某受験シーズン月某日。 伊壱はHの形を意識して作られた巨大な高校。彼と同い年の少年少女たちが緊張した様子で高校へと入っていく。 ヒーローを目指すならばここだ、と迷わず上げられる超名門校、雄英高校ヒーロー科の受験日当日である。 目と鼻の先にある雄英高校の玄関口から少し離れた位置でスマホ片手に伊壱は誰かと通話していた。 「師匠、無事着きました」 『言った通り迷わなかっただろ?』 「はい。立派な建物でわかりやすかったですね」 『ビビるなよ、伊壱。私の弟子を名乗るなら、お前の名の通り一位を取ってこい!』 「いや、そこで関連付けないでくださいよ。俺の名前は誕生日から来ているだけですよ……?」 今までの学生生活でも何度か言われたことがある言葉だ。 一位だから伊“壱”だと。名付けた両親も全くそんなつもりのなかった名前の由来。 凡その物事は単純にできているだろうに。それこそ、神の気紛れという単純な理由で転生した伊壱のように。 『《《アレ》》はちゃんと受け取ったか?』 「この後受け取ってきます」 『そうか。この試験でお前の今までを全力でぶつけてこい。一つの通過点として丁度いい』 「わかってますよ、師匠。全力で挑みます」 『頑張りな』 ぷつり、と切れた電話のアプリを落として伊壱は気持ちを切り替えるべく一つ深呼吸してから受験会場へと向かった。 筆記試験は滞りなく進む。その内容は流石名門校、倍率百を超えるだけあって難しい問題が多かったが伊壱の見立てでは筆記試験で落ちるとは思えないほど手応えがあった。 将来外科医にもなるのだから、名門校の入試とは言えここで落ちてしまうようではまだまだ自分の努力不足である。 受付で受け取った馴染みのある荷物は高校生を間近に控えた伊壱の身長とほぼ同じ大きさのある縦に細長いものだった。一見すると釣り竿か何か入っているのかと思ってしまうほどだ。 けれどそれは大きさこそ異なるものの、昨今では珍しい竹刀袋であり、自ずとそれが武器だということがわかる。 そもそもこれから行われる雄英ヒーロー科最大の難関とされる実技試験へと向かうのだから、それがどのようなものであるにしろ、個性に関わる重要なものだということははっきりと見て取れた。 説明会では有名なプロヒーローの一人、プレゼントマイクが場違いなほどテンションの上がった出迎えの台詞とともに説明がなされていく。 試験会場となる演習場はアルファベットのAからHまでの8会場あり、そこでポイントとなるロボット型の仮想ヴィランを倒し続けて加点していくというもの。 当然受験者同士での戦闘は禁止である。 (戦闘向けの個性ならともかく、非戦闘系の個性には難しい試験だな) どういうギミックがあるにせよ、ヒーローを目指す若者に対してあまりにも厳しいものは搭載されてはいないだろう。 ヒーロー飽和社会とも揶揄される時代。雄英が求めているのは“実力者”。 どのような個性でもヒーローを目指すのであれば、己の弱点を補う実力を見せつけなければ、登竜門に入ることさえ叶わないということだろう。 厳しさこそあるものの、実力の伴わないものにとってそれはある意味、優しさとも言えた。 (ヒーローは楽な仕事でもなければ、簡単なものでもないからな) プレゼントマイクからの締めくくりとともに送られた雄英の校訓が終わると、他の受験生がそれぞれの試験会場へと向かい始める。 他の受験生の邪魔にならないよう座席の下に置いていた大きな竹刀袋を取り出すと、伊壱はそれを固く握りしめた。 (更に向こうへ、Plus Ultraか……。いい言葉だな) 殆どの受験生を鼓舞しただろう言葉を胸に、伊壱は試験会場へと向かう。 彼の試験会場はH。――この試験会場は前代未聞の結果を後に残すこととなる。 