一生勝てない
体育館に普段よりドンッと鈍い大きな音が響く。まるで床が抜けるんじゃないかと思えるくらいの威力。しかし、底は抜けずボールは跳ね返りギャラリーの方まで届いた。
「治、調子ええな」
スパイク練習。尾白アランが自分の打ったボールを拾い抱えながら呟く。治は朝から全てのプレーが調子良かった。
「なんかあったんか」
尾白が不思議がる理由は、ただ単に調子が良いというだけではない何かを感じたからだ。内に抑えられない行き場のない力をボールに打つけているように思えた。
実際その理由は本当に当たっていて、昨日の出来事、みょうじの可愛さや好きな気持ちが抑えられなく、無意識にボールに打つけているのだ。
みょうじと会ったことを知っている角名はそんな治を表情を変えず、ただ見つめていた。
やってもうた。
あれは完全やった。
昨日。みょうじさんの家に初めてお邪魔した。学校でのみょうじさんの言動、初めて見るバイト姿、手を繋ごうとしてくれたこと、辛さに耐えとる時。全部可愛くて、堪えれんかった。注意しとっても、それを超えて無意識に体が動く。
なんっやねん、あんな可愛ええことされたら理性も飛ぶわ。どんだけ片想いしてたと思っとんねん。好きになったんは去年やけど、こんな付き合うなんて、そもそも話せる仲になれるとは思わんかったし、片想い期間はそない長くはないけど、目すら合わせること出来んかったんやで。そんな子が自分んこと好きて言うてくれて、隣にいてくれる奇跡。
昨日は一層可愛さが爆発してた。堪えて堪えて耐えたんやけど、麺をふうふう冷ます時の口とか辛くて下唇出すとか、あんなん我慢出来へん。我慢するっちゅう考えるより体が動いてしまったんや。これ以上あそこにおったらあかん。色々あかんと思て家を飛び出したんけど、寮に帰ってから後悔した。
眠ってもその想いは消えることなく、バレーにそのまま打つけた。せやけど、昨日急に帰ったことでみょうじさんを悲しませたかもしれんと今度は不安になり、昼に連絡を入れたが、練習が終わっても既読は付かず自主練も終えて二十時。みょうじさんの家の前まで来てもうた。
これ、不味いよな。気持ち悪がられるよな。家族の人おるし、この時間に来られたら迷惑や。それにクリスマスの夜。やっぱ帰ろう、踵を返そうとした時、玄関が開いた。
出てきたのはどことなくみょうじさんに似ているような、よう見るとひとつひとつ顔のパーツが違う女の子。俺を見て目をぱちぱち瞬かせたその子はこっちに目を向けながら後ずさるように家の中へと戻っていった。
そして、
お母さんーーーーーーー!大変!不審者、不審者いるっっ!!!!!!
そう叫び声が聞こえた。
「ふ、不審者やないっ……!!」
違うと否定をしてもここには誰もおらんから、弁解の余地はなくその言葉は冷たい風と共に去っていく。
そうなると、インターホンを押して話をするしかない。さっきまで戸惑い、押せなかったボタンはすんなり押せて、心臓が速まる中「はい」という落ち着いた声が聞こえた。
「夜分遅くにすみません。みょうじさんと結婚を前提に真剣にお付き合いさせてもろてます。宮治といいます」
焦りと緊張でとんでもないことを口にしとるなんて気が付かなかった。インターホン越しからは何も聞こえず、沈黙が流れ冷汗をかく。自分が発したことを思い出そうとした時、もう一度玄関の扉が凄い勢いで開いた。
「宮治!?宮ツインズの宮治くんですか……!?!?」
さっき出てきた女の子。早足で門扉までやって来て、下から顔をじっと見られる。
「え、え!お姉ちゃんと付き合ってるんですか?!」
「お、おん」
「私聞いてない!あ、お姉……なまえの妹です。姉がお世話になって、って!?イケメンですね!」
「……」
めっちゃ元気にコロコロ表情を変える妹はみょうじさんとはあまり似てない。せやけど、笑った顔が何となくみょうじさんを思い出させて当たり前やけど姉妹なんやと思うた。
「お姉ちゃん呼んできますね!というか、家の中で待ってて下さい!!」
「は?」
「お父さん、今日いないんで気にしないでいいですよ!!」
「ちょお、待……」
門を開け、手を引かれる。みょうじさんの妹、行動力が凄いわなんて感心するが、中に入るのは不味い気ぃする。家の人にも俺の心的にも。手を引かれて玄関の手前まで行くと、一人の女の人が出てきた。多分、みょうじさんの母親。妹に向かってやめなさいと注意してから俺に謝る。
