極限の無意識


品出しをしながら時計のある場所へ目を向けると、短い方の針は六を指していた。

あと少し。バイトを頑張れば治くんに会える。準備室であったあの後。終業式に遅れると二人で走って体育館を目指してた途中。小さい声でボソボソと「放課後予定ある……?」と聞かれ、息を切らしながらバイトがある旨伝えると、その後少しでもいいから会わないかと誘われた。今日はクリスマスイブ。恐る恐る誘ってきた治くんにひとつ笑みを溢してから「私も会いたい」そう伝えた。



コンビニ特有の入店音が聞こえる。暫くして何か視線を感じ、後ろを振り向くと少し離れたところからこっちを見ている治くんがいた。

全然気づかなかった。瞬きを数回する私に勢いよく顔を逸らしてから、もう一度気まずそうにこちらに目を向けられる。それに対して口元が緩んでしまったら、治くんは少しだけ目を細めて微笑んだ。
首が取れるんじゃないかという勢いで今度は私が前を向き直す。まずいまずい。今は仕事中。集中しなきゃ。あのイケメン顔面凶器に動揺してはいけない。


私が働いているコンビニに稲高生はあまり来ない。以前、治くんと会ったコンビニは高校の近くにあるからみんなあそこに通い、ここに来るお客さんは他校生ばかり。知り合いに会うのが気まずくてこの場所を選んだというのもあるんだけど。だから、治くんもまさかここのコンビニでバイトをしているとは思わなかったらしい。


徐々にお客さんが増えてきたためレジの人手が足りずそちらの対応を行った。最後の一人。その人物は治くんで。「いらっしゃいませ」と少し顔が緩んでしまったら治くんも同様に表情を柔らかくさせた。
買ったのは飲み物と箱に二つのケーキ入っている、数日前に私がハマっていると言ったもの。お釣りを渡した時、小声で「後で食べような」と言ってくれてそれだけで心臓が速く動いた。イケメンすぎじゃない?ああ、そうだ。イケメンだよ宮治は。



イケメンの対応が終わったところで終了時間になる。制服に着替えて外に出ると治くんが待っていた。
うわぁ、相変わらずのイケメンだ。ただ立ってるだけでイケメンって反則では……?じっとそのイケメンを眺めていたら、視線を感じたのかこちらを振り向いた。


「みょうじさんっ!」


ぱぁあと顔を明るくさせる治くんに胸が引き締められる。これは何というか。ぼ、母性……?母性はやばいでしょう。一応、付き合ってるわけだし。でも可愛い。


「待たせちゃってごめんね」
「待たせてへんよ。お疲れさん」

そう言って先程買っていたホットコーヒーを差し出された。

「くれるの?」
「おん」
「ありがとう。私がコーヒー飲むの知ってたんだ」
「!?た、たまたまやぞ!!たまたま聞こえただけや!盗み聞きとかしとらんよ!!」
「え、あ。うん……?」

何気なく口に出したことに宮治は何故か慌て出し、その様子に首を傾げる。盗み聞き、したの??それを言わなかったらバレずに済んだのに、なんて心の中で笑ってしまった。その後、あることを思い出し「あ!」と声に出すと今度は治くんが不思議そうに首を傾げる。

「もしよかったら家くる?」
「は、」
「今家に誰もいないんだよね」

だから気を遣わなくて済むし、と続けたら治くんはポカンと口を開いて数秒。「は、なッ……!?」なんて言葉にならない声を出す。公園か何処かで少し話してお別れする予定だったけど、寒いしね。ケーキも二人で食べようって買ってくれたし、色々と家の方が都合が良い。
しかし、治くんは何故か真剣な面持ちで私の肩を掴み、目線を合わせるため上体を屈ませた。

「みょうじさん」
「はい?」
「そないなこと簡単に言うたらあかんて前も言うたよな」
「……」

本人は至って真剣。男は単純だからな、勘違いすんねんと額に手を添えてチラチラ視線をこちらに向けるのに対し、表情を変えず淡々と返答する。

「勘違いも何もそのまんまの意味なんだけど?家に家族とかいたら治くん気まずいでしょ?」
「……」
「……」

沈黙が流れ、段々治くんの顔が赤くなっていく。自分の体を包み込むように腕を巻き付け、「治くんのえっち」とたまに出現するおばさんのノリを発揮させてしまったら、石化したように一度固まった後、今までにないくらい慌て出す彼氏に調子に乗ったと少し自己嫌悪に襲われた。
なんか、私のことが大好きなのが伝わってくるから直ぐ調子に乗ったことを言ってしまう。気をつけよう。何度も思った事だけど、考えるより先に言葉に出してしまう。その度に嫌われないといいな、なんて臆病な私が顔を出す。


