自分の気持ち


十月。天気が良く、陽が出ていて、空気も暖かい。今日は教室ではなく、中庭で友人と昼食をとる。大耳先輩へ想いを伝えるために、修行として、最近は自分でお弁当を作っているらしい。それを微妙な顔をしながら食べる友人が可愛らしく、頬が緩んでしまう。
そして、そんな友人に少し緊張した声色で恐る恐る尋ねる。

「あのさ」
「?」
「大耳先輩のことさ、好きじゃない?」
「!なんや、なまえちゃん!恋バナ!?」
「ではない。そうじゃなくてさ、好きってどんな感じか聞きたくて。どんな感情を先輩に向けてるの?」
「やっぱ恋バナやん!?」

好きな人できたん?!そうなん?ねえ、なまえちゃん!?誰や誰!?と肩を揺さぶる友人に頭が取れると渋い顔を向けた。

「ちょ、落ちついて。どういう感じになるか具体的に聞きたいだけ!」
「えー……どういう感じか具体的に?」
「うん、具体的に」

恋バナじゃないと納得してくれた友人は口を尖らせ、頬を膨らまし拗ねたような表情をする。可愛いな、ほんと。その後、「なまえちゃんに私が教えるのなんて新鮮やな!」と目を輝かせる。

「そうやなぁ」
「……」
「人それぞれだと思うんやけど、私は大耳先輩見とると胸がぎゅーってなる。心臓握られとるような?苦しい感じ」
「見てるだけで?」
「おん。好きやぁって改めて思うねん。目合うたり、挨拶とか話したりすると心臓バクバク言うてな、ほんで別れた後はめっちゃ苦しなる」
「それ、病気なんじゃない?」
「そうや!恋はある種の病気やで!なまえちゃん!!」
「……はあ」

私にはないや。そんな治くんに対して苦しくなるなんてこと。ていうか、前世の時からない。一応ちゃんと好きでお付き合いをしたけど、そんな苦しくなるような気持ちにはならなかった。前世で付き合った人達は本気で好きじゃなかったのかな?もしかしたら、私は心から人を愛せない人間なんじゃないかと不安になる。




今日もあの場所に治くんは来た。最近の宮治は心臓に悪い。"惚れさせたる"そう言ったあの日から、好きという感情をそのまま伝えてくる。惚れさすような行動を取っているようには感じないけど、その代わりなのかは分からないが、好きや可愛いなど、そういったことをたくさん言ってくる。それも表情を柔らかくして。自分で言うのもあれだけど、本当に愛おしそうに見つめてくるから困るのだ。
言葉に出さなくても表情だけでそういった感情を読み取れる時もある。それにはどうしていいか分からなくて、すぐに目を逸らしてしまう。

そんな顔を見ると、私の心臓は急に速くなる。好き、とかではなく、多分宮治だから。整った顔なんだから誰でもドキッとすると思う。それに友人が言っていた苦しい、という気持ちはない。



午後の授業間の休憩。移動教室から戻る時、廊下で宮治と角名倫太郎が前から歩いてくるのに気づいた。手に持っている教科書から彼らも移動教室へ向かっていることがわかる。

目が合うと、嬉しそうに顔を明るくさせる宮治にまた心臓がぐっとなる。これは苦しいというより、可愛い。子供に対する愛おしさと同じだ。隣に角名くんがいる気まずさから、軽く頭を下げて、横を通り過ぎようとする。なるべく近寄らないように。壁に体が触れるくらい端を歩く。

「……え」
「!?」

横を通り過ぎようとした時、突然なにか大きな影が覆い被さった。「は……」という小さな声が頭上から聞こえたのと、顔の傍に治くんの両手があることから、これは所謂壁ドンというやつをされたんだと理解した。勢いよくこっちに倒れかかってきたため、距離が近い。

「す、すまん。どっかぶってない?」
「……うん」
「そうか。……おい、角名!何で押したん!?危ないやろが!!みょうじさんが怪我したらどないするつもりや!!!」

ごめん、と心がこもってない素晴らしい棒読みで謝る角名倫太郎の声が宮治の影に隠れて聞こてくる。そのおかげで、壁ドンの原因が分かった。角名くんが治くんのこと押したのか。ほんと、危ない。そういうことするイメージないのに。あ、そうか。治くんが私のこと好きなの知ってるから。

呑気にこの状況について考えるが、まだ近くに宮治の顔があり、少しの気まずさから下を俯く。両手はそのまま壁についたまま、首だけを捻り角名くんの方を向いていたのをもう一度こっちに向き直した治くんは、俯く私を見て不審に思ったのか心配そうに、覗き込むようにして尋ねてきた。

