朝の登校時間、雄英の校門付近に勢揃いしている取材陣に伊壱は目を丸くした。 (うわ、凄い数のマスコミ……。オールマイトが関係していそうだ) しかしあれでは自分を含めて他の生徒達も入れないのではなかろうか。時間に余裕があるとは言え、折角早くに来たのだから、早くクラスに行きたいと思うのはごく自然のこと。 案の定彼らは入ろうとしてくる生徒達に直接取材を強行もとい、試みているようだった。 戸惑っている生徒、緊張しながら答えている生徒、当然無視する生徒もいるが、やはり大半の生徒は迷惑そうにしている。 「オールマイトはいつもこんな感じだったのか……大変だ、これは」 テレビで見る大勢の取材陣の対応さえも笑顔でこなすオールマイトの凄さを改めて感じ入った伊壱はスマホを取り出しどこかに電話する。 数度のコール音のあと聞こえてきたのは、彼の担任の声だった。 『どうした、外賀』 「えっ、一応雄英にかけた電話なんですけど……。よくわかりましたね」 『生徒のスマホや、その実家の電話番号は登録されているからな。担任が出られる状況なら出たほうが合理的だ。……それで?』 「校門前に沢山マスコミの人がいて、登校してきている人達が迷惑しているんです。どうにかなりませんか?」 『一応、校門前は私有地ではないからな。マスコミがいるのは問題ない。が、生徒の邪魔となると話は別だな。少し待っていろ』 途切れた通話の言う通り、暫く待っていた伊壱は横を通りがかるクラスメイトに気が付いた。 「あ、轟君。おはよう」 「……ああ、おはよう」 「急いでないなら少しここで待たない? あれのことで相澤先生に電話したら、対応してくれるみたいなんだ」 「……そうする」 声を掛けられた轟は伊壱の言葉を受けて校門前にいる取材陣を見る。あの中を通り過ぎるのは少し面倒だと思ったのだろう。 少し考えるように間をおいてから、彼は伊壱の誘いに乗ったようでその場にとどまった。 一応通りがかりの他の生徒や通行人に迷惑のないように伊壱の一歩手前に立った彼と伊壱の間にそれ以上の会話はない。 気まずく思ったわけではないのだが、伊壱はそういえば、と改めて轟に声を掛けた。 「そういえば轟君、初日のテストの時氷嚢作ってくれてありがとう」 「……? その礼はもうしただろ」 「まあ、そうなんだけどさ。緑谷君もかなり助かったみたいだったから、作成をお願いした側としてはもう一度と思って」 「緑谷……。そういや、昨日の朝礼言われたか」 何に対する感謝の言葉なのかわからないほどどもっていた緑谷を思い出した轟は、そうか、あの時の氷嚢のことだったのかと改めて思い出す。 氷と熱を同時に操ることはできないので氷を作ってから融かさなければならなかった。ああいう使い方をしたのは初めてだったので、妙に印象に残っていたのだ。 何せ彼は右側の個性だけを伸ばす生き方をずっと続けてきたことに加えて、自分の個性が医療に使われる場面に遭遇したこともなかったのだから、尚更だった。 「あの時は本当に助かったよ、まさかクラスメイトに氷嚢を作れる個性の人がいるとは思わなかったから」 「いや、別に氷嚢を作る個性じゃねぇ」 「えっ、あ、うん、そうだね。気を悪くしたならごめん」 「? 別に気を悪くしてねぇ。――来たみたいだな、先に行く」 言われて視線を向けると、担任の相澤がマスコミに対して何か言ってくれているようだ。 あれならばそろそろ自分達も近付いても問題なさそうである。 端的に告げた轟が校門に向かうのを先に行く、と宣言されたことも手伝って数歩後からついていく形になる伊壱。 「おはようございます、相澤先生。態々有難う御座います」 「おはよう。これも教師の仕事だ、気にしなくていい。早く教室に行け」 「はい」 ちょっとした騒ぎのあった、登校となった。 「ええ!? 外賀くんってカナヅチなの!?」 「どうしようもなくてね。小中も水泳の授業はやらなかったよ」 「結構筋金入りなんだな……。なんでもできそうだから意外だわ」 朝のHR前のちょっとした時間、何気ない会話で今までクラスメイトに与えていた印象からは予想もつかない弱点を知った芦戸たちは驚いた。 今までの成績を鑑みても到底想像できない意外性のある弱点である。 「個性が発現してから泳げなくなったから、多分個性のせいなんだろうけど……。よくわからなくてね」 「個性のデメリットにしちゃあ、変なデメリットだよなぁ。別に水と関係するもんじゃないし」 (悪魔の実だから仕方ない、なんて言うわけにもいかないしなぁ) ONE PIECEではオペオペの実はパラミシアという、人の形を保ったまま能力を行使できるタイプに分類される。 