運動音痴
球技大会。
それは毎年七月に行われるクラス対抗球技の大会である。
そして、それは私が最も嫌いな行事でもある。
「………バレー」
「頑張ろうな!なまえちゃん!!」
「……うん」
今年、私が出る競技はバレーボール。最悪だ。何故、よりによってバレーなんだ。いや、他の球技でも出来ないことは変わりないけどさ。
この球技大会は四つの種目に分けられる。女子がバレーとテニスで、男子がバスケと野球だ。種目は毎年変わる。全校生徒による投票で何をやるのか決めるのだ。去年は女子がバドミントンとドッジボール、男子がバレーとサッカーだった。
バレーとテニス。そう決まった時、私は絶対にテニスが良かった。けれどじゃんけんで負け続けて、この結果。しかも、私以外は運動神経抜群の子かバレー経験者のどちらか。それに、みんな勝つために本気だ。私が入ったらぶっ壊しそうだし、申し訳ない。ちなみに、運動が苦手な一組の友人はテニスらしい。テニスも難しいけど……。結局どっちも出来ないから、どうしようもない。
「……」
「……」
「私、当日熱出す予定だから。ボール拾う係をやる」
「いやいや!熱出す予定てなに!?大丈夫や!練習すれば出来るようになる!」
只今、体育の授業。私のあまりにもできない姿に自分で絶望すると、必死にフォローするバレー経験者のクラスメイト。球技大会の時期になると体育の授業はその練習を行う。他のクラスメイト達や合同で体育をする一組の子達は、みんな上手にやっている。私だけだ。こんなボールに手も当たらず、空振りするのは。
みょうじが運動音痴なのは結構有名である。名前は知られてなくても「ああ、あの子か。運動音痴なんわ」と見たら分かる程度。それくらい運動が出来ない。
「……」
今日もその運動音痴を発揮する横でバスケをしていた男子集団のうち一人、宮治はそんなみょうじの姿をガン見していた。
表情を一切変えないその心内は「なんやあれ、可愛すぎやろ」である。しかし、本人は「この出来ない姿を見て可愛いなんて抜かす奴はシメる」であった。スポーツに可愛いなんていらない。私は出来るようになりたいんだ!という思いからくるものだ。
治は自分がやっているスポーツを好きな子がやっているのが嬉しくてたまらなく、バレない程度にその子へ視線を向けていた。だが、そんなのは敵チームの侑にはバレバレで「なによそ見してんねん!!やる気のない奴は去れ!!」と頭にバレーのより痛いボールを投げられたことで、眉をピクリと動かし侑の方へ勢い良く走って行く。それから双子の熾烈な戦い(バスケ)が始まった。
巻き込まれないよう端の方で双子を見ている角名は小さく呟いた。
「……見過ぎ」
見過ぎ。というのは、治がみょうじをという意味で。角名は知っていた。宮治がみょうじなまえのことを好きだということに。
「本当に、ごめんなさい!」
「大丈夫!!気にせんで!!」
学校の行事だから下手でも何でも試合に出ないという選択肢はない。必ず、出なくてはならない。私はバレー経験者じゃない子と交代でコートに入る。点数をつけて試合形式でやったのだが、結果は一組に負けた。なんていうか、私はただ邪魔しかしていない気がする。申し訳ない。
出来ないから一生懸命せざるを得ないだけなんだけど、クラスメイト達はそんな私の姿を見て一生懸命やってるから頑張ろうって思える、周りが明るくなる、と励ましてくれる。失敗しているのに、だ。うわ、自分より一回り以上違う子達に気を遣わせちゃってるよ。情けない。まあ、情けないと思っても上手くはならないんだけど。
ていうか、何でみんなは手に当たるの?謎すぎる。感覚?感覚の問題なのか?あ、そういえば日向がよくボールと遊んでた?ような。仲良くなったとか夏ちゃんに言われてたような……。仲良くなろう、ボール。だから、手に当たって。
あと少しで片付けをする時間になるため、試合はできない。クラスごとで練習を始めたから皆に断りを入れて、一人でボールを触り、ボールと仲良くなろうと思った。私があの中に入ると邪魔してしまう。少しでも出来るようにしてから入れてもらおう。