「みょうじさん……?だ、大丈夫?」
「うん、大丈夫」
「そぉか」


そら良かった。


続けてホッと安堵の表情を浮かべ、優しい声で、優しい顔で笑う宮治。


その瞬間、ドクンッと胸が大きく鳴った。


「…………え?」
「?」

俯いてた顔を思い切り上げると、治くんも私に視線を合わせるように動かす。きょとん、としている宮治は多分、この距離の近さに気づいてない。あまり感情が表に出ない私だけど、目の前にいる彼が気づくくらい段々と顔に熱がこもるのが自分でも分かる。
告白をされてから、宮治のイケメンさに度々赤くなっていたが、気づかれはしない程度。今回は、バレる。というかバレた、と私のが移ったのか宮治も徐々に赤くなっている整った顔を見て思った。


「え……と、あの、近い」
「お、おん」

横を向き、治くんの目の前に手のひらを向けて赤くなった自分を見られないように隠す。そして、壁に伸びている腕をくぐり抜けて、そのまま足早にその場を去った。



ドクドクと心臓が波打ち、音が聞こえるくらい大きく鳴っている。なにこれ。心臓の音が速い。優しく微笑む治くんが脳裏に焼き付いて離れない。「苦しくなる」友人はああ言ったけど、苦しくはならない。これは恋じゃないのか?好きじゃないのか?だけど、苦しくはない代わりに胸が凄くムカムカする。ムズムズというか、イライラ?といった方が近い気がする。

これが友人の言っていた苦しいということだろうか。それだったら

「ほんと、病気じゃん……」


第二の人生だというのに、こんな感情を持ったのは初めてだ。

前世で好きだった人とは違う好意を宮治に抱くのは彼がハイキューの登場人物だからだと思っていた。尊敬していた会えない存在。その内のひとりに好きと言われれば、ときめかない筈がない。

だけど、違った。

だって、前世の記憶が薄れていっているのに宮治から離れようとはしなかった。近くにいたいと思った。階段で助けてくれたあの日。あの時から私はハイキューの宮治ではなく、ひとりの人間として宮治のことが好きになっていたんだ。
多分、その前から治くんに惹かれてたとは思うけど、それはハイキューのキャラ、イケメンだからと気づかなかった。


「あぁ、……最悪」

まだ速くてうるさい心臓と真っ赤な顔。色んな思いから、どうして良いか分からず、収まれと胸を叩き手の甲で頬を冷やした。






「なあ、角名」
「なに?」
「みょうじさんのあの顔」

みょうじの後ろ姿をじっと見つめて、手で口元を隠しながら、いつもより高揚した声で話す治に角名は次の言葉を待つ。

「っっむっちゃ可愛なかった!?!?!?」
「……」
「あんな顔初めて見たわ!照れてたよな?なぁ角名!みょうじさん、照れとったよな!?」

可愛ええわ。あ、角名!?今の可愛ええみょうじさん見よった?見たんなら記憶から消せ!今すぐにや!!なんて興奮状態の治に「見てねぇよ」とため息と共に言い放った。


「……あれ、完全に落ちてんじゃん」

小さい声で呟く角名の言葉は可愛さに狼狽えてるこの男には届くはずがない。








日曜日ー。

気持ちを自覚したのが金曜で良かった。あの後、治くんに会わなかったのは唯一の救い。1日経った今日は大分気持ちが安定してきて、平常心で接せる、気がする。


「この……暴言クソブターッ!!!!」


学校に用事があって来てみると、体育館から聞き慣れた声、聞いたことのある台詞が耳に入ってきた。

これって……。あの、漫画でも描かれてる双子の喧嘩!?初めて原作の光景を見れると心躍らせてしまい、ソワソワしながら好奇心だけで体育館へ集まる他の生徒達に続き、様子を見にいく。


「ポンコツにポンコツ言うて何が悪い!!」
「人格ポンコツ野郎に言われたないんじゃ!!」

おお、本当に本物だ。気分が上がってしまい、意味不明な思考回路になっていることには気づかない。それにしても、こんな激しい喧嘩だったのか…。生で見ると迫力が凄い。なのに、角名倫太郎は色んな方向から写真を撮っている。大丈夫?巻き込まれない?

周りでは、宮兄弟のけんかや!バレー部名物双子乱闘や、どっちが勝つか昼飯賭けよ!北どこや……など、これも原作通りと双子を眺めながら楽しむ。しかし、漫画には絶対に出てこない宮侑の次の言葉に耳を疑った。


「女にうつつを抜かしとるからや」
「あ?」
「振られとんのにしつこく付き纏って。せやから、あんな腑抜けたプレーしか出来んねん!」


その瞬間、重い何かで頭を殴られたような感覚に陥った。侑くんが言っている女は私だ。周りは楽しくがやがやしているため、ボリュームを下げて放った「女にうつつを抜かす」「振られとんのに」は聞こえていないようで。


「……私の、せい」

自分のせいじゃないことくらい原作を知っているから分かる。そもそも宮治のバレー事情に影響する程の人間でもない。だけど、宮侑はああ言った。喧嘩の勢いと私達の関係を見て放った言葉だとしても、ハイキューという物語の中に自分が入ったことに血の気が引いた。


