「うわぁ……」 第二関門に到達した伊壱はまさかここまでやるとは、とドン引きしていた。 先ほどのロボット群よりも攻略が難しくなる生徒がはっきりと出てくるだろう、第二関門。その内容は、正に手に汗握る綱渡りだ。 『独走したまま先頭は早くも第二関門到達! 攻略してみな、“ザ・フォール”!!』 円柱状の柱がいくつもできるように地面を大幅にくりぬかれたのか、掘られたのか。嘗ては道中の様に地面だっただろう場所が、今では体育祭のためだけに断崖絶壁と喩えられるほどの高低差を生み出されていた。 柱がなければ先ほどの巨体ロボットがすっぽりと入ってしまえそうな高さと低さの落差の激しさ。その間を頑丈そうなロープが点在する円柱状の柱から柱へと繋げ、第二関門のゴール地点まで続いている。 岸壁と化したこの地点が、嘗て今まで走ってきた普通の道だったのかと考えると、雄英はやはり何事もスケールが大きいとしか言いようがなかった。 (地道に行くしかないか) 独走した状態を維持はしたいが、かといって、連続でオペオペの実の力を使ってしまうのは得策とは言えない。 この後何が待ち構えているのかわからない以上、やはり地道に綱渡りをする他なさそうだ。 念のためロープをぐい、と引っ張る。ロープとロープを繋ぎとめる器具に不備はないようで結構な力を入れても外れる様子もなければ、切れる様子もない。 これならば、綱渡りする際に重さで切れるといった事故の可能性はないだろう。 よし、と一言零した伊壱は助走を得るために2mほど距離を取り、勢いをつけるために走り出した。 (最短ルートは決めた。あとは進むだけ!) 伊壱はロープのうえに足を乗せたかと思うと、助走の勢いを殺さず勢いよく走り抜けていく。 観客の中には落ちるかもしれないと息を呑むものもいたが、伊壱がロープからバランスを崩すことなく無事走り抜けているのを見て、やがて湧き上がっていく。 『外賀がロープの上を走って第二関門を駆け抜けるぞー!? オイオイ、アイツ忍者か何かか!?』 『……個性なしにロープの上を走れるやつがいたとはな』 『ミイラマンも同じことできるよな! あれもパルクールできることが大きいのか?』 『それだけじゃ無理だ。ロープの上を走るにはバランス感覚と、素早く進むための足腰の筋肉が必要不可欠。徹底的に鍛えてないと無理だ』 プレゼントマイクが言っていたように、相澤もロープ以上に細い電線の上を走り抜けることができる。彼からすれば伊壱の走りは遅く見えたが、年齢を考えると当時の相澤より体は出来上がりつつあると言っていいのかもしれない。 (幼少の頃からセンパイの指導を受けていたとなれば当然かもしれないな) この舞台ではっきりするのは実力だけではない、選手たちが今までにどれほど努力してきたのか。 現時点における集大成が如実に露になる場でもあるのだ。 少しばかり時を戻し、スタジアムにある教員席では第一関門を突破した伊壱に対して想像していた通りだと納得する教員たちがいた。 「やはり外賀くんが独走していますね」 「予想はしていたが、あそこまで個性を使いこなしているとは……」 「いーや、まだまだだよ」 教員席にいる13号とオールマイトが最初に行われた一位の座を奪って以降独走する伊壱に対して感想を述べていると、突然第三者の声が介入してきた。 聞き覚えのある声にオールマイトが声のした方を振り返ると、やはり見知った人物が経営科の生徒から飲み物を一本購入している。 「君は……!」 「久しぶりだね、すっかり枝みたいになっちまって」 「武藤先輩!? どうしてここに?」 骸骨の様に痩せ細ったオールマイトが誰なのか理解している伊壱の師匠こと武藤タツキの登場に驚きを隠せない。 この席は周囲に観客がいるとはいえ、間違いなく教員のみの席。しかも彼女は今回全国各地から警備のための募集を掛けたプロヒーローの中に名前はなかった、ということもあるのだが、彼女をよく知っているからこそ驚きを隠せなかったのだ。 高校時代世話になったこともある13号が尋ねると、彼女は飲み物を口に運ぶ動作を一度止めて問いに答えた。 「伊壱は私の弟子だからね、師匠として弟子の晴れ舞台を見に来るのは当然さ」 飲み物を一口飲んだ武藤は、スタジアムにある巨大モニターを見る。 分割画面で状況を移り出している画面の半分には先頭、もう半分には最後尾で走る生徒の姿が確かに映り、観客たちを湧かせていた。 今のところは順当に進んでいることを確認して、武藤は味が気に入ったのか飲み物を飲み干していく。 「えっ、外賀くんが武藤先輩の弟子!?」 