演習場は流石というべきか、正に無人都市と言えるほどの造りだった。これが他にも七つあるというのだから、雄英はどれほど潤沢な資金と土地があるのだろう。 超名門校の名は伊達ではない、ということだろうか。 (そういえば、ドッスン? みたいな0ポイントのロボットはこんな大きい演習場を所狭しに暴れるって言っていたな……。大きいのか?) 『ハイ、スタートー!』 カウントダウンも何もない、呆気にとられるほどあっさりとしたスタートの合図に、伊壱は一瞬呆けるが、直ぐに体を動かした。 同会場の者たちも伊壱が動くのを見て多少まごつきながらも走り出す。 『どうしたあ!? 実戦じゃカウントなんざねぇんだよ!!』 『演習場Hの奴らはもう始めてんぞぉ!』 プレゼントマイクが自分達のことを指していることに気付いたHに集められた受験生は真っ先に駆け出した伊壱の背を見て驚いた。 「日本刀!!?」 「マジかよ、どうやって持ち込んだんだ!? 銃刀法違反じゃ……」 伊壱の背丈と殆ど同じそれは、過去の偉人たちが腰に差したものと比べれば規格外に巨体だ。普通ならば抜刀することさえも叶わないだろう。 (これは最適なサポートアイテムだからな) 一般的な武器の持ち込みをするにはどうすればいいのか。 雄英に自身の個性を伝えたうえで問い合わせた際、流石にただの一般人である伊壱が受験日に彼自身が直接持ち込むことは法に触れる可能性があるため、予め雄英に預けていただけだ。 因みに、武器ということで郵便には出せなかったため、態々雄英の教師――つまりはプロヒーローが取りに来てくれたのだから、ありがたいことだった。 因みにこの試験が終わったら再び取りに来た教師に預けることになっている。 「“ROOM”」 左手の掌を上に向けて軽く広げると、途端に広がる半円状のサークル。 広がりを見せていたかと一定の範囲でサークルの大きさはとどまった。追従する形で走っていた他の受験生たちをもすっぽりと覆う薄い青色を伴ったサークルに戸惑いを隠せないものも多い。 彼等からは確認が取れていないだろうが、伊壱の少し先には何体かのロボット型の仮想ヴィランが見えたのだ。 無人ということもあってかゴミは落ちていない。けれど、その近くには流石市街地を意識して作られたこともあってか、植木がある。 流石仮想ヴィランといったところか、市街地を気にすることなく動いていたのだろう。彼等の足元には植木から落ちた折られた枝が何本か落ちていた。 「“シャンブルズ”」 上に向けていた掌のまま今度は別の技名を唱えると、彼の姿は受験生の前から消え去った。 「え!? ワープの個性!!?」 「は、初めて見た……」 慌てふためく受験生は彼と変わるように現れた一本の小枝に気付くことはなく――、伊壱から確かに出遅れることとなる。 「まずは確認……!」 仮想ヴィランの間近に入れ替わった伊壱がいつのまにか抜刀していた日本刀で流石に反応が遅れた仮想ヴィランを横一文字に両断し、範囲内に含まれていた別機二体をまるで斬撃を飛ばすかのように両断する。 まるで豆腐を切るかの如く簡単に行われたそれは、今切り伏せた仮想ヴィランたちが彼の個性の範囲内にいたことも要因である。 しかし、迷うことなく振られた太刀筋は一般人どころか玄人と呼べる域に達していることは明らかだった。 一刀両断された仮想ヴィランは何もできずに倒れ伏す。形状から見てそれぞれ1〜3ポイントのロボットたちだった。 「無人ロボットと確認。油断せずに、次へ」 技が通じたことに喜び気を緩ませることなく次の仮想ヴィランへと立ち向かう伊壱の行動は素早い。 切った感触からオペオペの実は最低限移動に使うだけで済むと判断した彼の行動は、一切の迷いがなかった。 