反撃開始
「……これ、食べる?」
「……おん」
「あ、こっちもあるけど!どう?」
「も、貰うわ」
何だこれ。
本当に、なにこれ。いつもの場所でいつもの時間。いつもと違うとしたら、付き合って恋人同士になっただけ。それだけなのに、宮治の座った位置が今までにないくらい遠い。それだけなのに、ではないか。付き合ったんだから。大きな変化だ。
付き合ってからちゃんと会って話すのは今が初。落ち着かない様子、こっちをチラチラ見てくる治くんに視線を向けるが、凄い速度で逸らされる。真っ赤になる耳と気まずそうに目を泳がせるから、こっちが照れ臭くなってしまい、どうしたらいいのか分からない。
付き合いたてってこんな感じだっけ?前世の記憶を参考にしたくても、既に記憶はなくなっていて思い出すことは不可能。でも五十年近く生きている私にはこのウブさがむず痒くなる。
宮治は付き合った途端、甘々になるイメージだったけどなぁ。これは前世でのイメージ。ハイキューのことは全て覚えている。漫画に対して抱いた気持ちも、友人と思われる人物と語った話の内容も。友人と思われるというのは、ハイキューに対して話された内容は分かるけど、それが誰でどんな声でとかは覚えていないから話し相手が友人か分からないというわけで。
本当、どうなってるんだろう。この頭。
今度は私が、少し強張った表情で、だけど美味しそうにモグモグお菓子を食べてる治くんを見つめる。
あー治くんの前髪の分け目好きなんだよなぁ。右側に座ってるから丁度その分け目が見える。それにしても、顔が整ってるな。イケメンであり、顔が整っている。どっちの言葉も似合う、なんて訳の分からない事を考えていた。
そんな意味不明な思考に陥っていると、治くんがゆっくりとこっちへ振り向く。それも、少し気まずそうに。見過ぎたと今度は私がバッと視線を逸らした。
移った……。
宮治のが、移った。
……顔が見れない。
あれから数日過ぎたけど、まだあの気まずさが取れない。お互いに。
このままじゃ駄目だ。何とかしないと。一応前世と合わせれば、私の方が年上なんだから何とかしなくてはいけない、と使命感に駆られる。
「……みょうじさん。俺、なんか気ぃ触ることしてもうた?」
「あ、いや」
「じゃあ、なんなん!?その目、なに?!北さんに怒られとるみたいで嫌や!」
二年二組。前の席で大声を出す宮侑。その目というのは、ここ数日無意識のうちに宮侑のことを見つめていた、この目のことだ。
「ごめん、気分悪いよね」
「おん。正直言うと、むっちゃ気分悪い」
「なるべく見ないように心がけるね」
「いや、もう見んといてくれ」
みょうじさん、たまに北さんっぽいオーラ出す時あんねん。ほんまやめて。思い出す、と続ける宮侑に空返事をする。
「ちゅーか、何でいきなし俺んこと見るようになったん」
「ああ、うん。侑くんイケメンだし」
「なんや、前から分かりきっとること今更なに言うてんねや……ってちゃうやろがっ!!」
「……」
「サム絡みやろ」
にやり。効果音がつくような笑みを浮かべ、内緒話をする時にやる口の端に手を添えながら耳元に近づいてきた。大きい体は私の机を余裕で覆い被さり、至近距離で囁くように言う。
「付き合ったんやろ、サムと」
「!?」
その声でその話を耳元でするな。動揺してしまい、離れるため上体を仰け反った。勢い余って椅子が少し浮き、そのままバランスを崩して倒れそうになる。それに気づいた侑くんが「およ、」と発して少しだけ腰を浮かし、背もたれを片手で支えてくれたから、倒れずに済んだ。
「自分、動揺し過ぎや」
「……支えてくれて、どうも」
「いーえ」
にやにやする宮侑に頭を下げてお礼を言う。ああ、情け無い。
「あ、知っとるのバレー部だけやからな」
「?……ああ、うん」
「他には言うなて口止めされとるし」
「うん、聞いた」
気持ちが伝わったあの日。付き合うことになったのは、誰にも言わないでほしいとお願いした。周りにバレるのはまだ少し抵抗がある。だから、あの外階段でしか二人きりで会わないんだけど。もしかしたら向こうは堂々としていたいのかもしれない。
