凶事に襲われた雄英が臨時休校を取ったその翌日。伊壱は早朝から保健室に足を運んでいた。 一昨日負った火傷を治療するためだ。 「リカバリーガール、おはようございます」 「おはよう、ほら、ペッツお食べ」 「ありがとうございます!」 試験の時と同じようにグミの駄菓子を差し出したリカバリーガールの言葉に甘えて出されたグミを頬張りながら、伊壱は左手の包帯を緩めていく。 軟膏が塗られたガーゼと、肌に残った軟膏はリカバリーガールがぬぐい取ってくれたことで殆どなくなった。赤い左手を見つめて、リカバリーガールはふむ、と唸った。 「……アンタが使ったっていう技も中々危ないね」 「もっとコントロール力があればこんな火傷を負うことはなかったんですけどね……。まだまだ未熟です」 「当然だよ。なんたってまだ一年生……ヒーローの卵も卵なんだからね」 本来であれば、三年間というカリキュラムの中で生徒たちにそれぞれ指導をし、技の精度やヒーローとしての資質を上げていくというのが本来の姿。伊壱を始め、技として完成されたものがある一年生のほうが珍しいと言える。 今回の事件はそんな生徒の事情さえも計算のうちに入っていたのだろう。それなのに個々の生徒の情報を入れていなかったことは、不幸中の幸いといったところか。 患者を治す時に発する特有の台詞を言いながら、リカバリーガールは患部に唇を伸ばす。すると、少しの倦怠感がありながらもみるみるうちに左手の火傷は治っていった。 「アンタは医者にもなると言っていたね。だったら、怪我をしないような立ち回りをしなくちゃいけないよ」 「以後気を付けます、リカバリーガール」 今後の大きな課題でもある電撃系の技の習得に向けて集中的に鍛えていくつもりだ。次があるとは思いたくもないが、もしもの時に向けて更に努力を重ねなければ。 怪我を治癒してくれた礼を言って伊壱は保健室を出るために保健室のドアを開けると、そこには顔と両腕を手厚く包帯で巻かれたミイラ男――もとい、相澤の姿があった。 「あ、相澤先生!?」 「おはよう。婆さんの治療は終わったようだな、早く教室に行けよ」 「はい、わかりました……。って、そんな状態で来たんですか!?」 ミイラ男の如くな包帯の量に思わず意識が集中してしまっていたが、つまりはそれだけの怪我を負ったままだということ。保健室の前にいるということは相澤もまた、リカバリーガールの治癒をしてもらうつもりなのだろう。 プロ根性と言ってしまえばそれまでだが、医療に携わる者ならば口を揃えて安静にしていろと言いたくなる有様だ。 思わず道を譲ってしまった伊壱になんてことはないかのように、包帯のせいでくぐもった声で話しかけている相澤を見てリカバリーガールでは溜息を零した。 「イレイザーヘッド、アンタ、そんな怪我で……」 「婆さん、さっさとしてくれ」 リカバリーガールは相澤が一度言い出したら聞かないことをよくよく理解していた。とことん合理主義な相澤からすれば動けるから来た、それだけのことなのだろう。リカバリーガールの治癒の個性も大きい理由のひとつなのだろうが。 本当にヒーローは医者の言うことを聞かない。特にそこに教師というものが足された、ここにいる教員の面々はその傾向が強いように思えてならない。 「アンタの怪我は結構重いんだ、治癒も少しずつにしていくよ。これ以上の譲歩はないからね、包帯も完治するまでそのままだ」 「大袈裟なんだよ、婆さん」 「いや、大袈裟じゃないと思いますよ、相澤先生……」 「早よ教室に行け、外賀」 まさかとは思うけど、退院するのに医者の許可取っていないんじゃ……と思ってしまうくらいには重傷者そのものと言える相澤に戸惑いつつも今度こそ保健室を後にした。 伊壱は改めて、ヒーローという職業が過酷であることを痛感する。 「うん、頑張らないと」 小さく零した伊壱は、早朝であることも手伝って人気があまりない廊下をさっさと歩いて行った。 続々と登校してくる生徒たちはたった一日の臨時休校では気が休まらなかったのだろう。表情が硬いものが多々見られた。 大半の生徒が救急車で病院に運ばれた伊壱が席に着いているのを見て声を掛けてくれたことは言うまでもなく、その様子から見るに相当心配をかけてしまったようだ。 特に席の近い切島と上鳴は話す機会が多いうえに、伊壱が病院へ向かった後に合流したこともあって、その心配度も大きかったらしい。 