教える方が難しい


どうしてこうなった。

誰もいない放課後の教室。目の前には机を挟んで宮侑が眉を寄せ、険しい顔で問題を解いている。


もうすぐテストが始まるこの時期はどの部活もテスト勉強で休みになったり、練習時間が減ったりする。バレー部も例外ではない。

そして、数分前。授業中寝ていることもあり、赤点を取ってしまう可能性が十分にある宮侑を先生は心配し、言ってもやらないこの男に放課後残って勉強を教えようとしていた。しかし、職員会議があることを忘れていたらしく、まだ帰っていない、たまたま通りかかった私に少しの間だけ代わりに教えてやってほしいと頼んだのだ。
特にこの後予定もないし、少しの間だけならと思ったが、その教える相手が宮侑なんて聞いていなかった。

「ここの問題は……」
「んん??」
「えっ……と」
「んんん??」

教えてるのは数学。首を捻らせ、唸り声を上げる宮侑に冷や汗をかく。何故かというと、理解できないことに段々機嫌が悪くなっている気がするからだ。私の説明で余計ややこしく、分からなくなっているように見える。ちなみに、人に勉強を教えるのがとんでもなく下手である。前世から勉強は出来る方だったし、人生二回目のおかげで、この学校でも成績はいい方だ。それ故に、わからないことがわからなく、どう教えていいのかわからない。なんでこの公式を使わなければならないのか、と聞かれても上手く答えられない。

左の肘を机について頭を抱え、もう片方の手はシャーペンを指に挟み、トントン早いリズムでノートを叩く宮侑。凄く、イライラしてる。その原因に自分が入ってるからどうしたものかと私も頭を抱えた。そんな時、前の扉から人が入っていた。先生かもしれない。救世主だ。いや、違うか。頼んだのは先生なんだから救世主でも何でもない。
宮侑の前席の椅子を借りて座っていたため、後ろを振り返る形で入ってきた人物を確認した。

「な、なにしてん……」

しかし、そこにいたのは救世主の先生ではなく、宮侑の片割れ、宮治だった。やってきた片割れは、焦ったような表情をして固まっている。それに対し、侑くんは「あ゛?」と下から睨むように治くんを見て「見ればわかるやろ。舐めとんのか」と八つ当たりをする。
また喧嘩になる……?と怯える私を他所に、治くんは俯きながらこっちにやって来るとこう言った。

「なに抜け駆けしとんじゃああああ!!」
「え……」

そして、侑くんの横腹を蹴った。

「っ!?は!?何すんねん!?落ちるとこやったやろが!!」
「……」
「おい!無視すんなや!」

横腹を蹴られ、少しバランスを崩したものの自身の体幹と反射神経を生かし、倒れることは免れていた。それにしても、危なくない?

「抜け駆けってなんや!俺は一生懸命、勉強してるんですぅ!はっ、さてはサム。俺に負けるんが怖いんやろ」

見下すように、はっはっと笑う侑くん。が、何も返さない治くんは無言で侑くんの隣にある机と椅子を持ち上げて、横に移動し座った。そして、勉強道具を出す。目の前にあの双子が並んでいる。なんか、怖……。

「……なにしてんねん。お前はひとりでやれや」
「馬鹿なツムにはみょうじさんの説明、理解出来んやろ」
「っはぁ?わ、わかるわ!ボケ!」

今度は治くんが見下すように言い、こっちを向いてこの問題教えてくれへん?と応用問題を聞いてきた。私じゃ絶対教えられなさそうだ。侑くんも分かってない言い方だったし。申し訳ない。




「ほれみぃ。なぁにが"馬鹿なツムにはみょうじさんの説明、理解出来んやろ"や!理解出来てへんやん」
「……そんなことない」
「嘘つけ……だっ!」
「今、解けそうやねん。黙……っ!」

やっぱり私の説明が分かりにくくて、理解できない治くん。それを見て侑くんはケラケラ笑い、そして机の下で小さな殴り合いが始まった。……はぁ。どうしよう。早く先生きて、お願い。願っても先生は来てくれなく、言い争いも止まらない。

「もうええねん!俺は勉強なんてしない。バレーで進路決めるんやから、テストの結果とか関係あらへん」
「教えてもらっといて、それはないやろ」
「せやけど、わかるか?教えてもらう前より教えてもらってからのが、余計分からんくなってんねん」

教えんのへっったクソやねん!と私の方を指さす侑くん。それに、何故か治くんが低い声で「は?」と発し、青筋立てて怒った顔をする。その表情を見て自分の発言に気づいた侑くんは「あ。」と言葉を漏らした。


