愛の弾丸


みょうじさん、と彼氏と瓜二つの顔を持つ片割れに呼ばれることが多くなった。そうなった原因は、私が"治の彼女"だからだろう。

「みょうじさん、みょうじさん」

今日もまた呼ばれる。バレーをするために整えられた手で、ちょいちょいと手招きされる。今までの私だったら、あの宮侑に呼ばれるなんて恐れ多いと思いつつもこんなこと滅多にないという言い訳をしてミーハー心剥き出しのまま近づいていた。

慣れ、というのはやはり怖い。私を呼ぶ手の先にある綺麗な顔は悪巧みを考えているものだと分かり、面倒だ、軽く流してしまおうか、そんな思考回路になってしまう。それでもあの楽しそうな表情は可愛らしいから。自身の内に秘めているおばさん心を突っついてくるから。つい、応えてしまうんのだ。

「どうしたの?」

なんとなく想像はついたけど、聞いてみる。私の目に今映っているのは階段の半分を上がりきり後ろを振り返る侑くんとその更に上にいる治くんの背中。侑くんの隣には角名倫太郎が、治くんの隣には銀島結がいる。

少し早足で階段を上り侑くんの元へ向かえば、肩に手を置かれそのまま彼がいる段より上に移動させられる。そのせいで私より常に高い位置にある侑くんの綺麗な顔は私の背にすっぽりと隠れた。首を傾げながら、今度はこっちが後ろを振り返ると、侑くんはすぐ前にある階段の踊り場に足をかけた片割れに言葉を投げかけた。それも凄く高い声で。

「サム〜。今日だけええやんかぁ〜」
「だけ、やないやろ。しかもなんやそのきっしょいこ、え……!?!?」

パチッと目が合う。上から見下ろされた一度も向けられたことのない治くんの冷ややかな瞳に少しだけ心臓が固まる。侑くんに放った言葉の途中、向けた先にいたのは片割れではなく私だったことに気付いた治くんは目を見開き、その場に一時停止。

「えっと、ごめんなさい……?」

治くんを揶揄うような行動をして。そう意味を込めて伝えれば、息をするのを忘れていたかのように止まった呼吸をし出し、彼は慌て始める。

「っっ、みょうじさんのことやないで!?」
「え、あ、うん」
「こいつの…………、おい。みょうじさんに触んなや」
「うわっ、」

未だ肩に置かれている侑くんの手に気付いた治くんはそれを振り払い、私の手首を掴み前から抱きしめるようにして肩に腕を回される。かと思えば、自身の胸へそのまま私の体を引き寄せた。顔から治くんの鍛えられた胸に飛び込んだため、呼吸がしづらい。ぎゅうう、と抱きしめられながら、頭上で二人の口論が始まる。

「誰の許可取って触ってんねん」
「あ?ちょーっと触れただけやん。ちいっさい男やな」
「あ?」
「そないなことばっか言うてみょうじさんに嫌われんで」
「……嫌われるわけないやろ」

私に嫌われる。侑くんの発言に治くんの一瞬心臓が大きく揺れた気がした。否定の言葉を吐く彼の声は微かに震えてるような気もした。大丈夫、嫌わないから。そう伝えたくても顔面が鍛えられた胸にピタッとくっついているから声が出せるわけがない。っていうか、声を出す以前に普通に強めに抱きしめられて息が出来なくて苦しい。

頑張って視線を動かした先にスマホで動画を撮ってるであろう角名くんが見え、「助けて」の意味を込めて手を伸ばした。

「あ」

そして、直ぐに気づいた彼は声を漏らし、スマホは双子に向けたまま器用にこちらに腕を伸ばしてくれた。良かった。ここから出れる。この二人の喧嘩には絶対巻き込まれたくない。喧嘩を引き起こした原因に自分が少しでも入っていたとしても、いやだ。

