雄英高校ヒーロー科実技試験会場演習場H。 オブジェと化して動けなくなった、以前の面影がさっぱりなくなってしまった0ポイントヴィランだったもののうちの一つを背もたれにしてぐったりと座り込む少年――外賀伊壱。 正に今の自分の限界突破した結果、立つことも儘ならなくなってしまったのであった。 「き、キツ……っ」 オペオペの実の特性上致し方のないこととは言え、ここまでの疲労感は慣れるものではない。 荒れた息遣いを何とか正そうと深呼吸を続けるがやはり疲れは取れずに動けないままだった。 (これが、今の俺の限界……) 本当のプロヒーローならば、動ける余裕があってしかるべきだ。これではただ救助者を増やしただけ。 伊壱の夢である守れて治せるヒーロー像からはかけ離れた現実だった。 「まだまだ頑張らないと……」 大分落ち着いた呼吸を吐き出すついでに溜息を零していると、試験終了の放送が聞こえたこともあったのか、恐る恐ると伊壱のもとに近付いてくる人影がある。 同じ演習場で試験に赴いた受験生たちだ。 いつまで経っても戻ってこない伊壱を心配して様子を見に来たのである。 「あ、あの、大丈夫……?」 「ん? ああ、うん、大丈夫。疲れきってるだけだからさ。君こそ、怪我はない?」 「えっ、あ、う、うん、私も大丈夫だよ」 あれほど凄いことをやってのけたというのに普通に返された女子の受験生はイメージしていた人物像とはかけ離れている伊壱を改めてまじまじと見つめた。 座っていてわかりにくいが身長は男子ならば平均的か少し高いくらいだろうか。あれほど動き回っていたにしては意外と細身。 逆に気遣われた声からは威圧されるよりも、本当に女子の身を案じたものように思えた。 「凄いね、君……。あんなに強い個性、初めて見たよ」 「そりゃあ、頑張ったからね」 少し嫉妬の混じった女子の言葉に気付きながらも、伊壱は言葉に隠れたものをひけらかさずにさらっと言う。 「頑張ったから、か……。じゃあ、私は努力不足だったのかな? 終始君に圧倒されてばっかりで、ほとんど何もできなかったもの」 「それは俺にはわからないよ。だけど、そうか……。確かに俺、結構ポイント取ったからね」 もしかしたらこの演習場で俺以上にポイント取った人いないかも、と考えた伊壱だが、実際はどの演習場にいる受験生よりもポイントを獲得していることを彼はまだ知らない。 「だけど、それがヒーローだと思うからさ」 「え?」 「被害がほんの少しでも減らせるように全力を尽くすのがヒーローだろ? だから、俺は結果的に君たちのポイントを奪ったことに対して、後悔しないよ」 「!」 「ああ動いたのが最善だったかどうかは兎も角としてね。まあ、見ての通り実際のヒーローはこんなところで休憩してちゃいけないから、俺もまだまださ」 これだけの結果を得て尚、自身の反省点を苦笑交じりに告げた伊壱に、女子は色々な意味で彼には負けていることを悟った。 実技試験のポイント、個性の扱い方、そして、何よりもその人格。 果たして自分は、もしも彼のような結果を得ていたとしても、あんな風にひけらかすでも、自慢するでもなく言えただろうか。 否。絶対に言えない。心配の中に確かにあった嫉妬心で彼に声を掛けた自分では、絶対に。 「……完敗だなぁ」 「え?」 「何でもないよ。ね、肩貸すよ。他の受験生も入り口まで戻ってるだろうし」 「ありがとう、助かるよ」 伊壱よりも背の低い女子の手を借りて何とか立ち上がった伊壱に肩を貸して歩き始めていると、そんな二人に声を掛ける人物が現れた。 「そっちの彼は怪我人かい?」 「あなたは……」 「リカバリーガール!」 雄英がこれほどまで大規模かつ、大胆な実技試験を設けられる理由の一つでもある、稀に見る珍しい治癒系の個性を持った老女、リカバリーガールその人がいた。 まさかこんなところでプロヒーローが間近にやってくるとは思わなかった二人が驚くのも無理はない。 「アンタが外賀伊壱だね?」 「え? あ、はい」 何故、一受験生でしかない伊壱のフルネームがわかったのか理解できなかった。