好き


覚悟を決めたあの日から宮治はこの外階段に姿を現すことはなかった。


「……寒」

ひざ掛けを足に絡ませ、自販機で買った温かい飲み物で手を温める。

もうすぐ十二月に差し掛かろうとしているこの時期にスカートは辛い。中身は既におばさ……やめよう、こういう話は。
気持ちは辛いが、やっぱり体は若々しい女子高生な訳で、意外にも体だけは寒さに耐えることが出来ている。


「……治くん、来ないかなぁ」

小さく呟いた自分の言葉に体が熱くなる。は、恥ずかしっ!!今、自分めっちゃ恥ずかしかった!恋する乙女じゃん!やめて、やめて!今の撤回する!撤回!!
首を左右にブンブン振り、疲れたと息を吐く。頭、振りすぎてなんか痛い。


ここの場所に治くんが来なくても自分から声をかければいい。そう思うんだけど、やっぱり周りの目を気にしてしまう。だって、怖いもん。宮治ファンとかに見つかって色々言われて、そのことに納得して気持ちを伝えるのをやめようかなってなるのが怖い。それに、とにかく面倒が勝ってしまう。目をつけられることが。女子高生には勝てないもんなぁ、いろいろと。若い子、怖いし。男が絡むと怖い。

だから、ここでって思ったんだけど。


「どうしよ」

空を仰ぎ、どうするべきか考える。もしかして、嫌われよう作戦が成功して、嫌われちゃったのかな。最近、治くんの方を見ても目が合わない。あー……、どうしよう。ていうか、お腹いっぱいになるまでご飯を食べたから、眠くなってきた。少し寝てしまおうか。抗うことなく、そのまま重くなる瞼をそっと閉じる。









パチッと勢いよく目を開けた。は、私、寝てた?え、どのくらい経った?昼休み終わってる!?混乱状態の中、視界が斜めに傾いていることに気づき、そこで初めて何かに寄りかかって寝ていたのだと分かった。

「お。起きたん?」
「……」

何か。それは壁にしては柔らかく熱を持っていて。混乱した寝ぼけた頭をフル活動し、宮治の肩だということを理解した後、ゆっくり顔を上げる。意外にも近い距離で交わった視線に、向こうの黒目が大きく揺らいだ気がした。


……会えた。


やっと会えた。伝えられる。自分の気持ちを伝えられる。なんて言われるかな。もう遅いって言われちゃうかな。それとも、喜んでくれるかな。嬉しそうに笑ってくれるかな。

ギュッと一度口を閉じて、ゆっくり開いた。




「……好き」


言いたくて仕方がなかった言葉。やっと伝えられた。だけど、まだ寝ぼけた頭はぼーっとしてて、顔もだらしないと思う。「…………は、」と更に目を見開いて、間抜けな声を出す治くんをじぃーっと見つめる。


「っな!?な、に、何言うてッ……!」
「わっ……、」

治くんの瞳に映っている自分が見えるくらいの距離で逃がさないように。それから数秒。私から素早く離れる治くんに寄りかかってた体がバランスを崩す。わっ、と零し肘を床についた時「す、すまん……!大丈夫、か?」と慌てて駆け寄り、支えようと肩に手を触れた。その瞬間、またバッと顔を真っ赤にさせた治くんが勢いよく距離を取る。


やらかした。

覚醒した頭で自分の失態に気付く。こんなタイミングで大事なことを言うはずじゃなかった。


「違っ……、今のは、」
「ち、違う……」

今のは違う。言ったことは違くない。言うタイミングが違かっただけ。そう伝えたいのに上手く説明出来ず、多分勘違いしている治くんは好きの言葉に対しての違うだと思ってる。だから、「他の奴と、勘違い、したんか」と見るからに落ち込んでいた。