「なまえの母です。いつもお世話になっているみたいで。ありがとう」
「い、いえ。こない時間にすみません」
「いえいえ、わざわざ来てくれてありがとう。……ふふ、結婚を前提に、真剣にお付き合いしてくれてるのね。嬉しいわぁ」
「!?!?」
あの子呼んでくるからもし良かったら上がってね、と言い残し二階に登って行く姿を見て、口をパクパク開いては閉じてを繰り返してしまった。お母さんは何となくみょうじさんと似とる。ああいうとこが。
「ささっ!上がってください!治先輩!!」
「ほんま上がってええの?」
「はい!あ、そうだ。ケーキありますよ!お昼にたくさん作りすぎちゃって!余ってるので食べてくれません?」
「!!」
ケーキ……。確か、今年のクリスマスケーキは妹が作るとみょうじさんが喜んでたわ。そうや、いつも貰うお菓子は妹が作ってくれてんねや。
「ええの?」
「はい!是非!!」
「お邪魔させてもろてええの?あと、いつもありがとうな。みょうじさ……姉ちゃんから手作りの貰ててん。どれも最高に美味い」
「え!お姉ちゃんがあげるって言ってたの治先輩だったんですか!!」
きゃっきゃ楽しそうに燥ぐ姿に微笑ましく目元を細める。みょうじさんが自分んことシスコン言うてたの何となく分かるわ。靴を脱いで敷居を跨いだ瞬間、二階から大好きな声が届いてきた。しかし、それは穏やかなもんやなくて。
「え!何で!?何で来てるの!!無理!今、無理だから!」
姿は見えず声だけが届き、その内容に体を硬直させた。続いて小さく「折角、来てくれたんだから準備して下りてきなね」と聞こえてくる。
「俺……やっぱ帰るわ」
あんな全力で嫌がられたんは初めてや。肩を落とし、靴を履き直す。
「わ、だめだめ!帰ったらだめですー!!」
「ありがたいねんけど、今日は「もうちょっと!もう少しだけイケメンを補充したい」……」
必死に俺の腕を掴んで止めて、心のまま吐き出す妹にスンッと真顔になる。ケーキ、ケーキありますよ?とこれまた必死に頼まれるもんやから、もう一度靴を脱いだ。
昨日座った椅子に腰を下ろすと嫌でもあの時のことを思い出してソワソワしてまう。落ち着けずにおったら、テーブルの上に飲み物を一つ置いてくれたんは小さい子。そうや、弟もいるて言うてたな。その子は俺を見て「父ちゃんよりでけぇ」と放って隣の椅子に座った。
「姉ちゃんと結婚すんの?」
「そ、うやな。結婚出来たら……いや、するわ。結婚」
弟にまで聞こえてたんか。純粋な真っ直ぐな目で質問されたら恥ずかしくても誤魔化したらあかんと思うた。ちゃうな、子供相手でも恥ずかしくても誰が相手でも結婚するって言うたわ。あ、せやけど、みょうじさんこういうん言われんの嫌やろか。
「やったら俺の兄ちゃんになるのか!」
「……」
「兄ちゃん、欲しかったんだ!!ウイイレ出来る?俺、今めっちゃハマってんの!」
「おう、出来るで」
「ちょっと、治先輩疲れとるんやから!後で私とやろう!」
「えー」
姉ちゃん取らんで!とか言われたら、どないしよと思ったがその心配はなかったらしい。それにしてもみょうじさんの下の子らめっちゃ人懐っこいなあ。ちぇ〜と口を尖らせる弟とキッチンから注意をする妹はちょいちょいこっちの方言が出てる気ぃする。
みょうじさんはごく稀にイントネーションがこっちよりの時があるけど、基本標準語やからな。たまに出るこっちのイントネーションが可愛ええねん。あれも不意打ちでくるから堪ったもんやない。
「結婚するつもりやけど……」
「?」
「姉ちゃんには内緒な?」
「はっ!これは男と男の約束か!」
「せや。約束してくれるか?」
「する!!」
人差し指を口元に持っていき、内緒にして欲しいとお願いしたら元気よく返事をしてくれた。
何の話をしているのか。治先輩と話してんのずるい、私も聞きたい!と叫ぶ妹に「男と男の約束やから!」なんてドヤ顔で言うてたら、二階からみょうじさんの母親だけが下りてきた。
ぺこりと頭を下げてから「お邪魔してます」と言うと、柔らかな表情で「何もなくてごめんなさいね。なまえ、もうすぐ来るから待っててね」そう返される。
「そういえば!お母さん知ってたの?お姉ちゃんと治先輩が付き合ってたの!」
「んー……付き合ってることは直接聞いてなかったけど、治くんの名前は聞いたことあったかな」
「え、そうなの!?知らなかった」
驚く妹に続いて、俺も一緒に驚いた。名前出してたん?俺の名前を?