必死に弁解をして「ちゃう!ちゃうねん、俺はむっつりやない!!」と忙しく手を動かし、私の様子を伺う治くんが可笑しくて笑いを堪えられなかった。むっつりって誰も言ってないけど……。あ、前に友人とそんなこと話したかもしれない。もしかして、聞かれてた?まあ、いいか。むっつりな治くんも好きだし。

「どんな治くんも大好きだよ」
「!」
「わ、」
「俺、むっつりでええわ」

肩を引かれて力強く抱きしめられる。「何でそんな可愛ええの、可愛ええ。好き」と隙間がなくなるくらい更にギューッと抱きしめられて今度は私が真っ赤になった。




それから車道側を歩いてくれる治くんの隣に並んで家に向かう。

手だってまだちゃんと繋いでいない。何気なく学校で気付いたことを思い出した。

手。繋いでみてもいいかな……?これくらいのことでこんなに緊張するのかと疑問に思うくらい心臓が速くなる。人生二度目でしょうが。大丈夫、いける。意を決して、恐る恐る隣にある手に指先を触れてみた。

「!!」
「……」
「っ、すまん。触れてもうた」

ちょんと触れた瞬間、腕を宙に上げ一歩身を引かれる。触れてもうたって……。私が故意的に触れたんだけど。手出さん、と言ってくれたことはとても大事にしてくれてるって感じて嬉しいんだけど。手ぐらいは繋ぎたい。これも治くんの言う"手を出す"ことなのだろうか。

「みょうじさん……?」

ちょっとだけ勇気を出してみたから余計に心が傷ついた、気がする。私の様子が可笑しいと感じたのか心配そうな声色で名前を呼ばれた。

「……私が、」
「……」
「治くんと、手を繋ぎたくて、わざと触ったんだけど」

顔が見れない。恥ずかしい。歳下に余裕がない。人生二度目。生きた年数は余裕で四十年を超えている。そんな色んな感情からどうすれば正しいのか分からなくなって気まずい雰囲気が流れる。ああ、消えたい……。折角のクリスマスイブを、なんて。本気で恋をしたら私はこんなマイナスな考えをしてしまうのかとまた気分が落ちる。

「手……手、手……」
「?」

こっちは気分が落ちているというのに何故か上から呪文のような言葉が降ってきたから思わず顔を上げてしまった。

「手、繋ごうとしてくれたん!?!?」
「あ、うん」
「ほ、ほんま?」
「うん」
「ほんまに?」

もう一度、「うん」と頷く私に口元をわなわなさせた後それを手の甲で隠す治くん。

「お、れも手繋ぎたかってん。やから、また無意識のうちに触れてもうたと思て」
「ほんと?」
「おん」
「ほんとに?」
「おん」

さっきとは立場逆転。今度は私が何度も確認をする。「みょうじさんが折角繋ごうて……それを俺はなんてことを」と青ざめる姿は侑くんにそっくりで彼を思い出させ、笑いが込み上げてくる。

それから。治くんに手を握られ、繋がれたところをじぃっと見つめられる。

「どうかした?」
「いや……」
「……」
「手、ちっこいって思うて」

そう言ってまた治くんの口元が緩むのに気づき、こっちが照れてしまう。照れてる間に握られた手が少し離れ、もう終わりかと悲しくなるが、指の隙間に治くんのが絡まって更に強く握られた。恋人繋ぎ。

「ふ、やっぱ小さいなあ」

大きさを確かめるように離れては握っての繰り返しをされ動揺しそうになったけど、一周回って冷静さを取り戻した。先程の落ちた気分はずっとずっと上まで昇っていて。男は単純なんて言われるけれど、女だって同じだと思う。







「はい、どうぞ」
「ありがとう」

手を繋いだまま誰もいない家に招き入れ、ダイニングに案内をしてお茶を出す時にお互い手を離した。いや、鍵を開けた時に一回離れたからそのままだと思ってたんだけど靴を脱いで揃えた後、嬉しそうにまた握られたからそれに応えないわけにはいかないじゃんか。

玄関を潜っても意外にも表情を変えず余裕そうに見えた治くんだったが、家の中に入った途端あちこちに頭や体をぶつけていたからしっかり緊張していたらしい。
なんか、これ。男子高校生を言葉巧みに操って誘拐しているような気分になる。いやいや。私は今は女子高生で彼氏を家に呼んでるだけなんだ。決して誘拐とかではない、断じて違う。折角だからと買ってくれたケーキをお皿に乗せて、二人で黙々食べ始める。