「ん? 知らなかったのかい? てっきり相澤か校長から聞いていると思ったが……」 「何も聞いてませんよ!?」 「……武藤くんの事情を知っているからこそ言わなかったのかもしれないな。君、とことんメディア嫌いだからね」 「ああ……。まぁ、ね」 相澤と同じか、若しくはそれ以上にメディアを嫌いに嫌っていることは、彼女を知る人物なら心当たりを含めてもよく知っていることだ。 “空間掌握”のデメリットを伝えた時にてっきり他の教員にも情報が出回っていると予想していた武藤としては少し驚いた。 生徒の個人情報を守らなければならない立場にあるとはいえ、まさか教員同士にさえ黙っているとは思わなかったのである。 「武藤先輩、席をひとつ開けましたのでどうぞ」 「すまないね」 気を利かせた他の教員が奥に座ってくれたことに気付いた13号とオールマイトが一つ奥に座ると、彼女は一言告げてから席に着く。同時にプレゼントマイクの実況と彼とは正反対にまるで合いの手を入れるような解説を入れる相澤の実況がタイミングよく響いた。 『妨害された奴らは急げ急げー! 先頭は第二関門を攻略中だぞ! ハーリアーップ!』 『攻略中どころか終わるぞ』 『マジか、早すぎんだろ!?』 常に先頭を走る伊壱の姿は画面半分に映し出されている。 第二関門は“ザ・フォール”。ようは綱渡りだ。落ちればアウトとは言うが、高さはかなりのものであり、先ほどのロボット戦など易しく感じるものも中にはいることだろう。 落ちてしまった生徒には何かしらの救援措置がなされているのだろうが、それでも落下への恐怖を消さなければ攻略そのものが難しい関門。 先頭を行く伊壱は“空間掌握”を使った様子はなく、ここは体力温存のために個性を使わず攻略したようだ。 「ロープの上を個性なしに走るなんて……相澤先輩みたいだ」 「相澤のほうが上だ。伊壱はまだ電線の上を走り抜けられないんだよ」 「走ることはできるんですね……」 最後のロープを走り終えた伊壱は休まずに第三関門に向けて走っていく。 文句のつけようもない独走が続く――かと思われたが、空中を爆発の勢いで飛ぶ爆豪や、ロープに氷を這わせその上を優れた体幹バランスを駆使し滑ることで速度を上げる轟が追いつき始めているのを見て、観客の盛り上がりが過熱していくのを教員たちは肌で感じていた。 「武藤先輩が師匠なら、外賀くんのパルクールも今の綱渡りも納得ですね」 「伊壱には体の使い方を優先的に叩き込んでいるからね。まだまだ動きは粗いが」 「武藤くんは相変わらず厳しいね……。あの歳であそこまで動けることはとてもすごいと思うが」 「厳しくしないで何が師だって言うんだい」 「うっ……」 教え方が甘いことを自覚しているオールマイトが武藤の容赦のない言葉にぎくり、と体をこわばったのを彼女は見逃さない。 「アンタのことだから、甘々な指導しかできてないんだろ。感覚で掴んでいったタイプみたいだからね、アンタは」 「うぐっ……!」 「まあまあ武藤先輩! オールマイトも新米教師なんですから!」 「甘いよ13号、ヒーローを目指すなら厳しくして当然だろう。オールマイトの学生時代は厳しかったらしいからね」 「む、武藤くん、そそ、そその話は置いておいてくれないか……!」 古い記憶を思い出したことも手伝ってガクガクと震え出したオールマイト。その様子から察するに、彼の学生時代は余程過酷を極めていたらしい。 観客の熱に反する落ち込み等々を見せる大人一人を全く気にせずに、武藤は画面を見つめた。 伊壱に追いつきつつある二人の少年うち、紅白の頭髪が目立つ少年を見て、彼女はぽつり呟く。 「……あれがヤツの息子か」 呟いた言葉はかなり小さい。観客たちの騒めきや、実況の声があることも手伝って、隣に座るオールマイトにギリギリ届くか、届かないかの声量は数多の音たちに呑まれて誰の耳に届くこともなく消えていった。 第二関門をクリアした伊壱が第三関門に向かう為走り出すのと、背後から爆音が聞こえだしたのはほぼ同時。 最早耳慣れた爆音だ。どうやら爆豪が追いつきつつあるらしい。 (爆豪君のことだから個性を使って飛んで来たんだろうな……!) 戦闘訓練でも一瞬見せた爆破の個性を器用に使い空中を飛び、更に方向転換をして見せた爆豪ならあり得ると伊壱は足に力を籠めて更に早く走り出した。 跳んでしまう爆豪にはこの第二関門は意味のないものとなるだろう。直ぐに追いつかれる。 一瞬後ろを振り向くと、案の定空を飛ぶ爆豪と、その背後に紅白の頭髪が見える。轟だ。 