練終わりの運動部がたくさんいる。その中に紛れて治くんには気づかれませんようにと願ったが、後ろから「あ、」と零す声が聞こえて振り返った。私に対してじゃないかもしれない、そう思いながらもそっちに視線を移すとばっちり目が合って。スマホを両手に挟み、ごめんと口パクで謝る。すると、治くんは首をブンブン左右に振りスマホに指を滑らした。そして、私の元に届いたメッセージが、"宮治です。頑張ろうな"である。薄ら笑みを浮かべるその顔に顔面凶器、イケメンめぇと悪態をつきながら、既読をつけてそのまま画面を閉じた。
「すまん、みょうじ。このノート、一組の角名に渡しといてくれへん?」
「わ、かりました」
始業式といっても授業は普通にあって。五限目が終わり、残りあと一時間だなんて欠伸をしながら廊下を歩いてたら先生に頼まれた。
よりによって、角名倫太郎か。あの時、見られてたから少し気まずい気持ちがある。しかも同じクラスじゃないし。友人に頼もう、それが良い案だと思っていたら、向かう途中の廊下で目当ての人物、そして宮治が並んで歩いてきた。教室入らなくて良さそう。良かった、ナイスタイミング!すなりん!なんて、前世で呼んでいた愛称を心の中で叫ぶ。ホッと息を吐いて、呼び止めた。
「すなりん!」
「……え?」
「……」
角名くん!確かに私はそう言った、気でいた。しかし、口から出たのはすなりんで。呼ばれた本人は訳がわからなそうにきょとんとしていて、隣にいる治くんも同様に同じ顔をしていた。
「……角名くん、これ届けにきました」
「……ああ、ありがとう」
聞き間違い。そう、みんなの聞き間違いです。一文字だもん、"く"が"り"になっただけだもん。心の中でそう訴えながら、先生に頼まれたノートを渡す。早くここからいなくなろうとするも角名くんはそれを許してはくれず。
「今、俺のこ「えっと、なんのこと?」……」
潔く謝った方がいいのだろうか。被害者は角名くんなんだし。だけど、謝ったらそれを認めるわけで。遮ってまで誤魔化そうとした。ああ、情けない。その情けなさから困った顔で治くんを見てしまった。すると、目をぱちくりしていたその表情をキリッと真剣なものに変えて、私を背で隠すよう角名くんとの間に入り、いつもより声を大きくさせて言い放った。
「今のはちゃうで!!角名!!」
「「……」」
「あれや、あれ!……せや!"砂"が"りん"て鳴っただけや!!ほんで、すなりんや!」
砂が、りん……?
え、どういうこと?なんのフォローにもなってないんだけど。しかも、すなりんって言っちゃってるし。角名くんも笑いを堪えられず、ブフッて吹き出してるし。
もう、なに?何故か必死に庇ってくれて、それで、そのフォローの仕方がめちゃくちゃで。可笑しい。可笑しすぎて、私も角名倫太郎に釣られて、ふっと笑ってしまう。が、宮治は必死だ。失礼だと思い、私は必死で笑いを堪える。堪えるため、無意識のうちに前にある宮治の制服の裾をギュッと握ってしまったら、それに気づいた治くんは振り返って、俺に任せとき!みたいなドヤ顔をされるものだから、吹き出すのを我慢するため下を俯いた。
も、もうっ、大丈夫。すなりん呼びを認める。笑いを堪える方が辛い。そう思って、治くんに小さくお礼を言った後、角名くんの横を通り過ぎる時に庇ってくれた彼には聞こえないよう謝って自分の教室へと戻る。
「なんて顔してんの」
「(みょうじさん、俺のこと頼ってくれた……!)」
緩む口元を必死に結ぶ治は顔をピクピク動かし、隣にいる角名はそれをカメラに収めた。
長期休み明けの初日は疲れる。バイトを終え、冷たいアイスが急に食べたくなりコンビニに寄った。中に入るとアイスコーナーに見慣れた後ろ姿を見つけ、声をかける。
「お疲れ様」
「!……みょうじさん」