「世界中にみょうじさんは俺の彼女やって自慢したい」って言ってたし。かもじゃなくて、隠すのは嫌なのかもしれない。隠さなければ、教室とかでも誰の目も気にせず話せるし。私の都合で黙っててもらうことに申し訳なくて謝ったら、「そんなん、かまへん。俺だけが知ってたらええねん。誰や世界中に自慢したいて言うたやつは」なんて言っていた。そこは敢えてツッコミを入れなかったけど、内心治くんはそう言ってくれるだろうと思っていた自分はずるいと嫌な感情が流れてきた。
しかし、その翌日。治くんの顔が見れなくなったあの日。外階段に来た宮治はしょんぼり肩を落として「バレー部にバレた……」と申し訳なさそうに言ってきたのだ。「他の奴には言うなて言うたから大丈夫や!……多分」と手を動かしながら説明するのを見て、笑みを溢してしまった。
"多分"の中には宮侑が入っているんだろうな。大丈夫と言った私に、心底安心した表情を見せた。まさかその数秒後、恥ずかしさでお互い顔が見れなくなるなんてことは思わなく。
それも、数日経っても改善されないなんて思いもしなかった。
「で、喧嘩でもしたん?サムなんかやらかしたんか!」
あの日のことを思い出して頭がどっか行っていたのを連れ戻したのは、楽しそうに問いかける宮侑。凄く目がキラキラしてる。
「喧嘩はしてないんだけど」
「けど?」
「……」
「……」
「……」
「なんなん!!何があったん!?俺見とったのに何か関係あるん!?」
「ちょっ、しっ!!!」
「んぐっ!!」
黙る私に痺れを切らした侑くんは大きな声を出す。焦って、あの宮侑の口を手で思いっきり塞いでしまった。恐れ多い。そんな気持ちは今はない。静かにして!!
でも、言えない。何があったか、侑くんを見ていた理由なんて言えるわけがない。失礼だ、ふたりに対して。
治くんの顔が見れないから、侑くんの顔見て慣れようだなんて。
「ほぉーん。分かったわ」
こっちを見下ろし、目を細める宮侑に分かってないな、絶対に。と冷たい目を向ける。
「俺の方がカッコええって思たんやろ!」
「どっちもかっこいいよ」
「いや、そう言うのはいらんねん」
なにもうこの子。というか、私普通に宮侑と会話してる。凄いな。
「あー……分かった」
次は何を言い出すんだろう。少し楽しんでる自分がいてワクワクしてしまう。
「付き合うた途端、サムの顔見れんくなって俺見て慣れよう、とかか?」
その言葉を聞いた瞬間、ピキッと固まった。その反応を見て「図星かいな」と放つ宮侑。バレた。申し訳なさと宮侑が嫌な思いをしてしまったかもしれないと動揺する。そして、あろうことかその動揺が爆発して、口からスルリと本音が出てしまった。
「そのつもりだったけど、全然役に立たなかった」
似てるけど似てない。と続け、眉間に皺を寄せて、治くんに対して何にも改善出来ていないことの苛立ちが混じった声色で発してしまった。失礼極まりない。
私の発言にキョトンと目を丸くした侑くんは徐々に顔が引き攣っていき、「みょうじさん、性格難ありやな」の言葉に、人でなしと呼ばれる宮侑に言われたと口を尖らせた。
「治くんのカッコ良さと侑くんのカッコ良さ、違うよね。雰囲気だって声だって表情だって、話し方だって、似てるけど違うから。だから、なんの役にも立たなかった」
「その役に立たない言うのやめぇや!俺が役立たずみたいやないかい!!」
「ごめん」
チョップをするような動作をしながら、やめろと言う宮侑。
「フッフ、俺にええ案があるで」
「え」
昼飯食うたらあの教室集合な、とドヤ顔をする侑くんに嫌な予感がする。嫌われよう作戦と同じ時の。でも、誇らしげな顔をして前を向き直した背中が、すなりんと呼んだ私を庇ってくれた治くんとそっくりだった。
「え?みょうじさん?」
「……角名くん」
ご飯を素早く食べ終えて、以前治くんのジャージを貸してもらった場所に出向くと、そこには角名くんが一人で立っていた。
てっきり侑くんがいるのだろうと思っていたから、違う人物がいて驚愕する。後から来るのかな?向こうも珍しく目を見開いて驚いており。
侑くんに何か言われた?と聞こうとした時、角名くんのスマホ画面が光る。それを確認すると、少し目を細めその中身を見せるようにこっちに向けた。
すまん!
