「おはようございます」 雄英高校入学式当日。 真新しい雄英の制服を着た、正に晴れ姿に涙を浮かべる母親を何とか落ち着かせて登校した伊壱。 これからに期待が高鳴る鼓動を何とか落ち着かせながら、初めて目にするほど大きく、けれど大きさと比べて軽いドアを開け、雄英高校1-Aクラスへと入っていった。 クラスには既に何名か登校し、各々が自分の席に着いて今し方来たばかりの伊壱に視線が集まった。 (やっぱりそんな感じになるよね、緊張するなぁ) きっと自分も後から来る新しいクラスメイトに今のような視線を向けてしまうのだろう。 自分の席はどこかと視線で探していると、きびきびとした動きの男子生徒が伊壱に声を掛けてきた。 「おはよう、俺は私立聡明中学出身飯田天哉だ、よろしく頼む」 「飯田君だね。私立明宣中学出身外賀伊壱。此方こそよろしく」 握手を求められて応じた伊壱の名前を聞いた瞬間、飯田は大きく目を見開いたものだから、伊壱も驚いた。 「ど、どうしたの?」 「君が実技試験一位の人物だったとは! あの驚異的な記録には驚かされたよ」 「えっ、俺の成績って公表されてるの!?」 とんでもないプライバシーの侵害である。伊壱は記憶を振り返るが、自分のこと以外の成績はあの画面には表示されていなかったのだ。 確かに一位の記録ではあるが、いくらなんでも本人の同意なく晒されるのは気分のいいものではない。 「ぼ、俺の成績が表示されるときに他にも合格した受験生の記録を見ることができたんだが……外賀君は違ったのか?」 「ヴィランポイントの内訳と、救助活動ポイントの合計が表示されていただけだったよ」 まさかそんなことになっていたとは。これから先自己紹介する度にこんなに驚かれるのだろうか。 折角あの実技試験を合格して、ライバルであると同時に同じクラスとなったクラスメイト。あまり壁を作って欲しくないというのが伊壱の本音だ。 「そうだったのか……。しかし、君のあの記録は素晴らしいものだった。いったいどういう個性なんだ?」 「俺の個性は“空間掌握”って言うんだけど……。まあ、近いうちによくわかるんじゃないかな」 何て言ったってここはヒーロー科。近いうちに必ず個性を使用した授業が組まれることは自明の理。 伊壱の言いたいことがわかったのだろう。飯田は確かに、と同意して再度握手していた手に少し力を込めた。 「それもそうだな! 改めて、これからよろしく頼む、外賀くん」 「此方こそ!」 真面目そうだけど、仲良くなれそうだ。と飯田のことを評すと、伊壱はふとあることを思い出す。 「……飯田君って、もしかして説明会の時に仮想ヴィランについて質問していた人?」 「ああ、それは俺だ。君も席が近かったのか?」 「俺は君より前の席だったよ。だから声に聞き覚えがあるな、と思って。ごめん、そろそろ席に着くよ」 「此方こそ長々とすまない」 「話しかけてもらえて嬉しかったから気にしないで。お陰で緊張もマシになったし」 気さく、というには真面目でどこか堅物そうなイメージが強いものの、それでも気軽に話しかけてもらえたことで伊壱の緊張はクラスに入ってきた頃よりも大分緩和されていた。 (きっとこういう人が委員長になるんだろうな、真面目そうだし) 果たして何もかもが予想の斜め上を行く雄英にクラス委員というものがあるのかはわからないけれど、と付け足した伊壱は自身の席を探す。 入口からあいうえお順に並んでいるらしい席順。自分の席は出入口から見て二列目、後ろから数えて二番目が彼の席だ。 座席数は二十一。例年推薦組を含めてひとクラス二十名しか募集をかけていないのに、今年は一人多いらしい。 (そういえばリカバリーガールも言ってたな、今年は規格外だって。このこともあるのかな?) 「オイ」 席に向かおうと歩き出した伊壱を直ぐに止めたのは、どこか乱暴そうな雰囲気のする赤目の少年だった。 