伊壱達がオールマイトによって救け出され、入り口へ向かい始めた頃。オールマイトは主犯格たちと対峙していた。 視界の端に両腕と上半身、下半身を両断された、両断されていなければ自分よりも大きい背丈の男が倒れている。恐らくこのヴィランが伊壱の言っていた脳無という人物なのだろう。 「不法侵入、器物破損に何よりも傷害……! 君たち、初犯でコレは覚悟したほうがいいぞ……!」 「死柄木弔!」 「……クソ、クソクソクソ……!!」 心底腹立たしいと言わんばかりに首筋を掻き毟る死柄木の首が少しずつ赤い線が目立ち始める。 やっと大本命の標的が来たというのに、ヒーローにもなっていないたった一人の少年に妨害された。 生徒など取るに足らない。少し前までは中学生でしかなかった、ただの子供だと軽視していたことがここまで事態を悪化させるなど、死柄木も、黒霧も、そして「先生」さえも想像していなかっただろう。 そして何よりも、想定外だったのは目の前にいるオールマイトのこの存在感。 「これで弱ってる、だと……? アイツ、嘘を教えたのか……!?」 「死柄木弔、これ以上は危険です。退きましょう!」 ビリビリと肌にくる殺気とは程遠いこれが闘志と言えるものなのか。 死柄木の背後で黒霧がゲートを開いていくのを感じ取りながら、お父さんの左手の五指から見えるオールマイトから、死柄木は視線を逸らしはしなかった。 「オールマイト!!」 「緑谷少年!?」 オールマイトの背後から生徒の一人が駆け寄ってきたことで集中されていた視線がまた更に奥へと向かったその時。黒霧の背後が突如爆破される。 爆風で吹き飛ぶ黒い靄の中にある黒霧の顔とマスクを掴み、無理矢理引き倒したのは倒壊エリアに飛ばされていた爆豪だ。 「かっちゃん!?」 「うっせぇぞデク!! スカしてんじゃねぇぞ、モヤモブが!」 名前呼んだだけでも怒号を返してくる爆豪だけが駆け付けてきたわけではない。黒霧が捕まったことで気を取られていると判断したのだろう、切島が死柄木の背後から硬化された腕を使って殴ろうとするも、それはすんなりと避けられる。 「くっそ!! いいとこねー!」 どんな個性持ちなのかわからないということもあってか、切島は二撃目を行うことなく黒霧を取り押さえる爆豪のもとへと向かっていった。 「切島くん!」 「おう、緑谷! 無事だったんだな!」 脱出ゲートを塞がれた死柄木に残された手立てはない。どんどんとヒーロー志望の子供が集まってくる中、別方向からも声がかかる。 「てめェらがオールマイト殺しを実行する役とだけ聞いた」 「! 轟くん!」 「……必要かわからねぇが、あのヴィランは氷漬けにしといた。外賀がここにいたのか?」 「う、うん、外賀くんは相澤先生を連れて入口に……」 くい、と脳無が倒れている方向へと視線を走らせれば、両断された脳無が更に氷漬けにされていた。 唯一、誰にも拘束されていない死柄木だけが立っているこの状況。正に詰んでいると言えるだろう。 「全員ほぼ無傷、脳無は行動不能で出入口は押さえられた……恥ずかしくなってくるぜ、敵連合……!」 「くっ……」 「動くなモヤモブが! てめぇの弱点はバレてんだ、少しでも怪しい動きをしたと判断すれば爆破する!!」 「ヒーローらしからぬ発言……」 切島が爆豪の発言に苦笑交じりに感想を言った、その時。事態は突如動いた。 「!? ゲホッ、ゴホ……!?」 「なんだ!?」 突如苦しみだした黒霧の口と思われる場所から泥のようなものが吐き出された。普通ではないとこが起こっていることは明らかである。 咳き込む当人も不測の事態であったこともあって、爆豪の手の力が僅かに弱まる。黒霧は咳き込みながらもその隙を逃さずに個性を発動した。 瞬時に爆豪から距離を取るように移動した黒霧は死柄木の背後に立ち、逃走の為のゲートを開いたのである。 「……黒霧どうした、それ」 「げほ……っ、わかりません。