バケモンたちの宴
なまえちゃん、どこおるー?
ピロンッという音と共に光ったスマホ画面にはそんなメッセージが表示されていた。指を滑らせ、今いる場所を伝えれば、友達の可愛らしい声が耳に届く。
「なまえちゃぁぁーん!!おはよう!あけおめ!!むっちゃ緊張しとる!昨日は眠れんかった!!」
「おはよ〜、あけましておめでとう。私もドキドキしてる」
「え!なまえちゃんも?意外や!」
「ははっ」
響めく東京体育館。私は今春高会場に来ている。友人にどこにいるかを聞かれたのは、私が皆と一緒に兵庫から来ていないから。毎年、この時期になると東京の母の実家で過ごすのが恒例になっているため、ここに来るのも学校関係者と一緒ではなく個別でやって来た。
私がドキドキしていることに驚く友人だけれど、今日という日に緊張するのは当たり前だろう。だって、だって、ずっと画面の外から観てた人達に会えるんだよ!?しかも稲荷崎戦。原作にあったところを実際に見ることが出来るなんて、そんなの興奮する。烏野を実際に見れる。音駒、梟谷、井闥山、鴎台だって見れる。この空間に入れることがどれくらい凄いことか。ハイキューオタク魂が沸々と燃える。
「なあなあ、治くんの団扇作ってきたん?」
「え。ああ、うん」
表には出さないが、内心興奮状態でいるとキラキラした目で肩にかけてるトートバックを見つめる友人。そこには団扇の持ち手部分が少しだけ顔を出していた。
曖昧な返事をしたのは、デザインのせいだ。見たいとソワソワするこの子に恐る恐る取り出すと、口元を手で覆い元から大きな瞳を更に大きくして驚かれた。
「……なん、これ」
「……」
「むっっっっっちゃ、かわええ!むっちゃ派手!目立つ!!」
すごっ!?どうやって作ったん?誰よりも凄い気ぃする!そう言われ素直に喜べないのは、もっと無難なシンプルなのにすれば良かったと後悔しているから。つい、つい……
「推しに作る時と同じテンションで作っちゃって……!」
「ええやん!治くん、絶対喜ぶって」
喜ぶ?確かに、優しい彼は作ったということだけで喜んでくれそうだけど、このデザインはどうかと思う。少しでも目に止まって欲しいという願望MAXの派手さと、周りと少しでも違くなるように作ったデザイン。主張が激しすぎる。恥ずかしい。
もちろん本人には団扇を作っていることを伝えていない。頻度はまばらだが、治くんと付き合った日からずっと続いているメッセージのやりとりは昨日の夜も行われていて、一番最新は「応援してる」という可愛げのない私のメッセージに治くんの「みょうじさんに応援してもらえるなんて最高やな」「ありがとう」「頑張る」という優しい返事。少しは可愛らしく団扇持って応援する!!みたいなものを送ればよかったのだろうか。でも、あんな派手派手なデザインじゃ……。
「私、団扇持たなくていいかな」
「え!何言うてんの!?折角作ったんやし、こんな可愛い団扇振り回して応援せんと勿体無いやろ!!」
「……」
絶対持たなあかん……!と必死に説得されその勢いに圧倒され少し後ろへ退きながら無言で団扇をひっくり返す。
「これでも……?」
「……裏返さなきゃ大丈夫!!」
その数秒の間が私を不安にさせる。本当に大丈夫??もし名前が書かれてない面を表向きにさせてしまったら人権失うんだけど。大丈夫かな。
応援席にて選手達が登場するのを待っていると、隣から吹奏楽部、チア部らの応援が始まった。
「……すご」
自身の高校の応援だというのにその勢いに呑まれそう。対戦相手はやりにくいだろう、と稲荷崎戦を思い出しながら選手のいないコートへ目を向けた。それと同時に現れたオレンジユニフォームの烏野の人達。
「ほ、本物……!」
口元を両手で隠す。興奮で体が軽く震えてしまっていることには誰も気付かないでほしい。自分のミーハー心に嫌になるけど、これは仕方がない。だって主人公の学校なんだよ?そもそも、さっきから応援席にいる嶋田さん達を見て頑張って平常心を保てていたことを褒めてほしいくらい。
公式練習が始まってもこの興奮は収まらず、さっきまで持つことを嫌がってた団扇で顔半分を隠すくらいにはテンションが上がっていた。
「幽体離脱時間差!!」
聞き慣れた声がコート内から届き、今まで烏野メンバーを見ていた視線を自身の高校へと向ければ、治くんがトスを上げ、侑くんがスパイクを打っていた。これも生で見られるなんて考えもしなかったからテンションが上がる。
