マスコミ騒ぎのあった翌日のヒーロー基礎学の授業。相澤は昨日オールマイトも使っていたカードを全員に見せるように掲げながら告げた。 「今日のヒーロー基礎学だが、俺とオールマイト、そしてもう一人の3人体制で見ることになった」 なった、ということは本来であれば相澤先生とオールマイトの二人体制で授業を行う予定だったということだろうか。 緑谷を始め相澤の言葉に疑問に思った生徒もいる中、瀬呂が挙手し質問する。 「ハーイ! なにするんですか!?」 「災害水難なんでもござれ、人命救助訓練だ!」 以前オールマイトが掲げていたものと同じカード。しかしそこには「RESCUE」と表示されており、相澤の言っていた通り戦闘形式ではないのだろう。 ヒーロー飽和社会となって以降、プロヒーローには個性や戦闘方法によって得意分野に則った活動をするものは多いが、戦闘と同じく救助活動もまた、ヒーローにとって必要不可欠な授業と言えるのは言うまでもない。 「レスキュー……今回も大変そうだな」 「ねー!」 「バカおめー、これこそヒーローの本分だぜ!? 鳴るぜ! 腕が!」 「水難なら私の独壇場ケロケロ」 「おい、まだ途中」 和気藹々と話し込む生徒たちをひと睨みで静かにさせる相澤。逆らってはいけない系教師としての立場を不動のものとしたその手腕は、元来の使われ方で言うところの個性豊かなA組を纏める上では必要不可欠なもの。適材適所に役割を振れるあたり、流石雄英といったところか。 「今回コスチュームの着用は各自の判断で構わない。中には活動を限定するコスチュームもあるだろうからな。訓練場は少し離れた場所にあるからバスに乗っていく。以上、準備開始」 コスチュームが仕舞われている隠し棚を出現させる装置のスイッチを押しつつ説明する相澤は相変わらず合理的に動いているようだ。相澤の言葉を受けて席を立つ一同。 伊壱もまた全員と同じくコスチュームを受け取るために席を立った。 「外賀、お前のサポートアイテムだが今回はどうする?」 災害水難と合わせて言ったということは、何も水難だけではないということ。日本は自然災害において世界でもトップクラスで多い国だ。想定される自然災害も当然多くなってくる。 想定される自然災害の中には伊壱のサポートアイテムが活きる場面が確かにあるので、伊壱はできることならば持っていきたいと考えた。 「今回もお願いします」 「わかった。連絡しておく」 どうやら問題はないらしい。相澤はスマホで何か操作をしている。恐らく、オールマイトか例のもう一人の担当者に連絡を取っているのだろう。 (本当にありがたいな。個性も沢山あるのにそれぞれで対応してくれるし) ひとりひとり個性が違うということは、対応もそれぞれで変わる。けれど、雄英の教員は誰一人として大変さなどを顔色一つ見せないで対応していく。 大人として、ヒーローとして、将来こう在りたいものだと伊壱はつくづく思った。 全員がコスチュームに着替え、バスに乗り込んだその車内。 飯田は早速委員長らしい仕事だと張り切っており、席順に座るように指示を出していた。が、残念なことにバスの座席はよくある四列式のタイプではなく、前半分を片側四人ずつほど座れる対面式の座席、後ろ半分を四列式という混合型のタイプ。これでは座席順に座ることはできない。 結局、各々好きな座席に座ることになったのだった。 (雄英のことだから、演習場も凄そうだな……) 何せ一つの演習場だけでも広いのに、それが八つ。更に校舎だけでも相当広いのにバスで移動する距離にある別の演習場さえも雄英の敷地内にあるというのだから驚きだ。 災害水難なんでも、ということは少なくとも水場はあるに違いないと考えていると、前方の対面式の座席に座るクラスメイトの一人、切島が伊壱の名前を挙げることで意識がそちらに向かった。 「派手で強ええつったら、やっぱ轟と爆豪と外賀だな」 「え? 何の話?」 「個性の話。っつっても、外賀のは派手っつーよりは応用力がスゲェって感じだけどな」 もう技があるなんてスゲェよ、と声を掛けてくる切島。伊壱が座っているのは今名を挙げられていた爆豪とその隣に座る耳郎の後ろの席である。因みに窓際の席でもある隣には轟がいて、彼は会話に参加するつもりはないようだ。目を閉じているので眠っているのかもしれない。 「ケッ」 自分の名前が挙げられたことに対して乱暴に返した爆豪に、すぐさま蛙吹がはっきりと言った。 「爆豪ちゃんはキレてばっかだから人気出なさそ」 「んだとコラ出すわ!!」 