「俺たちが入口に着いた頃には外賀はもう病院だったからさ。連絡取ろうにも連絡先知らねぇし」 「だからってわけじゃねーけど、RINE交換しね?」 「連絡先の交換ならいいけど……、俺RINE使ってないよ?」 「マジか! 驚きだけどなんかわかるわ!」 飯田ほどではないものの、真面目な印象のある伊壱がSNSを利用しているところはどこか想像しにくい。同年代では珍しいタイプであると言ってもいいだろう。 とは言っても、外賀以外にもSNSを利用している姿を想像しにくいクラスメイトが他にもいると言えばいるのだが。 「折角だから入れようぜ、RINE」 「使い方教えてもらえると助かるかな」 「おう! 任せとけ! 完璧にレクチャーしてやるよ!」 スマホアプリをダウンロードしていると、そんな会話が聞こえていたのだろう。他にも声を掛けてくる生徒が現れた。 「ウチもいいかな? 一昨日のことを抜きにしても、いざという時の連絡手段は欲しいしさ」 「ケロ、そうね……。私もいいかしら?」 「ふむ……。確かに。俺も参加させてくれ!」 「うおっ、急に集まってきたな!?」 続々と現れる参加希望者に逆に戸惑った切島だが、それほど一昨日の一件はクラスメイトたちにとっては忘れられない経験になったのだろう。 しかし、納得のいかない者たちが約二名いることも忘れてはならない。 「女子! 俺と峰田が聞いた時は交換してくれなかったじゃねーか!」 「だってチャラい」 「峰田ちゃん、すっごく怪しい雰囲気だったんだもの」 「既に信頼度が違うよね!」 「それねー! 外賀くんや飯田くんたちがいるなら安心感あるもんね!」 「あー、わかるわかる」 「グッサァ!!」 心臓どころかあちこちに突き刺さった容赦のない言葉の数々に、思わずダメージの擬音を言ってしまった上鳴はふらり、と体がよろめくと近くにあった外賀の机に手を付いた。 「か、上鳴君……大丈夫?」 「外賀ぁぁ、お前って、お前ってやつは……!! ありがとな! これで女子の連絡先ゲットできる!!!」 「ど、どういたしまして……?」 「オイラからも礼を言ってやるよ、外賀……。ありがとなぁぁぁ……」 (お礼を言われているはずなのに、すっごくおどろおどろしい……) 恨み節と、女子の連絡先を知ることができたという感謝と。どちらかと言われたらまず間違いなく恨みもとい嫉妬心のほうが強いのだろう。 峰田から送られたギリギリの感謝の言葉を受け取った伊壱は、ダウンロードが終わったことに気付いて切島と上鳴に訊ねた。 「ダウンロード終わったみたいだけど、このあとどうすればいい?」 「まずは自分のアカウント作らないとな」 「アイコンとヘッダーエロ画像にしようぜ……外賀のイメージ崩してやんよ……!」 「峰田ちゃん、サイテーよ」 峰田のとんでもない発言を受けて切島たちからのレクチャーが急遽女子に変更になったのは言うまでもないだろう。 いつの間にか登校してきたばかりの頃の雰囲気が少しずつ変化していることに気付いたのはいったい誰なのか。 非日常を味わったあとの日常はとても安心するものだ。それが無意識であれ、意識的であれ、漸く日常へと戻って来た、という感覚が芽生えたのかもしれない。 クラスの大半がRINEを交換し終わると、もう少しで朝のHRの時間だということに気付いた者たちが席へと戻っていく。時間が迫る中、学級委員長として飯田が声を掛ける。 「皆! 朝のHRが始まる、席につけー!」 「ついてるよ、ついてねーのおめーだけだ」 飯田の真面目だからこその発言にそうツッコんだ瀬呂の言う通り、飯田以外は席に着いていた。 日ごろ、担任より時間厳守及び合理的に動くことを求められることの多いA組の行動は早いもので。 「相澤先生、かなりやばかったんだろ? 誰が来るんだろうな、雄英には副担任ないみてーだし……」 「ああ、相澤先生なら――」 副担任がいるのなら、初登校した時か、その後日にでも相澤から紹介くらいはあってもいいように思える。それがなかったということは雄英には副担任というシステムそのものがないのだろう。 前の席に座る切島の言葉に、伊壱は今朝であったばかりの相澤のことを伝えようとするが、それよりも先にドアが開き、朝の挨拶とともに、伊壱が今朝方出会ったばかりの恰好そのままで相澤がやってきた。 