その様子を見るに、自分がどれほど凄いことをしたのか理解していないことに気付くリカバリーガール。 態々この場で指摘することでもないため、彼女は改めて伊壱を観察するが、どこも負傷してないことに気付いた。 「ふむ……。特に怪我しているようでもないね」 「俺の個性、使うと体力消耗が激しいんです。怪我は一つもありません」 「成る程ね。じゃあアタシの個性は使えないね。もう少しで担架が来るから、アンタはそれに乗りな。そっちの子は怪我ないかい?」 「は、はい」 「そうかい。この演習場で怪我人がいないのはいいことだね。ほれ、ハリボーお食べ」 担架が来ると言われてしまえば肩を貸してもらう必要もないだろうと伊壱から告げて再度コンクリートの地面に座り込んだ。 グミを二つ渡したリカバリーガールの行為に甘えて、女子は口に含む。程よい甘さが心地よかった。 「あの、君も食べる?」 「リカバリーガールから頂いたものを食べないなんてとんでもない! ください!」 「……あ、うん。君、リカバリーガールのファンなの?」 座り込む以外の体力がない伊壱に聞いてみると、照れるどころか目を輝かせている伊壱に意外そうにしている女子に伊壱は溌剌と答える。 「俺、将来はリカバリーガールみたいなヒーローにもなりたいんだ」 「え? でも君の個性って瞬間移動だよね。治癒系の個性もあるの?」 「俺の個性は一つだけさ。だからヒーローにもなるし、医者にもなるよ」 さらり、と告げられた伊壱の夢に女子は一瞬理解が及ばなかった。 「え、マジ?」 「マジだよ。昔からの夢なんだ。あと、ください」 「あ、うん……」 衝撃から抜け出せなかった女子が自分の手ずからグミを食べる男子という図に気付くことなく、そしてやはり伊壱は本当に気にしていないようで美味しそうに食べた。 「ヒーロー兼医者ね。それがどんなに大変なことなのか、知っているのかい?」 「沢山の人に言われてきました。でも、諦めません」 確かに伊壱の個性は、リカバリーガールのような治癒系の個性ではない。そのことをきっとリカバリーガールは知っている。 驚いて一瞬理解が追いつかなかったが、名前を知っていたということは雄英側の誰かが教えたか、演習場のあちこちにあったカメラが撮影していた映像を見ていたかのどれかだろう。 「あなたのような個性ではないから、外科医の道を進みますけどね」 「……やれやれ、今年は本当に規格外な年だよ。でも、後輩志望ができるのは嬉しいことさね。ほれ、アンタはもう戻りな」 女子に向かってそう言ったリカバリーガールの言葉を受けて、彼女は立ち上がった。 「あのさ、私、滑り止めでここの普通科受けるんだ」 「そうなんだ」 「普通科って成績が良ければヒーロー科への転科も可能なんだって。だからさ、私頑張るよ。君が努力し続けてきたみたいに、頑張ってヒーロー科に行く」 「……そっか。俺ももっと頑張るよ」 互いに笑いあった二人は、そこで別れた。 女子の反応を見るに、実技試験の結果は振るわなかったのだろう。否、それはこの演習場にいる伊壱以外の全員に言えることだが、嫉妬のカケラも見せなかった女子を見てリカバリーガールは珍しいこともあるものだ、と感心した。 「アンタもそろそろ休みな。本当は大分無理しているんだろう?」 「……流石ですね、リカバリーガール」 「あの子は気づいてなかったけれど、微妙に体が震えてるよ。本当は座っていることもシンドイんだろ?」 「じゃあ、お言葉に甘えて……」 憧れの医療系ヒーローに出会えたことでテンションこそ上がってはいたが、伊壱はもう限界だった。 本当に、本当の、体力切れである。気絶しなかったことが不思議なほどで、頭を打ち付けないように慎重に倒れた伊壱は、漸く、体から力を抜く。 「我慢強いにもほどがあるねぇ、アンタは」 「だって彼女、ヒーローになること諦めちゃいそうで……。勿体ないなって」 「勿体ない?」 「病気も、怪我もしてないのに……。