彼等の個性ではないとすると……、あの方かと」 「……」 「死柄木弔、脳無はどうしますか」 「またくっつくのかわかんないからな、捨ててく」 黒霧の個性があるとは言え、伊壱の行った何かしらの技でくっつけることはできない以上、危険を冒してまで連れ帰ることは危険と言える。 拘束が解かれた黒霧がいるとは言え、相手は話に聞いていた以上に健在のオールマイト。これ以上の戦闘は脳無がいないこともあって危険と言えた。 「逃がすとでも思うのか!?」 「俺たちよりも生徒を気に掛けろよ、平和の象徴。そこのガキ共は兎も角、他のガキはどうなってんのかわからないぜ?」 「!」 死柄木の言葉に僅かな動揺が見られたオールマイトの、ほんの僅かなその隙を見逃す死柄木達ではない。 完全に開かれたゲートに呑まれにいく死柄木の手を銃声音とともに貫通する銃弾。どうやら援軍が到着したようだ。 霰の様に降り注ぐ銃弾に加え、意識を取り戻したのか13号の個性によって黒霧の靄が遠くから吸われていく。 「――っ、今度は殺すぞ、平和の象徴オールマイト」 敗退して尚、ぎらつく眼差しがオールマイトを見据えている。死柄木の言葉に無言で返したオールマイトの瞳もまた、固い決意が宿り死柄木を見据えている。 靄が消える頃には死柄木も、黒霧の姿もなく、彼等は逃げ果せるのだった。 「クソ……!」 「爆豪……。あの泥みたいなの、いったいなんだったんだろうな……」 吐き出されていた泥は、しかし、どこにも見当たらない。やはり何か意味のあるものだったのだろう。 一瞬の油断が命取りというが、その隙を突かれたが故の逃走劇に爆豪は固く拳を握り締める。 主犯格に逃げられてしまったことは手痛い結果ではあるのだが、何はともあれ、残ったのはあのヴィラン達ほどのものではない。 現着した雄英教師陣がいればあっという間に各エリアにいるヴィランを制圧できるだろう。 「プロヒーローか……。ここにこれだけ集まるってことは学校全体に仕掛けて来たってことじゃなさそうだ」 「オールマイト!」 遠い入口にいる雄英教師陣を見つけて轟が冷静に分析する中、緑谷はオールマイトに駆け寄った。 「オールマイト、大丈夫ですか!?」 「おいおい緑谷、オールマイトなら大丈夫だろ? 怪我ひとつしてねぇしさ」 事情を知らぬ切島の言葉は間違いではない。確かにオールマイトは怪我ひとつ負ってはいない。けれど、彼には間違いなく活動限界をオーバーしている可能性が高い。 「う、うむ、勿論大丈夫だとも緑谷少年!」 (ギリギリだ!! このままだとオールマイトの秘密が……!) 活動限界を超えたことでトゥルーフォームに戻る兆しともいえる蒸気がちらちらと見え始めている。 この場所に隠せるものは何もない、どうするべきかと緑谷が慌てる中、緑谷とオールマイト、そして少し離れた場所にいる切島達三人を分断するかのようにコンクリートの壁が作り上げられた。 「生徒の安否を確認したいからゲートに集まってくれ。怪我人はいるかい?」 「あっ、はい……!」 「むっ、緑谷少年怪我を!?」 「す、すみません! ワ、個性がうまく制御できなくて……!」 見事オールマイトの姿を隠せた駆け付けた教員、セメントスはオールマイトの事情を知っている生徒だということは知っているため、彼は二人をそのままにすることに決めたようだ。 「……ふむ、この場には彼以外いないね。そこのヴィランも、緑谷くんも此方で対処するよ。君たちは入口に向かうんだ」 「そりゃそうだ、ラジャっす!」 遠ざかっていく切島の足音。恐らく、爆豪と轟もまた入口へと向かったことだろう。 「ゲホッ……。ありがとう、助かったよ……セメントス」 「俺もあなたのファンなので……。このまま姿を隠しつつ保健室へ向かいましょう。しかしまぁ、毎度無茶しますね……」 僅かに吐血したオールマイトの姿は既に骸骨のように痩せ細った姿へとなっていた。ほんの少しでも遅れていたら切島たちに世間に隠していたこの姿のことがわかってしまうところだっただろう。 