「はぁぁぁ……大耳先輩、かっっこええなあ」
ほとんどの人間が幽体離脱した双子へと注目する中、大耳先輩一筋の友人は今日も自分を全うしていた。
「なまえちゃんもそうやろ??治くんかっこよくて、テンション上がっとるもんな!」
「……うん」
こんなキラッキラの笑顔を浴びせられてしまったら、烏野高校の面々にテンションが上がっていた、治くんあまり見ていなかった、なんて言える訳がない。少し引け目を感じ、私は稲荷崎高校なんだ、と再度自分に喝を入れ下を見る。
「……あ」
視線を移した先に色んな観客の声を受けながらギャラリーに手を振る宮双子の治くんの方とパチッと目が合った。……気がした。気がした、だけ、だ。
こういう経験はよくある。ライブとかで。基本的にアイドルの目に自分は映っていないと思うけれど、そうでありたいという願望から、今目が合った!などと仲間と語り合ったりもする。だけど、今目が合ってるのは治くん。アイドル相手じゃないのだから、願望でそう思ってしまうのは止めておこう。
現に、前後にいる団扇を持った女の子達がこっちを見たって言ってるし。それも彼女達が持っている団扇は私みたいな主張激しめの派手すぎるものじゃなくて、目立つ作りだけど可愛いデザインだった。
一瞬でも目が合った気がした、なんて思った自分が恥ずかしい。彼女だからという余裕みたいなものが無意識でも出てきたのだろうか。かなり恥ずかしい。中身おばさんの私が何を思っているんだと、恥ずかしさから赤くなる顔を隠すため団扇を少し上にあげ、治くんと書かれた面を自分の方に向けて隠した。
ということは、必然的に裏面が外側にくるわけで。
「……え」
小さく声を漏らしたのは友人。団扇から目だけを出して隣を見た途端、片方の肩に両手を乗せられ、ぐわんぐわんに揺らされた。
「な、なに?」
「ちょっ!!見て!!見て!!」
「?」
指を刺された場所へゆっくり目を向ければ、治くんがいた。こちらを指差した治くんが。指を差すというか、あれは指でピストルを作ってこっちを打っているような……?
「…………!?!?!?」
何故、そんなことを?と考えるまでもなく自身の持っている団扇を裏返した。
「治くん、やってくれたな……」
目を見開き私の方に顔を向ける友人。やってくれた……。でも、これはやってくれなくてよかった…!人権失うと恐れていた裏面には、バーンして♡という文字が書かれている。恥ずかしさから文字面を表に出してしまい、それに気付いた治くんは律儀に注目されているあの場所からアイドル顔負け並みのファンサービスをしてくれたのだ。いや、アイドル顔負けではない、か。キラキラ笑顔ではなく、真顔。無心でバーンしてくれているように見える。流石に治くんもこんな大勢の前で、こんなことやりたくないのだろう。しかも試合がこれから始まるというのに私は最悪なことを……。本当にごめんなさい。
隣にいる侑くんなんて、何やってんだ?みたいな顔して引いてるし。それに対して何か言い返している治くん。本当に何やらしてんだろう。ごめんなさい。彼の名前が書かれている面を表にして再び目から下を隠せば、交わる視線。今度は勘違いじゃない。本当に目が合ってる。小さく団扇の傍で頑張れの意味を込めて片手のガッツポーズを作れば、いつもより何倍も遠くにいる治くんの口角がほんの少し上がったように感じた。
ここから眺める景色は近いようで、凄く遠い。当たり前のことだけど、漫画とは全然に違う。緊張感、迫力、熱気、全てが肌で、体で感じる。実際にこの空間にいなければ味わうことが出来ない。たとえ試合内容を覚えているとしても、瞬きしてしまえば見逃してしまう程のスピードと数々のプレー。私くらい人間では瞬きしなくても置いていかれるスピードで試合は展開し、知っていた結果に終わった。
「うっ、……ぐっ、ぅぅ」
最後。応援席に挨拶と共に頭を下げる選手達に、友人は我慢していた涙をぼろぼろと流した。ずっと応援してたもんね。大耳先輩っていつも言っていたけど、他の選手のこと、バレー部全体を応援してたもんね。手で目を擦る友人へポケットからハンカチを取り差し出した。
「なまえちゃんがっ、使って……」
「……私は、大丈夫」
「ゔ、ありがとぉ。なまえちゃんも、我慢しないで泣いていいんだからね」
「え、……うん」