今、トイレから出れへん!山場や!
みょうじさんに協力したって!
サムの写真!!
トーク画面を見せられ、お互い沈黙。一つ気になるのは、
「侑くん、お腹下したの?大丈夫?」
「え、そこ?」
「山場って」
「ああ、これはスルーしていいよ」
何食べても下さないイメージがある。お腹からくる風邪ってあるじゃん?まあ、出すもん出したら良くなるか、バリバリ鍛えてる男子高校生だもんね。
「この治の写真って何かわかる?」
「あー、」
気になった。気になったのがひとつなんてのは嘘だ。気にしないようにしてただけ。何となく宮侑の言いたいことは分かった。でも、言いにくい。それに、貴重な昼休みの時間をこんなことにって恐れ多い気持ちが大半で。
しかし、角名倫太郎を上手くかわす方法なんて私にはない。
「治の写真欲しいの?」
スマホを操作しながら言う角名くんは治くんの写真を探してくれてるんだと思う。写真をもらうのは遠慮する。持っているのがバレた時と角名倫太郎が撮ったものを貰うという二つの恐怖心から断った。
慌てて事の経緯だけを話したら、結果、画像を見せてもらうことになった。時間大丈夫?と聞く私に「全然」と視線だけをこっちに動かす角名くん。
本当に色んなフォルダがある。こんなことってあり?前世の時から角名倫太郎のアルバムを覗いてみたかったんだけども。
そこら辺に置いてある机の上に並んで腰掛け、慣れた手つきで操作するのを眺めていた。「双子フォルダあるから」と言う角名くんに本当にあったんだ……と感心する。
「好きなように見ていいよ」
「い、いや、それはちょっと」
「……」
見ていいとスマホを渡す角名くんに身を引いてしまう。ああ、もう本当にすみません。面倒だよね、ごめんなさい。でも角名倫太郎のスマホ触るなんて本当に出来ない。どうしよう。
じぃっとこっちを見下ろす視線だけが突き刺さり、冷や汗をかく。ふっと小さく笑った角名くんは「じゃあ、適当にスライドさせてくから」と指を動かした。私側の手でスマホを持ち、ある程度距離を空けて座ってくれる彼は流石だと思う。
スライドされる中、ちょいちょい笑ってしまうものはあったけど、大丈夫。意外と見れる。写真だと大丈夫だ。カメラ目線で写真越しに目が合っても動じない。
「あ。そういえば、おめでとう。言ってなかったよね」
「!?」
「それで聞きたかったんだけど、治のこと好きになったのって「みょうじさん!!」
いきなり爆弾発言をするから体が熱くなった。続いて角名くんが口を開いた時に扉が壊れるんじゃないかってくらい乱暴に開き、現れたのは治くん。今日は用事があるから外階段には行かないって言ったはず。
角名くんと私。交互に見つめ、私を捉えた目は離さない。今までは照れて合わせられなかったじゃん……と何を考えているか分からないその瞳に、やっぱり恥ずかしくて逸らしてしまった。
「っわ、」
「〜っ角名はあかん!!角名はあかんで!!」
「ちょ、苦し、」
腕を引っ張られて思い切り抱きしめられる。治くんの胸に顔が埋まって息が上手くできない。頭上でふたりのやりとりが行われる。
「何もないから。侑も来るはずだったんだよ。でも今、山場らしくて……ふっ」