角名くんに引っ張ってもらったらここから離れられる。あと数ミリで手が届くと思った瞬間、自身の体が勢い良く動いた。というか、動かされた。治くんに。

「!!」
「……あ」

またも、「あ」を呟く角名くん。さっきと違うのはそんな彼の姿が見えない。角名くんがこっちに手を伸ばしてくれた時、それに気付いた治くんが双方の間を切り裂くようにグイッと体を動かし私から角名くんを見えなくさせた。きっと角名くんの視界には治くんの背中しか映っていないだろう。角名くんの笑い声が双子の言い争いの中に混じって聞こえてくる。そして、動いた反動で少しだけ空いた腕の隙間からスルリと抜け出すことが出来た。

「みょうじさん、大丈夫?」
「大丈夫。ありがとう、銀島くん」

二人が頭上で口論し始めた時からずっと止めようと声を上げ、私を離してやれと言ってくれていた銀島くん。心配そうに眉を少し下げる彼は天使に見えた。母性が擽られる。


こういうやりとりが最近増えた。何もしなくても目立つ双子と数分だけど一緒にいる機会が増え、こんな大声で「みょうじさんに触れんな」などを言われてしまえば、噂が流れるのも無理はない。

宮治と付き合っている、という噂が流れ始めた。



まだ直接聞かれたことはない。でも、もし聞かれたとして「付き合ってるの?」に「付き合ってない」と返すのは治くんに失礼だと思う。現に私はまだだけど、治くんはクラスメイトに聞かれている。その現場をたまたま見てしまった。約束を守るため、でも付き合ってないと言えない彼は目を不自然に泳がせごにょごにょ小声で発していたところを角名くんが上手く救出していた。

自分からお願いしといて周りに付き合ってることを言ってもいい?って聞くのは自分勝手だろうか。出来れば知られたくない程度だったから、嘘を吐いてまで隠したくはない。治くんがいいと言ってくれるのなら私は周りに言ってもいい。

なんでみょうじなんだろうって思われるだろうなあ。私も思ってるし。未だ治くんが私のことを好いてくれているのが信じられない。けど、彼の気持ちはちゃんと私に届いてるから大丈夫。
それに、周りがなんて言おうと私が治くんを好きな気持ちは変わらないから何を言われても動じないと思う。


「卵焼き、食べる?」
「!!ええの……?」

いつもの外階段で、今日は昼食を取る。普段は友人と食べてからここに来るのだけれど、向こうに用事があったから治くんを誘ってみた。

「うまっ!?」

食堂で学食を平らげてから来たというのに流石、治くん。よく食べる。いつも学食を完食してからここに来るけど、毎度色々食べれてるからなぁ。ここに来なくても一年の時から侑くんの席で購買のパンやおにぎり、とにかく口になにか入れてたし。ゆっくり食べてきてね、の私の言葉を聞いていなかったのか治くんは早めに外階段にやって来たから私は未だお弁当を完食し切れていない。でもそのおかげで、おかずをお裾分け出来る。

「ご飯も食べる?」
「ええの!?」
「うん」
「あー……」
「……はい、あーん」

一回目。卵焼きをあげる時に無意識で、自分のお箸を使って治くんの口へと持っていった。所謂、あーんをしたわけなんだけども、それを本人は気づいているのか、いないのか順応に口を開け、今も自分からご飯を貰うべく「あー……」と大きく口を開ける。顎を少し上げ、若干瞼が伏せられているその顔が幼く見えて可愛らしい。けれど、ちゃんと視線はこっちに向いている。私の目、じゃなくて何故か口元に。

これ、あーんしてるねって言ったら慌てるかな。もぐもぐ頬張っている治くんに告げようと息を吸い込んだ時、先に向こうが言葉を放った。

「みょうじさんって人にあげる時自分も口、開けてまうよな。フフッ」
「!?」
「自分じゃなくても、誰かが上げとんのを見てる時も横で口開けとるの可愛ええなぁってずっと思うとったんや」
「!?!?」

急な爆弾発言に私が慌てる。だから!年明けの治くん、どうしちゃったの!?って言うか、人があーんしてるのを見て口を開けてしまっているという新事実に羞恥で顔が赤くなる。恥ずかしい。絶対みっともない顔してるよ。治くんだから優しく可愛いなんて思ってくれるだけで……。