原作の主人公モンキー・D・ルフィも同じくパラミシアに分類される悪魔の実の能力者で、彼は作中にて膝下程度の水嵩までなら何とか立つことができていた。伊壱も時折試してはいるが、やはり、膝下程度になると洒落にならないほど脱力してしまうし、当然全身が水に浸かれば精々息を止めていることくらいしかできなくなるほどだった。 「じゃあ水難救助とかはできないわけか」 「状況にもよるかな。“ROOM”が届く範囲なら水中でもある程度個性は使えるし、完全防水さえしていれば水中でも活動はできるけどね」 「一応解決策はあるわけか。そうなると、やっぱ外賀の個性って対応力や応用力あるよなぁ」 「でも、もしも海とかでの戦闘になったら危ないよね」 一応解決策はあるものの、万が一を考えるとリスキーなことに変わりはない。 もしも水場での戦闘となるのなら、伊壱は慎重に行動しなければならなくなるだろう。下手したら要救助者が増えることになる。 「そうなんだよね。何が何でも水場には落ちないように鍛えてもらったことはあるけど……」 「へぇ、どんな鍛え方したんだ?」 「条件反射を鍛えたって感じかな。水に落ちそうになったら個性を瞬時に発動して、落ちないように動く、みたいな」 彼の個性は当然彼自身にも作用する。もしもオペオペの実の力が使用者に行使できるものではなかったのならできないことだったが、幸いできるものだったので鍛えることができたのだ。 「……なんか大変そうだな」 「大変だったよ。水に落ちたら沈むしかなかったらね」 「いやいやいや、笑いごとじゃねぇよ、それ!? っつーか沈む!?」 「うん。沈んじゃうよ。どういうわけか浮かないんだ」 さらりと何でもないとでも言うかのように笑いながら返ってきた言葉に上鳴は一瞬だが、自分が間違っているのかと疑ってしまうが、何とか自分の考えは間違っていない筈だと持ち直す。 天然というか、ある意味浮世離れしているというべきか。ちょっと常識外れのところがある伊壱は放っておけないと思えるところが時々あった。 「外賀……お前、頑張り過ぎだから……。洒落にならないって……」 「師匠が監修してくれていたから大丈夫だったよ」 「びっくりしたぁ、なんだ、他にも人がいたんだね」 「へぇ、外賀は師匠がいたのか。ならあの強さも納得だな。どんな鍛え方だったんだ?」 「突き落とされたり、蹴り落とされたり、ぶっ飛ばされたり……。兎に角いろんなシチュエーションを繰り返したくらいかな」 「…………」 「…………いや、外賀、なんか今、しれっと凄いこと言わなかったか?」 しかも結構とんでもない内容だった。気のせいではないはずだ。今の発言を聞いていたクラスメイトは他にもいたのか、クラスがしんと静まり返っている。 「えっ、そう?」 「待って、外賀、それ本当に鍛錬?」 「鍛錬だよ。……あ、沈んだ後もどのくらい息を続けることができるのか、ついでにやったっけ」 「すぐに助けてもらったわけでもないの!?」 「待って待って、外賀さん、お願い待って!?」 「上鳴君、なんでさん付け……?」 個性のデメリットは軽減できるものもあれば、どうしても克服できないタイプのものがある。 話を聞く限り、伊壱のデメリットはまず間違いなく後者だろう。 要救助者は増やさないほうがいいのは確かなことだ。本人の命を守るためにも必要なことのような気はする。しかし、やり方が合理的な気がしもなくもないが、あまりにも物騒だ。 「命懸けの鍛錬とか熱いな、外賀……!! だけど気を付けろよ、それで大変なことになったらそれこそヤベェし」 「ありがとう、切島君。一応気を付けてはいるんだよ、時々抜き打ちでやってくるからさ」 「今も続いてるんだ……」 ――外賀くんの師匠っていったい……。 クラスメイトの大半が所々言葉は違えどこのように思ったことは言うまでもない。 HRを行う為教室の扉近くまで来ていたことで偶々今の言葉が聞こえていた相澤は、恐らくその鍛錬が彼の幼いころから始まったのだろうことを察していた。 (本当に、よくあのセンパイについていけたもんだな……) 武藤タツキは弟子の体を壊すようなことをする人ではない。逆に言えばそのギリギリを見極めたうえでのしごきだっただろうことは簡単に想像がつく。 よくあんな性格になれたものだ、あれが反面教師というものなのだろうか、と思いながら相澤がクラスに入ると、席に着いていなかった生徒達は慌てて席に着いた。 