本当ならば時間いっぱいシャンブルズで移動し続けるというのもありなのだが、彼が気にしているのは雄英が用意している0ポイントという受験生には何一つとして得のない正にお邪魔ヴィランのことだ。 (どんなギミック持ちなのかわからないし、未だその姿が見えないのが一番気になる!) 次から次へとポイントを加算し続けている伊壱に呆気に取られていた面々は、伊壱と同じ場所ではポイントが取れないと別方向へと走り出していく。 明らかなタイムロスとなるが、彼らが合格するにはもうそれ以外に手がないのだ。 「……凄いですね、彼。ワープ持ちの個性はレアですよ」 各演習場を中継しているモニターの中から伊壱を目にした審査員の一人が呟く。 「確かサポートアイテムが日本刀の子よね? 個性はワープではなかったと思ったけれど……」 「彼の個性は“《《空間掌握》》”。広げたサークル内に入った何ものをも操る個性らしいですが、応用の利く強い個性です」 「あのワープもその応用ってことね……。迷うことなく仮想ヴィランを両断。Aにいる爆破個性の子みたいな子なのかしら」 「彼の個性は特徴として、《《彼の個性の範囲内におり、尚且つ彼自身が切った相手は痛みも感じず死なない》》ようです。実際、彼が両断した仮想ヴィランは指定されたプログラムを行おうと動いている」 「あら、本当だわ。見た目は兎も角、死なせることがないというのは大きいわね。捕獲も容易ってことか……」 それだけではないだろう、と採点するうちの一人は、彼があの範囲内で倒した仮想ヴィランが最初の一体以外はあのサークルを使用せずに身体能力と、あの大きな日本刀とともに培われた経験則から得た技術でのみ切り倒しているその理由を正しく推測した。 (無人のロボットであると判断したからこそ、他の仮想ヴィランは容赦なく切り伏せているのか) 万が一中に人がいたら――。そのことを気にする受験生は少ない。 ヒーロー科だからそんな危険なことはしないだろう、と考えているものもいるだろうし、彼のように確認していては短い制限時間という条件を背負う受験生たちにとって致命的に他から遅れをとることになる。 何よりもライバルたちに負けたくないという意識が強く働いているためか、ここ数年中々見られない行動だった。 (自身の個性に対する確かな自信と、同時に慎重さを持った大胆な行動……。流石、先輩の弟子か) しかし。 伊壱を始めとする受験生たちに、雄英側から問われるヒーローとしての本質は正にここからが本番だ。 個性をなるべく温存し、市街地全域にいるヴィランを両断し続けて数分――それは、突然だった。 轟音とともに地響きが起こり地震のような揺れを体感していた者たちは、やがてその存在に気付くこととなる。 「はは……。流石雄英、常識外なのもいいところだ……」 大きいかもしれないと伊壱は思っていた。けれど、こんなに大きいなどと予想できなかった。 「ドッスンっていうやつもこんなに大きいのかなぁ」 市街地に並ぶビル群のどれよりも大きい。一番大きなビルを丁度二棟分縦に並べれば同じ大きさになるだろうか。 このお邪魔0ポイントヴィランから見れば、伊壱たちなど蟻みたいなものだろう。 「師匠、全力でぶつかるなら……コイツですよね」 ぽつりぽつりとこぼれる独り言に返ってくる言葉はないが、彼は、動き出した。 「まずは、周囲の安全優先」 これはヒーロー科に入るための受験。であるならば、行動もヒーローらしく在らなければならない。 「“ROOM”」 展開した“ROOM”内で0ポイントヴィランが発生したところまで飛んでくると周囲を確認する。 「“スキャン”」 巨体な0ポイントの仮想ヴィランがいる場所からほど近い場所で冷静に技を行使していく伊壱には一切の迷いがない。 