戦闘訓練を行うために指定されたグラウンドの一つ、β。来てみればここは一般入試を受けたものには見憶えのある場所だった。説明会で演習場と説明されていた、市街地を意識して作られた場所である。 オールマイトによるとヴィラン退治こそ屋外が多いものの、ヒーロー飽和社会となった今の時代において、真に賢しいヴィランほど屋内を好む場合が多いという、統計という実在するデータとともに力説した。 だからこそ、今回の戦闘訓練は二対二のペアを組んだチーム戦とし、屋内で行なうこととなり、同時に、クラス全員の基礎を知るための基礎訓練として選ばれたのである。 カンペを読みながらではあるが、オールマイトはこの後行われる基礎訓練の内容を説明していく。 状況設定はヴィランが五階建てのビル内に核兵器を隠し持ち、ヒーローはそれを処理するというもの。非核三原則のある日本において非現実的なものだ。正にアメリカンな設定である。 ヴィラン役は制限時間まで核兵器を守るか、ヒーローを捕まえること。 ヒーロー役は同じく制限時間内に敵を捕まえるか、核兵器を回収(直接触れる)ことが勝利条件とされた。どちらかと言えば守りに徹することのできるヴィラン役のほうが有利と言えるだろうか。 「オールマイト先生、先ほど2対2と説明されていましたが、私達のクラスは21人。割り切れないのでは?」 「ナイスな質問だ、八百万少女。今回の訓練、ある人物には非常に有利! だから20人が終わったあとにソロでのヴィラン役をお願いしてある!」 このクラスで非常に有利、と言われる人物などたった一人しかない。自然と視線がその人物に集まっていくのを察して、オールマイトは告げた。 「お察しの通り、外賀少年だ。ヒーロー役だと簡単に勝ててしまうからね! 彼と戦うヒーロー役2名はもう一度選び直すことになるのもポイントだぜ、少年少女!」 今回の授業内容において、伊壱の個性もといオペオペの実の技“シャンブルズ”があまりにも有利すぎるのである。 ヴィラン役ならば伊壱がその気になればビルの外にヒーロー役を放り出せてしまうし、ヒーロー役なら瞬時に偽物の核を手元に置くことができてしまう。 オールマイトの言葉を受けて全員が納得できてしまうくらいには、伊壱が相手では勝ち筋があまりにも見えないのが現状だった。 「1人でも外賀が相手だとなぁ……。シュンッパッで終わっちまいそうだな……」 「だから今回外賀少年には個性の使用に関しても色々と制限をつけさせてもらった! 例えば彼の“シャンブルズ”という技は開始とともに一切使わないとかね!」 「外賀が先生に呼び止められたのってそのことか?」 「うん、そうだよ」 コスチュームを受け取る際オールマイトに呼び止められていた伊壱は苦笑を浮かべている。 「俺のせいで2回戦うことになる人には申し訳ないけど、よろしくね」 「外賀くんのお陰で2回も行えるんだ! 寧ろありがたい!」 「そうだよな、1回目の反省点を活かせるわけだし。あんま気にするなよ、外賀」 「そう言ってもらえると助かるよ、ありがとう」 説明が終わったところで伊壱を除く全員がくじ引きを行い一戦目が始まろうとしていた。 一戦目、ヒーロー役には緑谷出久と麗日お茶子、ヴィラン役に爆豪勝己と飯田天哉。緑谷と爆豪の組み合わせは不穏そうである。 「初日のこともあるしなんか心配だな、この組み合わせ……」 「確か緑谷と爆豪って知り合いっぽそうだったもんな……。でも大丈夫じゃね? 先生も危なかったら止めるって言ってたし」 「それもそうだね」 爆豪も流石に教師に止められるようなことはしないだろうと、伊壱は気持ちを切り替えてモニターを見つめた。 開始して直ぐに爆豪と飯田はオフェンスとディフェンスに分かれて行動している。飯田の機動力を見込んでディフェンスを任せたのだろうか。 (爆豪君は個性のことも考慮して攻めの姿勢を取ったのかな? 