お互いなんだか気まずい雰囲気になってしまい、会話もないから治くんは秒でぺろりと完食していた。そして、直ぐに大きなお腹の音を鳴らす。


「中途半端に食べるとお腹空くよね」
「そうやな。なんや余計腹減ってきたわ」


元々外で少しだけ会う予定だったし、寮に帰ればちゃんとしたご飯がある。治くんならいくらでも食べれそうだけど、ここでがっつり食べてしまっても、なんて悩んでいたらある事を思い出した。

「そうだ!治くん。辛いもの食べれるよね?」
「?」
「これ、店長から貰ったんだ。一緒に食べない?」

手に取って見せたのはカップラーメン。パッケージは赤く染められ、筆で黒く"激激辛辛"の文字が印刷されていた。それを見てぱぁあと効果音がつくくらい顔を明るくさせた治くんに、食べようかと笑みを溢す。


お湯を入れて五分。先に食べさせてくれるらしく、お礼を言って、ふうふうと口から風を送り冷ましてから麺をゆっくりすする。横から凝視されて食べづらい感はあるけど、きっと治くんも早く食べたいのだろう。

「うわ、辛っ!」

飲み込んでから数秒。口内が燃えるように熱くなり、舌が痺れる。口元から少し離れた所で左手をわなわな素早く動かすと、コップに準備していた水を勢いよく渡された。

「みょうじさんっ!!大丈夫か!?これ飲み!!」
「ん、ありがとう」
「なんやこいつ。俺のみょうじさんに辛い思いさせおって」
「なにそれ」

カップ麺を睨む姿に微笑ましくてまた笑ってしまう。その後、治くんはまた秒でぺろりと完食したのを見て感心する。

「辛いのに凄い勢いで食べたね」
「言うてそんな辛なかった……辛っ」

後からきたのか。眉を寄せて辛いと言う治くんに今度は私が水を渡す。お礼を言って喉仏を鳴らしながら勢いよく水を飲み込んでいた。

「後からくるよねぇ」

まだ残ってると下唇を前に突き出す。辛さを逃すため手をうちわ代わりにして風を送った。これをやっても辛さは微塵もなくならないが。

そこで、ふと隣から凄い視線を感じてそっちに首を動かした時。椅子の背もたれがギシっと鳴る。

「……え」

私の座っている背もたれに手を、それから肘を私の横のテーブルに置いて、こっちに迫ってくる治くん。近い近い。上体を後ろへ反らすが、背もたれがなく体幹もないからあまり意味がなく距離が取れない。

治くんの目の先にあるのは唇。これはキスされるやつだ。出してた下唇を引っ込めようとする。が、あと少しのところでぱくりと下の唇だけを食べられた。一度ぎゅっと治くんの唇で挟まれ、固まることしか出来ない私に彼は段々視線を挟んでいるものから上へ持ってきて、最後に至近距離で目が合う。

目が合って今度は治くんが固まる。そして、ゆっくり離れ、ゆっくり席を立つ。

シンと沈黙が流れ、物音しない空間に包まれる。そして、ゴンッと思い切り自分の頬を殴った。

「え、何してんの!」
「何してん!!!」
「いや、それ私の台詞」
「か、帰る」
「え、ちょっと……」

荷物を抱え、お邪魔しましたと玄関に向かう後ろを追いかけて声をかける。

「治くん?」
「……」

玄関のドアノブに手をかけて動かない。その背中はしょんぼりしているように情けなさを感じて。

「手、出さんって言うたのに」
「……」
「気持ちが本気になるまでは、手出さんて」

抱きしめたり、手繋いだりしてもうたけど、と言った後に、すまんと謝られた。気持ちが本気というのは私の気持ちがと言う意味だ。どこまでこの子は相手のことを思ってくれるのだろう。照れ臭くて、本心が言えなくて発してしまった"半分は本気"の言葉。撤回しよう。
こっちを見てもらおうと手を伸ばした時、触れる前に振り返られた。

「なん、なんっ……!いつもいつも可愛ええこと、すんねんっっ!!」

やっとこっちを見てくれた治くんは眉を下げ必死に堪えてるそんな表情。それから前を向き直し、玄関から消え去った。



治くんが家から出て行って直ぐ。私も外に出て、走っていく後ろ姿を見送る。


「死んでも大事にするって決めてんねん」


微かに聞こえたその言葉に泣きそうになった。