赤目の少年は伊壱の進む先に立っていて、伊壱を睨みつけている。 初対面の人物に睨まれる覚えのない伊壱は戸惑いながらも、目の前にいる恐らくクラスメイトだろうと思われる人物が何かしら自分に用があるのだろうと考えて尋ねた。 「えっと……。何かな?」 「テメェが1位のヤツか」 「そうだけど……。君は? 俺は外賀伊壱。よろしく」 伊壱にとっては事実を認めたうえで会話を試みたつもりだった。相手が常識の範囲内にいるのであれば、大抵は最低限自己紹介するはずである。 しかし。 「誰がてめぇと宜しくするか!! いいか、次は俺が1位になる。首洗って待っとけ!」 「……!」 「うおっ、初日から宣戦布告!?」 伊壱の前の席に座る赤髪の男子生徒が驚いてしまうのは無理もない。伊壱どころか、殆どのクラスメイトが驚くか、不穏さえも感じる発言に眉を顰めている。 だが言われた本人である伊壱は突然のことに驚きはしたものの、不愉快に思うでも周囲の視線に恥ずかしがることもなく、彼の言葉を受け止めた結果、喜んだ。 「わかった、良きライバルってことだね!」 「――は? ッゼェ!」 まさかそう返されるとは思ってもみなかった赤目の少年もとい、爆豪勝己は伊壱の返事に一瞬呆気にとられるものの、すぐさまいつものように乱暴に返す。が、伊壱はそんな爆豪の態度を気にすることなく、今度は自分から握手をしようと手を差し出した。 「俺も頑張るよ。改めてよろしく!」 「ッセェ! よろしくしねぇッつってんだろ! カス!」 「俺は外賀伊壱だよ」 「知っとるわ!」 爆豪はまさかこれほどフレンドリーな受け取り方をされるとは思ってもなかったので自分のペースに持ち込めなかった腹立たしさを盛大に舌打ちに込めると自身の席へと戻っていく。 周囲のクラスメイトもてっきり不穏な空気からクラスが重くなると思っていたのだが、伊壱が斜め上の応え方をしたため、そんなことはないことにほっとした。 結局名前を知ることができなかったな、と少し残念に思った伊壱だが名前を知る機会はいつでもあると前向きに考えて、今度こそ自分の席に着く。 「切島鋭児郎ってんだ。よろしく、外賀」 「俺は上鳴電気、よろしくな。いやー、それにしてもビックリしたぜ、外賀もよくあんな返しできたな。俺だったらムリだわ」 爆豪と飯田の言葉から伊壱が実技試験一位の人物だと知ったこと、そして、爆豪とのやり取りから気軽に話しかけることができる人物と踏んだのか、外賀の周囲に他のクラスメイトがやってくる。 「聞いていたかもしれないけど、外賀伊壱です。よろしく。……そうかな? 彼、向上心があるいい奴だと思ったんだけど……」 「いやいや、いい奴ではない。断言できる」 「驚いたけど熱いヤツだって思ったぜ。初日から宣戦布告とかカッケェ!」 「俺が一位だって知ってて気軽に声を掛けてくれたし……やっぱりいい奴だと思うよ?」 席に戻った爆豪はふてぶてしい態度に加えて不良のように椅子に座り、机上に足を乗せている。そんな爆豪の態度に真面目な飯田が咎めないわけもなく、飯田は爆豪に注意を促しに行ったようで、二人の会話を耳にしているうちに、こんな風に接してもらえたのは久しぶりだな、と伊壱は思う。 爆豪のように乱暴でもなければ、寡黙でもない伊壱だが、意外にも今までの学校生活で友人ができたことはなかった。否、最初のうちはいたのである。 しかし、伊壱が常にどの科目でも一位を取り続けるうちに、次第と周囲の人々は伊壱を特別視するようになっていった。彼が将来の夢を公言していることも原因の一つだったのかもしれない。 放課後寄り道せず帰宅しては、鍛錬や勉学に精を出し、休日においてもそうだったことも足されて、仲が悪いわけではないが友人とは呼べない同い年の少年、少女に囲まれていた。 そんな中、前世を含めて乱暴に接してくる人物など経験したことのなかった伊壱は、まっすぐな性格ということも手伝って爆豪の暴威的な態度などどこ吹く風。