「ホラ」 確かに直ぐにキレる爆豪はそういった意味合いでは好き嫌いが別れてしまいそうなヒーローになりそうだ。 その点さえ除けば間違いなくプロヒーローの中でも頭角を現しそうなだけに惜しいなと、思うものも中にはいる。伊壱はその口だった。 「爆豪君、笑顔って大事だよ」 「ウッセェルーム野郎!!」 「あだ名……!」 「外賀、多分それ喜ぶところじゃないからな? にしても爆豪、この付き合いの浅さで既にクソを下水で煮込んだような性格と認識されるってすげぇよ」 「てめぇのボキャブラリーは何だコラ、殺すぞ!!」 「爆豪くん、君本当に口悪いな!?」 爆豪の隣の席に座る耳郎にとっては堪ったものではないが、爆豪に対するイジリは反応がいいだけに楽しいのだろう。 幼馴染の緑谷にとって、否、きっと雄英に入る前の爆豪を知っているものならば信じられない光景であることは間違いない。 「もう着くぞ、いい加減にしとけよ……」 「ハイ!!」 賑やかだったバス内は相澤の一言で直ぐに静かになる。まるで軍隊のように一糸乱れぬ行動だ。 相澤が言っていた通りに直ぐ着いたバスを降りれば広がる訓練場――そこは正に、広大にして壮大というに相応しいものだった。 「すっげー! USJかよ!?」 東京ドームのようなドーム状の建物。天井はガラスか、何かしら透明な素材を使っているのだろう、日差しがさえぎられることはなさそうだ。 入口から入ってすぐの階段をいくつも降りた先にある噴水付きの広場でさえも広いというのに、その奥にはまるでアトラクションかと見紛うような様々なシチュエーションを体験できるような施設が存在しているらしい。 見える限りでも水難、火災が目につくが、広さからして他にもたくさんの疑似体験できる施設がありそうだ。 (もう何度も思ったけど、凄いな雄英……) ここまで色々なものが用意できるとは本当に凄い学校だ、と伊壱は幾度となく思ったことを思った。 「あらゆる事故や災害を想定し僕がつくった演習場です。その名も――ウソ(U)の災害(S)や事故(J)ルーム!」 ここで登場したのはこの施設作成を担当したという教員――宇宙服そのもののようなコスチュームが特徴のプロヒーロー、スペースヒーロー13号その人だ。彼の片手には説明の後手渡すつもりなのだろう、伊壱の日本刀が握られている。 ヒーローのことをよく調べている緑谷と、13号のファンだという麗日の声が響く中、相澤と13号は本来ここにいるべき、もう一人の教員について話し合う。 「13号、オールマイトは? ここで待ち合わせるはずだが」 「先輩それが……」 問われた13号の声が生徒たちに聞こえないように小さくなる。幸い生徒たちは新たなプロヒーローの登場と、USJの造形が気になるようで、あまり二人の会話を気にしてはいないようだ。 「通勤時に制限ギリギリまで活動してしまったみたいで仮眠室で休んでいます。終わり掛けに少しだけ顔を出すと連絡が来ました」 その時に指を三本立てた13号のそれは、恐らく、今朝方オールマイトが解決した三つの事件についてのことだろう。 「不合理の極みだな」 生徒たちには一切知らされてはいないが、昨日のマスコミ騒動――あれは到底、ただのマスコミには成し得ない出来事だった。 雄英のセキュリティは堅牢だ。通行証がなければ即座に反応する特別性の壁。それをどんな個性の持ち主なのか知らないが、破壊音一つも立てず、恐らくは瞬時に破壊された節があったのだ。 そのようなことをやってのける個性の持ち主は昨日のマスコミたちにはいなかった。つまりは、別の何者かが、白昼堂々とやってのけたのである。それがどれほどの危険性を孕んでいることか。 生徒たちの安全を守らなければならない雄英側としては警戒度を上げるには十分すぎる出来事だったのである。 ――とはいえ、それは一応念のため程度であることもまた事実。何せ雄英はプロヒーローが教員を務める学校であるのだから、事件が起こる可能性は少ない。そして相澤も13号も、そこらのヴィランに後れを取るつもりは毛頭なかった。 「仕方ない、始めるか」 相澤の言葉が聞こえたのか、ざわついていた生徒たちは静かになり教師二人に視線が集中する。 その視線を受け止めて、13号は仮面に覆われて見えないものの口を開いた。 「えー、始める前にお小言を一つ二つ、三つ、四つ……」 (増える……) 言葉を纏めているのか確実に増えていくお小言にクラス全員が戸惑う中、13号はお小言を始める。 「皆さんご存知だとは思いますが、僕の個性は“ブラックホール”。どんなものでも吸い込んでチリにしてしまいます」 「その個性でどんな災害からも人を救い上げるんですよね」 「ええ……。