「ふっ、やないわ!あいつのクソ事情なんか知りたない!」
「クソ事情ってわかるんだ」
「トイレで叫んどったんや!角名とみょうじさんがおるとこにいかなあかんて」
「ああ、それで……。けど、大丈夫。みょうじさん、治のことしか見てないし」
「そ、そうなん?」
その瞬間、一気に早まる宮治の心臓。抱きしめられてるから直で聞こえてくる。いや、そうなん?じゃなくて、苦しい。苦しくて治くんの腕を叩こうとした時、彼はとんでもないことを口にしようとした。
「そ、そうやとしても!みょうじさんのタイプはす「っわぁぁぁぁぁぁあ!!!!」!?」
「ちょ、治くん!?なにを?!さあ、い、行こう行こう!!角名くんどうもありがとう!ごめんね、わざわざ来てもらったのに!!」
「……ああ、うん」
変だったんだ。角名くんといるだけでこんなに焦るのは。どこかで角名くんがタイプと聞いたのかもしれない。どこか、じゃなくて体育館だ。友人はそういうことを周りに言うタイプじゃないから、多分あの時一度だけ言ったことを聞かれてたんだ。
腕の中で暴れ回り、解放された両手で口を塞いだ後、そのまま治くんの腕を掴み、角名くんにお礼を言って教室を後にした。また後で謝ろう。
「はぁ、っはぁ、はぁ……」
「みょうじさん」
「は、はぁ……ちょ、待って。息が、整うまで…………」
走って連れてきたのはいつもの場所。必死に走って息を切らす私に反して、治くんは息ひとつ切れていない。流石だ。
「よくさ、タイプとかじゃない人をさ、好きになるじゃん?」
呼吸をゆっくり整えながら言葉を放つ。
「タイプ、じゃない……」
「あ、違う違う!違わないけど、タイプじゃないけど、好きっ!!好きなのは治くん!!」
「……」
治くんの両袖を掴んで説明をする。ずっと合わせることが出来なかった目は、今はちゃんと治くんを捉えて。宮治がガチガチに固まっていることなんて気づかないくらい必死だった。
「あの、角名くんにはさ、」
「…」
「……お、さむくんの写真見せてもらってて」
「……」
写真を見せてもらってと言いながら、気まずさから段々頭が下がる。好きになってから、このたまにある無言が怖い。俯いていた視線を上げるとカチコチに固まっている治くんは、いつものように顔を赤くする訳でもなく、数回瞬きをしてこっちを見下ろすだけ。もう一度下を向いて発する。
「付き合ってから、余計に治くんの顔見れなくて……。かっこいいのと、あとは、」
好きすぎて
小さく呟いた。聞こえただろうか。小さすぎる声で耳に届いたかわからない。
「………ぇ」
「?……なに?聞き取れなかった」
何かを呟いた言葉は聞き取れず、上を向くと、目の前に宮治の整った顔が至近距離にあって息が止まった。
「食ってええ?」
みょうじさんのこと
……は?
「いや、まっ……っ!!」
まだ。待って。どっちを言おうとしたか自分でも分からないけど、その言葉は無意味だったらしい。治くんの顔が更に近づいてきて唇に温かいものが触れた。数秒触れてゆっくり離れる。放心状態の中、宮治は愛おしそうに目を細めて笑ったのだ。
「食ってもうた」