十月二十二日

今日は内装の飾りを作ろうとお花紙を買ってきたのだが、花村くんはバイトで本日はどうしても無理らしい。
「ごめん!」と頭を下げる彼は本当に申し訳なさそうで、逆にこっちが申し訳なく思ったくらいである。

「報告ついでに、アイスでも帰りに買いに行くから、バイト頑張ってね」
「なら、奢らせてくれよな!」
「ありがとう」

逆に気を遣わせてわりぃ、と彼はまた謝ると、教室からダッシュで出て行った。
少し寂しいけれど、しょうがない。 バイト頑張ってね、と再度心の中でエールを送る。


* * *


作業をするために机を後ろの方に下げて、ブルーシートを床に敷く。 今日は一人作業を進めようとしていた私に同情してくれた、天城さんと里中さんが手伝ってくれる事になった。三人だったら看板とお花は終わらせられるかな、と頭で進行ペースを確認する。

ガラッと教室の引き戸が鳴り購買部へ寄っていた天城さんと里中さんが帰って来たのを知らせる。 二人の手には幾つかのお菓子と私が頼んでいたカフェオレもある。

「今日、花村くんはバイトなんだよね?」
「まぁ文化祭近いし、学生が出ないんじゃ花村が出るしかないよねぇ」

ここらへんだとまあ、確かに学生はジュネスでバイトする事になるだろう。 ……花村くん、本当にお疲れ様です。

「今日は看板と……お花を作ればいいのかな?」
「あ、そうだね。ダンボールで土台作るのはみんなでやって、仕上げは私がやるつもり。その時にお花を天城さんと里中さんに頼んでいいかな」
「雪子でいいってば」
「ゆ、雪子ちゃん、ち、千枝ちゃん……今日はよろしくお願いします」

名前を呼ばれると雪子ちゃんと千枝ちゃんはニッコリと嬉しそうにこちらこそ宜しく、といい返事を返してくれた。
二人とも、とっても良くしてくれて、早くちゃん′トびに慣れたいな、と思う。


* * *


ダンボールを広げて看板サイズにカッターで切り落として行く。 一枚だとペラペラなので、補強用にダンボールをまた同じサイズで切って用意する。
綺麗に形を整えたらアクリルガッシュでムラ無く、ポップな感じを目指して塗る。 目指すはジュネスの食品売り場のキャッチーさである。

あと制作するのは、壁に貼るような大きなメニューをいくつかとテーブルに置いておく小さなメニュー位の筈だ。 絵の具を乾かす隙間時間に買って来てもらったカフェオレを味わいながら頭の中で状況確認をする。

「明日、壁に貼る大きなメニューを作りたくて、もしよかったらお手伝い頼めたりしないかな」
「あ……ごめんね、みやびちゃん。土曜だから旅館の方に顔出さなきゃ」
「そうだよね、ごめん。というか今日は平気なの!?」
「うん。やっぱり忙しいのは土日だから……全然平気だよ」
「雪子は無理でもさ、不器用で申し訳ないけど……あたし手伝うから!安心してよね」
「千枝ちゃん……!ありがとう!」

私の目には千枝ちゃんの背中に天使の羽が生えているように見えている。 いろんな意味で眩しくて、瞳が僅かに潤む。

「それに花村の奴もいる……っていっても難しいかな」
「……花村くん、お願いしたら無理して来ちゃいそうだから、明日は何もない日って事にして貰っていい?」

今日の様子的に土日はもっと忙しいだろうし、一つでも憂なき状態で働いて欲しいなぁ、なんて思ったのだ。

「オッケー!ナイショね!みやびちゃんのやさしさを感じる……」
「私も内緒にしておくね」
「ありがとう!」

やはり千枝ちゃんも雪子ちゃんも優しい。二人と話せるようになれてよかった、としみじみ思う。 きっかけをくれた花村くんには本当に感謝しきれない。

お花紙のパックもあとニ袋、看板も補強のダンボールをボンドでくっ付けて一晩寝かせばオッケーなので後三十分もあれば、帰れる筈だ。
頑張ったので、冷たいアイスが食べたい。氷菓子系がいいかなぁ、さっぱりめの。

「みやびちゃん」
「はい」
「つかぬ事をお聞きしますが」
「ど、どうぞ?」
「ぶっちゃけ花村の事好きなの?」
「あ、それ私も気になってた」

アイスへ思いを馳せていたので、すぐには何を言われたのか、理解できなかった。
好きなアイス?ちがう、好きなの?花村くんを?