しかし、簡単に人を殺せる力です。皆の中にもそういう個性がいるでしょう」 臆せず断言した13号の言葉は、真実であった。 強力な個性は勿論、一般的に弱いと言われる個性でも、使用者自身の使い方でその在り様は白にも黒にもなり得る。 初日に行った体力テストで自身の力の可能性を知り、昨日の対人戦闘で個性を人に向けるその危うさを知ったものはいるはずだと、13号は言葉を続けていく。 「この授業では心機一転! 人命のために個性をどう活用するか学んでいきましょう! 君たちの力は人を傷つけるためにあるのではない、救けるためにあるのだと心得て帰って下さいな」 ヒーローとは人を救うための職業であるその意味を実感させるためでもあるこの授業。 強力な個性の持ち主であり、数多の人命を救ってきた彼の言葉に感銘を受けた生徒は大勢いた。 「以上! ご清聴ありがとうございました」 「ステキー!」 「ブラボー! ブラーボー!!」 紳士的に一礼した13号に拍手をしたのは声を上げた麗日と飯田だけではなかった。伊壱も飯田と同じく拍手を送っている。 (やっぱりプロヒーローの言葉は重みがあるな) 「そんじゃあまずは……」 相澤が広場を指さしながら言葉を続けようとした、その時だった。彼の視界の隅に先ほどまでは確かに存在していなかった黒い何かが映ったような気がしたのだ。再度しっかりと視認しようとした、その矢先。 まるで13号の個性名でもあるブラックホールのような、黒くて丸い、小さな渦巻く靄の中から、見知らぬ人物が確かに出てきた。 「一かたまりになって動くな!!」 「え?」 緊張を孕んだ相澤の声に生徒たちは呆気にとられる。これも授業の一環なのではないか。誰もがそう思ったことだろう。 「13号! 生徒を守れ!!」 相澤が指示を飛ばす中、続々と巨大化した黒い靄の中から見慣れぬ人間が出てくる。 「何だアリャ! また入試ん時みたいなもう始まってんぞパターン?」 「動くな! あれはヴィランだ!!」 瞬時に特徴の一つであるゴーグルを装着した相澤の雰囲気に、やがて生徒たちは異常事態が発生していることに気付き始めた。 生徒たちの前に立ち警戒している13号の雰囲気も先ほどとはあからさまに違う。 「13号に、イレイザーヘッドですか……。先日頂いた教師側のカリキュラムではオールマイトがここにいるはずなのですが」 最後に出てきた黒い靄の男の言葉に相澤は昨日の出来事が目の前にいるヴィランたちの仕業であることを知る。 「どこだよ……せっかくこんなに大衆引き連れてきたのにさ……。子供を殺せば来るのかな?」 青みがかった銀髪の人物の顔にはどうやら別人の手首が装着されている。異様な雰囲気を持ったヴィランは視線を上げてこちらを見つめた。 「ヴィランンン!? バカだろ!? ヒーローの学校に入り込んでくるなんてアホすぎるぞ!」 プロヒーローが多数いる雄英に、大勢とは言え攻め込んでくる。それが如何に無謀なことなのか、と思うだろう。 しかしそれは、この状況下では適応されない。 「先生、侵入者用センサーは!」 「勿論ありますが……!」 「作動しない、と……。試したけど、スマホも圏外です」 電源さえ切っておけば持ち込み可であった、ポーチに入れていたスマホの電源を入れて確認するがアンテナは圏外と表示されている。外との連絡は取れないことがはっきりと証明された。 この事態に際し、轟が冷静に分析する。 「現れたのはここだけか、学校全体か……。何にせよセンサーも電波もダメってんなら、向こうにそういうことができる個性のヤツがいるってことだ」 校舎と離れた隔離空間であること、そして相手と比べれば少人数の、しかもヒーロー志望とはいえついこの間入学したばかりの一年生が過半数を占める時間を狙ったこの状況。 「バカだがアホじゃねぇ、これは何らかの目的があって用意周到に画策された奇襲だ」 「13号、避難開始! 連絡手段妨害の対策も頭にあるヴィランだ、電波系の奴が妨害している可能性もある。上鳴、お前も個性で連絡試せ」 「ッス!」 13号にそう声を掛けて、戦闘態勢を整える相澤。生徒たちの安全を何よりも考慮しているからこそ殿を務める気なのだと誰もがわかった。 「先生は!? 一人で戦うんですか!? あの数じゃいくら個性を消せるって言っても……!」 緑谷はイレイザーヘッドが得意といる戦闘スタイルを含めて危険だと言うが、それは本人も承知の上のこと。けれど、プロヒーローたるもの、個性だけで実力を発揮し続けてきたわけではない。 「一芸だけじゃヒーローは務まらん。