「昨日の戦闘訓練、お疲れ。VTRと成績見させてもらった」 その時にも言われただろう各自の注意点は兎も角、相澤から見て特に問題と映ったのだろう爆豪と緑谷に対して注意と苦言を呈した相澤。 誰かしらに影響を与えるほどの本音と本音のぶつかり合いであったとしても、大幅減点となったあの戦闘方法ではヒーローらしからぬとバッシングの対象になりかねないし、相澤が予てより本人にも告げているように要救助者を増やすだけだ。 当人たちもよくよく自覚しているのだろう、それぞれ当人らしい反応ではあったが、反省はしているようだった。 「急で悪いが、今日は君らに学級委員長を決めてもらう」 注意は兎も角、今日の本題を告げた相澤に対し、クラスメイトは抜き打ちテストではなく学校っぽい行事が来たことに大きく興味を示し、同時に安堵した。幾人かの顔はきっと輝いているのかもしれない。 (学級委員長かぁ……。放課後忙しくなりそうだからなぁ) 嘗て学級委員長をしたことのある伊壱は、そのポジションが教師からしてみれば雑用を頼みやすいポジションであることをよく知っていた。雄英の教員が必ずしもそうであるとは限らないものの、明確にされていない以上、今までの経験から判断するしかない。 つまり、雄英からの課題やその予習、医者になるための勉学、そして武藤タツキが指導する鍛錬のことを考えると委員長になるのは避けたい、というのが伊壱の本音だ。 クラスの大半が学級委員長をやりたいと名乗りを上げる中、伊壱を含めてごくわずかな人数は興味のなさそうな姿勢を見せていた。 因みに殆どはやりたいという意思表明だけの中、名は出さないでおくが一名の男子が到底女子には受け入れられることのないマニフェストを掲げているが、当然誰も受け入れないだろう。 「これは投票で決めるべき議案!!」 「そびえ立ってんじゃねーか! 何故発案した!」 自薦があまりにも多いのを見兼ねてか、飯田がまっすぐと挙手したまま発案する。一見矛盾を覚える行動ではあるのだが、このままでは学級委員長が決まりそうにないのも確かだろう。 飯田の発案に真っ先に乗ったのは伊壱だった。 「このままだと長引きそうだから、俺も投票案に賛成」 「でも、日も浅いのに信頼もクソもないわ、飯田ちゃん、外賀ちゃん」 「そうだぜ、そんなん皆自分に入れらぁ!」 「俺は別の人に投票するから、誰かは学級委員長になると思うよ」 「マジか!?」 はっきりと断言した伊壱の言葉が真実だとすれば、そして切島の発言を踏まえても、学級委員長になる人物が絶対にいるということ。 「外賀はなるつもりないのか?」 「放課後予定入っていることも多いから、なれないかなぁ」 「あー。確かに学級委員って放課後に先生に頼まれることとかありそうだもんな」 伊壱の発言を受けて、何名かは少しだけ決意が揺れている。厳しい授業が続いたあとの放課後をどう過ごすかに重きを置く生徒は案外多い。それはヒーロー科であっても同様のようだ。 「外賀、俺に投票しろ、俺に!」 「峰田君にだけはしないよ。女子が可哀想じゃないか」 「全男子の夢だろうが!! 膝上30cmのスカート!!」 「そんな夢見たことないから……」 「峰田にだけは投票するやついねぇよ」 「寧ろどうして投票してもらえると思ってんだ、お前……」 どんどんと自分の欲望に素直になるというべきか、本性を出してきたというべきか、隠さなくなりつつある峰田に対しての対応はほぼ同様である。これで凝りもしないのだから峰田は小柄でマスコット的な見た目に反して、良く言えば根性のある、悪く言えば図太い人物と言えよう。 伊壱の発言もあったのか、相澤は時間内に決まればやり方はどうでもいいというスタンスらしい。 飯田発案の投票は採用され、各々が投票した結果――。 「僕3票―――!?」 殆どのクラスメイトが一票と続く中、緑谷と八百万のみが他より多く票を得ていた。 緑谷は驚いていたが、彼は三票を獲得。八百万二票。伊壱、轟、麗日は零票、他は一票という結果となったのである。 「お、俺に1票が……!? 一体だれが!?」 「飯田君、自分に入れなかったんだね」 「ま、まさか、外賀くん君か!?」 誰かに投票すると宣言していた伊壱の発言を思い出し、勢いよく尋ねてきた飯田に伊壱は苦笑しながら頷いた。 「だって飯田君、真面目だから。ちゃんと皆を纏めてもらえそうだなと思ってね」 「――!! くっ……、折角投票してくれたというのに、無駄にしてすまない……!!」 「ええっ、飯田君、そんな謝らないでよ!」 