持ち運べるという設定だから、そう簡単に起爆するとは思えないけど……) 因みにモニタールームには通信機器を持つオールマイト以外訓練中の音声は届いていないので、実際どのような会話があったのかは想像することしかできない。 「ヴィラン役、ヒーロー役で何故そうしたのかを分析することも大事だ、少年少女! みんなよく見て考えてくれ!」 「――お、飯田が部屋の掃除を始めたな」 「なんっつーか、真面目だな……」 ハリボテの核のある一室でディフェンスを務めることとなった飯田が、部屋にあった核以外のものを部屋の外に出しているのが映し出されている。 着々とヒーロー役に近付きつつある爆豪に注目が集まる中、あまり注目されることのない小さな行動だが、気付くものは気付いていた。飯田のあの動きは恐らく麗日を気にしてのものだということに。 (昨日のあれで麗日さんの個性を知ったからこその行動……。やっぱり飯田君はちゃんとみんなを見ているな) 実際は入試のことも含まれているのだか、伊壱は飯田と麗日、そして緑谷が同じ会場にいたことを知らないため仕方のないことである。 モニタールームで四人の動向を見つめている中、いよいよ戦闘訓練らしい引鉄が引かれた。 窓から潜入していた緑谷、麗日ペアが曲がり角の一つに差し掛かろうとしていた正にその時――二人からは死角となるだろう位置から個性の爆破を使いこなして奇襲を果たした爆豪が躍り出る。しかし、その奇襲は緑谷に読まれていたようで、彼は麗日を庇いつつ前方へと飛んだ。 「爆豪ズッケェ!! 奇襲なんて男らしくねぇ!」 「とてもうまい奇襲だよ。死角をうまく使ってる……。それを避けた緑谷君も凄いな」 「それね! 緑くんよく避けたよね!」 流石に近距離でのあの爆発では無傷、というわけにはいかなかったようで、彼のコスチュームは早速破損しているが無理もないだろう。あの爆破の勢いではコスチュームに余程の炎熱耐性がないと防ぎようがないだろう。 その後も二人の戦いは続いていき、麗日は二人が戦っているうちに、と核の回収へと向かったようだ。 最初のうちは爆豪の動き読んだ緑谷が彼を背負い投げするなど活躍を見せるのだが、そのことが逆にプライドの高い爆豪に更に燃料を投下させた。個性も手伝って更に荒々しく見える個性の爆破で周囲の壁を破壊する大爆発を繰り出したのである。 「あれは……。訓練とはいえやりすぎだよ。下手していたら緑谷君の命の危険もあった」 「仮にそのことを抜きにしても偽物とは言え、あれは核。いくらヴィラン役とはいえあまりにも愚策なやり方ですわ」 「超ギリギリのセーフだ。2発目は絶対禁止にしたから安心してくれたまえ!」 偽物とはいえ、あれは核。設定上そうであることを気にしていないかのような、荒々しい戦い方をする爆豪。オールマイトからの注意を受けて二発目を打つつもりはないようだ。 どんな会話がされているのかはわからないが、やはり、この二人には何か因縁めいたものがあるのだろうか。 会敵した階層から変わらずに続けられるも一方的になりつつある爆豪と緑谷の戦闘。核のある部屋に辿り着いた麗日とそれを守る飯田との核を巡る攻防。状況は今となってはヴィラン側にあると誰もが察していた。 誰もがヒーロー側の勝ちは薄いと思っている中で、ただ一人、オールマイトは知っていた。まだ緑谷と、そして作戦を知っている麗日が諦めていないことを。 それは、一瞬の出来事だった。 緑谷と爆豪の、互いが互いに見せる激情。これから大技が繰り出されると、モニタールームにいる誰もがはっきりと感じるほどの気迫。 一度目こそ止められなかったオールマイトが生徒の声に後押しを受けるようにして中止を宣告しかけたその時、緑谷が何か叫んだように見えた。瞬間。 爆豪と緑谷の大技がぶつかり合う。空へ向かっていくかのように爆破と衝撃がビルに走る。