治の頑張りのなかよし


"みょうじなまえ"

ノートに小さく書いたその名前をそっと上から手を添えてなぞる。


「なにして、……。」

授業終了のチャイムが鳴っても珍しいことに真面目にノートを開いている治を見て不思議に思った角名は様子をうかがいにいく。そして目にしたのはいつもの適当な字はどうしたと問いたい程に、丁寧に書き上げた好きな子のフルネームを見つめる治の姿。女子かよ、なんてツッコミたい気持ちを抑えることは出来たものの引きつった表情になってしまう角名。

「っな!?……なんや、角名」
「……」

俺に気づいた治は自身の大きな体でノートを隠すように覆い被さる。いや、遅ぇよ。つーか、今更、など呆れて何も言えずにいる。

「最近、みょうじさんと仲良いよね」
「!そぉか?角名にもそう見えるん?」
「まあ」
「実はな、連絡先交換してん」
「へえ、意外と進展あるんだ」
「おん」
「良かったじゃん。好きな人とやりとりできて」
「おん。今俺めっちゃ幸、せ……!?!?な、なんで知ってんねん!」
「いや、わかるでしょ」

い、いつから?と聞いてくる治に、二年になってからって答えたら、は?そんな前からなん!?と良いリアクションをもらった。だって、お前隠す気ねーじゃん。そう言うと、他に誰が知ってるのかを聞かれたため取り敢えず俺が分かるのは北さんくらいだから、主将の名前を上げた。

「……マジか」
「他にはバレてなさそうだけどね。てか、途中から隠すのやめたのかと思った」
「ツムの前やと気ぃつけてたんけどな。気ぃ抜けたんやわ」

俺の前では気が抜けてたってこと?なんか、喜んでいいのか微妙。その後、全てはみょうじさんが可愛すぎるからや、と頭を抱えていた。幸せな悩みで良かったね。顔には出さず、そんなことを思っていたら、治が視線だけ上に向けて所謂上目遣いでこっちを見る。この顔で何人の女を落としたのか。それが今は一人の女の子に振り回されている事実に笑えてくる。

「角名から見たら……その、どうなん?」
「……なにが?」
「……脈、あるかないか」
「ああ」

なんとなく何を質問されたのか察しはついたけど、確認のため一応聞き返すと俺が思っていたことと同じで。約半年、それなりに楽しみながら見させてもらったから少しだけチームメイトの背中を押そうと思う。

「無くはないんじゃない?」
「ほんま?」
「うん。みょうじさんって治といる時距離近いじゃん」
「そうやな。あれ、困んねん。いや、嬉しいんやけど、心臓に悪い」
「……。俺から見るみょうじさんって、ちょっとどこか人と関わる時一歩引いて接してるような気がするんだよ。男だと特に」


みょうじさんはそこそこモテる方だと思う。実際に好きって言ってる人聞いたことあるし。だけど、告白はさせてくれない。させてくれないっていうかする前に振られる、みたいな。これは治には言わない方が良いと思い、続きを話す。

「みょうじさんの苦手なタイプが距離近い人とかスキンシップ激しい人っていうのを聞いたことあってさ、それ考えると治には他と違うっていうか」
「……」

それを聞いた治は最近の出来事を思い出しているのか視線を左上へ動かした。まあ、これはあくまで俺から見たふたりだからなんの根拠もないし、無責任な発言だと思う。治との距離が周りとは違うっていうだけで、それ以上でも以下でもない。脈が有るか無いかだったら、無くははいだから。それを踏まえて、最後に言わせてもらう。

「男として見られてないだけかもしれないけど」
「!?」

背中を押すと言っておいて最後は落としてしまった。だけど、好かれてるよなんて適当なことを言われて違かった時ほど残酷なものはない。



ああ、これからが楽しみだ。







昼休み。みょうじさんの隠れ場、外階段へと向かっている。「こんなとこあったんやな」て呟いた俺に「良いところ見つけたでしょ。他の人には内緒ね?」と人差し指を口元に持ってきて、悪戯をする子供のように笑うみょうじさんに心臓が止まった。最近見せるあの顔、ほんま心臓に悪いねん。いや、みょうじさんのする顔は全部心臓に悪いねんけど。

あの場所はみょうじさんと俺しかしらん。それがめっちゃ嬉しくて角名の言う通り脈有りなんとちゃう?て自惚れる。無くはないて言われただけなんやけど。
みょうじさんが俺らと一歩引いて接してるんは知っとる。ずっと見てきた好きな人や、わかる。

多分、距離を取ろうとしてるわけやないと思うんやけど、人と関わる時どこか他人事で、まるで……そう、授業参観で一人だけ見にきた親みたいな雰囲気を出す時がある。実際、決め事やグループ分けとかはいつもみょうじさんが譲るらしい。ちゅうか、私は最後でいいよ、みたいな感じ。これはまだこの子を好きになる前、みょうじさんがどんな子かツムに聞いた情報やけど。



「あ、治くん」

外階段へと繋がる扉を開けると、イヤホンをつけスマホを握っているみょうじさんがおった。その画面からはキラキラ衣装を身に纏い、歌って踊るアイドル達の映像が流れている。画面を隠すことなく、俺が来ても動揺の色を見せないことに誇らしくなる。数ヶ月前の自分にこのことを自慢したい気分や。