彼が飛んだ場所は0ポイントから見ても背後に当たるため、直ぐには攻撃に転じることはではないだろうと伊壱は踏んだのだ。 巨大だからこそ他のギミックよりも動きは鈍い。つけ入る隙がある分、やはり受験生を最大限考慮したお邪魔要素なのだろう。 「――要救助者、なし」 幸いなことにあの時の地震などで怪我を負った受験生はいないようだ。 今の自分にできる最大の“ROOM”の範囲は、尊敬しているキャラよりもまだまだ狭い。 けれど、この巨体ロボットくらいの大きさならば入るほどの広さはあることが幸いした。 (やっぱり、トラファルガー・ローは凄い。俺はまだまだだな) 最大限の広さを維持しているために体力の消耗が激しいことに気付いて伊壱は苦笑する。 (だからこそ追いついてみせる。続いて行く連載の中で、きっと彼の人は自分よりも更に先へと進むんだ。どこまでかはわからない、でも、努力し続けるしかない) まだまだ先にある自身の夢を掴むため、伊壱は全力を籠めて得物を振るった。 瞬間、巨体なロボットは、縦に真っ二つに両断された。奇しくも他の会場でこの巨体なヴィランを片手でぶっ飛ばした少年とほぼ同時刻に行われたそれに、審査員一同驚愕したことだろう。 「まだまだ――!」 真っ二つに両断された仮想ヴィランは彼の個性の関係上、まだ動けてしまう。 これ以上の被害を出すために取らなければならない行動はたった一つしか残されていなかった。 「切り刻む……!!」 彼が端的に言っていたように、身動きしても被害が出なくなる大きさまで細かく切り刻まなければならない。 しかし、同時にそれは伊壱の限界値へ一気に迫ることとなる。 オペオペの実のデメリットである使用する度に減っていく体力は、対象物が巨体であればあるほど、その減り方も早まるのだ。 限界ギリギリまで細かく切り刻んだ彼は、減っていく体力に伴って荒れていく呼吸に負けないようにと技を行使する。 「“シャンブルズ”!」 彼のサークル内で巨体だった0ポイントの仮想ヴィランが、身動き取れないように様々な場所でくっつけられていく。 左半分の頭部は右足の裏、左足は右肩へ、様々な場所へ各部位が繋がったそれは――もはや、正しく動くことさえできないほどのオブジェと化していた。 呆気に取られている画面の向こう側の審査員と、その場にいた受験生は開いた口が塞がらないとはこのことか、と実感する。 「す、すげぇ……。登場して、即動けなくするとか、マジかよ……」 「さっきの青いサークル……、あのワープの人のだよね? 切るにしたってあんな大きいのをどうやって……」 その場にいた受験生たちは痛感する。あんなことができる伊壱には敵わないという確かな実力の差を。 実際、この広い試験会場で彼が入手したポイントがとても多いだろうことも、薄々勘付いていた。 なぜならば行く先の大半の仮想ヴィランは自分達が到着する前に切られているものが大半だったからだ。 あの時のワープを駆使して正に縦横無尽に飛んで行ったのだろう。そんな彼のポイントがどうなったのか、もはや、彼等には想像することはできなかった。 「――正に前代未聞の年だね」 「まさか0ポイントヴィランを倒す受験生が二人も……。一人も倒せない時のほうが大半だというのに」 「ぶっ飛ばしたあの少年も胸を熱くさせる、正にヒーローを目指すものに相応しい少年だ。そして、この切り刻んだ少年もね。彼の点数はこの試験が始まって以来の最高得点だよ。あの演習場では彼に追いつける点数の受験生は出ないね」 恐らくあの緑色の髪の少年は戦って成長するタイプなのだろう。まだまだ未熟な強さの力。逆に切り刻んだ少年は確実に他の受験生よりも鍛錬を積んだ末の圧倒的強さ。 「――外賀伊壱君、彼は合格だね」 断言された言葉に否を唱える審査員――雄英高校教師陣は誰もいなかった。