「お早う」 「相澤先生復帰早ぇぇぇ!! プロすぎる!!」 よろけながらも教卓前に立つ相澤に驚きを隠せないものが多いのも無理からぬこと。 隣の席に座る飯田が、先ほど切島に向けて言いかけた伊壱の言葉の続きを知って、声を掛ける。 「外賀くんは知っていたのか?」 「保健室で会ったんだ。びっくりしたよ……」 「成る程、リカバリーガールの治癒の個性か……。それでも完治ができないほどの怪我だったというのに教師としての職務を果たそうとしているのだな……! 流石相澤先生だ……!」 「先生、大丈夫ですか……?」 「俺の安否はどうでもいい。何よりまだ、戦いは終わってねぇ」 気遣う生徒たちを一蹴した相澤が放った言葉にクラスメイトたちの間に一瞬で緊張が走る。 まさか、またヴィランとの戦いがあるのかと固唾を飲むもの、震えるものといる中――相澤は、告げた。 「雄英体育祭が二週間後に迫ってる!」 「クソ学校っぽいの来たああああ!!」 ヴィランとは程遠い、学校の年間行事――とはいっても、雄英というだけあってただの体育祭ではないが――の報せにクラス一同安心したことは言うまでもない。 しかし、ヴィランによる大胆不敵な襲撃事件があったばかりだというのに果たして開催しても大丈夫なのかと不安がる生徒からの意見に、相澤は冷静に返した。 「逆に開催することで雄英の危機管理体制が盤石だと示す……って考えらしい。警備は例年の5倍に強化するそうだ」 雄英の体育祭の目的はそれだけではない。 「何より、雄英の体育祭は最大のチャンス。ヴィラン如きで中止していい催しじゃねぇ」 「いや、そこは中止しよう? 体育の祭りだよ……?」 嘗て、世界各国で開かれていたスポーツの祭典オリンピック。個性という超常が当たり前となった今の世の中では既に形骸化及び縮小され、その勢いは殆どないと言っていい。 その代わりとして人々が注目するようになったのが、個性使用OKの雄英体育祭だ。 各学年のヒーロー科は勿論のこと、普通科、サポート科、経営課を巻き込んでの体育祭は、個性の使用も可能ということや雄英ならではのスケールの大きさによって、ただの運動会とは正にレベルが違う。 無論、熱狂する人々のためだけというわけではなく、プロヒーローからの下見も兼ねられているのだから、己の魅せ方次第で将来が定まると言っても過言ではない。 「時間は有限。プロに見込まれればその場で将来が拓けるわけだ。年に一回……計三回のチャンス! ヒーローを志すなら絶対に外せないイベントだ!」 真摯に将来を見据えて考えを巡らせるもの、不敵な笑みを浮かべるものと様々いる中、伊壱は変わらない。 (体育祭はサポートアイテム持ち込み禁止だからなぁ、気を抜いてはいられないな。抜くつもりも、ないけど) ただ頑張ることしかできないのだから、と伊壱は小さく息を吐いた。 時は過ぎて四限目の現代文の授業が終了し昼休みとなったA組は、今朝の話で持ち切りだ。 誰もが一度は目にしたことがあるだろう雄英体育祭に憧れを持つものは多い。その舞台に今度は自分たちが立つのだから、はやる気持ちはよく理解できた。 弁当箱といつものプリントアウトされた“個性医療ジャーナル”を取り出した伊壱は、スマホの着信を知らせるランプが点滅していることに気付く。 「……電話?」 伊壱のスマホに電話がかかってくることは珍しい。誰からなのか確認するとやはりよく知った人物からのもの。 不在着信として表示されていることと、留守番が入っていない点から見るに火急の用ではないことは察せられた。かけなおすべきだろう、と判断した伊壱は教室を出ていく。 昼休みが始まったばかりで食堂に向かう生徒もいるため賑やかな廊下を歩いていくと、伊壱の背後から声を掛ける生徒がいた。 「あの」 「……ん? 俺?」 背後から声を掛けられたために疑問符を浮かべて振り返った伊壱の視界に入ったのは――見たことのある人物だった。 「入試の時の!」 「ひ、久しぶり」 どこか気まずそうに声を掛けてきた雄英の女子生徒。彼女は、伊壱が言っていた通り、入試の実技試験の時に声を掛けてきた女子である。 黒い髪を高い位置でツインテールにして結ぶ、どこか勝気系の印象が強い女子は再び出会えたことで嬉しそうにしている伊壱にほっとした。 あれほどのことを成し遂げた人物に覚えてもらえているのか不安だったのかもしれない。 