お礼を言われたセメントスは微笑みながらもオールマイトの気遣いを忘れない。 今回の事もオールマイトが逸早く向かわなければ生徒と教師に更なる被害が出ていたのは確かだが、既に活動限界を迎えていて、それでも立ち向かっていたことは無茶と言って然るべきだろう。 「つい動いてしまってね……」 未だ各エリアにいるだろうヴィランが気掛かりではあるのだが、これ以上動くことは他の教員たちにいらぬ心配を与えてしまうと、オールマイトはこれ以上の戦闘を止めたようだ。 安堵した緑谷は零れそうになる涙をごしごしと拭っていると、先ほどのセメントスの言葉によってあることを思い出した。 「あっ、保健室……! あの、外賀くんも左手に火傷が……!」 日本刀のない状態で脳無を両断した、今まで見たことのない技を使った伊壱の左手全体にあった火傷。セメントスの言葉を受けて思い出した緑谷が報告すると、そのことを現着した時に知っていたセメントスが頷きつつも答える。 「外賀くんはリカバリーガールでは治せないと判断されるだろうから、保健室ではなく病院に向かうだろう。そろそろ救急車が到着している頃だろうから、もう向かっているかもね」 「あ……。そう言えば……」 リカバリーガールの驚異的な治癒は、負傷者の体力を消費させて細胞などを活性化し治すもの。伊壱はとても疲れている様子だったので、今日中に治癒することは不可能だろう。 「……なにも、できなかった……。見ているだけで……なにも……!」 相澤と、自分達のピンチに駆け付けてくれたうえに守り通した伊壱。一人で飛ばされた彼がどこに飛ばされたのかは見当がついていた。 煤で汚れていた様子から見るに火災エリアだろう。 脳無や死柄木、黒霧と直接対峙し、背後にいる自分達を守り続けた彼は、正にヒーローそのもののように緑谷には映った。 直前に無残に脳無にやられる相澤を見て恐怖心が勝り動けなくなっていた自分とは違って。 個性の発現や鍛錬してきた時間の差はあっても、ヒーローの卵になったのは同時期のはずなのにここまで差があるとは。 「緑谷少年、そんなことはない。君のその怪我、個性が制御できなかったと言っていた。……君のことだ、自分のためではなく誰かのために使った結果じゃないか? それに、私を案じ再び駆け付けてくれたじゃないか!」 「!」 「少しずつだが君はヒーローヘの道を確かに歩めている! そのことを忘れないでくれ、緑谷少年!」 「……っ、はい! オールマイト!!」 某所に負傷しながらも帰還した死柄木は、びしょぬれになった服が気持ち悪いと思い始めていた。 画面向こうにいる死柄木弔の先生でもある巨悪と、その傍にいる老人が尋ねる。 『ところで、ワシと先生の共同作、脳無は? 回収していないのかい?』 「――それが……」 黒霧は画面向こうにいる者たちにとある少年の個性について話した。 一定の空間内であれば自分と似た技で瞬間移動を行えるうえに、切っても死なないどころか、怪我を負ったという認識さえも与えないらしい斬撃によって分断されたこと。 見抜いた黒霧によってくっつけることには成功したものの、それさえも妨害する何かしらの手の内を持っていること、判明していること全てを。 『くっつけることができなくなったとしても、持ち帰ってきてほしいもんだがな……』 ほんの少し手出しをした人物に対しても言われているのだろう。当人の巨悪はさして気にした素振りを見せず、軽く流した。 『そう言わないでくれ、ドクター。少し嫌な予感がして見てみたらあんな状況だったんだ。脳無と弔なら当然弔を優先するさ。それにしても、ふむ……。弔が濡れているのもその個性のせいかい?』 「ああ、一瞬で水上に飛ばされて落ちた。とんだチートだ……クソ……」 『距離が限定されているとはいえ瞬間移動に加え、殺さずに切断することができる個性か……。