後ろから声をかけたからか少しだけ驚いた様子の治くん。数ヶ月前だったら、声なんてかけれなかったなぁ、なんて思いながらどれにするか選ぶ。
「治くんはどれにするか決まった?」
「……お、おん」
「?」
「せやけど、今日は腹の調子が悪くてな。やめとくわ」
「……もしかして、お金足りない?」
そう聞くと泳がしていた黒目をピタリと止め、やっと視線があった。そして、また気まずそうに目だけを横に動かす治くんに図星なんだと小さく笑ってしまった。
「どれがいいの?今日フォローしてくれたから、そのお礼がしたいなぁなんて」
「そ、それはいい!こういうんは男が奢るもんや!」
そう言われると少し躊躇ってしまうが、私からしたら年下でそれもバイトをしていない子に奢ってもらうのは気が引ける。でも実際は同級生の女の子なわけで。治くんのプライドもあるだろうと考える。
そこで、ふとあることを思い出し「あっ!」と声を上げてしまった。今日、お財布を家に忘れてたんだ。奢るもなにもお財布がなければ何も買えない。スマホケースに挟んであるチャージ型のコンビニカードはあるが、確か二百円だったはず。次の時にチャージしようと思ってたんだ。だから、そっと二人で食べられるパピコをひとつ取った。
「これ、二人で食べた方が美味しいから一緒に食べてくれない?」
「……」
「私と食べるの嫌か「そんなことない!!」そう」
あ、この作戦いい。宮治は優しいからずるい言い方をしてしまった。レジでお会計を済ませ、本当に二百円しか入ってないことに苦笑する。
コンビニの外で待っていた治くんに半分を渡す。お礼を言われた後、侑くんは一緒じゃないの?の質問に眉を顰めて「あんなやつ知らん」と返ってきたから喧嘩でもしたのだろう。それにしても、喧嘩する率多くない?そんなもんなの?まあ、四六時中一緒にいるわけだから多くもなるだろうけど。
「美味しい?」
「今まで食べたアイスん中で一番美味い」
「それは良かった。この時期のアイスは美味しいもんねぇ。部活終わりは特に」
「みょうじさんが、」
「?」
「みょうじさんがくれたもんはなんでも一番や」
「……そう」
目線は下を向きながら発する治くんは絶対に女上司とかに可愛がられる後輩だと思う。上手だもの、上げ方が。
だけど、それにしても。食べるのめちゃめちゃ遅くない?私が食べ終わってから数分は経ってる。まだ半分くらい残ってるよ。ダイソンの掃除機並みに早く食べ終わると思っていたけど、中がドロドロに溶けてるくらい時間は経っている。もうそれ、美味しくないんじゃない?早く家に帰りたい気持ちはあるが、食べてる治くんをここには置いていけないから、私はずっと暇を持て余している。
そう。私は今、暇なのだ。
「あのさ、もし良かったらなんだけど…」
「?」
「アララって言ってみてくれない?」
「あらら?」
「うん、あーやっちゃったよ、みたいな感じで」
アニキューを観た時。宮治の「アララ」の破壊力が私の中では衝撃的で。一回だけ、一回だけでも生で聞いてみたかったのだ。
「アララ」
「!!」
「これでええ?」
首を傾げる治くんに、うんうん激しく頭を縦に振る。
「ありがとう!」
「ふはっ。みょうじさん、おもろいなあ」
「!」
顔を綻ばせて笑う宮治にピキッと固まった。凄いおまけ付き。流石、ファンサービス旺盛男。もう一度、心を込めてお礼をした。
みょうじと少しでも一緒にいたくて、頑張ってゆっくり食べていたことに本人は知る由もなかった。
「そうや。なんで"すなりん"なん?」
「あ、それは、アイドルの動画見てて。つられてアイドルっぽく言っちゃったの」
嘘なんだけどね、ごめんなさい。ほーん、と前を向きながら納得する治くんは少し口角を上げて今度は「可愛ええな」と微笑んだ。
え?すなりんって名が?是非とも宮治に呼んで欲しい。