「轟君も……!」 あの二人――とりわけ、爆豪は伊壱にとって少々相性が悪い可能性がある。さっさとゴールしてしまいたいが、果たして第三関門はそう簡単にいくだろうか。 振り向くのを止めて走ることに専念した伊壱の目前にあるのは第一関門のようにやけに広く作られているコース。 伊壱が第三関門に到達したのを見て、プレゼントマイクの実況が耳に入ってきた。 『先頭は一足抜けて下はダンゴ状態! 上位何名が通過するかは公表してねぇから安心せずに突き進め!』 『そして早くも最終関門! かくしてその実態は――! 一面地雷原! 怒りのアフガンだ!!』 『地雷の位置はよく見りゃわかる仕様になってんぞ! 目と脚酷使しろ!!』 地雷とアフガンという言葉から発想したのだろうか、今まで普通だったガードレールさえも名に合わせて丸太を軸に有刺鉄線が張られている。雰囲気を大事にしているのだろうか。 ブレゼントマイクの言葉を聞いてじっと地面を見つめると確かに地雷がある箇所を示すように他の地面よりも黒い円が散らばっている。恐らくこの僅かに黒い円が地雷のある位置を示す目印だろう。 『因みに地雷! 威力は大したことねぇが、音と見た目は派手だから失禁必至だぜ!』 『人によるだろ』 流石に本物の地雷を仕込むようなことはしないだろうが、果たしてその威力がどの程度のものなのか気になるところ。 (そんなことしてる暇はないか) オペオペの実を扱う上で必要となってくるものはいくつかある。 発動及び行使に必要な体力、人体に対する深い理解、そして空間を把握・認識する力。この三つが技を行使する上で必要不可欠。 特にこの空間把握能力或いは空間認識能力は足りていなければ位置交換技である“シャンブルズ”の精度はぐんと落ちてしまう。無論“タクト”を始めとするどの技も同様に。 瞬時に変わる状況においてもある程度安定した技の行使ができる伊壱にとって、目に見えるうえに動かない地雷を避けて走ることなどとても簡単だ。 『外賀がまたしても走り抜けるぞ!? 折角用意したんだから地雷一回は踏んでくれ! チート野郎!』 『チートしてねぇだろ、努力による実力だ』 生徒が進めるようにある程度のスペースがあることもまた、伊壱にとって都合がいい。この第一種目は伊壱にとって都合がよすぎる内容の連続だ。 地雷を避けて、安全地帯を駆け抜け続ける伊壱の背後からは先ほどよりも聞こえてくる爆発音。 合間に聞こえてくるのは主に爆豪の怒鳴り声だ。どうやら並走する轟に何か怒鳴っているらしい。 (爆豪君の爆発音が大きくなりつつある……スピードが上がっている?) あの爆豪が最初から手を抜くとは思えない。となると、恐らく爆豪はスロースターターなのだろう。それも恐らくは個性由来のもの。 走る伊壱と、個性を使って飛ぶ爆豪に地面に氷を生成し走り抜ける轟。後者二人の速さは単純に走るだけの伊壱と比べると速い。 普段であれば爆豪の方から轟のほうに突っかかりそうだが、目の前を走り抜ける伊壱を共通の敵と定めたのか、爆豪の怒鳴り声から何があったかのかはわからないが、二人は互いを攻撃することなく飛び、走り続けている。 「一位は俺のだ!!」 「俺だ!」 とうとう爆豪と、その隣を並走する轟の声が爆発音に負けることなくはっきりと聞こえてくるところまで近付きつつあるようだ。 (流石、速いな……!) 一位であることに爆豪ほどの執着や拘りがない伊壱だが、ついでのようだったとは言え宣戦布告をされた以上負けるつもりはない。 更に背後から爆豪の爆発音とはまた別の爆発音が聞こえてくる。どうやら後続たちの中の先陣が最終関門に到達したようだ。 (グラウンドのような砂なし、小石なし、葉も落ちていない……となると、“シャンブルズ”は無理。この後のことも考えれば使う時は瞬間的なほうがいい) “シャンブルズ”で交換するには目に見えるほどの何かが必要だ。砂粒ひとつでは使えないが体力テストの時の様にある程度集まっていれば使えるというのに、ここでは無理なようだ。 迫りつつある二人から距離を取る方法は、残りひとつのみ。 『爆豪、轟が外賀に迫る中、外賀が個性を発動ー! 何する気だー!?』 「!」 突き進む二人は伊壱が展開する“空間掌握”の範囲内に入らなければ一位は取れない。何をするのかわからないのが恐ろしいところだ。逆を言えば範囲に入らなければ何も起きない。 しかし、入らなければ一位が取れない。どんなことが起こっても対処してやる、と決意した二人が範囲内に踏み込もうとした、その時。背後から爆豪の個性ではない爆発音が轟いた。