「ちょっと話があるんだけど……時間、いいかな?」 「いいよ。どこで話そうか」 「外賀くんは弁当だったよね。私もそうだから中庭でもいい?」 「わかった、少し待っていてもらってもいいかな?」 あの時の会話を思い出すと、恐らく彼女は普通科の生徒だろう。ヒーロー科の科目がある以上放課後待ってもらうというのは合理的ではない。 電話はあとでかけなおしても問題はないだろう。かけてきた相手はきちんと事情を話せば理解してくれる人物だ。 同意してくれた黒髪ツインテールの女子生徒の返事を見て踵を返した伊壱は机の上にあるプリントを仕舞い、弁当片手に出ていこうとする。教室で昼食を取ることが多い伊壱の珍しい光景に瀬呂が声を掛けてきた。 「外賀、珍しいな。今日は別のところか?」 「お誘いがあったから、ちょっと行ってくるよ」 「お誘いだと……!!」 言葉が聞こえたことで反応した峰田が軽く告げた伊壱の後ろ姿を凝視する。 ドアの向こうにいる黒髪ツインテールの女子の姿を見て、峰田は目をかっぴらいた。 「黒髪ツインテ女子だとぉぉ!! イケメンがぁぁ! そのポジション代われりやがれぇぇ!!」 「どうどう峰田」 心底恨めしそうに、猪突猛進する勢いで進もうとする峰田を止めた瀬呂及びA組の反応はもう慣れたものである。 「……なんか、すごい声が聞こえたんだけど」 「気にしないで、いつものことだから」 苦笑する伊壱の言葉と、男の嫉妬心丸出しの言葉を不可抗力とはいえ聞いていた身としては無暗にツッコミを入れる気にもなれない黒髪ツインテールの女子との会話がどのようなものであったのかは――あとの話である。 話し合いと昼食を終えて帰ってきた伊壱に待っていたのは、峰田と上鳴からの追及だった。 「外賀!! あの黒髪の女子はいったい誰だ!! 吐け、今すぐ吐け!!」 「名前は? 何科の女子? 連絡先は!?」 「ごめん、他言無用ってことでお願いされてるから」 詰め寄る二人に苦笑しつつやんわりと断りを入れる伊壱に、特に峰田の嫉妬心はとどまることを知らないようである。 「イケメンがぁぁ……、あんま調子乗ってると体育祭で足元掬われるぞ、このイケメンがぁぁ……!」 「体育祭、楽しみだよね」 「外賀ちゃん、だんだん峰田ちゃんへの耐性がつきつつあるわね」 始めの頃は戸惑いを隠せなった伊壱だが、だんだんと慣れてきたようだ。とはいっても上鳴と峰田の鬼気迫ると喩えてもいいような気迫に戸惑いを隠せないことは未だ多いのだが、それもいつか慣れるのだろうか。 慣れたところで得られるものなどあまりないのだが、少なくとも嫌悪感故の絡まれ方ではない筈なので嫌というわけではない。ただ戸惑いを隠せないだけで。 「いつか教えてくれよな、クッソー、外賀にはホイホイ女子か近付いてくるよな……!」 「上鳴、アンタの場合はチャラさが原因だって」 「それが大丈夫な女子からの連絡先はもうありそうだもんねー」 「まあな」 「上鳴テメェェ!!」 あっさりと同意した上鳴の言葉に、憤怒の感情を顕にした峰田からの追及を躱している上鳴。この二人の関係はよくわからない、と外賀は首を傾げる。 「仲が良いのか悪いのかよくわからないなぁ、峰田君と上鳴君……」 「仲はいいと思うぜ。嫌な奴ならそもそも一緒に行動しねーだろうし」 「あ、それもそっか」 大前提として嫌いな相手とは組まない、という点をうっかり忘れていた伊壱は結局上鳴と峰田の二人は仲が良いということに落ち着く。 「つまり、本音を言い合える関係ってことか。いいよね、そういうの」 「本音っつーか……、二人はどっちかというと欲丸出しっつーか……」 確かに本音と言えば本音。けれども、その内容は欲望丸出しという下品で済めばまだいい会話だ。八百万に言わせれば正に低劣な会話そのものと言える。 「君たち、そろそろ昼休みが終わるぞ! 席に着きたまえ!」 飯田の言葉を皮切りにそれぞれ席に着き始めるクラスメイト。まだ今日の授業は終わらない。 最後の授業を終え、全員が帰り支度を整えて帰ろうとしたその矢先。A組の扉の奥にはたくさんの生徒たちが犇めき合っていた。 帰るに帰れないこの状況で戸惑いを隠せないA組の面々。教卓側もそうであるのなら、当然その逆も同じ有様なのだから、困ったものだろう。 「出れねーじゃん! 何しに来たんだよ!」 