眉を下げてそう言う友人に初めて自分が泣くのを耐えるため、顔に力を込めている事に気付く。でも、私に泣く資格はない。バレー部をずっと応援していたわけじゃないし、試合を見に来たのだって今日が初めて。たった一度の試合を見ただけで泣くなんて浅はかだ。選手達にも、ずっと応援している人達にも、引け目を感じているんだと思う。泣くことにそんな深く考えることではないかもしれないけれど、自分がなんとなく嫌なんだ。
だって、稲荷崎の人間として今日の試合を楽しみにていたというより、ハイキューオタクとして見にきてしまったのだから。
翌日。春高三日目。今日も東京体育館に来ていた。ゴミ捨て場の決戦。鴎台戦。どれも実際に見たくて足を運んでいた。
「うわ〜、本物」
音駒がいる。本当に実在するんだ。芸能人を見る感覚とはちょっと違う。だって会えるなんて思ってなかったから。芸能人は頑張れば会えるしね。
でも、オーラ的なのはちょっと芸能人みたい。私だけがそう見えるのかも。フィルターがかかってる、みたいな。
音駒戦、鴎台戦、他にも梟谷や井闥山がやってる試合を見ていたらあっという間に時間は過ぎ、知らない学校同士の試合なども楽しく見ることが出来たから案外スポーツ観戦というか、バレーを見ることが私は好きなのかもしれない。
実は決勝の日まで来る予定ではいる。梟谷の試合を最後まで見たかったから。一先ず、今日は帰ろうと出口へと向かった。
そういえば、治くんに何も連絡してない。こういう時なんて送ればいいのか考えてしまう。ただ思ったことを一言入れておけばいいのだろうか。送るとしても、会場を出てからにしよう。手に持っているスマホを一瞥して、前を向き直し歩き出した。
「……あ」
「!みょうじさん」
数歩歩き出して、視界に入ったのはさっきまで脳内にいた人物。大きな目をぱちぱち瞬かせ「今日も来てたんやな」と言う治くんにコクリと頷く。特に気まずい雰囲気は流れていないし、そもそも昨日の試合に対して今日落ち込む人達じゃない。もちろん悪い意味ではなくて。って、例え心の中だとしても彼らのことを語るなんて恐れ多いことだ。考えるのやめよ。
連絡しようと思っていたことをこの場で言えばいいだろう。そう思い、口を開くが出してしまった言葉は自分でも予想外のもので。
「あけまして、おめでとう!」
なんだ、それは。確かに、年を越してから初めて会うけれど。焦りすぎじゃない?っていうか、これはもしかして、久しぶりに治くんに会うから緊張してる……??なにそれ、情けない。
「せや!今年初のみょうじさんや!あけましておめでとう」
優しすぎる。せや!って更に目を大きくさせるのも可愛いと思ってしまった。ダメだ、そうじゃなくて。
「応援、ありがとうな」
「え、……あ。うん」
言葉を選んでいる時に数秒流れた沈黙。それを破ったのは包み込むような優しい声色でふわりと笑い、お礼を言う治くん。お疲れ様、かっこよかったって試合中感じたことを伝えればいいだけ。いいだけなんだけど、
「は、」
「……え」
「みょうじ、さん……?」
治くんの顔を見た瞬間。ありがとうとお礼を言われた瞬間。内側から気持ちが込み上げてきて、頬を濡らしてしまった。
「なッ!?ど、ないしてん!?は、え……なん、泣いて」
「だいじょうぶ。なんでもない、ごめん」
少し俯き、溢れる涙を手で掬う私を心配そうに覗き込む治くん。最悪だ。凄く面倒な女になってる。でも、泣いている私に慌てる治くん可愛いな。眉を八の字になってる、可愛い。
私、多分、一丁前に悔しかったんだ、烏野に負けたことが。結果を知っていたとしても、もしかしたら勝つかもって、勝ってほしいって応援していたんだ。悔しいし、凄かった。言葉では上手に表せないけれど、いい試合を目にして感動していたんだ。力みたいなものも貰えた気がして。だから、
「かっこよかったよう〜……もう、本当に」
「!?」
上体を屈ませて覗き込む相手の体をガシリと掴んで、顔を上げながら涙をぽろぽろ流してしまった。滲む視界の中には、目を丸くする治くんが全てを察したのか微笑んでいるのが映る。そぉか、と小さく発した後、両頬を自身の手で包み込み、親指で涙を優しく掬ってくれた。
「ほな、もっとかっこええとこ見せんとなぁ」
フッフ、と笑う治くんはずるいと思う。いつもだったら慌てたりするのに、こういう時は私より大人な対応をしてくる。だから、最後に一言。お疲れ様を言った後に想いを伝えた。
「だいすき。じゃあ、またね」
「おん、ま、た……!?!?」
あ。顔真っ赤になった。いつもの治くんだ。ふぅ、と安堵しその場をあとにした。