そしてボールを手に取った時、どういう訳か手から滑り落ち、またどういう訳かそれを蹴り飛ばし、男子達がバスケをしているコートに入っていった。
あ。もう、駄目だ。球技大会当日、みょうじなまえは熱で休み。これでいこう。
下を俯き、走って取りに行くとそのボールを取ってくれたのは宮治だった。しかも、ボールを片手で拾い上げた。流石だ。
「ありがとう、ございます」
凄い。あの宮治からバレーボール渡されるよ。これは一生に一回の私の宝になるだろう。だけど、よくよく考えたら、稲荷崎バレー部レギュラーの二年生四人の隣であんな見苦しいバレーを見せてしまったのかと思うと申し訳ない。あ、でもそもそも私のことなんか見てないか。うん、そうだよね。自意識過剰、うんうん。
多分この間0.5秒。色々と混乱している私の頭はフル回転していた。そして、お礼を言ってボールを受け取ろうと手を伸ばして数秒経っているが、宮治は渡してくれない。
「?」
「……レシーブの構えしてみ」
「え?……あ、えっと、はい」
「みょうじさんは最初から腕をぶん回すから当たんないねん」
「はい」
そう言ってレシーブの構え。両腕を組んでいる私の両手首を左手で上から掴み、右手は肩に添える。そして、「膝を曲げて、こう」と体を動かしてもらった。治くんが上に軽く投げたボールを壁に向かってさっきのように体を動かす。いや、動かしてもらったの方が正しい。さっきまで、とにかく高く上げようとして手を振ってしまっていたが、体重の移動と腕にきちんと当てれば前に弧を描くように優しく飛んでいく。
「!!」
自分でボールを操れたような感覚になり、嬉しさのあまりまだ私の体に触れてる治くんを見上げた。
「あ、ありがとう!!」
「おん」
お礼を言うと、コクリと頷いて勢いよく手を離される。速っ!?
そのままボールを受け取り、みんなの元へ戻っていく。練習をしていた一人が私に気づき、首を傾げて近づいてきてくれた。
「なまえちゃん?どうしたん?」
「え?」
「なんや嬉しそうな顔しとると思て」
「あのね、さっき治くんにレシーブ教えてもらっちゃった」
「そうなん!?」
「うん、なんか凄くテンション上がってる」
「そら上がるわ!バレー界有名な双子やし」
「私、今日階段から落ちるかも」
「なんでやねん!!」
大袈裟や、と笑うクラスメイト。大袈裟でもないかも。だって、宮治だもん!バレー教えてもらえるなんて、夢にも思わなかったもん!良いことがあると、いつも階段から落ちるんじゃないかとひやひやしてしまう。
今の子はこんなに行事ごとに熱心なのか。それとも、前世の学校がそうでもなかっただけなのか。球技大会に向けて、昼練を行なっているクラスがちらほらいて驚いた。私達のクラスもそう。体育館を借りて練習をしている。
「……入らない」
そして、今。サーブの練習中。アンダーサーブをやっているが、入らない。ていうか、腕に当たらない。空振りはするし、当たってもスカッと擦る程度、手応えあったって思ったら後ろにボールは飛んでいく。どうして……?
ずっとコートに入らない私はメンバーチェンジをしてサーブだけで入る。だが、そのサーブが入らなければ、私は皆の邪魔にしかならないのだ。うわぁ。当日、休みたい。
クラスメイト達に教えてもらいながら、練習をするがなかなか入らなく。そんな中、一人の子がある人物を見つけ、体育館から飛び出して行った。
「おーい!治ー!!」
「?」
「ちょお、頼みたいことあんねんけど!」
「悪いんやけど、今取り込んでて無理や!あのクソツム……楽しみにしとったお菓子食いよって」
体育館を走り抜けようとするバレー部に目を輝かせ、呼び止めるが断られる。最後、吐き捨てるようにぼやく治は片割れを探しているのか、一瞬だけ視線をみょうじのクラスメイトに向け、すぐ前へ戻し、緩めたスピードを再び上げた。
しかし、次の一言で治の足は止まることになる。
「なまえちゃんは私らで頑張るしかないな!よう考えれば、治は違うクラスやしなぁ」
そう言って中に戻ろうと背を向けた女子の方へ振り返り、慌てて声を上げた。
「ちょ、待ちッ……!」
……何故?