「敵情視察だろ、ザコ」 まるで呼吸をするかの如くで吐き捨てられた言葉に震える峰田に緑谷が、あれがニュートラル、いつものことだと言うのだから相当である。 「ヴィランの襲撃を耐え抜いた連中だもんな、体育祭の前に見ときてぇんだろ」 雄英どころか全国区でも例のない事件だった、あのヴィラン襲撃事件。それも一年生が乗り切ったというのだから、注目の的になるのは無理もないだろう。 連日雄英に対する批判や、A組の勇気を称える報道や記事に対するコメントを知るものもいるに違いない。 「意味ねぇからどけ、モブ共」 「知らない人の事とりあえずモブって言うの止めなよ!」 「どんなもんかと見に来たが、随分と偉そうだなぁ。ヒーロー科に在籍する奴は皆、こんなのなのかい? こういうの見ちゃうとちょっと幻滅するなぁ」 「ああ!?」 いつものように誤解を招くような――否、彼のことだから、本心のことではあるので誤解ではないのだが――言い方をする爆豪に慌てる他のクラスメイトを置いて、会話は続いていく。 「……普通科とか他の科ってヒーロー科落ちたから入ったって奴、結構いるんだ、知ってた?」 「?」 元よりヒーロー科一本に絞ってきた爆豪には知らないだろう、他の科の生徒事情を告げる紫髪の普通科男子生徒はどこまでも堂々としていた。 「体育祭のリザルトによっちゃ、ヒーロー科編入も検討してくれるんだって。その逆もまた然りらしいよ」 ヒーロー足り得るもの、そうでないものはいつだって変動し得る。 過去には彼の言葉通り、ヒーロー科から他の科へ。他の科からヒーロー科へと転科した生徒がいることは少し調べればわかることだ。 「敵情視察? 少なくとも俺は調子乗ってっと足元ゴッソリ掬っちゃうぞっつー、宣戦布告しに来たつもり」 爆豪にも負けず劣らずの、堂々とした宣戦布告に意識が奪われていると、帰り支度を終えて出口近くにいる飯田たちのところまでやってきていた伊壱が声を掛ける。 「心操君、宣戦布告お疲れ様だね」 「外賀くん!? この人のこと知ってるの?」 「少し前に知り合ったんだ。……できれば、道を開けてもらえると嬉しいな。急ぎの用事があるから早く帰らないといけなくて」 「外賀……。まあ、俺もこれ以上長居するつもりはないから帰るわ」 空気を読んだとも言えるのだろうか。伊壱はいつもの調子で帰ろうとしている。 宣戦布告した男子生徒こと心操人使もまた、これ以上言うことはないのだからと、彼は人波の中へと入っていく。宣戦布告したことで空気に呑まれたのか、集まっていた生徒たちの波は簡単に割れていく。 「それじゃ、みんなまた明日!」 「あ゛!? てめぇ俺を押しのけてんじゃねぇぞ!」 「ごめんね、爆豪君! 本当に急いでるんだ! 本当にごめん!」 言っている通り本当に急いでいるのだろう。人波が割れているのを見て、これ幸いと伊壱も駆け足で割れた人波の中へ向かっていった。その胸中はただ一つ。 (遅刻したら鍛錬の時間を減らされる、急がないと……!) 有言実行する師だということをよく知っているからこそだった。体育祭まで二週間、少しも時間は無駄にはできない。ここでのタイムロスは後々に大きく響いてしまうのだから、伊壱としては絶対に遅刻はできないのだ。 らしくない伊壱の様子に見送ったA組の面々と舌打ちひとつ打った爆豪に、人波の中から隣のクラスの生徒からも声がかかる。 「隣のB組のモンだけどよぅ!! エラク調子づいちゃってんな、オイ!! 本番で恥ずかしい事んなっぞ!」 爆豪たった一人の発言が、いつの間にかA組全体の評価へと繋がっていることにいやでも気付いた一同の視線を受けていることに気付いているのか、いないのか。 素知らぬ顔で帰ろうとすると爆豪に切島が慌てて声を掛けた。 「待てコラ、どうしてくれんだ! おめーのせいでヘイト集まりまくってんじゃねぇか!!」 切島の発言を受けて足を止めた爆豪にとっては、そのようなことは関係ない。 「関係ねぇよ」 「はぁー!!?」 「上に上がりゃ、関係ねぇ」 実力を見せさえすれば、少々のことは些末事である場面は結構多い。けれども、それに巻き込まれる側としては堪ったものではないだろう。 「く……! シンプルで男らしいじゃねぇか……! あとで外賀にも伝えとくぜ、爆豪……!」 「上か……一理ある」 「騙されんな! 無駄に敵増やしただけだぞ!」 様々な決意が交錯するなか――二週間は、あっという間に過ぎて行く。