「っす、好きって言うのは!治くんのこと、なんだけど」
「!」
「この間、酷い返事しちゃってごめんなさい」
「……」

黙って聞いてくれる治くんに安心して、これなら言える。このままあの時、絶対に気持ちは変わらないって言ったけどって続けて、告白をしようとした。したんだけど。

「そぉか」

嬉しいわ。そう言ってふんわり笑ったのを見て違和感を覚える。それから治くんは言った。

「せやけど、俺が言うた好きとみょうじさんの好きはちゃうな」
「え」
「やけど、好きって言うてくれんのめっちゃ嬉しい」

嬉しそうに笑ってくれた。笑ってくれたんだけど、私が思っていたのとはなんか違う。絶対に勘違いしてる。これは確実に伝わってない。

「本当に好きなんだけど」
「……おん」
「わかってる?私、好きなの」
「お、おん。分かっとる」
「分かってない。本気で好きなの、治くんのこ「わ、分かっとるて!!!ッそれ以上言わんといてやっ!!!!」……」

意地。本気にされないのに少し……いや、かなり苛立って口調が強くなる。治くんのことを初めて名前で呼んだ時やホクロを触られた時と同じように距離を縮め、下から顔を覗き込む。すると、顔を逸らされ両手を前に突き出される。片方の手首を掴んで私の方に引っ張り「治くんっ!!」と大声を出したら、手を振り払われて逃げられた。


バタン。

ドアが閉まる音がこの静かな場所には、やけに響いた。


「……は?」









「ねえ!待って!!お、さむくんっ!」
「!な、何でついてくるん!?」
「……っなん、でって、逃げる、からでしょ!?」

後ろを向きながら早歩きをする治くんに、私は駆け足で追いかける。差は縮まるわけがない。足が遅いんだ、私は。それから、前を向き直して走り出した治くんには追いつくわけがなく、私が渡り廊下に出た瞬間、既に反対側の校舎内に入ってた。


「っは、はっやいなあ!……もうっ!」

膝に手を置いて、頭を下げて息を整える。すると、上から声が降ってきた。

「何かあったの?」

治、凄い勢いで走ってったんだけど。とこっちを見下ろす角名倫太郎がいた。

「……っ好きって、言ったら、逃げられた!!」
「は?」

ゼェゼェしながら、走って行った方向へ指を差して言う。そんな私を見て角名くんは「……捕まえてきてあげようか?」と言ってくれたけど、「いいっ!」と物凄い剣幕でお断りを入れる。すると、愉しそうにニヤついた顔で「そう」と返された。

「はぁ……なんで、伝わらない」

本気で好きって言った。どう言えば伝わる?恋愛的な意味でって言ったらいいの?思わず、息が零れると隣から一言。

「ドンマイ」
「……」

何がドンマイ?この人、絶対楽しんでる。笑ってるもん、顔がニヤついてる!!

「ぜっったい、気持ち分かってもらう」

そう吐き捨てて、治くんが消えた先へと走り出した。後ろから独特の笑い方をする角名倫太郎にイラッとする。生で是非、聞きたいとずっと願っていた笑い声。しかし、それがどうでもいいくらい、今は宮治に気持ちを伝えることが重要だった。







午後の体育の授業。選択した球技毎に別れて試合を行う。体育館では女子がバトミントン、男子がバスケをしている。バスケには二年バレー部が四人がいて。
私は一組の友人とペアを組んで、隣でバトミントンをしていた。

次の試合までの空き時間。友人と並んで壁に背を預けながら、隣で行われてるバスケを眺め、口を開いた。

「あのさ」
「ん?」
「治くんのこと好きで、今日のお昼告白したんだけど」
「え?」
「上手く伝えられな「え、待って。ちょ、待って待って!!え、え?す、好き?治くんのこと…え、なまえちゃん、治くんのこと好きやったん?!」

いきなり爆弾発言をした私に友人は目をギョッとする。手を口で塞ぎ、声のボリュームを控えてくれるから周りには聞こえない。

「うん。最近、気づいて」
「気持ち気づいて、直ぐに告ったん!?なまえちゃん、行動派やな」
「話すと長くなるんだけどさ、前に告白されて断ったんだけど……」
「……」
「でも色々あって自分の気持ち気づいて、改めて告白したんだけど、私が好きって言っても恋愛的な意味で捉えてくれなくてさ」

どう伝えればいいんだろう。そう続けると、友人は「治くんずっと前からなまえちゃんのこと好きやったから、信じられんのとちゃう」と今度は友人が爆弾発言を落としてきた。
何で?いつから?え、知ってたの?と次は私が質問攻めをしてしまったら、ぽけっとした顔で「やって、ずっとなまえちゃんのこと見てたやん。そら気づくわ」と言われて、驚きで目を瞬かせてしまった。

気付いてたの?私、そういうの鋭い方だと思ってたんだけど。ああ、そうか。宮治だからっていうのがあったんだ。ハイキューキャラとしてとしか見てなかった。一人の人間として見てなかったんだ、と自分に嫌気が差した。


そっとバスケをしている宮治を眺めると、目が合った。目が合って、段々それが近づいてくる。


……近づいて、くる……??