まだチャンスはあるのに、もったいないじゃないですか」 正に奇跡で第二の人生を歩んでいるが、伊壱はあの頃の記憶をちゃんと覚えている。 生前の伊壱は難病というものを背負っていたとはいえ、環境にはとても恵まれていた。 家族、担当医。嘗て同室だった同い年の患者たち。みんな優しくて気のいい人たちだった。けれど、だからといって、前世の伊壱が諦めてきたものがないなんてことはあり得ない。 家族が帰る家に一緒に帰りたかった。学校に行きたかった。病気になんて負けたくなかった。どんなことにも挑戦してみたかった。 ――けれど結局、そのどれも成し遂げることなく前世の伊壱は死んでしまった。きっと多くの悲しみを残して。 だからこそ、お節介かもしれないが、彼女には諦めてほしくなかった。 夢を絶たせたかもしれない自分が励ますことは逆に彼女を傷つけるだろうと思って言えなかったけれど、どういうわけか持ち直してくれたので、伊壱としては満足のいく結果となった。 もしかしたら0ポイントヴィランを倒したことよりも嬉しい結果なのかもしれない、と伊壱はふと思う。 「そうかい……」 不思議と重みを感じる伊壱の言葉にリカバリーガールがそう返すのを聞き終える前に、伊壱は目を閉じる。 体力の限界だったのだろう、伊壱はぐっすりと眠っていた。 「大変な年になりそうだねぇ」 あの少年も、この少年も、無自覚ながらヒーローになる素質を十分に持っている。 けれどその素質が時としてヒーローへの道を危険に晒すこともまた、知っていた。 合格するだろう少年二人のことを考えてリカバリーガールは溜息を零す。 彼女の予想通り、雄英はこれから先、大変な出来事が連続して起きるのだが――それは行く行く語られることになる。 「あああ、そ、そそそろそろ郵便が来る頃かしら……っ?」 「母さん、落ち着いてよ……」 自分以上に緊張している人を見るといっそ冷静になれる、とどこかで聞いたことがあるが、それは本当だったらしい。 伊壱が座るソファの周囲を落ち着かない様子で周回する母親に苦笑を禁じ得ない伊壱だ。 「だ、だって、でもっ、伊壱が冷静すぎるのよっ! お母さん、本当に心配したんだからね!?」 「本当にごめんなさい。なるべく気を付けるよ」 「なるべくじゃなくて絶対よ……っ! もうっ、ダメなところをお父さんに似て、伊壱ったら……っ」 体力を使い果たして眠りについた彼は、結局夜になっても目を覚ますことはなかった。 雄英から伊壱のことを聞いて迎えに来た母親が慌てふためくのも無理はない。 友人である武藤タツキの指導のもと、そうなることは何度かあったが、状況が変わればあんなにも動揺するものなのかと母親自身驚いたものだ。 伊壱から実技試験の結果を聞いた雄英高校ヒーロー科を卒業した武藤タツキが「その結果で不合格だってんなら、私が雄英に直談判してやるよ」と言っていたのだから合格しているとは母親も思っている。 けれど。けれどだ。世の中には万が一という言葉もあるわけで。心配してしまうのは仕方がないことだった。 「郵便もいつもより配達が遅いわっ、いつもならとっくに配達に来るのに……っ」 「郵便屋さんも忙しいんだよ、母さん」 息子より緊張する母親、母親より冷静な息子という一風変わった状況の中、二人は耳にした。 まず、聞き覚えのあるバイク音。ついでバイクが家の前で止まった音。その次にはかたん、というポストに何かが投函された音。そして、バイクが再び動き出して遠ざかっていく音。 全てを聞き終えた母親の行動は速かった。まるで実技試験の時の自分のようだったと、後に伊壱は語ったという。 バタバタ、といつになく落ち着かない様子で母が一通の封筒を持ち帰ってくるのは、本当に直ぐのことだった。 「いいいい、いち、いいい伊壱! 届いたわよ、雄英から!」 「うん、ありがとう、母さん。部屋で見てきてもいい?」 「ええ、勿論、勿論よ、伊壱。ど、どんな結果でもお母さん受け止めるからね!?」 「嫌なフラグ立てないでよ、母さん……」 今日一日でどれほど苦笑を浮かべたのかわからない伊壱である。 