「もっとトス低くてええよ」
「……はい」
「一回、一緒にやってみるか」
「あ、はい。……え?!」
何故だ。何かを閃いたように勢いよく外に出て行ったと思ったクラスメイトは何故か宮治を連れて戻ってきた。そして、どういう訳かその宮治を私に差し出し「教えてくれるって!」と言ってのけたのだ。
そんなことがあって、教えてもらってから少し経つんだけど。私の頭の中は宮治の貴重な昼休みを奪っていることで恐怖しかない。ご飯とか、ずっと食べてるイメージだから。
そんな治くんはできない私に、笑うでも呆れるでも驚くわけでもなく、ただ真剣にどうやったら上手く教えられるのか、サーブを入れることが出来るのか考えてくれている。良い子すぎて、どうしよう。前世のハイキュー好きな友人がいたら、宮治を子供にしたい、と言っているだろう。いや、自分の娘の旦那でもいいな。
て、そんなこと考えてる場合じゃなくて。
一緒にやる、と言った治くんは説明するより体で感覚掴んだ方がいいと、私を後ろから包み込むように、左手、右手の順に掴んだ。驚きの声を上げるが、そんなのはお構い無しで「途中で離れるから思いっきり振るんやで」と言って、ボールを投げられ、途中まで右手を動かされた。言われた通り、そのまま手を振るとボールは前に飛んでいく。ネットは超えなかったが、今までで一番サーブっぽいのが出来て、目を見開いた。
「前に飛んだ」
「……いけそうやな。もう一回やろか」
「はい」
片手で拾い上げた治くんからボールを受け取り、それから二回、三回……と同じようにやってもらい、四回目で今度は入った。
「入った……」
感覚覚えてるうちに今度は一人でやってみるよう勧められ、これも何回目かでぎりぎり入った。運動音痴の私にはとても凄いことで、こんなに早く出来るとは思ってなくて。ていうか、入ると思わなかったから、もしかして私のなけなしの運動能力は全てこのサーブに注がれたのでは……?なんて救えないことを考えてしまう。それくらいテンションが上がっていた。
「入った、入った!ありがとう、宮くん!」
「おん」
「もう一回だけさっきのお願いできる?」
「ええよ」
もう一度だけ感覚を覚えておきたくて、さっきと同じように背に回ってもらう。
……ん?待てよ。夢中で何も思わなかったけど、この体勢なんかまずくない?距離が近い。体も顔も声も。それにこれ、バックハグされてるみたいな感じで。急にドキドキしてきた。距離の近さとイケメンさと恐怖、それと宮治にっていう意味で。
私の心の中を読んだのかと疑う程、タイミング良く両手を触れられたまま、微塵も動かなくなったものだから、不思議に思い後ろを振り返る。
ああ。そういえば、宮治はウブなんだ。
振り返った先に、思ったよりも近くにあるイケメンの顔とその顔を赤らめ固まっている治くんに、宮と名乗ってしまった時、インプットされた情報を思い出した。あまり顔に感情が出ない私は少しでも気の利いたことを言えればと思い、口を開く。
「宮くんにこういうことされると照れるね」
「!?」
「後ろから抱きしめられてるみたいで、ドキドキしちゃう」
「〜っ?!」
まるで「イケメンにこういうことされるとおばさん照れちゃう〜」みたいなノリで。いや、だから前世と合わせると私、おばさんだし。
治くんの顔を見ながら、呑気にそんなことを考えてると彼はバッと物凄い速さで、私から距離を取った。
え?あ、ごめん……。
赤い顔のまま、悔しそうに下唇を噛む姿に言葉を間違えた。と素直に申し訳ない気持ちになり心の中で謝る。
「………か?」
「え?」
「……」
「ごめん、もう一回言ってもらえる?聞き取れなくて」
視線は斜め下。読み取れない表情と床へ向いている目、ボソボソと小さく話す治くんに一歩近づき、見上げた。今度は聞き逃さないよう耳を傾ける。
「俺に、どきどきしたん?」
「……あ、うん。した」
「そ、か」
私の返答に少し口角を上げる宮治。その顔にまた、どきどき、した。
イケメン、最強。
ていうか。この子はこんなんで大丈夫なのだろうか。バレー界、最強のツインズ。アイドル並みの人気を誇り、うちわなんかも作られている人間が、ただの同学年の女にこういう反応を見せて。え、まさか、裏ではそうだったの?あんな澄ました顔で登場してて、裏で女の子にかっこいいとかドキドキするとか言われたら、照れてたりしてたの?
うわあ、なにそれ。萌える。