「治くんは、あーんされ慣れてるね」
「!?」

なんて。言われたことに動揺し、少し意地悪な言い方をしたかもしれないと後悔。控えめに様子を伺うように相手の目を見れば向こうの顔が急変する。

「ちゃ、ちゃうで!?角名とか銀とか、他にも男に食いもん貰う時、面倒でそのまま口で貰うんや!!アッ、みょうじさんに面倒とか思てへんで!無意識や!ハッ……俺、今みょうじさんに、あーんされ、て……!?!?」

角名とか銀とか……。え、あの二人にあーんされてるの??なにそれ、萌える。治くんを慌てさせることに成功したのに、知ってしまった二個目の新事実に今度はテンションが上がりソワソワする。
チラッと横を見て、動揺からパクパク魚のように動いている治くんの唇の端にご飯粒が付いていることに気が付いた。上体をグッと寄せ、下から覗き込むようにして頬に手を添える。

「!?っ、みょうじ、さん……」

呼ばれた名前は私には届かなかった。ゆっくり親指と人差し指を使って取り、元の位置に戻る。そして、ご飯粒を取っていない反対の人差し指の腹で、自身の口端をトントンと叩く。

「ここ、ご飯付いてたよ」

よくたくさん頬張って口周りに付けていたのを遠くから眺めていた時期もあった。それを今は自分の手で取ることが出来るなんて思ってもなかったから、愛おしいと思って、つい「ひひっ」と歯を見せて変な笑い方をしてしまう。途端、ゴンッと大きな音が響いた。どうやら治くんの後頭部が壁に当たったみたい。そこで我に返る。

「あ。ごめん、気持ち悪い笑い方しちゃった」
「…………気持ち悪ない」

そう言う治くんの声は必死に振り絞って出せたようなものだった。両足を曲げてそこに自身の顔を突っ込み、何かを耐えている。笑い?もしかして、笑うの耐えてる??私が変だったから?

そういえば、私は治くんから笑いを取れたことがない。今だったらもしかしたら爆笑してもらえるのでは?と根拠のない自信が湧いてきて、三角形になっている足の隙間から、こっそり顔を覗き込んでみた。

「治くん」
「!?」
「わ……」

足越しに交わった瞳は急にどこかに行ってしまった。勢いよく彼が顔を上げたのだろう。

「みょうじさんっ!!」
「……はい?」
「もう、ちょっと……」
「うん」
「落ち着いて」
「うん?」

落ち着いて、とは?何もしないでって意味かな?どちらかと言うと今の治くんの方が落ち着きないけど。落ち着いた方がいいと思うけど。
でも、まあ、いいか。久しぶりに治くんのこんな姿が見れたのだから、取り敢えず「わかった」と頷いておこう。

「あ」
「!?……次はなんや!?」

思い出したことにより出た私の呟きに身構える治くん。次はなんや!?って……。なんか可笑しくて笑ってしまう。何もしないよ?ただ、あのことを伝えようとしているだけで。

「最近、ちょこちょこ噂流れてるじゃん?付き合ってるって」
「……せやな」
「自分から言わないでってお願いしといて申し訳ないんだけどね。聞かれたら、その、付き合ってるって言いたいな、っていうか、言って欲しいな……っていうか」
「……」
「だめ、「ダメやない!!」あっ、良かった」

言葉を遮りながら言った「ダメやない」は大ボリュームで、勢いも凄かった。そして顔も近い。こういう時は照れないんだね。数回瞬きをして治くんの双眼を見つめれば、ハッとし向こうから離れていく。そして、こちらを伺うように上目遣いで質問を投げかける。

「ええの?みょうじさんが彼女って言ってええの?」
「う、ん」
「そぉか」

ふにゃり。そんな効果音がつくような微笑みを浴び、息が一瞬止まった。イケメン、怖い。ゆっくり伸びてきた手は私の頭上で止まり、ぽんぽんと優しく頭を撫でる。表情、言動、雰囲気、全てを使って全力で好きの気持ちを伝えられている気がして胸が痛痒くなった。