うわっ、むっちゃ嬉しい……。
「寝言でね。治くんの名前言ってたんだよ」
「!?」
キッチンにいる妹にも、トイレに行くと言うて駆けて行った弟にも聞こえないように小声で教えてくれる。その瞬間、目を大きく見開いて固まり顔が赤くなる俺を見てみょうじさんの母親は楽しそうに妹の元へ向かっていった。
それからケーキを出して貰い、一口食べたところで目当ての人物がやって来た。
やって来てくれたがその格好に目を丸くさせてしまい、シンと静まる中、初めに口を開いたのは妹。
「お、姉ちゃん!!何でそれで下りて来たの!治先輩の!彼氏の前でそんな格好……ぶふっ」
「なまえ、あんたねぇ」
「だ、だってさ、このパックまだつけたばっかりなんだもん!!!!」
顔全体に覆われた白いパックというもんに、着とるのは女子らしいパジャマ。多分、いや絶対、今日来んかったら見れんかった。珍しく焦って言い訳をするみょうじさんが可愛らしくて、笑みが溢れてしまう。
「ふは、可愛ええなぁ」
食べとる手を止めて自分でも分かるくらい目尻が下がりだらしなく顔が緩んでもうた。パックでよう見えんけど、真顔になるみょうじさんと何故か妹が悲鳴を出す。お母さんも「どきどきしちゃった」と口元に手を添えた。
「か、可愛ええって!可愛ええって!こんな姿を可愛いって言ってくれるなんてイケメンかよ!そうだよ、イケメンだよ!後はおふたりで楽しんで!クリスマスなんだから!!」
「え、ちょ」
ケーキとホーク、それから飲み物をお盆に乗せてみょうじさんに渡した妹は俺の背中を押す。部屋に行けということなんやろか。それはちょっと、かなり不味いんとちゃう。部屋て。みょうじさんの部屋、めっちゃ気になるんけど、あかん。あかんねん。実際、隣で「部屋は駄目!!」と全拒否されとるし。
それでも勢いに負け、二階の部屋の前に辿り着いた。
「……」
「……」
沈黙。昨日のこと謝って帰るしかないと思った時、みょうじさんが先に口を開いた。
「あの……部屋、入る?」
「……入ってええの?」
「いいけど。引いたりしない?」
「引くわけないやろ」
ちゅうか引くて何?どんな部屋なん?余計、気になってきたわ。どんな部屋でもみょうじさんに対して引くなんてことあるわけない。可愛すぎて引いたりはあると思うねんけど。
この姿見ても笑ってくれたもんね、と声を柔らかくして言うけど、目しか見えない真っ白い顔はどんな表情をしているのかよう分からん。
ガチャリ。扉を開けて広がった光景は壁一面そこら中に何度もみょうじさんに見せてもろた推しアイドルの姿。テーブルにも棚にも色んなところにおる推しというもんに引く、ことは決してないが驚いた。チラチラ俺の様子を伺うみょうじさんに「最高の部屋やん」と言うたら嬉しそうに「!でしょ?ありがとう」と返される。
「そのパジャマも推しとお揃いやんな?」
「え、あ!わかる!?あの時の!」
「去年のライブやろ」
「そう!」
フッフ、覚えてんで。みょうじさん好きて言うとったもんな。
「あ、ちょっとこれ外してくるから食べて待っててくれる?」
「おん」
テーブルにお盆を置いて、色々荷物を持って部屋を出て行った。
きょろきょろ、見渡してしまうんは許して欲しい。ここがみょうじさんの部屋。俺、今みょうじさんの部屋におんねん。やばない?せやけど、周りの推しが気になる。ええねん、俺は彼氏や。この子は推し。そう思っても、毎日みょうじさんと同じ部屋で過ごし、ほんで寝顔とか見れんのやろ?ずるいわ。飾られてる推しにちょびっとだけ嫉妬心を抱く。