地下室にいてもはっきりと感じるほどの技の威力と響く轟音が木霊する中、麗日が飛び出した反動と個性の無重力を駆使して宙を飛び、核に触れるのを確かに見た。 爆炎と崩れ落ちる床や壁だったコンクリートのせいで立つ煙が晴れていく。 すさまじい攻撃が起こった階層では呆然と立ち尽くす爆豪と、個性の反動でひどい怪我を負った右手とともに、爆破から最低限身を守るために左手を盾に使ったことでひどい火傷を負った緑谷が倒れていく姿が映り込む。 「ヒーローチーム、WIIIIIIN!!」 宣言したあとオールマイトは驚くほどのスピードで地下から出ていく。四人の様子を見に行ったのだろう。核の部屋では個性の反動でダウンしている麗日と、心配して背を摩る飯田の姿が映っている。 「負けた方がほぼ無傷で、勝った方が倒れてら……」 「勝負に負けて、試合に勝ったというところか」 「訓練だけど」 その言葉通りだが、もしもこれが現実だったら――。そう考えると伊壱は手放しに緑谷と麗日を好評することはできそうになかった。 何故ならヴィランがほぼ無傷であり、ヒーロー側が戦闘不能になっている時点で「詰み」だからだ。 あの四人の中で一番的確に行動していたのは飯田一人であると伊壱は考える。彼の行動は始終相手の個性を意識した立ち回りであったことは明らか。 組んでいた爆豪がもう少し冷静に対応していたら、展開はもう少し変わっていたのかもしれない。 少なくとも緑谷だけに焦点を縛ってしまった爆豪は、外ならぬ緑谷にそれを読まれた結果、内容はどうであれ完全にしてやられてしまったと言える。 (飯田君もそうだけど、爆豪君も強敵だな……。仮に“シャンブルズ”が使えたとしてもあの爆破の勢いなら余裕で追いつかれるどころか、第一に位置が安定しない可能性が高い) “シャンブルズ”は簡単なように見えて、実際はかなり精密なコントロール力が必要な技だ。 誰もが想像する瞬間移動に見えなくもないこの技は、あまりにも使い勝手がいいので多用することが多い。けれど、飯田と爆豪が相手となるとそう簡単にはいかなさそうだ。 その後、保健室に運ばれた緑谷を除いた三人が戻ってくると、講評する時間となった。 伊壱が考えていた通り、ベストの戦い方をしたのは飯田であった。八百万からの的確な講評に彼女が言ったこと以外のことをオールマイトが言えなかったほどである。 初回から凄いことになった一回戦とはある意味対照的な結果となったのが、八百万と同じく推薦入学者である赤い髪と白い髪を持つ少年轟焦凍と、クラスでも随一のガタイを持つ、複製腕という異形系に分類される個性の持ち主の少年障子目蔵のペアだ。 障子の個性で索敵を終えて直ぐに、ヴィラン役二人をビルごと凍結させるという実力をはっきりと見せつけたうえで勝利を収めたのである。恐らく開始五分もかかっていないだろう。 核を傷つけることもなく、ヴィラン役の二人を弱体化どころかほぼ捕獲したと言ってもいい。正に完封勝利だと言えた。 因みに凍結された際のその寒さは正に極寒。地下は突然の寒さに身を凍えさせるものが続出した。この時の経験から、伊壱は冬のヒーローコスチュームにロングコートを希望して間違いなかったと痛感したという。 凍らせたビルを同時に熱して溶かした轟の個性はその髪色が現すように氷と熱の個性を併せ持っているのだろう。それも、このビル一棟を容易く冷やして熱するほどのものだ。やはり推薦入学は伊達ではない。 講評においても勝負にならなかった、といった具合で評することそのものが難しいところだった。 敢えて評するのならばもう少しチームプレーを意識するべきだったと八百万が言っていたのだが――当人がそれを気にしているのかはうかがい知れなかったが。 その後の戦闘訓練も波乱さとは無縁の順調さで勝敗と講評が繰り返され――いよいよ残りはヴィラン役が確定している伊壱と、ヒーロー役の誰か二人である。