寧ろ好意的に受け取ったのである。 「……外賀ってめっちゃポジティブだな。なんか意外だわ」 「えっ、そう? 師匠からは猪以上にまっすぐなヤツって言われるけど……」 「あっ、修正するわ。ちょっと天然も入ってる」 「外賀、お前絶対いい奴だわ……」 初対面ながら気さくに話しかけてくれた二人と会話を続けていると、やがて寝袋に入ったまま教室に入ってきた、よく言っても小汚い、悪く言えば不審者と見られてもおかしくない黒い服を着た男性が教壇に立っている。 一瞬呆気に取られていたクラスメイト達は、その人物が担任だと知って驚いていると、ただ一人伊壱だけは別のことに驚く。 「えっ。……相澤さんが担任?」 「? 外賀君、先生のことを知っているのか?」 隣の席の飯田に返そうとした伊壱だったが、まるでそれを防ぐように、相澤は言い放った。 「早速だが、体操服着てグラウンドに出ろ」 寝袋から一着の雄英生用の青いジャージを取り出している相澤を見て伊壱は思った。幾度も思ったことだった。流石雄英、本当に予想外なことが起きる、と。 突然の指示に戸惑うクラスメイトたちを尻目に担任の相澤消太は淡々と進めていく。 ソフトボール投げを始めとする幾度か中学校を始めとする体育の授業でやってきた体力テストを八種目、個性ありで行うというものだった。 (最下位は除籍……。なんでもありだな、雄英) 個性あり、とは言っても伊壱の個性は一部の競技に関してはあまり意味をなさないのでオペオペの実ならではの規格外な記録を出せる競技で出す必要がある。 幾人かの生徒が相澤の指示のもと幾人かが走り終えた50m走。最後の走者となった伊壱は相澤のスタートの合図始まる直前に慣れ親しんだ動作とともに技名を呟く。 「“ROOM”」 独特の音とともに直ぐに広がる半円状のサークルがゴール地点まで広がった頃――相澤のスタート、という言葉が放たれた。 「“シャンブルズ”」 相澤の言葉が終わるタイミングを逃さずにタイミングよく発動した“シャンブルズ”。瞬間、伊壱は正に瞬く間にゴール地点にあった白線よりも少し先に立っていた。 スタート地点にはゴール地点の少し先にあっただろうグラウンドの砂が代わりに落ちているが――そのことに気付いたものは少ない。 「――0秒78」 今までで一番速かった飯田を見事に抜かした伊壱の個性に、クラスメイト達はどよめく。 「ワープ!? 瞬間移動!?」 「俺初めて見たわ……」 「速いってレベルじゃねぇよ、アレ……」 瞬間移動と思っているものはレアな個性をこんなにも間近に見られたことでテンションが上がるものなど様々な一方で、伊壱の今の個性について察した者たちはその脅威を確かに覚えていた。 (瞬間移動? 確か外賀君は“空間掌握”と、……!) クラスで唯一外賀の個性名を知っていた飯田は直ぐに気が付いた。あれが皆の言う瞬間移動であって、瞬間移動ではないことに。 (そうか、彼の個性は半円状に展開されたサークル内のものを自由自在に操ることのできる個性! 彼が今立っている地点の砂か何かと、自分自身の位置を交換したのか!!) よくよく伊壱が立っていたスタート地点を見てみると僅かだか真新しい小さな砂の山がある。伊壱が立っていたはずなのに、真新しい砂の山ができるのはあり得ないこと。彼は確信し、そして、注意深く見つめていた者たちは事前に知っていた飯田ほどではないにしろ、今の技が位置交換であることを察していた。 (瞬間移動っつーよりは、位置を交換する感じか! 確かにあれならあのデタラメな記録も……!!) それこそ縦横無尽に駆け抜けることのできる応用の利く個性。 寧ろあの個性で何故雄英から推薦が来なかったのか疑問に思えるほどだ。 殆どのものはこう思ったに違いない。実技試験第一位は伊達ではない、と。