自室のある二階へと向かうだけだというのに心配そうな母親の視線が背中に刺さるが、母親の心配性も最早慣れつつある伊壱は、通常サイズの封筒を見た。 「……中学の合格通知のほうが大きかったなぁ」 雄英高等学校と明記されていなければただの手紙にしか見えない封筒だ。 自室に戻って勉強机とセットで購入された、使い慣れた椅子に座ると、彼はペーパーナイフを使って封を切る。 中にあったのは便箋と、見たことのない小型の装置。便箋を先に読むと、この装置に試験の結果が映し出される旨が書いてあった。 「……へぇ、映像で試験結果を。面白いことをするなぁ」 指示されている通りに装置のスイッチを押すと、部屋の明るさにも負けない映像が空中に映し出された。 『私が投映された!!』 「えっ、オールマイト……!?」 単純に、合格、不合格が表示されるだけだと思っていた伊壱は、まさかNo.1ヒーローが映し出されるとは思ってもみなかったため驚きを隠せなかった。 話を聞くにどうやらあのオールマイトが雄英の新人教師として着任するらしい。流石雄英、凄いことをする、と伊壱が思っていると、投映されているオールマイトが本題を告げた。 『さて、外賀少年! 君の試験結果だが、筆記は文句のつけようもない! 合格圏内だ!』 「よかった……」 目覚めてから再度確認して、筆記は問題ないことはわかっていたが、確証が得られると本当に一安心できるというもの。 『実は実技試験にはヴィランポイントだけではなく、あの試験の中で同じ受験生を救けることができるのか、というのも隠れポイント要素となっていた』 「え」 隠し要素があったのか、と伊壱が驚いているのを見越しているのか、オールマイトは安心してくれ、と告げると、彼の背後にある画面に伊壱の実技試験におけるポイント数が表示された。 1P仮想ヴィラン…57体 2P仮想ヴィラン…25体 3P仮想ヴィラン…21体――合計170ポイント 『一目でわかるだろうが、余裕の合格圏内! そして極めつけはこれ!』 オールマイトの言葉とともに映し出されたのは伊壱が0ポイントヴィランをぶった切ったあのシーンと、そして、その足元で“スキャン”しているシーンだった。 『君はあの状況下で迷うことなく巨大な仮想ヴィランと対峙した。聞くところによると、このシーンで行っていたのは周囲に要救助者がいないか確認するためだというじゃないか!』 「あ……。そういえば、聞かれたっけ」 結局目覚めることのなかった伊壱は翌日、母親が代わりに預けたサポートアイテムである日本刀を返しに来た雄英の教師に“スキャン”をしていた時、あれはいったい何をしていたのか聞かれたのである。 正直に答えると流石に半信半疑だったのだろう。その技を見せてくれと頼まれて、不透明の紙コップに何が入っているのか“スキャン”で当てる実験を行い信じてもらえたのだ。 因みに不透明の紙コップの中身は教員免許証が入っており、その免許証を正確に読み取って人物のフルネームを答えるというものだった。 まさかあの何気ない言葉と実験が試験の採点に関わろうとは。 『0ポイントヴィランを倒しただけでなく、要救助者を案じる君の行動にこのポイントは与えられて当然!!』 『審査制の|救助活動《レスキュー》ポイント、60点! 歴代含めてぶっちぎり一位の合計230ポイント!! おめでとう、外賀少年!!』 『来いよ、外賀少年! |雄英《ここ》が君のヒーローアカデミアだ!!』 怒涛の勢い、とはこのことだろうか。 伊壱は映像が途切れてもあった場所を見つめていた体勢を崩すことができずにいた。 「は、はは……、な、なんだよ、歴代ぶっちぎり一位って……」 本当に雄英は、人を鼓舞することや、持ち上げることが得意だと伊壱は笑う。 さあ、この衝動をどう言葉に表すべきなのか。通過点を一つ過ぎただけだと師匠は言うかもしれないが、それでも嬉しいものは嬉しい。 「とりあえず、母さんに報告しないとね」 この日一日、外賀家からは母親の喜び泣きの声が途絶えることはなかったという。