今度は私が想いを伝えよう。明日、いつもの外階段で気持ちを伝える。覚悟を決めたことなのに、それが音を立てて崩れてく。

情けない、情けないなぁ。あの子達より倍以上生きているのに、宮治に存在を認めてもらえたというのに。重い足取りでゆっくり、ゆっくりその場を離れた。

負の感情を抱きながら、下を向いてただ真っ直ぐ歩みを進める。


「っ!」
「どこ行こうとしてん。そっちは池や」
「き、北さん?」
「おん」

急に横から二の腕を掴まれ、後ろに重心が傾く。掴んだ腕の主を確認するため、ゆっくり視線を動かすと北信介がいた。どうやらぼけっとしていた私は池に入るところだったらしい。この時期にこんな冷たい水の中に入るなんて風邪引いちゃう。確か、双子の喧嘩に巻き込まれてこの池に落ちてしまった時はまだ治くんと仲良くなかった、と呑気に考え事をしてしまった。


「ありがとうございます、助かりました」
「気ぃつけや、ちゃんと前向いて歩かあかんよ」
「はい」 


もう一度、お礼を言って歩き始めると、後ろから北さんに呼び止められた。


「治が迷惑かけとるらしいな」
「……」
「嫌やったらはっきり言うてええからな」
 

優しい声色で放つ北さんに、じわぁと胸が温かくなる。


「ち、違います。あの。私が、迷惑かけてるっていうか」
「……」
「その、だから……」

全然嫌なんかじゃないです。ボソボソと小さい声量で話す私に、北信介はただじっと見つめるだけ。それが何故か怖くて、一度逸らしてからもう一度だけ視線を彼の顔を確認するため移した。

「!」

そこには怖い圧のあるバレー部主将ではなく、目を伏せて口元に弧を描き、薄ら笑う北信介がいた。

「治、ええ男やろ」

今度はふんわり優しく微笑む。その後「ほな、また」と言い、只ならぬオーラを纏って双子を止めるべく体育館の中へと入っていった。


北さんの言葉が頭の中で何度も繰り返される。

治、ええ男やろ

バレた?治くんのこと好きなのバレた?だけど、否定されなかった。私、治くんに気持ち伝えていいのかな。迷惑じゃないのかな。北信介という人間に、稲荷崎バレー部主将に、好きになっていいよと言われたみたいで色んな感情から目頭が熱くなった。

北さんってあんなこと言うんだ。後輩のことをええ男やろって。前世で知ったら萌え死どころじゃなかったと思う。涙を流さないように、冷静になるため、そんなことばかりを考えた。







その夜。稲荷崎高校男子寮、宮兄弟の部屋では重たい空気が流れていた。その中で、治が口を開く。

「…………………ウイイレやるか?」
「……………………………………………やる」

そう言ってベッドから起き上がる双子。侑はゲームの準備、治は電気をつけようと動き出す。しかし、ボタンに手が触れるだけでなかなか部屋は明るくならず、不審に思った侑は顔を顰めてそっちを向く。

「…………俺が出来ひんのはみょうじさん関係あらへん」
「あ?そんなんどうでもええわ。クソほどどうでもええ」
「あ"?」
「結果出してから言えや」
「……」
「…………バレーも女も」
「……………………わかっとるわ。クソツム」









夢を見た。真っ白な空間の中。一人ポツンと立っていて。周りを見渡しても誰もいない。

急に複数の懐かしい声で、懐かしい名前を呼ばれて後ろを振り返ると、会いたくて会いたくて仕方がなかった前世の家族、たくさんの友人がいた。

みんな一斉に話し出すから、聞き取れないと苦笑する。しかし、夢の中は素晴らしいもので一言一句、みんなが何を言っているのかちゃんと頭に入ってくる。聖徳太子になった、なんて考えをしながら楽しく話を聞いた。

全員が話し終えた後、最近どう?と姉に問われて答える。聞いてくれるみんなの表情が温かく、涙が出そうになるのを必死に堪えながら最後まで話した。すると、満足そうな顔で一人ずつ一言、言葉を残して姿を消していき、全員が消えて、またこの何もない空間に一人ぼっちになる。

もう一度、周りを見渡すとひとつの光が見えて、あそこが私の向かうべきところか、と歩き始めた。


「……え?」

突然誰かに背中を押された気がした。しかし、後ろを振り返ることは出来ず、足を止めるだけになる。



幸せになりなさい



前世の母親の声。勝手に動き出した足は止めることが出来なくて、そのまま光の方へ入っていった。




ぱちり。目が覚めて一粒。涙が溢れた。


前世の記憶がもう思い出せない。これからも思い出すことはきっとない。そう思った。

だけど、寂しさと恐怖感がないのはきっとこの世界に宮治がいるからだろう。彼が私の存在を認めてくれたから胸を張って生きていける気がした。



告白しよう。ちゃんと想いを伝える。



涙を拭ってベッドから起き上がり、学校へ向かうべく準備に取り掛かり覚悟を決めた。



しかし、この日から宮治があの隠れ場に来ることはなかった。