「自分もやりたがってたのに何がしたかったんだ、飯田……」 まさかの発案者が自分に投票していなかったとは皆思わなかったのだろう。けれどそこがまた飯田らしいと言えば飯田らしいとも言える。 誰から見ても緊張を隠せない緑谷が学級委員長、次いで投票数の多かった八百万が学級副委員長となることで朝のHRは終わりを迎えるのだった。 あっという間に時は過ぎ、昼食の時間。相変わらず弁当持参の伊壱は八百万からの注意を受けてまずは昼食をとることに専念していた。 今日の弁当も相変わらず美味しいと、母親に感謝しながら堪能していたその時、初めて聞く校内放送が響き渡る。 『――セキュリティ3が突破されました。生徒の皆さんは速やかに屋外に避難して下さい――繰り返します、セキュリティ3が突破されました。生徒の皆さんは速やかに……――』 「……セキュリティ3。ヤバそうだってことはわかるけど、避難経路はまだ教わってないな」 入学してまだひと月どころか一週間も経っていない一年生たちはいったいどこに避難すべきなのか。突破ということは誰かが不法に侵入してきた可能性が高い。 プロヒーローが大勢いる雄英に侵入してくるなど、只者ではないだろう。それこそ、ヴィランだと考えるものも大勢いるかもしれなかった。 「ケロ……!?」 「俺らも早く避難しねぇと!」 「……!」 「落ち着いて。気持ちもわかるけど、一先ず落ち着こう」 教室内にいてもわかる、外の混乱具合。きっと他の一年生たちも不安なのだろう。こんな時に我先にと飛び出ては余計にパニックが広がるだけだ。 こういう時に最も恐ろしいのが集団パニックであるとよく習っていた伊壱は冷静になるようにと教室にいる面々に声を掛ける。 焦りを隠せない砂藤は今にも教室の外に向かおうとする足を止めて、伊壱に言った。 「でもよ、外賀! 雄英でこんなことが起きるなんて絶対只事じゃねぇぞ!?」 「だからこそ、だよ。俺たちはまだ避難経路を教わっていない。それなのにどこに避難するのかわからないだろ? 雄英は広いから、間違った方向に進むのは危険だ。それに先生方は教師であると同時にプロヒーロー。直ぐに避難先の指示が来るはず。万が一ここに危険が迫るようなら、俺の個性で全員外に脱出できるから、落ち着こう」 伊壱がそこまでいって、漸く教室内の混乱は収まったようだ。 まさか雄英でこのような騒ぎが起きるとは夢にも思ってもいなかったのだろう。それほどまでに雄英の名は大きいし、重いものなのだ。 「そう、だよな……。ありがとうな、外賀。少し落ち着いたわ」 「どういたしまして」 「でも焦るよね、先輩達は避難始めてるわけだしさ」 「……思ったのだけど、私達がそうだったみたいに、みんな一斉に避難しようとしていたのなら大変なことになっていたかもしれないわ」 校舎そのものが大きい雄英ではあるのだが、例えば多くの生徒が集まる食堂の廊下はもしもこの教室いたクラスメイト達のように混乱しながら一斉に避難していたとすると、あの廊下の広さでは、間違いなく対応しきれないだろう。 冷静に指摘した蛙吹の言葉に同意した一同は、ここにはいないクラスメイトを気に掛ける。 「緑谷達って確か食堂にいるはずだろ?」 「心配だよね」 「廊下、さっきまではバタバタしてたみたいだけど、今は落ち着いたみたい。ちょっと確認してみない?」 「うん、そうしようか」 冷静さを取り戻した今なら大丈夫だろうと、伊壱を始め何名かがそっと廊下を見る。 不安そうにしている生徒達の何名かが、窓の外を見つめているのが見えたので伊壱達も窓の傍に行って確認すると――、どうやら、雄英の校門から大勢の人々が玄関先に詰め掛けているようだった。 「……何だろう、あれ」 「あっ、もしかしてマスコミじゃない!? 朝からずっと校門前にいたじゃん!」 「ケロ、もしもそうならさっきの放送、そのうち訂正が入りそうね」 蛙吹が言っていた通り、先ほどの放送による避難指示が解除されるのはこの後すぐのことであった。どうやってあのセキュリティを突破してきたのかはわからないが、マスコミが校門を突破し、雄英のセキュリティシステムが作動したことによるこの騒動は、A組に少しの変化を与える。 食堂にてパニックに陥った多くの生徒たちを落ち着かせるために身を張って活躍した飯田が委員長をやるに相応しいと、緑谷が辞退したのだ。 八百万は複雑そうにしていたものの、飯田が委員長を務めること、八百万が副委員長であることに否定の意見などなかったため、こうして1年A組の正式な学級委員と副委員長が決まったのだった。