みょうじさんは最近、仲のええ友達がこの時間やることがあるらしく、一人でここに居ることが多い。この子が居るかもしれんという期待を寄せて毎日この場所に通っとった俺に、そうとは知らず「静かで良いよね」と座るスペースを空けてくれたんが数日前。一緒におってええの?そう思いながらも、俺はまたとないチャンスやと毎日この時間ここに来るようになった。



今日は既にひとり分のスペース空けてくれとる好きな子に心がぎゅっ締め付けられる。ここは俺の場所や!と世界中に叫びたい。いない時に自分のことを考えてくれることが嬉しくてたまらん。
にやける顔を抑えながら、ゆっくり腰を下ろすとみょうじさんは何かを思い出したように声を上げた。

「ちょっと、ごめん。そっちに物置きっぱなしに」
「ああ、これ……!?!?」

これか、と左にあった保冷バックを取ろうとしたら、俺に抱きつくように手を伸ばすみょうじさん。外側の方の右手で取ろうとするもんやから、覆い被さるような体勢になる。こんなん取ったる。取ったるから離れてくれ。
好きな子に触れるなんて俺ら健全な男子高校生には願ってもないことだが、みょうじさんはなんちゅうか、タチが悪いねん。ここで気を抜いたらあかん。絶対、抱きしめてまう。みょうじさんも言うとったやろ。ステージから降りてきてくれたアイドル達とどんなに近くても絶対に触れないように身を引くファンが好きて。背筋を伸ばして壁に自分の背中を押し当てる。触れたらあかんねん。

せやのに、俺の頑張りを砕くようにその体勢のまま保冷バックの中身を漁る。ここでやんといてや……!せめて視線だけは絶対に合わせんと意気込んだ瞬間、名前を呼ばれた。

「このゼリー食べる?妹の手作りなんだけど」

世界一美味しいよ?と目の前で首を傾げ、妹が作ったゼリーを嬉しそうに自慢される。

っほん、まッッ!なんやねん!!

可愛すぎやろ。なんなん、妹大好きオーラなんなん!?控えめに自慢する姿が余計可愛さを引き立てる。ちゅうか、そこで止まって話さんでほしい。みょうじさんは軽く膝を立ててるから、目線が同じ位置で普段より距離が近く感じる。いや、近い。離れてくれ。そないなこと言えるわけもなく、ただ小さく「……食う」とそっぽを向くことしか出来ない。

「良かった。今日も治くんに会えると思って持ってきたんだよ〜」
「〜っもう、やめてくれ……!」
「え、なにが?」
「なんもない!」
「そう?」

俺を殺す気か!本当はそう言いたいが、グッと堪える。今まで我慢してきた。ここでボロを出して今の順調な関係を崩したくない。まだや。もう少し、経ってから。


焦ったらあかん。それはもう学んだんや、数日前のみょうじさんとのメッセージでのやりとりで。

自己紹介のようなメッセージを送ってから既読はついたもののそれからは何もなく、時間だけ過ぎていったある日。夢やないか、ただの妄想やないかと不安を拭うため、何度も好きな子のトーク画面を確認していた。その日はいつも以上に部活疲れで癒しを求めるべく、スマホを触った。トップ画面、妹の作ったお菓子なんかな?自分の写真は載せんのやろか?付き合うことができたら、疲れたなんてどうでもいいメッセージを送ることが出来るんやろか。

回らない頭と眠くなる意識の中、送った言葉。「すきや」心の声が溢れてそう送ってしまった。数秒後、それに気づき、やばいと目が一気に冷める。削除するため指を動かした瞬間、既読の表示。止まった心臓に体も固まり、すぐに返事がきた。


牛丼食べてるの?
美味しいよね、私も食べたい
あとこれ、もしかして送り先間違えてない?


三回に分けて送られてきたメッセージ。間違えたが、なんも間違えとらん。想いが漏れただけや。角名は脈なしではないて言うとったけど、今時点では完全無しやろ。それより、男として見られてない、の言葉が頭にズシッとのしかかった。せやけど、もしこれが事実ならそういう対象に見てもらえるよう努力するだけ。みょうじさんが俺を一人の男として見てくれた時が勝負の始まりや。



気合いを入れ直し、ゼリーを口に入れるとあまりの美味さにそのまま「うまっ!」と驚きの声が出た。そんな俺を見て「でしょう?」と誇らしげにドヤ顔するみょうじさんが愛おしくて堪らない。

完食して感謝を込めながらご馳走さまを言う。楽しい時間もそろそろ終わりが近づき、教室に戻るためみょうじさんに続いて立ち上がった。


「……あ」
「?」
「ゴミ、ついてるよ」
「!」

下からぐっと手を伸ばし、ゴミがついてるであろう髪に触れられた。身長は百八十以上あるわけで、一生懸命……かは分からんが頑張って取ろうとする姿に抱きしめたくなる衝動を必死に抑える。必死に抑えるから。せやから、取りやすいように屈んでなんかやらん。この可愛さを堪能させてくれ。

「まって、取れない。ごめん」て言うた後、「あ、取れた」と息を吐くみょうじさんに罪悪感を抱きながら、その可愛さに堪えるため我慢するのに握っていた手の力が更に強くなった。