中々興味深い』 「欲しいのか、先生」 ありとあらゆる必要な個性を手にしてきた巨悪は画面の向こう側でニヤリ、と笑みを浮かべる。 『少し、ね。しかし、今はそれよりも、弔、君だ。今回のことは悔やんでも仕方ない、糧にして精鋭を集めよう、時間を掛けて!』 諭し続ける巨悪の声に死柄木の決意は固まっていく。 『我々は自由に動けない! だから君のような“シンボル”が必要なんだ、次こそ死柄木弔という恐怖を世に知らしめろ!!』 緑谷を励ますオールマイトとほぼ同時刻に行われていた、この会話が後に雄英どころか世間に大きな衝撃を齎すこととなる。 「塚内くん、生徒は皆無事に帰宅を?」 「ああ。プロヒーロー同伴でバスに。病院で治療を受けた外賀という少年も、プロヒーロー同伴で帰宅したと連絡が来た」 「そうか……」 無事に帰宅する。当然のことだというのに、それさえも危ういもののように思わせてしまう今回の襲撃事件。 トゥルーフォームに戻ったままのオールマイトは用意していた紅茶を漸く飲むことができた。 「部下がその外賀くんから聴取をしたんだが、彼は脳無をまるで人形のようだと言ったらしい」 「人形……?」 「ああ。なんでも“あんな風に切断されたなら、混乱してどうにか動こうとするはず。それなのに一切そんな様子はなかった”からだと……。確かに、彼を始め、他の三名も似た証言だった」 曰く、切断されたあとはまったく動かなかった、と。 実際対峙し戦闘した伊壱の言葉に、会敵した緑谷達の証言にオールマイトは同意する。 「主犯格の命令には忠実。だが、自分の身に起きたことには反応らしい反応をしない……。確かに、そう思うのも不思議はないな。外賀少年の個性はある種、初見殺しの側面もあるからね」 受験の時然り、初の対人戦闘訓練の時然り。彼の個性は多くのものを色々な意味で驚かせた。 人間である以上彼の個性による攻撃は前情報でもない限り冷静ではいられないだろう。 そんな中であそこまで動かず、機械がフリーズしたかの如く動かないというのは確かにおかしい。 「あのままが続くようなら、脳無は詳しい検査が行われるだろな。その情報次第では、いったい何が君を殺害するに至れるものだったのか、少しは予想がつくんじゃないか」 「私のことは、私でどうにかできる。だが、次もまた生徒たちに手を出すようならば、絶対に許せん。……次こそは逃さずに捕まえる!」 今回のような目には二度と遭わせないと固く誓うオールマイトに塚内はまあまあ、と宥めた。 「君の気持ちもわかるけどね、日ごろの活動について少し鑑みたほうがいいんじゃないか?」 「むっ! し、しかしだな……!」 「君が思っているよりも、他のプロヒーローたちは頼りになる。もしもその時が来た時に戦えないってことのほうが一大事じゃないか? せめて、現場に他のヒーローがいるなら任せるべきだと俺は思う」 「ぐ……、た、確かに……」 もしもいざという時に活動限界で動けないということがあったら。今回の一件は生徒たちが相手の予想を上回っていたこともあって万が一を逃れることができたと言える。 けれど、次はもっと姑息な手段を用いることだろう。そんな時に果たして活動限界を迎えていても十分に戦えるのかと言われたら――。 話している間に淹れてもらった紅茶を塚内も一口飲んだ。 正義の象徴オールマイト。光が強ければ強いほど闇が深くなるように。今度は深まった闇が光を覆いつくそうと蠢き出しているのか。 謎が多い今回の一件。今後も続くことが予測されるからこそ、得られる情報は逃してはならない。 ヒーローも、警察も、ヴィランが動き出さなければ動けない。そのことをよくよく知っているからこそ、慎重に進めなければ。 「まだ平和の象徴のままでいるつもりなら、もっと周囲を頼ってくれよ、オールマイト」 「……わかったよ、塚内くん」 (こう言っても動いちゃうのが、彼だからなぁ) 長年の友人としてオールマイトのことをよく知る塚内は短く息を零した。