確かに、私は教えるのが下手だ。へっったクソだ。


だけどさ、そんな風に言うのはあまりにも……


「ふ、ふふ。あははははははっ!!」
「「!?」」
「……ふ、ふぅ。そんなはっきり言われたの初めて。私、教えるの下手なんだぁ。ごめんね、貴重な時間を無駄にしちゃって」
「「……いや」」

こんなにはっきり言われたのは初めてで、逆に嬉しくなる。気を遣わなくて良くて。教えた人はみんな、私の下手な説明を理解出来なくて気を遣わせてしまい、それに私も気を遣っちゃうから。いきなり笑い出した私に、二人は双子ならではのシンクロ反応を見せてくれた。これが見れただけでも、我慢してここにいた甲斐があった。


「だけど、バレーで進路を決めるから勉強はしないっていうのはおかしいよね」
「「……」」
「バレーをやりにこの学校に来たのかは分からないけど、赤点を取らないようにちゃんと勉強してる人がいるのに、自分だけやりたいことだけやって勉強はしませんっていうのは、変だよね」
「……はい」
「赤点取ったら追試があるし、部活の時間が減ったり、最悪大会に出れないとかになったりするんじゃない。それって、周りに示しが付かないよね」
「ハイ」
「侑くん、かっ……!」
「「……」」
「ごめんなさいごめんなさい。調子に乗りました。ほんとごめんなさい。消えます。ここからすぐに消えます。ごめんなさい」

自分の発言に気づき、謝った時、丁度先生が来たのがわかった。そして、二人に向けて深く深く頭を下げてその場を離れた。


思わず口にしてしまった余計なこと。"バレーで進路決めるから勉強はしない"に突っかかり言ってしまった。最初は気にしてなかったけど、二人の目はまるで北信介に怒られているようなものだった。私は北さんじゃないし、それほどの人間じゃない。ばばあが何言ってんだ。これじゃ、口うるさいおばさまじゃないか。

漫画でほんの一部しか知らない宮侑のことに突っ込むなんて。バレーに対する思いも努力も何もかも、漫画で見た米粒くらいの情報しか知らないのに。ああなんて、烏滸がましいんだ。消えてなくなりたい。

昇降口までの道のりで使う階段を見て、また踏み外してみようか、などと考えた。



「き、北さんみたいやった」
「……」
「みょうじさんて、あんな人なん……?」
「……」
「聞いとんのか、サム」
「……か」
「?」
「かっこええなあ」
「どこがやねん!?」

怖いわ!何言うとんねん!?と叫ばずにはいられなかった侑。





その出来事が金曜日。

日曜日は午前中だけ練習をしにバレー部は体育館に集まっていた。そこに伺うように顔を出すみょうじはたまたま通りかかった銀島に一冊のノートを渡す。宮侑宛に、いらなかったら捨てて、と言伝を頼んで。

「みょうじさんからなんやけど」
「!?……な、なんや、それ」

この二人の接点が見当たらない銀島は疑問を持ちながらも、きちんとノートを届けたが、みょうじの名前を出した時、ビクついた侑にまた疑問を持った。

「うわ!」
「?」

プライベートなものだからあまり見たい方がいいと思った銀島だが、それを気にせずパラパラノートを開かれたため、不意に目に入り、ギョッとした。そこには今回のテスト範囲であるところが分かりやすく綺麗にまとめてあった。数学以外の他の教科も出題されそうなところを予想して書かれている。

「ど、どうしたん?こんなん貰うて」

みょうじさんにこんなんされる関係やないやろとまた頭にハテナが浮かぶ銀島。わなわな震える侑には質問が聞こえていない。ひと通り見終わった後、固まってボソリと吐いた。

「……神や」






あんなノートを渡されて気持ち悪がられるよ、絶対。重すぎる。でも、あんなことを言ってしまったせめてもの償いだし。いや、ただの自己満だけど。ノートを届けた帰り、自分で勉強をするより労力を使った頭でぼーっと考えた。

はぁ、疲れた……。

金曜の夜から昨日まで、そのノートを作るのに徹していたみょうじだった。




「なんや、それ」
「ふっふっふ。これで赤点は免れたで!俺は」
「みょうじさんの字やろ。何でツムが持っとんねん」

まるで盗みか、と顔を引き攣らせる治にそれを読み取った侑はイラッとする。

「ちゃうわボケ!貰たんや」
「は?」
「これなら俺にもわかる!」
「……なんっで貰てんねん!!返せや!!」
「はぁあ?これは俺のや!返せってなんや!!サムのちゃうわ!」

言い争いからノートの取り合いが始まり、近くにいた銀島は焦って、何かを察知した角名はスマホを片手にやって来た。

北に止められるのは数秒後。