ばくばく口いっぱいにケーキを頬張りながら推しに羨望の目を向ける。
「治くん、ごめんね。待たせちゃって」
「いや、俺の方こそすまん。急に来てもうて」
「ううん。明日からなかなか会えないんだもんね。今日来てくれて嬉しかった」
なっ、ほんま、ほんまに何でこんな。抑えろ、抑えろ、抑えるんや。隣に正座をして膝に手を置きながら微笑むその顔に、この子は俺をどうしたいん?と疑問を抱くほど。
「昨日はすまん」
「え、と……それは帰ったことに?」
「それとも食べた、ちゅうしたことに……?」恥じらうように言葉にするみょうじさんに「どっちも」と答える。
「私ね、半分は本気って言ったけどさ」
「……」
「あれ、嘘」
「うそ……」
嘘っちゅうことはもっと本気やないってことなん?それは、詰んだ。俺はどれくらい我慢出来るんやろか。いつまでだって待つ自信はあるが、手が出ない自信はない。現に言うたその日に手出したんやから……。
「嘘ついちゃってごめん」
「いや、」
「本当は全部本気」
「は?」
「手を出していいって半分本気って言ったけど、本当は全部本気なの」
照れからか、上目遣いで頬を赤く染めるみょうじさん。その姿にゴクリと唾を飲む。そして、赤く染まったそこをなぞるように手を滑らせた。吸い込まれるように近づいて、みょうじさんの瞳に自分が映っとるのが見えて少し口角を上げてしまう。お互い瞼を閉じようとした時、二人してピタリと止まった。
「あかんことしとる気分や……!」「推しの前でこんなこと……!」
同時に発した言葉。距離を取って、二人して自分の顔を両手で覆う。みょうじさんも同じような体勢でおって。
「チラつく。どこを見ても推しがいる。推しと目が合う。ごめん、治くん」
「いや、俺もみょうじさんの推しの前で、すまん」
お互い頭を下げる状態に可笑しくなり、先にみょうじさんが顔を上げて、ははっと吹き出す。はにかんだような笑顔に俺も眉を下げて額に、ちゅっとリップ音を立ててキスをした。
「〜っっ!?」
額に手を添えて動揺しとるみょうじさんに勝ち誇ったにやり顔を向ける。
「我慢せんでええんよな」
ほな帰るわと立ち上がり家族の人達に挨拶をして、みょうじさんに見送られながら外へ出た。
「治くんっ!!」
数メートル歩いたところで呼び止められる。ひとりでこないな時間、歩いたらあかん!て声に出す前に何か物を渡された。
「これ、クリスマスプレゼント!」
「!俺、なんも……」
「ケーキ買ってくれたでしょう?大した物じゃないけ「大した物や!」あ、そう?」
みょうじさんからのプレゼント。大した物じゃないて言う言葉を遮るやりとりに付き合う前はようしとったな、なんて懐かしく思えるんは今がその時以上の関係になれたからやと思う。嬉しさで貰った物を眺めていると両肩に手を置かれた。
「?どないし……!?!?」
プレゼントから少し顔を上げて彼女の方へ向くと、今度はみょうじさんが俺の額、ではなく、唇に自分のをくっつけた。
「はは、奪っちゃった」
じゃあ、またね。そう言って勝ち誇ったにやり顔をしてから小走りで去っていく。後ろ姿を数秒見つめてその場に力なくしゃがみ込んだ。
「……勝てへん」