13号、任せたぞ!」 広場に躍り出た相澤は、自身の個性の条件に合う変化系、発動系の個性を巧みに消し去りながら、異形系の個性には体術でもって掃討していく。 どこか余裕さえも感じる戦闘法に緑谷は相澤が言っていた通りだと感嘆の声を上げ、それを飯田が咎め避難を呼びかける中、伊壱は13号から日本刀を手渡されていた。 「外賀くん、サポートアイテムは一時的に君に渡しておきます! いいですか、まずは避難を優先するように!」 「はい!」 しっかりと受け取った日本刀。鯉口を肩にかける形で抱え、避難するクラスメイト達とともに出入口の分厚いドアまで走るが―ーそれは、突如目の前に現れた。 「させませんよ」 「!! ワープの個性!?」 「おや、流石雄英ヒーロー科の生徒……理解が早いですね」 相澤の瞬きをしたほんの一瞬の隙をついて避難しようとしていた一同の目前に現れた黒い靄のヴィランは、逼迫する状況など意に介さず、優位であることを確信している体で悠長に話しかける。 「初めまして、我々は|敵《ヴィラン》連合。僭越ながら……この度ヒーローの巣窟雄英高校に入らせて頂いたのは平和の象徴オールマイトに息絶えて頂きたいと思ってのことでして」 丁寧なしゃべり口で、とんでもないことを口走る靄の男。 「本来ならばここにオールマイトがいらっしゃるハズですが……。何か変更があったのでしょうか? まぁ、それとは関係なく、私の役目はこれ」 喋る中で靄の男が常に放っている黒い靄が更に広がりを見せる中、先導していた13号が攻撃準備に入った。しかし、その線上に爆豪と切島が先制を仕掛ける。 「……! “ROOM”!」 爆破の個性と切島の蹴りが炸裂する中、伊壱は素早く“ROOM”を展開しつつ抜刀。 鞘と帽子を地面へ落とし、靄の男の視界が爆炎によって遮られているうちに即座に次の技を発動した。 「“シャンブルズ”!」 「ぅおっ!?」 「! てめっ」 日本刀の鞘と、お気に入りの帽子と、爆豪と切島を交換した伊壱。戸惑いを隠せない二人を他所に伊壱は13号に声を掛ける。 「13号先生!」 「――! その靄が個性発動の鍵ですね、させませんよ!」 伊壱の持ち物と黒い靄が13号の個性によって吸い込まれていく。しかし、靄の男は余裕そうだ。煙とともにその全貌が露になっても、先ほど爆豪と切島が仕掛けた攻撃の傷など一つもない。 「危ない危ない……、しかし、私と同じ、いや、似た個性の生徒がいるとは流石雄英。あなたは少々厄介なようだ。それに13号、あなたの個性も。――しかし、ヒーローであるあなたが私を殺せるのでしょうか!!」 ブラックホールと名付けられている個性の力は、その名に違うことなくとっくに伊壱の鞘と帽子を塵と化して吸い込み終わっていた。 人間の本能として、それがどれほど危険な代物なのか靄の男もわかっているはず。だが、靄の男は人間の本能に逆らうかのように大胆不敵にも13号に接近してきた。 「な……っ」 ヒーローは、誰も殺さない。 海外であるのならばいざ知らず、法治国家である日本においては、余程の緊急時でない限り殺しはご法度の国。正当防衛が認められているとはいえ、やはりヒーローの大前提は不殺なのだ。 特に13号は自身の個性がどれほど危ないものなのかよく知っている。戦闘が得意とは言えない災害救助専門のヒーローである彼は、予想外に接近してきた靄の男に怯まざるを得なかった。僅かに緩んだ吸引力を見逃すことなく、靄の男は瞬時にワープを発動。13号の前から姿を消す。 「しまった!」 振り返った13号の視線の先――最後尾にいた生徒たちの背後に、靄の男は余裕の態度でそこに現れた。 「散らして、嬲り殺す」 何度目かのはっきりとした殺害予告。慌てて背後を振り返る生徒たちを前に、いっそのんびりとした発言には相応しくないほど急速に広がる靄。 「く……っ」 伊壱の個性は空間掌握――オペオペの実の能力だ。けれど、その力であっても操れないものがある。それは、自然現象に類したもの。 降り注ぐ雨や雪、巻き起こる竜巻や砂嵐といったものはその操作の対象外。どうやらこの男の靄もまた同様のようであるらしく、靄を“タクト”で払おうとしても無意味だった。 (この靄の中にいたんじゃどこかに飛ばされる!) “ROOM”は発動したままだ。靄の男の発動までほんの僅かでも時間があるのならば、一人でも多く靄から逃がすべきだと伊壱が手を動かそうとした瞬間、彼の体に他のクラスメイトよりも早く靄が覆う。 「外賀!」 「君は1人でご案内しますよ」 「しまっ、」 言い切ることもできず、伊壱は靄に飲み込まれた。