……私が花村くんを好きなのか?

「今初めて好きとか嫌いとか私の中で考えが渦巻いているんだけれど、……えっ、そうなの?」
「いやあたしらに聞かれても」
「みやびちゃん、花村くんと話すようになってから雰囲気がかなり変わったからそうなのかなって、違ったらごめんね」

確かに花村くんと話し始めてから学校が楽しいと思うようになったし、キャラではない文化祭実行委員を進んでやっている。 これは単純に文化祭を通して友人が出来たからとも考えられるけども、

……この前の帰り道、なんでそのままみやび、って呼んでほしいと思ったんだろう。
夕焼けのオレンジ色の光に包まれた、花村くんの笑顔を思い出すと、あの時みたいに頬が熱くなってくる。

冷静になればなるほど冷静ではいられない理由が出てきて頭がパンクしそうだ。 湯気が出そうなほどに頬だけで無く頭全体が熱くてしょうがない。

「……あの、二人とも私が殆ど中学のとき学校来てなかったの知ってるよ、ね」
「?あ、うん。人形作りで忙しいんだなぁって思ってたよ」
「お父さん、絵画教室やりながらも画家としてまだ現役なんだけど、その繋がりで人形作家の……憧れの人が出来て、私も画家志望だったんだけど、路線変更して人形に打ち込んだのがその頃なんだ」
「へえぇ、その憧れの人とはどうなったの?」
「色々あって、会ってないんだけど……その人とは違う……憧れがまあ花村くんには、正直、あるかも」

しれない、と言う前に千枝ちゃんの口がニヤニヤと歪む。面白そうな玩具を見つけた、というのが伝わる悪い顔である。
雪子ちゃんはまぁ、と言いたげな優しい母親を思わせる笑顔。 うっ、凄い恥ずかしい……!

「花村、ガッカリなところもあるけどいい奴だし、みやびちゃん!頑張ってね」
「私もすっごく応援してる!」
「あの、恋人とかいた事ないしこれが本当にそういう好きかわからないから!その、」

そうだと分かった時にはお願いします、と言えば二人はにっこりと頷いてくれた。 ……こういうの、すっごく友達って感じでいいなぁ。


* * *


こういう話をした後に花村くんに会うのは正直気不味い、けど。
花村くん何気に真面目だし、進行状況は知りたいだろうし、と帰り道ジュネスへと向かう。 ……なんだか言い訳くさいな、と自分で自分へ突っ込む。

アイスを奢ってくれると言っていたし、食品売り場にいるのかもしれない。広いショーケースから気分のものを見定める。……うーん、ガツンとオレンジバーかなぁ。

溶けるのも嫌なので手は持たず、まずは売り場を徘徊して花村くんを探す事にした。

ジュネスの従業員はパートの主婦さんかバイトの女子高生ばっかりなので、茶色の髪をラフにセットしている男の子はすぐに見つかった。

自然に自分の頬に熱が集まるのを自覚する。けれど、淡々と品出しをしている今が話しかけるチャンスだろう。

「花村く、」

あ、駄目だ。

声をかけようとした彼の目線の先にはふんわりとしたパーマが特徴の女性がいる。
見つめているだけなのに、なにやら嬉しそうな彼の表情によくわからないけど、「駄目だ」って言葉が脳裏に浮かんで。 今にも名前を呼ぼうとしていた口が自然にキュッと固く結ばれる。

気付かれたくなくて、私はそっと来た道を引き返した。
自分の行動の意味が何もかも分からないけれど、でもそうしたい。鼻の奥がなんだか無性に痛くて泣きそうだ。


何も悪い事はしていないのに、逃げる様に家に走って帰った。
一息着きたくて部屋で放課後に飲んでいたカフェオレを一口含むと嫌に温くて、ため息が出た。





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