そのままドンッと勢いよく私の顔の横に両手をつく治くん。既視感。前にも同じようなことがあった。壁ドン。な、何故?

そういえば、コートから出そうになったボールを中へ戻した時、ボールに反して自分の体がコート外に出てきてしまったんだ。勢いがあったらしく、止まることが出来なかったんだ。

す、すまん。そう言う治くんに、好きと気づいたあの時と同じ状況で目を見開いた。



「好き」
「!?!?」

口に出てしまった言葉に治くんはギョッとし、隣の友人も体をビクつかせたのが視界に入る。「っなんなん……!?」そう言って走り去って行く宮治にこっちが、なんなん!?と本気にしてくれない彼に対して、心の中で関西弁が出てしまった。


「なまえちゃん、今のはあかん」
「え」
「あかんわ、あれは。気持ち伝わらへん」
「えぇ」







告白?をした次の日。また一人、外階段で治くんを待つ。今日は来ないかな。昨日から目が合うどころか、目を合わせないようにしているのが分かる。

「私、失敗したかも」

最近、持ち歩いてる治くんから貰ったキツネのキーホルダー。ヤケクソになり、それをギュッと握って段差がある方へ投げようとする。まあ、投げないけど。大事なものだから。

「……あ」

って思ったんだが、手からスポッと抜けてしまった。やばい、落ちる。落ちる前にそれを取ろうと手を伸ばした瞬間、段差に躓き、階段から落ちそうになる。

え、待って。

やばい。本気で落ちると、そのままスローモーションになった光景にギュッと目を瞑る。

「っみょうじさん!!」

この世界からいなくなりたくて、前世に戻りたいと飛び降りたあの日。その時と同じ声で、同じ腕で、抱きしめられた。

「治くん」
「飛び込むなら俺んとこ「違う違う。ごめん、ちょっと足滑って」……そ、そうなんか」
「うん……っ!?」
「?」

心配した声で言うから、安心させるため後ろへ振り返った時、思ったより近い距離に顔が赤くなる。そんな私に不審に思ったのか、治くんはキョトンとしながら口を開いた。

「みょうじさん……?顔、赤いで?」
「あ、え……っと」
「!まさか、熱か!?熱あるんか!?」
「っ!」

熱があるかと額に手を滑らせる。それに、肩が跳ね上がり、両手でその手を掴んだ。ゆっくり私の額から離し、下へとおろす。治くんの手をぎゅっと握って、顔を伺うように視線だけ上へ上げた。


「お、さむくんの顔が、近いから」
「……」

視線が交わった瞬間、顔だけじゃなくて体が熱くなる。それを誤魔化すため、治くんから目を逸らし、横を向く。

「私の、顔が赤いのは、治くんが、……っ好きな人だから、なんだけど」
「……」

シンッと沈黙が流れ、何も言われないのが急に怖くなり、視線を戻す。

小さく口をパクパク動かし顔が段々赤くなって、心臓の音が私にも聞こえるくらい早く、大きくなっていくのが伝わってきた。


「ほ、ほんま?」


震える声で瞳を揺るがせる治くんを見て、ああ、伝わった。私の気持ちが伝わったと安心して気が抜け、だらしなく顔がほころぶ。



「うん、好き」



そう言うと、ゆっくり私を引き寄せてくれる。後ろに回る手は少し震えていて、壊れ物を大事に抱きしめるように包み込んだ。

私もそっと治くんの背に手を回すと、一度ビクッと肩を上げて、少しだけ、ほんの少しだけ抱きしめる力が強くなる。



「もっと力込めても壊れないよ?」と照れを隠すように、何様発言をしてしまったら、治くんは震える声で「……力入らへん」と情けなく言った。